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秒速5センチメートル (5 Centimeters per Second), 秒速5センチメートル (8)

秒速 5センチメートル (8)

遠野 くん が 買う もの は いつも 決まって いて 、デーリィコーヒー の 紙 パック を 迷い なく 選ぶ。 私 は いつも 何 を 買う べき か 迷って しまう。 つまり 、どんな もの を 買えば 可愛い と 思わ れる の か と いう 問題。 彼 と 同じ コーヒー じゃ なんだか 狙ってる みたいだ し (実際 狙ってる んだけど )、牛乳 は ちょっと ガサツ な 気 が する し 、デーリィフルーツ は 黄色い パック が 可愛い けれど 味 が ちょっと 好きじゃ ないし 、デーリィ 黒 酢 は 本当 は 飲んで みたい けれど なんか ワイルド すぎる し。

そんなふうに 私 が ぐずぐず と 迷って いる うち に 、「澄 田 、先 行ってる よ 」と 言って 遠野 くん は レジ に 向かって 行って しまった。 ああ もう 、せっかく 隣 に いた のに。 私 は 慌てて 、結局 いつも の デーリィヨーグルッペ に して しまう。 今日 これ で 何 個 目 だっけ? 二 時間 目 の 後 に 購買 で 一 個 買って 飲み 、昼 休み に 二 個 飲んだから 、これ で 四 個 目 だ。 私 の 体 の 二十 分 の 一 くらい は ヨーグルッペ で できて る んじゃ ない か と 思って しまう。

コンビニ を 出て 角 を 曲がる と 、遠野 くん が 単 車 に 寄りかかって 携帯 メール を 打って いる 姿 が 見えて 、私 は 思わず ポスト の 陰 に 隠れて しまった。 空 は もう 暗い 濃紺 で 、風 に 流されて いる 雲 だけ が まだ かすかに 赤く 夕日 の 名残 を 映して いる。 もう すぐ 島 は 完全な 夜 に なる。 サトウキビ の 揺れる 音 と 虫 の 音 で あたり は 満ちて いる。 どこ か の 家 の 夕食 の 匂い が する。 暗くて 彼 の 表情 は 見え ない。 携帯 の 液晶 画面 だけ が くっきり と 明るい。

私 は つとめて 明るい 表情 を 作り 、彼 の 方 に 歩いて いく。 私 に 気づいた 彼 は とても 自然に 携帯 を ポケット に しまい 、「お かえり 澄 田。 何 買った の? 」と 優しく 話しかけて くれる。

「うん 、迷った んだけど 結局 ヨーグルッペ。 実は 今日 これ で 四 個 目 な んだ。 すごい でしょ」

「え 、うそ。 そんなに 好きな の? そう いえば 澄 田 いつも それ だ よ ね」

会話 を し ながら 、私 の 意識 は 背負った スポーツ バッグ に 入って いる 自分 の 携帯 電話 に 向かって しまう。 遠野 くん の メール の 相手 が 私 だったら いい のに と 、もう 何 千 回 も 願った こと を また 考えて しまう。 でも 彼 の メール が 私 に 届いた こと は ない。 だから 私 も 彼 に メール は 出せ ない。 私 は ──と 強く 思う。 せめて 私 だけ は 、この先 の 人生 で どんな 人 と デート する こと に なろう と も 、その 人 と 一緒に いる 時間 は 全力 で 相手 の こと だけ を 見て いよう。 携帯 なんか 絶対 に 見 ない よう に しよう。 この 人 は 自分 じゃ ない 他 の 誰 か の こと を 考えて いる なんて いう 不安 を 、相手 に 与え ない 人間 に なろう。

星 の 輝き はじめた 夜空 の 下 で 、どう しよう も なく 好きな 男の子 と 話し ながら 、私 は なんだか 泣き そうな 気持ち に なり ながら 強く 決心 を した。

今日 は 波 が 高くて 数 も 多い。 でも 風 は ちょっと オンショア 気味な の で 崩れた 波 が 多い。 午後 五 時 四十 分。 放課後 海 に 来て から もう 何 十 セット も の 波 に アタック して いる のに 、やっぱり 一 つ も 乗れて いない。 もちろん スープ ──崩れた 後 の 白 波 に は 誰 でも 簡単に 立てる けれど 、私 は きちんと ピーク から 立って フェイス を 滑り 降りたい のだ。

沖 に 向かって 必死に パドル し ながら 、それ でも 私 は 海 と 空 に ほれぼれ と 見とれて しまう。 今日 は 分厚い 曇り空 な のに 、空 は どうして こんなに も 高く 見える んだろう。 海 の 色 も 、雲 の 厚 さ を 映して 刻一刻 と 変わる。 パドリング 中 の 目線 の 高 さ が 数 センチ 違う だけ で 、その 複雑な 海面 は がらり と 表情 を 変える。 早く 立ちたい。 一五四 センチ の 高 さ から 見た 海 は どんな 表情 を 見せる の か 知りたい。 どんなに 絵 が うまい 人間 でも ──と 私 は 思う。 今 私 の 見て いる 海 は 絶対 に 絵 に は 描ききれ ない だろう。 写真 でも ダメ 、ビデオ でも きっと ダメだ。 今日 の 情報 の 授業 で 習った 二十一 世紀 の ハイビジョン は 、横 が 千九百 個 くらい の 光 点 で 構成 されて いて それ は もう ものすごく 高 精 細 だ と いう。 でも それ でも きっと ぜんぜん ダメ。 目の前 の この 風景 が 千九百 ×千 イコール たった 何 百万 か の 点 で 表現 し きれる わけ が ない。 それ で 十分 きれいだ と 、授業 で 喋った 先生 も ハイビジョン の 発明者 だ か 映画 の 制作者 だ かも 本当に 信じて いる のだろう か。 そして こんな 風景 の 中 に いる 私 自身 も 、きっと 遠く から 見たら 美しく 見えて いる に 違いない と 、私 は 祈る よう に 思う。 遠野 くん に 見て 欲しい な と 私 は 思い 、それ から 引っ張り出さ れる よう に 今日 の 学校 で の 出来事 を 思い出す。

