8. 梅 の におい - 夢野 久作 (2 nd version )
一 匹 の 斑猫 が 人間 の 真似 を して 梅 の 木 に のぼって 花 を 嗅いで みました 。 あの 枝 から この 枝 、 花 から 蕾 と いく つ も いく つ も 嗅いで みました が 、
「 ナアーンダ 、 人間 が いい におい だ 、 いい におい だ と 言う から 本当に して 嗅いで みたら 、 つまらない におい じゃない か 。 馬鹿馬鹿しい 、 帰ろう 帰ろう 」
と 樹 から 降りかかりました 。
「 ホーホケキョ 、 ホーホケキョ 」
「 オヤ 、 鶯 が やって 来た な 。 おれ は 一 度 あいつ を たべて みたい と 思って いた が 、 ちょうど いい 。 ここ に 隠れて まって いて やろう 」
「 ホーホケキョ 、 ホーホケキョ 、 ケキョ 、 ケキョ 、 ケキョ 、 ケキョ 、 ケキョ 」
と 言う うち に 鶯 は 、 斑 の いる 梅 の 木 の すぐ そば に ある 梅 の 花 の たくさん 開いた ほそい 枝 の 処 へ 、 ヒョイ と とまりました 。
「 鶯 さん 鶯 さん 」
と 猫 な で ご え で 呼びかけました 。
「 オヤ 斑 さん 、 今日 は いい お 天気 です ね 」
「 ニャーニャー 、 ホントに いい お 天気 です ね 。 それ に この 梅 の 花 の に おい の いい こと 。 ほんとに たべ たく なる よう です ね 」
「 オホホホホ 、 イヤな 斑 さん だ こと 。 梅 の 花 に おいしい に おい が します か 」
「 ええ 、 梅 の に おい を かぐ と おなか が 急に すく よう です 。 あなた は どんなに おい が する の です か 」
「 あたし は ねえ 、 梅 の に おい を 嗅ぐ と 何とも 言えない いい 心持ち に なって 、 歌 が うた い たく なる の です 。 そうして あちらこちら と 躍り ながら 飛びまわり たく なる の です 」
「 ヘエ 、 さ よう です か ね 。 そう 言えば あたし も 何だか 踊り たく なった よう です 」
「 まあ 、 おもしろい こと 。 一 つ おどって みせて ちょうだいな 」
「 いいえ 、 あたし は あなた の 着物 の に おい を 嗅いだら 一緒に 踊り たく なった の です 、 本当に あなた の に おい を 嗅ぐ と いい こころもち に なります 。 どう です 、 一緒に 踊ろう じゃ ありません か 」
「 いや です よ 。 あなた と 踊る の は こわい 」
「 何故 です 。 ちっとも 怖い 事 は ない じゃ ありません か 。 もっと こっち へ きて ごらん なさい 」
「 イヤ です よ 。 妾 の に おい を 嗅いで 踊り たく なった と 言う の は 嘘 でしょう 」
「 どうして 」
「 たべ たく なった ん でしょう 」
と 言う うち に 鶯 は パッと 飛 げ 出しました 。
「 しまった 」
と 斑 が 飛びつきます と 、 ドタリ と 地べた へ 落ちて しまいました 。
「 ホーホケキョ 、 ホーホケキョ 」
と 鶯 は 隣 の うち の 梅 の 木 で 鳴いて いました 。