2. 第 一夜 (1)
第 二 夜
こんな 夢 を 見た
和尚 の 室 を 退 がって 、 廊下 伝い に 自分 の 部屋 へ 帰る と 行灯 が ぼんやり 点って いる 。 片 膝 を 座 蒲 団 の 上 に 突いて 、 灯心 を 掻き立てた とき 、 花 の ような 丁子 が ぱたり と 朱塗 の 台 に 落ちた 。 同時に 部屋 が ぱっと 明 かるく なった 。 ・・
襖 の 画 は 蕪 村 の 筆 である 。 黒い 柳 を 濃く 薄く 、 遠近 と かいて 、 寒 むそう な 漁夫 が 笠 を 傾けて 土手 の 上 を 通る 。 床 に は 海中 文殊 の 軸 が 懸って いる 。 焚 き 残した 線香 が 暗い 方 で いまだに 臭って いる 。 広い 寺 だ から 森 閑 と して 、 人気 が ない 。 黒い 天井 に 差す 丸 行灯 の 丸い 影 が 、 仰向く 途端 に 生きて る ように 見えた 。 ・・
立 膝 を した まま 、 左 の 手 で 座 蒲 団 を 捲って 、 右 を 差し込んで 見る と 、 思った 所 に 、 ちゃんと あった 。 あれば 安心だ から 、 蒲 団 を もと の ごとく 直して 、 その 上 に どっかり 坐った 。 ・・
お前 は 侍 である 。 侍 なら 悟れ ぬ はず は なかろう と 和尚 が 云った 。 そう いつまでも 悟れ ぬ ところ を もって 見る と 、 御前 は 侍 で は ある まい と 言った 。 人間 の 屑 じゃ と 言った 。 は は あ 怒った な と 云って 笑った 。 口惜しければ 悟った 証拠 を 持って来い と 云って ぷい と 向 を むいた 。 怪しから ん 。 ・・
隣 の 広間 の 床 に 据えて ある 置 時計 が 次の 刻 を 打つ まで に は 、 きっと 悟って 見せる 。 悟った 上 で 、 今夜 また 入室 する 。 そうして 和尚 の 首 と 悟り と 引 替 に して やる 。 悟ら なければ 、 和尚 の 命 が 取れ ない 。 どうしても 悟ら なければ なら ない 。 自分 は 侍 である 。 ・・
もし 悟れ なければ 自刃 する 。 侍 が 辱 しめられて 、 生きて いる 訳 に は 行か ない 。 綺麗に 死んで しまう 。 ・・
こう 考えた 時 、 自分 の 手 は また 思わず 布団 の 下 へ 這 入った 。 そうして 朱 鞘 の 短刀 を 引き摺り出した 。 ぐっと 束 を 握って 、 赤い 鞘 を 向 へ 払ったら 、 冷たい 刃 が 一度に 暗い 部屋 で 光った 。 凄い もの が 手元 から 、 すう すう と 逃げて 行く ように 思わ れる 。 そうして 、 ことごとく 切 先 へ 集まって 、 殺気 を 一 点 に 籠 め て いる 。 自分 は この 鋭い 刃 が 、 無念に も 針 の 頭 の ように 縮められて 、 九 寸 五 分 の 先 へ 来て やむ を えず 尖って る の を 見て 、 たちまち ぐさり と やり たく なった 。 身体 の 血 が 右 の 手首 の 方 へ 流れて 来て 、 握って いる 束 が にちゃ に ちゃ する 。 唇 が 顫 えた 。