昼 休み 、いつも の よう に ユッコ と サキ ちゃん と 一緒に お 弁当 を 食べて いる 時 、三 年 三 組 の 澄 田 花 苗 さん 、と 校 内 放送 で 呼び出された。 生徒 指導 室 まで 来て ください 、と。 理由 は 分かって いた けれど 、私 が その 時 思った の は 呼び出し を 遠野 くん に 聞かれた かも しれ ない と いう 恥ずかし さ だった。 それ から お 姉ちゃん に も。

がらんと した 生徒 指導 室 に は 、進路 指導 の 伊藤 先生 が 座って いて 、先生 の 目の前 に は 一 枚 の プリント が 置いて あった。 私 が 仕方なく 名前 だけ 書いて 提出 した 進路 調査 用紙 だ。 開け 放した 窓 の 外 から は いかにも 夏! と いった かんじ に 盛大に セミ の 鳴き声 が する けれど 、部屋 の 中 は ひんやり と 涼しい。 雲 が 速い 速度 で 流れて いて 、日 が 射 したり 消えたり して いる。 東 風 だ。 今日 は 波 が 多 そうだ な と 考え ながら 、先生 の 向かい に 座った。

「……あん なあ 、学年 で まだ 決め とら ん の は 澄 田 だけ や ぞ 」と 、わざとらしく ため息 を ついた 後 に 伊藤 先生 は 面倒くさ そうに 言う。

「すみません ……」と だけ 呟いて 、でも 続ける べき 言葉 が 思い浮かば ず 、私 は 黙り 込む。 先生 も 黙って いる。 しばらく 続く 沈黙。

〈1~3の 各 項 の 該当 する もの に ○印 を 記入 して ください〉

と かすれた 文字 が 印字 された わら半紙 を 、私 は 仕方なく じっと 見つめる。

1:‥大学 進学 (A :‥4年 制 大学 B :‥短期 大学)

2:‥専門 学校

3:‥就職 (A :‥地域 B :‥職種)

大学 の 項 に は さらに 国公立 か 私立 の 選択肢 が あり 、それ に 続いて ずら ーっと 学部 の 名前 が 並んで いる。 医 、歯 、薬 、理 、工 、農 、水産 、商 、文 、法 、経 、外 語 、教育。 短大 と 専門 学校 の 項 も 同様。 音楽 、芸術 、幼児 教育 、栄養 、服飾 、コンピューター 、医療 ・看護 、調理 、理容 、観光 、メディア 、公務 員……。 文字 を 追う だけ で くらく ら する。 そして 就職 の 項 に は 地域 の 選択肢 が あり 、島内 、鹿児島 県 内 、九州 、関西 、関東 、その他 、と 書かれて いる。

島内 と いう 文字 と 、関東 と いう 文字 を 私 は 交互に 見つめる。 ──東京 、と 私 は 思う。 行った こと は ない し 、行きたい と 思った こと も そう いえば ない。 私 に とって の 一九九九 年 現在 の 東京 は 、ギャング(! )が いる と いう 渋谷 、下着 を 売って いる らしい 女子 高 生 、都 内 緊急 二十四 時! 的な 犯罪 の 横行 、フジテレビ の 建物 に ついて いる 用途 不明 巨大 銀 ボール に 代表 さ れる ような 大袈裟で ばかで かい ビル 、そんな ところ だ。 続いて ブレザー 姿 の 遠野 くん が ルーズソックス の 色白 茶髪 の 女子 高 生 と 手 を つないで 歩いて いる 風景 が 思い浮かび 、私 は 慌てて 想像 力 を シャットダウン する。 伊藤 先生 の 大きな ため 息 が ふたたび 聞こえて くる。

「のう 、こう 言っちゃ あな ん やけど 、そ ねえ に 悩む ような こと や なかろう が。 お前 の 成績 や と 、専門 か 短大 か 就職。 親 御さん が ええ と 言 や あ 九州 の 専門 か 短大 、ダメだ と 言 や あ 鹿児島 で 就職。 それ で ええ やろ が。 だいたい 澄 田 先生 は なんて 言う とる ん か」

「いえ ……」と 私 は 小さく 呟き 、それ から また 黙り 込んで しまう。 ぐるぐる と 感情 が 渦巻く。 この ヒト は なんで わざわざ 私 を 放送 で 呼び出して 、その うえ お 姉ちゃん の こと を 持ち出す のだろう。 なんで あご 髭 なんか 生やして いる んだろう。 なんで サンダル 履き なんだろう。 とにかく 早く 昼 休み が 終わって 欲しい と 、私 は 祈る。

