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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 11. 女体 - 芥川 龍之介

11. 女体 - 芥川 龍之介

女体 - 芥川 龍之介

楊某 と 云う 支那 人 が 、 ある 夏 の 夜 、 あまり 蒸暑い のに 眼 が さめて 、 頬杖 を つき ながら 腹んばい に なって 、 とりとめ の ない 妄想 に 耽って いる と 、 ふと 一 匹 の 虱 が 寝床 の 縁 を 這って いる のに 気 が ついた 。 部屋 の 中 に ともした 、 うす暗い 灯 の 光 で 、 虱 は 小さな 背中 を 銀 の 粉 の ように 光らせ ながら 、 隣 に 寝て いる 細君 の 肩 を 目がけて 、 もずもず 這って 行く らしい 。 細君 は 、 裸 の まま 、 さっき から 楊 の 方 へ 顔 を 向けて 、 安らかな 寝息 を 立てて いる のである 。 ・・

楊 は 、 その 虱 の のろく さ い 歩み を 眺め ながら 、 こんな 虫 の 世界 は どんな だろう と 思った 。 自分 が 二 足 か 三 足 で 行ける 所 も 、 虱 に は 一 時間 も かから なければ 、 歩け ない 。 しかも その 歩きまわる 所 が 、 せいぜい 寝床 の 上 だけ である 。 自分 も 虱 に 生れたら 、 さぞ 退屈だった 事 であろう 。 ……・・

そんな 事 を 漫然と 考えて いる 中 に 、 楊 の 意識 は 次第に 朧げに なって 来た 。 勿論 夢 で は ない 。 そう か と 云って また 、 現 で も ない 。 ただ 、 妙に 恍惚 たる 心もち の 底 へ 、 沈む と も なく 沈んで 行く のである 。 それ が やがて 、 はっと 眼 が さめた ような 気 に 帰った と 思う と 、 いつか 楊 の 魂 は あの 虱 の 体 へ は いって 、 汗 臭い 寝床 の 上 を 、 蠕々 然 と して 歩いて いる 。 楊 は 余りに 事 が 意外な ので 、 思わず 茫然と 立ちすくんだ 。 が 、 彼 を 驚か した の は 、 独り それ ばかり で は ない 。 ――・・

彼 の 行く手 に は 、 一座 の 高い 山 が あった 。 それ が また 自ら な 円み を 暖く 抱いて 、 眼 の とどか ない 上 の 方 から 、 眼 の 先 の 寝床 の 上 まで 、 大きな 鍾乳石 の ように 垂れ 下って いる 。 その 寝床 に ついて いる 部分 は 、 中 に 火気 を 蔵 して いる か と 思う ほど 、 うす 赤い 柘榴 の 実の 形 を 造って いる が 、 そこ を 除いて は 、 山一 円 、 どこ を 見て も 白く ない 所 は ない 。 その 白 さ が また 、 凝脂 の ような 柔らか み の ある 、 滑 な 色 の 白 さ で 、 山腹 の なだらかな くぼみ で さえ 、 丁度 雪 に さす 月 の 光 の ような 、 かすかに 青い 影 を 湛えて いる だけ である 。 まして 光 を うけて いる 部分 は 、 融ける ような 鼈甲 色 の 光沢 を 帯びて 、 どこ の 山脈 に も 見られ ない 、 美しい 弓なり の 曲線 を 、 遥 な 天 際 に 描いて いる 。 ……・・

楊 は 驚嘆 の 眼 を 見開いて 、 この 美しい 山 の 姿 を 眺めた 。 が 、 その 山 が 彼 の 細君 の 乳 の 一つ だ と 云う 事 を 知った 時 に 、 彼 の 驚き は 果して どれ くらい だった 事 であろう 。 彼 は 、 愛 も 憎み も 、 乃至 また 性欲 も 忘れて 、 この 象牙 の 山 の ような 、 巨大な 乳房 を 見守った 。 そうして 、 驚嘆 の 余り 、 寝床 の 汗 臭い 匂 も 忘れた の か 、 いつまでも 凝固 まった ように 動か なかった 。 ―― 楊 は 、 虱 に なって 始めて 、 細君 の 肉体 の 美し さ を 、 如実に 観ずる 事 が 出来た のである 。 ・・

