2. 第 一夜 (2)
短刀 を 鞘 へ 収めて 右 脇 へ 引きつけて おいて 、 それ から 全 伽 を 組んだ 。 ―― 趙州 曰 く 無 と 。 無 と は 何 だ 。 糞 坊主 め と はが み を した 。 ・・
奥歯 を 強く 咬 み 締めた ので 、 鼻 から 熱い 息 が 荒く 出る 。 こめかみ が 釣って 痛い 。 眼 は 普通の 倍 も 大きく 開けて やった 。 ・・
懸 物 が 見える 。 行灯 が 見える 。 畳 が 見える 。 和尚 の 薬 缶 頭 が ありあり と 見える 。 鰐 口 を 開いて 嘲 笑った 声 まで 聞える 。 怪しから ん 坊主 だ 。 どうしても あの 薬 缶 を 首 に し なくて は なら ん 。 悟って やる 。 無 だ 、 無 だ と 舌 の 根 で 念じた 。 無 だ と 云 うの に やっぱり 線香 の 香 が した 。 何 だ 線香 の くせ に 。 ・・
自分 は いきなり 拳骨 を 固めて 自分 の 頭 を いや と 云 う ほど 擲った 。 そうして 奥歯 を ぎりぎり と 噛んだ 。 両腋 から 汗 が 出る 。 背中 が 棒 の ように なった 。 膝 の 接 目 が 急に 痛く なった 。 膝 が 折れたって どう ある もの か と 思った 。 けれども 痛い 。 苦しい 。 無 は なかなか 出て 来 ない 。 出て 来る と 思う と すぐ 痛く なる 。 腹 が 立つ 。 無念に なる 。 非常に 口惜しく なる 。 涙 が ほろほろ 出る 。 ひと 思 に 身 を 巨巌 の 上 に ぶつけて 、 骨 も 肉 も めちゃめちゃに 砕いて しまい たく なる 。 ・・
それ でも 我慢 して じっと 坐って いた 。 堪え がたい ほど 切ない もの を 胸 に 盛れて 忍んで いた 。 その 切ない もの が 身体 中 の 筋肉 を 下 から 持上げて 、 毛穴 から 外 へ 吹き出 よう 吹き 出よう と 焦る けれども 、 どこ も 一面に 塞がって 、 まるで 出口 が ない ような 残 刻 極 まる 状態 であった 。 ・・
その うち に 頭 が 変に なった 。 行灯 も 蕪 村 の 画 も 、 畳 も 、 違 棚 も 有って 無い ような 、 無くって 有る ように 見えた 。 と 云って 無 は ちっとも 現 前 し ない 。 ただ 好 加減 に 坐って いた ようである 。 ところ へ 忽然 隣 座敷 の 時計 が チーン と 鳴り 始めた 。 ・・
はっと 思った 。 右 の 手 を すぐ 短刀 に かけた 。 時計 が 二 つ 目 を チーン と 打った 。 ・・