「澄 田 あ 、黙っとったら 分から ん やろう が」

「はい ……あの 、すみません」

「今晩 お 姉さん と よう 話し合え。 俺 から も 言う とく から」

なぜ この ヒト は 、私 の 嫌がる こと ばかり を 的確に 行える のだろう と 、私 は 心底 不思議に 思う。

沖 に 出よう と パドル して いる 私 の 前方 に 大き めの 波 が 見える。 しぶき を 上げる 白 波 が まるで ローラー の よう に 近づいて きて 、私 は ぶつかる 直前 で ボード を 思い切り 押し込み 水中 に もぐり 、波 を スルー する。 やっぱり 今日 は 波 が 多い。 もっと アウト に 出よう と 、私 は 何度 も ドルフィン を 繰り返す。

──ここ じゃ ない 、と 私 は 思う。

ここ じゃ ダメだ。 もっと もっと 外 へ。 必死に 腕 を 回す。 水 は どっしり と 重い。 ここ じゃ ない 、ここ じゃ ない ──まるで 呪文 みたいに 心 の 中 で 繰り返す。

そして その 言葉 が 遠野 くん の 姿 に しっくり と 重なる こと に 、私 は いきなり 気づく。

時々 こんな 瞬間 が ある。 波 に 向かって いる と 、まるで 超 能力者 みたいに 何 か に はっきり と 気づいて しまう 時 が ある。 放課後 の コンビニ の 脇 、誰 も いない 単 車 置き場 、早朝 の 校舎 裏 、そういう ところ で 誰 か に メール を 打って いる 遠野 くん から 、私 に は 「ここ じゃ ない 」と いう 叫び が 聞こえる。 そんな こと 知ってる よ 遠野 くん。 私 だって 同じな んだから。 ここ じゃ ない と 思ってる の は 遠野 くん だけ じゃ ない よ。 遠野 くん 、遠野 くん 、遠野 くん ──そう 繰り返し ながら 私 は 中途半端な 体勢 で 波 に 持ち上げられ 、それ でも 立ち上がろう と した 瞬間 に 、一気に 崩れた 波 と 一緒に 前 のめり に 海中 に 叩き込ま れる。 思わず 海水 を 飲み込んで しまい 、私 は 慌てて 浮き上がって ボード に しがみつき 激しく 咳き込む。 鼻水 と 涙 が 滲 ん できて 、まるで 本当に 泣いて いる みたいな 気持ち に なる。

学校 へ と 戻る 車 の 中 で 、お 姉ちゃん は 進路 の 話題 を 持ち出さ なかった。

夜 七 時 四十五 分。 私 は コンビニ の ドリンク 売り場 の 前 に しゃがみ込んで いる。 今日 は ひとり だ。 単 車 置き場 の 前 で しばらく 待って みた のだ けれど 、遠野 くん は 現れ なかった。 何もかも ツイ てい ない 一 日。 私 は 結局 また ヨーグルッペ を 買って しまう。 コンビニ の 脇 に 停めた バイク に 寄りかかり 、甘い 液体 を 一気に 飲み込み 、ヘルメット を かぶり 、バイク に またがる。

まだ ほんのり と 明る さ の 残る 西 の 地平 線 を 横目 で 眺め ながら 、私 は 高台 の 脇道 を バイク を 走ら せて いる。 左手 に は 眼下 に 町 が 一望 できて 、視界 の 隅 の 林 越し に は 海岸 線 も 見える。 右手 は 畑 を 挟んで ちょっと した 丘 に なって いる。 わりと 平坦な この 島 の 中 で は この あたり は 眺め の 良い 場所 で 、遠野 くん の 帰り道 で も ある。 ゆっくり 走って いたら 、もし かして 後ろ から 追いついて きたり して。 それとも やっぱり 先 に 行っちゃった の かしら。 バイク の エンジン が がる ん と 咳き込み 、ほんの ちょっと の 間 だけ エンジン が 止まり 、何事 も なかった か の よう に 元 に 戻る。 この カブ も もう お婆 ちゃん だ よ なあ。 「カブ 大丈夫 ー? 」と 呟いた ところ で 、前方 の 道路 脇 に 停められた バイク が 目 に 入った。 彼 の バイク だ! と なぜ か 私 は はじか れる よう に 確信 し 、並べて バイク を 停めた。


秒速 5センチメートル (8) びょうそく| 5 Zentimeter pro Sekunde (8) 5 Centimeters per Second (8) 5 centímetros por segundo (8) 5 centymetrów na sekundę (8) 5 centímetros por segundo (8) 5 centimeter per sekund (8) 秒速5厘米 (8) 秒速5公分 (8)

遠野 くん が 買う もの は いつも 決まって いて 、デーリィコーヒー の 紙 パック を 迷い なく 選ぶ。 とおの|||かう||||きまって||||かみ|ぱっく||まよい||えらぶ Tono always buys the same thing: a paper pack of Dairy coffee. 远野君买什么是决定性的,他毫不犹豫地选择了纸盒装的Dairy Coffee。 私 は いつも 何 を 買う べき か 迷って しまう。 わたくし|||なん||かう|||まよって| I am always at a loss as to what to buy. つまり 、どんな もの を 買えば 可愛い と 思わ れる の か と いう 問題。 ||||かえば|かわいい||おもわ||||||もんだい In other words, it's a question of what kind of things you should buy to be considered cute. 彼 と 同じ コーヒー じゃ なんだか 狙ってる みたいだ し (実際 狙ってる んだけど )、牛乳 は ちょっと ガサツ な 気 が する し 、デーリィフルーツ は 黄色い パック が 可愛い けれど 味 が ちょっと 好きじゃ ないし 、デーリィ 黒 酢 は 本当 は 飲んで みたい けれど なんか ワイルド すぎる し。 かれ||おなじ|こーひー|||ねらってる|||じっさい|ねらってる||ぎゅうにゅう|||||き||||||きいろい|ぱっく||かわいい||あじ|||すきじゃ|||くろ|す||ほんとう||のんで|||||| I feel like I'm aiming at him with the same coffee (I am), milk seems a bit crass, Dairy Fruit has a cute yellow packet but I don't like the taste, and Dairy Black Vinegar is something I really want to try but it's too wild.