しかし 、 芸術 の 士 に とって 、 虱 の 如く 見る 可 きもの は 、 独り 女 体 の 美し さ ばかり で は ない 。 ・・

( 大正 六 年 九 月 )


11. 女体 - 芥川 龍之介 おんな からだ|あくたがわ|りゅう ゆきすけ 11. weiblicher Körper - Ryunosuke Akutagawa 11\. Female body-Ryunosuke Akutagawa 11. corps de la femme - Ryunosuke Akutagawa 11. 여체 - 아쿠타가와 류노스케 11. женское тело - Рюноскэ Акутагава 11.女体——芥川龙之介

女体 - 芥川 龍之介 おんな からだ|あくたがわ|りゅう ゆきすけ Female body-Ryunosuke Akutagawa

楊某 と 云う 支那 人 が 、 ある 夏 の 夜 、 あまり 蒸暑い のに 眼 が さめて 、 頬杖 を つき ながら 腹んばい に なって 、 とりとめ の ない 妄想 に 耽って いる と 、 ふと 一 匹 の 虱 が 寝床 の 縁 を 這って いる のに 気 が ついた 。 ようぼう||うん う|しな|じん|||なつ||よ||むしあつい||がん|||ほおづえ||||はら ん ばい||||||もうそう||たん って||||ひと|ひき||しらみ||ねどこ||えん||はって|||き|| One summer night, a Chinese man named Yang, awakened even though it was too hot and humid, became hungry with a cheek stick, and indulged in a rambling delusion. I noticed that I was crawling on the edge of the bed. 一个夏天的晚上,一个叫杨的中国人从一个非常炎热的夏夜醒来,我发现自己在床边爬来爬去。 一個夏天的晚上,一個叫楊的中國人從一個非常炎熱的夏夜醒來,我發現自己在床邊爬來爬去。 部屋 の 中 に ともした 、 うす暗い 灯 の 光 で 、 虱 は 小さな 背中 を 銀 の 粉 の ように 光らせ ながら 、 隣 に 寝て いる 細君 の 肩 を 目がけて 、 もずもず 這って 行く らしい 。 へや||なか|||うすぐらい|とう||ひかり||しらみ||ちいさな|せなか||ぎん||こな|||ひからせ||となり||ねて||ほそ くん||かた||めがけて|もず もず|はって|いく| With the light of a dim light in the room, the louse seems to crawl on the shoulder of the sleeping kid next to him, shining his small back like silver powder. .. 在房間昏暗的燈光下,這只蝨子讓小小的脊背閃著銀粉般的光,似乎正向睡在它身邊的妻子的肩頭爬去。。 細君 は 、 裸 の まま 、 さっき から 楊 の 方 へ 顔 を 向けて 、 安らかな 寝息 を 立てて いる のである 。 ほそ くん||はだか|||||よう||かた||かお||むけて|やすらかな|ねいき||たてて|| Hosono, naked, has turned his face toward Yang from a while ago and is taking a restful sleep. 妻子赤身裸體,一直仰著臉安詳地睡著。 ・・ ・ ・

楊 は 、 その 虱 の のろく さ い 歩み を 眺め ながら 、 こんな 虫 の 世界 は どんな だろう と 思った 。 よう|||しらみ|||||あゆみ||ながめ|||ちゅう||せかい|||||おもった Looking at the slow steps of the louse, Yang wondered what the world of insects would look like. 看著這只蝨子緩慢的腳步,楊天不知道這種蟲子的世界會是什麼樣子。 自分 が 二 足 か 三 足 で 行ける 所 も 、 虱 に は 一 時間 も かから なければ 、 歩け ない 。 じぶん||ふた|あし||みっ|あし||いける|しょ||しらみ|||ひと|じかん||||あるけ| Where I can go on two or three legs, I can't walk unless it takes an hour to reach the louse. 即使在您可以用兩條或三條腿行走的地方,一隻蝨子也只需要不到一個小時的路程。 しかも その 歩きまわる 所 が 、 せいぜい 寝床 の 上 だけ である 。 ||あるきまわる|しょ|||ねどこ||うえ|| Moreover, the place where he walks is, at best, only on the bed. 而且,他們唯一可以走動的地方就是床上。 自分 も 虱 に 生れたら 、 さぞ 退屈だった 事 であろう 。 じぶん||しらみ||うまれたら||たいくつだった|こと| If I was born in a louse, it would have been boring. 如果我生來就有蝨子,我會很無聊。 ……・・