そんなふうに 私 が ぐずぐず と 迷って いる うち に 、「澄 田 、先 行ってる よ 」と 言って 遠野 くん は レジ に 向かって 行って しまった。 |わたくし||||まよって||||きよし|た|さき|おこなってる|||いって|とおの|||れじ||むかって|おこなって| While I was hesitating, Tono said, "Sumida, I'm going ahead of you," and went to the cash register. ああ もう 、せっかく 隣 に いた のに。 |||となり||| Ah, even though I was right next to you. 私 は 慌てて 、結局 いつも の デーリィヨーグルッペ に して しまう。 わたくし||あわてて|けっきょく|||||| I panicked and ended up with the usual daily yogurt. 今日 これ で 何 個 目 だっけ? きょう|||なん|こ|め| How many is this today? 二 時間 目 の 後 に 購買 で 一 個 買って 飲み 、昼 休み に 二 個 飲んだから 、これ で 四 個 目 だ。 ふた|じかん|め||あと||こうばい||ひと|こ|かって|のみ|ひる|やすみ||ふた|こ|のんだから|||よっ|こ|め| I bought one at the store after the second period and drank it, and then had two during my lunch break, so this is my fourth one. 私 の 体 の 二十 分 の 一 くらい は ヨーグルッペ で できて る んじゃ ない か と 思って しまう。 わたくし||からだ||にじゅう|ぶん||ひと|||||||||||おもって| I suspect that about one-twentieth of my body is made up of yoghurt.

コンビニ を 出て 角 を 曲がる と 、遠野 くん が 単 車 に 寄りかかって 携帯 メール を 打って いる 姿 が 見えて 、私 は 思わず ポスト の 陰 に 隠れて しまった。 こんびに||でて|かど||まがる||とおの|||ひとえ|くるま||よりかかって|けいたい|めーる||うって||すがた||みえて|わたくし||おもわず|ぽすと||かげ||かくれて| When I left the convenience store and turned the corner, I saw Tohno-kun leaning on his motorcycle and texting on his mobile phone, and I instinctively hid behind a mailbox. 空 は もう 暗い 濃紺 で 、風 に 流されて いる 雲 だけ が まだ かすかに 赤く 夕日 の 名残 を 映して いる。 から|||くらい|のうこん||かぜ||ながされて||くも|||||あかく|ゆうひ||なごり||うつして| The sky was already a dark navy blue, and only the clouds blown by the wind were still faintly red, reflecting the remnants of the setting sun. もう すぐ 島 は 完全な 夜 に なる。 ||しま||かんぜんな|よ|| Soon it will be full night on the island. サトウキビ の 揺れる 音 と 虫 の 音 で あたり は 満ちて いる。 さとうきび||ゆれる|おと||ちゅう||おと||||みちて| The area is filled with the sound of swaying sugarcane and insects. どこ か の 家 の 夕食 の 匂い が する。 |||いえ||ゆうしょく||におい|| It smells like dinner at some house. 暗くて 彼 の 表情 は 見え ない。 くらくて|かれ||ひょうじょう||みえ| It's dark and I can't see his face. 携帯 の 液晶 画面 だけ が くっきり と 明るい。 けいたい||えきしょう|がめん|||||あかるい Only the LCD screen of the cell phone is clearly bright.

私 は つとめて 明るい 表情 を 作り 、彼 の 方 に 歩いて いく。 わたくし|||あかるい|ひょうじょう||つくり|かれ||かた||あるいて| I try my best to make a bright face and walk towards him. 私 に 気づいた 彼 は とても 自然に 携帯 を ポケット に しまい 、「お かえり 澄 田。 わたくし||きづいた|かれ|||しぜんに|けいたい||ぽけっと|||||きよし|た Noticing me, he put the cellphone in his pocket very naturally and said, "Welcome back Sumita. 何 買った の? なん|かった| What did you buy? 」と 優しく 話しかけて くれる。 |やさしく|はなしかけて| " He speaks to me kindly, "I'm sorry, I'm sorry.

「うん 、迷った んだけど 結局 ヨーグルッペ。 |まよった||けっきょく| I was torn, but I ended up with a yoghourtppe. 実は 今日 これ で 四 個 目 な んだ。 じつは|きょう|||よっ|こ|め|| This is actually the fourth one today. すごい でしょ」 That's great, isn't it?

「え 、うそ。 No way. そんなに 好きな の? |すきな| You like it that much? そう いえば 澄 田 いつも それ だ よ ね」 ||きよし|た||||| Come to think of it, Sumita is always like that."

会話 を し ながら 、私 の 意識 は 背負った スポーツ バッグ に 入って いる 自分 の 携帯 電話 に 向かって しまう。 かいわ||||わたくし||いしき||せおった|すぽーつ|ばっぐ||はいって||じぶん||けいたい|でんわ||むかって| While conversing, my attention turns to my cell phone, which is in my sports bag on my back. 遠野 くん の メール の 相手 が 私 だったら いい のに と 、もう 何 千 回 も 願った こと を また 考えて しまう。 とおの|||めーる||あいて||わたくし||||||なん|せん|かい||ねがった||||かんがえて| I wished that Tohno-kun's e-mail address would be me. でも 彼 の メール が 私 に 届いた こと は ない。 |かれ||めーる||わたくし||とどいた||| But I never received any of his e-mails. だから 私 も 彼 に メール は 出せ ない。 |わたくし||かれ||めーる||だせ| So I can't email him either. 私 は ──と 強く 思う。 わたくし|||つよく|おもう I strongly believe that せめて 私 だけ は 、この先 の 人生 で どんな 人 と デート する こと に なろう と も 、その 人 と 一緒に いる 時間 は 全力 で 相手 の こと だけ を 見て いよう。 |わたくし|||このさき||じんせい|||じん||でーと||||||||じん||いっしょに||じかん||ぜんりょく||あいて|||||みて| At the very least, no matter what kind of person I end up dating in the rest of my life, when I'm with that person, I'll do my best to look only at that person. 携帯 なんか 絶対 に 見 ない よう に しよう。 けいたい||ぜったい||み|||| I will never look at my cell phone or anything like that. この 人 は 自分 じゃ ない 他 の 誰 か の こと を 考えて いる なんて いう 不安 を 、相手 に 与え ない 人間 に なろう。 |じん||じぶん|||た||だれ|||||かんがえて||||ふあん||あいて||あたえ||にんげん|| Let's become a person who doesn't give the other person anxiety that this person is thinking about someone other than himself.

星 の 輝き はじめた 夜空 の 下 で 、どう しよう も なく 好きな 男の子 と 話し ながら 、私 は なんだか 泣き そうな 気持ち に なり ながら 強く 決心 を した。 ほし||かがやき||よぞら||した||||||すきな|おとこのこ||はなし||わたくし|||なき|そう な|きもち||||つよく|けっしん|| Under the starry night sky, talking to a boy I like without any choice, I felt like crying and made a strong decision.

今日 は 波 が 高くて 数 も 多い。 きょう||なみ||たかくて|すう||おおい Today the waves are high and numerous. でも 風 は ちょっと オンショア 気味な の で 崩れた 波 が 多い。 |かぜ||||ぎみな|||くずれた|なみ||おおい But the wind was a bit onshore, so there were many broken waves. 午後 五 時 四十 分。 ごご|いつ|じ|しじゅう|ぶん 5:40 p.m. 放課後 海 に 来て から もう 何 十 セット も の 波 に アタック して いる のに 、やっぱり 一 つ も 乗れて いない。 ほうかご|うみ||きて|||なん|じゅう|せっと|||なみ||あたっく|||||ひと|||のれて| I have attacked dozens of sets of waves since I came to the beach after school, but I haven't been able to surf a single one. もちろん スープ ──崩れた 後 の 白 波 に は 誰 でも 簡単に 立てる けれど 、私 は きちんと ピーク から 立って フェイス を 滑り 降りたい のだ。 |すーぷ|くずれた|あと||しろ|なみ|||だれ||かんたんに|たてる||わたくし|||ぴーく||たって|||すべり|おりたい| Of course, the soup ─ anyone can stand up easily in the white waves after it collapses, but I want to stand up properly from the peak and slide down the face.

沖 に 向かって 必死に パドル し ながら 、それ でも 私 は 海 と 空 に ほれぼれ と 見とれて しまう。 おき||むかって|ひっしに||||||わたくし||うみ||から||||みとれて| I paddled frantically toward the sea, but I was still lost in admiration for the sea and the sky. 今日 は 分厚い 曇り空 な のに 、空 は どうして こんなに も 高く 見える んだろう。 きょう||ぶあつい|くもりぞら|||から|||||たかく|みえる| Why does the sky look so high today in spite of the thick overcast? 海 の 色 も 、雲 の 厚 さ を 映して 刻一刻 と 変わる。 うみ||いろ||くも||こう|||うつして|こくいっこく||かわる The color of the sea also changes from moment to moment, reflecting the thickness of the clouds. パドリング 中 の 目線 の 高 さ が 数 センチ 違う だけ で 、その 複雑な 海面 は がらり と 表情 を 変える。 |なか||めせん||たか|||すう|せんち|ちがう||||ふくざつな|かいめん||||ひょうじょう||かえる Just by changing the height of your line of sight while paddling by a few centimeters, the complex surface of the sea changes completely. 早く 立ちたい。 はやく|たちたい 一五四 センチ の 高 さ から 見た 海 は どんな 表情 を 見せる の か 知りたい。 いちごし|せんち||たか|||みた|うみ|||ひょうじょう||みせる|||しりたい I would like to know what the ocean looks like from 154 centimeters above sea level. どんなに 絵 が うまい 人間 でも ──と 私 は 思う。 |え|||にんげん|||わたくし||おもう I think that no matter how good a person is at drawing. 今 私 の 見て いる 海 は 絶対 に 絵 に は 描ききれ ない だろう。 いま|わたくし||みて||うみ||ぜったい||え|||えがききれ|| The sea I am seeing now can never be fully depicted in a picture. 写真 でも ダメ 、ビデオ でも きっと ダメだ。 しゃしん||だめ|びでお|||だめだ Photographs won't work, video won't work. 今日 の 情報 の 授業 で 習った 二十一 世紀 の ハイビジョン は 、横 が 千九百 個 くらい の 光 点 で 構成 されて いて それ は もう ものすごく 高 精 細 だ と いう。 きょう||じょうほう||じゅぎょう||ならった|にじゅういち|せいき||||よこ||せんきゅうひゃく|こ|||ひかり|てん||こうせい|||||||たか|せい|ほそ||| The 21st-century high-definition that we learned in today's information class is made up of about 1,900 light points horizontally, and it's already extremely high-definition. でも それ でも きっと ぜんぜん ダメ。 |||||だめ But that, I'm sure, won't work at all. 目の前 の この 風景 が 千九百 ×千 イコール たった 何 百万 か の 点 で 表現 し きれる わけ が ない。 めのまえ|||ふうけい||せんきゅうひゃく|せん|いこーる||なん|ひゃくまん|||てん||ひょうげん||||| 1900 x 1000 equals 1,900 x 1,000, which means there's no way you can express this scene in just a few million points. それ で 十分 きれいだ と 、授業 で 喋った 先生 も ハイビジョン の 発明者 だ か 映画 の 制作者 だ かも 本当に 信じて いる のだろう か。 ||じゅうぶん|||じゅぎょう||しゃべった|せんせい||||はつめい しゃ|||えいが||せいさく しゃ|||ほんとうに|しんじて||| I wonder if the inventor of HDTV and the producer of the movie really believe that it is beautiful enough. そして こんな 風景 の 中 に いる 私 自身 も 、きっと 遠く から 見たら 美しく 見えて いる に 違いない と 、私 は 祈る よう に 思う。 ||ふうけい||なか|||わたくし|じしん|||とおく||みたら|うつくしく|みえて|||ちがいない||わたくし||いのる|||おもう And I pray that I myself, in such a landscape, must have looked beautiful from afar. 遠野 くん に 見て 欲しい な と 私 は 思い 、それ から 引っ張り出さ れる よう に 今日 の 学校 で の 出来事 を 思い出す。 とおの|||みて|ほしい|||わたくし||おもい|||ひっぱりださ||||きょう||がっこう|||できごと||おもいだす I wanted Tohno-kun to take a look, and then I remembered what happened at school today as if I was being pulled out.