そんな 事 を 漫然と 考えて いる 中 に 、 楊 の 意識 は 次第に 朧げに なって 来た 。 |こと||まんぜんと|かんがえて||なか||よう||いしき||しだいに|おぼろげに||きた As he rambled on about these things, Yang's consciousness gradually became hazy. 想到這些,楊開的意識漸漸淡去。 勿論 夢 で は ない 。 もちろん|ゆめ||| Of course, it is not a dream. 當然這不是夢。 そう か と 云って また 、 現 で も ない 。 |||うん って||げん||| But that doesn't mean it's not true. 也就是說,現在甚至都沒有發生。 ただ 、 妙に 恍惚 たる 心もち の 底 へ 、 沈む と も なく 沈んで 行く のである 。 |みょうに|こうこつ||こころもち||そこ||しずむ||||しずんで|いく| It just sinks without sinking to the bottom of a strangely ecstatic state of mind. 然而,在一種奇異的狂喜狀態下,沉而不沉。 それ が やがて 、 はっと 眼 が さめた ような 気 に 帰った と 思う と 、 いつか 楊 の 魂 は あの 虱 の 体 へ は いって 、 汗 臭い 寝床 の 上 を 、 蠕々 然 と して 歩いて いる 。 ||||がん||||き||かえった||おもう|||よう||たましい|||しらみ||からだ||||あせ|くさい|ねどこ||うえ||ぜん々|ぜん|||あるいて| Then, just as he feels as if his eyes have woken up, Yang's soul is back in the body of that louse, walking around the sweaty bed like a peristaltic. 然後,當我以為自己醒了,回過神來的時候,有一天楊的魂魄進入了那隻蝨子的身體,在汗濕的床上行走。 楊 は 余りに 事 が 意外な ので 、 思わず 茫然と 立ちすくんだ 。 よう||あまりに|こと||いがいな||おもわず|ぼうぜんと|たちすくんだ Yang was so surprised that he stood stunned. 楊天驚得目瞪口呆。 が 、 彼 を 驚か した の は 、 独り それ ばかり で は ない 。 |かれ||おどろか||||ひとり||||| But he was not the only one who was surprised. 但他並不孤單。 ――・・

彼 の 行く手 に は 、 一座 の 高い 山 が あった 。 かれ||ゆくて|||いちざ||たかい|やま|| In his path was a troupe of high mountains. 在他的路上,是劇團的崇山峻嶺。 それ が また 自ら な 円み を 暖く 抱いて 、 眼 の とどか ない 上 の 方 から 、 眼 の 先 の 寝床 の 上 まで 、 大きな 鍾乳石 の ように 垂れ 下って いる 。 |||おのずから||まる み||だん く|いだいて|がん||||うえ||かた||がん||さき||ねどこ||うえ||おおきな|しょうにゅうせき|||しだれ|くだって| It also warmly embraces its own circle and hangs down like a large stalactite from above, beyond the reach of the eye, to above the bed at the tip of the eye. 它也熱情地擁抱著自己的圈子,像一個巨大的鐘乳石一樣從高處垂下,看不見,一直垂到眼前的床頂。 その 寝床 に ついて いる 部分 は 、 中 に 火気 を 蔵 して いる か と 思う ほど 、 うす 赤い 柘榴 の 実の 形 を 造って いる が 、 そこ を 除いて は 、 山一 円 、 どこ を 見て も 白く ない 所 は ない 。 |ねどこ||||ぶぶん||なか||かき||くら|||||おもう|||あかい|ざくろ||じつの|かた||つくって|||||のぞいて||やまいち|えん|||みて||しろく||しょ|| The part attached to the bed has a light red pomegranate fruit shape that makes you think that it has fire inside, but except for that, the mountain circle is white no matter where you look. There is no place. 與床相連的部分呈淡紅色的石榴果狀,好似裡面生了火,除此之外,放眼望去,整座山都是白色的,無處不在。 . その 白 さ が また 、 凝脂 の ような 柔らか み の ある 、 滑 な 色 の 白 さ で 、 山腹 の なだらかな くぼみ で さえ 、 丁度 雪 に さす 月 の 光 の ような 、 かすかに 青い 影 を 湛えて いる だけ である 。 |しろ||||こ あぶら|||やわらか||||すべ||いろ||しろ|||さんぷく||||||ちょうど|ゆき|||つき||ひかり||||あおい|かげ||たたえて||| 它的白也是凝塊般柔滑的顏色,就連山腰平緩的窪地也籠罩著淡淡的藍影,就像灑在雪地上的月光。我只是存在。 まして 光 を うけて いる 部分 は 、 融ける ような 鼈甲 色 の 光沢 を 帯びて 、 どこ の 山脈 に も 見られ ない 、 美しい 弓なり の 曲線 を 、 遥 な 天 際 に 描いて いる 。 |ひかり||||ぶぶん||とおる ける||べっこう|いろ||こうたく||おびて|||さんみゃく|||み られ||うつくしい|ゆみなり||きょくせん||はるか||てん|さい||えがいて| The part of the mountain that is exposed to the light has a melting tortoiseshell luster, and it draws beautiful arched curves far out to the sky that cannot be seen in any other mountain range. 更重要的是,受光的部分呈現出融化的龜甲色光澤,在遠方的天空中勾勒出任何山脈都看不到的美麗弓形曲線。 ……・・