昼 休み 、いつも の よう に ユッコ と サキ ちゃん と 一緒に お 弁当 を 食べて いる 時 、三 年 三 組 の 澄 田 花 苗 さん 、と 校 内 放送 で 呼び出された。 ひる|やすみ|||||ゆっこ||さき|||いっしょに||べんとう||たべて||じ|みっ|とし|みっ|くみ||きよし|た|か|なえ|||こう|うち|ほうそう||よびだされた During lunch break, I was eating lunch with Yuko and Saki, as usual, when I was called by the school announcement, "Ms. Hanae Sumida from 3rd grade, 3rd class. 生徒 指導 室 まで 来て ください 、と。 せいと|しどう|しつ||きて|| Please come to the guidance office. 理由 は 分かって いた けれど 、私 が その 時 思った の は 呼び出し を 遠野 くん に 聞かれた かも しれ ない と いう 恥ずかし さ だった。 りゆう||わかって|||わたくし|||じ|おもった|||よびだし||とおの|||きかれた||||||はずかし|| I knew the reason, but what I thought at that time was the embarrassment that Tohno-kun might have heard my summons. それ から お 姉ちゃん に も。 |||ねえちゃん|| And also to my sister.

がらんと した 生徒 指導 室 に は 、進路 指導 の 伊藤 先生 が 座って いて 、先生 の 目の前 に は 一 枚 の プリント が 置いて あった。 ||せいと|しどう|しつ|||しんろ|しどう||いとう|せんせい||すわって||せんせい||めのまえ|||ひと|まい||ぷりんと||おいて| In a spacious student guidance room, Mr. Ito, a career guidance teacher, was sitting, and a printout was placed in front of him. 私 が 仕方なく 名前 だけ 書いて 提出 した 進路 調査 用紙 だ。 わたくし||しかたなく|なまえ||かいて|ていしゅつ||しんろ|ちょうさ|ようし| I had no choice but to write only my name on the form and submit it to the school. 開け 放した 窓 の 外 から は いかにも 夏! あけ|はなした|まど||がい||||なつ It looks like summer from outside the open window! と いった かんじ に 盛大に セミ の 鳴き声 が する けれど 、部屋 の 中 は ひんやり と 涼しい。 ||||せいだいに|せみ||なきごえ||||へや||なか||||すずしい The cicadas are chirping loudly, but the room is cool and chilly. 雲 が 速い 速度 で 流れて いて 、日 が 射 したり 消えたり して いる。 くも||はやい|そくど||ながれて||ひ||い||きえたり|| Clouds are moving fast, and the sun is shining and disappearing. 東 風 だ。 ひがし|かぜ| It is an easterly wind. 今日 は 波 が 多 そうだ な と 考え ながら 、先生 の 向かい に 座った。 きょう||なみ||おお|そう だ|||かんがえ||せんせい||むかい||すわった I sat across from him, thinking that there would be a lot of waves today.

「……あん なあ 、学年 で まだ 決め とら ん の は 澄 田 だけ や ぞ 」と 、わざとらしく ため息 を ついた 後 に 伊藤 先生 は 面倒くさ そうに 言う。 ||がくねん|||きめ|||||きよし|た||||||ためいき|||あと||いとう|せんせい||めんどうくさ|そう に|いう After sighing deliberately, Ito-sensei says in a troublesome manner, "You know, Sumida is the only one who hasn't decided on the grade yet.

「すみません ……」と だけ 呟いて 、でも 続ける べき 言葉 が 思い浮かば ず 、私 は 黙り 込む。 |||つぶやいて||つづける||ことば||おもいうかば||わたくし||だまり|こむ Excuse me. ......." I was silent, unable to think of the right words to continue. 先生 も 黙って いる。 せんせい||だまって| The teacher is also silent. しばらく 続く 沈黙。 |つづく|ちんもく Silence that lasts for a while.

〈1~3の 各 項 の 該当 する もの に ○印 を 記入 して ください〉 |かく|うなじ||がいとう||||いん||きにゅう|| <Please circle the appropriate item for each item from 1 to 3.>

と かすれた 文字 が 印字 された わら半紙 を 、私 は 仕方なく じっと 見つめる。 ||もじ||いんじ||わらばんし||わたくし||しかたなく||みつめる I can't help but stare at the straw paper with the faint letters printed on it.

1:‥大学 進学 (A :‥4年 制 大学 B :‥短期 大学) だいがく|しんがく|a|とし|せい|だいがく|b|たんき|だいがく 1: University (A: 4-year university B: junior college)

2:‥専門 学校 せんもん|がっこう 2: ... Vocational school

3:‥就職 (A :‥地域 B :‥職種) しゅうしょく|a|ちいき|b|しょくしゅ 3: ... employment (A: ... region B: ... occupation)

大学 の 項 に は さらに 国公立 か 私立 の 選択肢 が あり 、それ に 続いて ずら ーっと 学部 の 名前 が 並んで いる。 だいがく||うなじ||||こっこうりつ||しりつ||せんたくし|||||つづいて||-っと|がくぶ||なまえ||ならんで| In the university section, there is also the option of national or public school or private school, followed by the name of the faculty in a row. 医 、歯 、薬 、理 、工 、農 、水産 、商 、文 、法 、経 、外 語 、教育。 い|は|くすり|り|こう|のう|すいさん|しょう|ぶん|ほう|へ|がい|ご|きょういく Medicine, dentistry, pharmacy, science, engineering, agriculture, fisheries, commerce, literature, law, economics, foreign languages, and education. 短大 と 専門 学校 の 項 も 同様。 たんだい||せんもん|がっこう||うなじ||どうよう The same applies to junior colleges and vocational schools. 音楽 、芸術 、幼児 教育 、栄養 、服飾 、コンピューター 、医療 ・看護 、調理 、理容 、観光 、メディア 、公務 員……。 おんがく|げいじゅつ|ようじ|きょういく|えいよう|ふくしょく|こんぴゅーたー|いりょう|かんご|ちょうり|りよう|かんこう|めでぃあ|こうむ|いん Music, Arts, Early Childhood Education, Nutrition, Clothing, Computers, Medicine and Nursing, Culinary Arts, Barbering, Tourism, Media, Public Service. ...... 文字 を 追う だけ で くらく ら する。 もじ||おう||||| I get dizzy just following the words. そして 就職 の 項 に は 地域 の 選択肢 が あり 、島内 、鹿児島 県 内 、九州 、関西 、関東 、その他 、と 書かれて いる。 |しゅうしょく||うなじ|||ちいき||せんたくし|||しまうち|かごしま|けん|うち|きゅうしゅう|かんさい|かんとう|そのほか||かかれて| And in the employment section, there are regional options such as Shimauchi, Kagoshima Prefecture, Kyushu, Kansai, Kanto, and others.

島内 と いう 文字 と 、関東 と いう 文字 を 私 は 交互に 見つめる。 しまうち|||もじ||かんとう|||もじ||わたくし||こうごに|みつめる I look alternately at the word "shimanai" and the word "kanto". ──東京 、と 私 は 思う。 とうきょう||わたくし||おもう ──Tokyo, I think. 行った こと は ない し 、行きたい と 思った こと も そう いえば ない。 おこなった|||||いきたい||おもった||||| I've never been there, and I don't think I ever wanted to. 私 に とって の 一九九九 年 現在 の 東京 は 、ギャング(! わたくし||||いちくくきゅう|とし|げんざい||とうきょう||ぎゃんぐ For me, Tokyo as of 1999 is gang (! )が いる と いう 渋谷 、下着 を 売って いる らしい 女子 高 生 、都 内 緊急 二十四 時! ||||しぶや|したぎ||うって|||じょし|たか|せい|と|うち|きんきゅう|にじゅうし|じ ) in Shibuya, a high school girl who seems to sell underwear, and an emergency in Tokyo at 24:00! 的な 犯罪 の 横行 、フジテレビ の 建物 に ついて いる 用途 不明 巨大 銀 ボール に 代表 さ れる ような 大袈裟で ばかで かい ビル 、そんな ところ だ。 てきな|はんざい||おうこう|ふじてれび||たてもの||||ようと|ふめい|きょだい|ぎん|ぼーる||だいひょう||||おおげさで|||びる||| Rampant crime, exaggerated and ridiculous buildings like the giant silver ball of unknown use attached to the building of Fuji Television Network. 続いて ブレザー 姿 の 遠野 くん が ルーズソックス の 色白 茶髪 の 女子 高 生 と 手 を つないで 歩いて いる 風景 が 思い浮かび 、私 は 慌てて 想像 力 を シャットダウン する。 つづいて||すがた||とおの|||||いろじろ|ちゃぱつ||じょし|たか|せい||て|||あるいて||ふうけい||おもいうかび|わたくし||あわてて|そうぞう|ちから||| Next, the image of Tono-kun in a blazer walking hand-in-hand with a fair-skinned, brown-haired high school girl in loose socks came to mind, and I hurriedly shut down my imagination. 伊藤 先生 の 大きな ため 息 が ふたたび 聞こえて くる。 いとう|せんせい||おおきな||いき|||きこえて| I heard Ito-sensei's big sigh again.