楊 は 驚嘆 の 眼 を 見開いて 、 この 美しい 山 の 姿 を 眺めた 。 よう||きょうたん||がん||みひらいて||うつくしい|やま||すがた||ながめた Yang opened his marvelous eyes and looked at this beautiful mountain. 楊開驚愕的睜開眼睛,看著這美麗的山峰。 が 、 その 山 が 彼 の 細君 の 乳 の 一つ だ と 云う 事 を 知った 時 に 、 彼 の 驚き は 果して どれ くらい だった 事 であろう 。 ||やま||かれ||ほそ くん||ちち||ひと つ|||うん う|こと||しった|じ||かれ||おどろき||はたして||||こと| But how much was his surprise when he learned that the mountain was one of his fine milks? 但是當他得知這座山是他妻子的乳房之一時,他一定是多麼驚訝。 彼 は 、 愛 も 憎み も 、 乃至 また 性欲 も 忘れて 、 この 象牙 の 山 の ような 、 巨大な 乳房 を 見守った 。 かれ||あい||にくみ||ないし||せいよく||わすれて||ぞうげ||やま|||きょだいな|ちぶさ||みまもった He forgot his love, hatred, or even sexual desire and gazed at her huge breasts, which looked like a mountain of ivory. 他忘卻了愛恨,甚至情慾,凝視著這如像牙山般的巨乳。 そうして 、 驚嘆 の 余り 、 寝床 の 汗 臭い 匂 も 忘れた の か 、 いつまでも 凝固 まった ように 動か なかった 。 |きょうたん||あまり|ねどこ||あせ|くさい|にお||わすれた||||ぎょうこ|||うごか| Then, I was so surprised that I forgot the sweaty smell of the bed, and it didn't move as if it had solidified forever. 然後,也許是因為太過驚奇以至於忘記了床上的汗味,他像被凍住了一樣一動不動。 ―― 楊 は 、 虱 に なって 始めて 、 細君 の 肉体 の 美し さ を 、 如実に 観ずる 事 が 出来た のである 。 よう||しらみ|||はじめて|ほそ くん||にくたい||うつくし|||にょじつに|かん ずる|こと||できた| ――直到楊變成蝨子,他才真正體會到妻子身體的美。 ・・ ・ ・

しかし 、 芸術 の 士 に とって 、 虱 の 如く 見る 可 きもの は 、 独り 女 体 の 美し さ ばかり で は ない 。 |げいじゅつ||し|||しらみ||ごとく|みる|か|||ひとり|おんな|からだ||うつくし||||| However, for an art scholar, what can be seen like a louse is not only the beauty of a single woman. 不過,對於一個藝術大師來說,獨身女子的肉體之美並不是唯一能像蝨子一樣看得見的東西。 ・・

( 大正 六 年 九 月 ) たいしょう|むっ|とし|ここの|つき