「のう 、こう 言っちゃ あな ん やけど 、そ ねえ に 悩む ような こと や なかろう が。 ||いっちゃ|||||||なやむ||||| "Well, if you say it like this, it shouldn't cause you any trouble. お前 の 成績 や と 、専門 か 短大 か 就職。 おまえ||せいせき|||せんもん||たんだい||しゅうしょく Your grades, major, junior college, or employment. 親 御さん が ええ と 言 や あ 九州 の 専門 か 短大 、ダメだ と 言 や あ 鹿児島 で 就職。 おや|おさん||||げん|||きゅうしゅう||せんもん||たんだい|だめだ||げん|||かごしま||しゅうしょく My parents said yes, I went to a vocational school or a junior college in Kyushu, and said no, I got a job in Kagoshima. それ で ええ やろ が。 That's it. だいたい 澄 田 先生 は なんて 言う とる ん か」 |きよし|た|せんせい|||いう||| About what does Sumita-sensei say?"

「いえ ……」と 私 は 小さく 呟き 、それ から また 黙り 込んで しまう。 ||わたくし||ちいさく|つぶやき||||だまり|こんで| "No..." I whispered softly, and then fell silent again. ぐるぐる と 感情 が 渦巻く。 ||かんじょう||うずまく Emotions swirl around in circles. この ヒト は なんで わざわざ 私 を 放送 で 呼び出して 、その うえ お 姉ちゃん の こと を 持ち出す のだろう。 |ひと||||わたくし||ほうそう||よびだして||||ねえちゃん||||もちだす| Why did this person bother to call me on the air and, on top of that, bring up my sister? なんで あご 髭 なんか 生やして いる んだろう。 ||ひげ||はやして|| I wonder why he has a beard. なんで サンダル 履き なんだろう。 |さんだる|はき| I wonder why he wears sandals. とにかく 早く 昼 休み が 終わって 欲しい と 、私 は 祈る。 |はやく|ひる|やすみ||おわって|ほしい||わたくし||いのる Anyway, I prayed that the lunch break would be over soon.

「澄 田 あ 、黙っとったら 分から ん やろう が」 きよし|た||もくっとったら|わから||| “Ah, Sumita, if you keep quiet, you won’t understand.”

「はい ……あの 、すみません」 Yes. ...... Um, I'm sorry.

「今晩 お 姉さん と よう 話し合え。 こんばん||ねえさん|||はなしあえ Talk to your sister about it tonight. 俺 から も 言う とく から」 おれ|||いう|| I'll tell you, too."

なぜ この ヒト は 、私 の 嫌がる こと ばかり を 的確に 行える のだろう と 、私 は 心底 不思議に 思う。 ||ひと||わたくし||いやがる||||てきかくに|おこなえる|||わたくし||しんそこ|ふしぎに|おもう I wonder from the bottom of my heart why this person can do exactly what I hate.

沖 に 出よう と パドル して いる 私 の 前方 に 大き めの 波 が 見える。 おき||でよう|||||わたくし||ぜんぽう||おおき||なみ||みえる As I was paddling out to sea, I saw a large wave in front of me. しぶき を 上げる 白 波 が まるで ローラー の よう に 近づいて きて 、私 は ぶつかる 直前 で ボード を 思い切り 押し込み 水中 に もぐり 、波 を スルー する。 ||あげる|しろ|なみ|||ろーらー||||ちかづいて||わたくし|||ちょくぜん||ぼーど||おもいきり|おしこみ|すいちゅう|||なみ||するー| A splashing white wave approached me like a roller, and just before it hit me, I pushed my board with all my might, dived into the water, and passed through the wave. やっぱり 今日 は 波 が 多い。 |きょう||なみ||おおい As I thought, there are many waves today. もっと アウト に 出よう と 、私 は 何度 も ドルフィン を 繰り返す。 |あうと||でよう||わたくし||なんど||||くりかえす I repeated the dolphin over and over again, trying to get more out.

──ここ じゃ ない 、と 私 は 思う。 ||||わたくし||おもう I don't think this is the place.

ここ じゃ ダメだ。 ||だめだ Not here. もっと もっと 外 へ。 ||がい| Go out more and more. 必死に 腕 を 回す。 ひっしに|うで||まわす He turns his arms frantically. 水 は どっしり と 重い。 すい||||おもい Water is heavy. ここ じゃ ない 、ここ じゃ ない ──まるで 呪文 みたいに 心 の 中 で 繰り返す。 |||||||じゅもん||こころ||なか||くりかえす Not here, not here - repeat in your mind like a spell.

そして その 言葉 が 遠野 くん の 姿 に しっくり と 重なる こと に 、私 は いきなり 気づく。 ||ことば||とおの|||すがた||||かさなる|||わたくし|||きづく I suddenly realized that his words fit perfectly with Tono's image.

時々 こんな 瞬間 が ある。 ときどき||しゅんかん|| Sometimes I have moments like this. 波 に 向かって いる と 、まるで 超 能力者 みたいに 何 か に はっきり と 気づいて しまう 時 が ある。 なみ||むかって||||ちょう|のうりょく しゃ||なん|||||きづいて||じ|| When you're facing a wave, there are times when you notice something very clearly, like a psychic. 放課後 の コンビニ の 脇 、誰 も いない 単 車 置き場 、早朝 の 校舎 裏 、そういう ところ で 誰 か に メール を 打って いる 遠野 くん から 、私 に は 「ここ じゃ ない 」と いう 叫び が 聞こえる。 ほうかご||こんびに||わき|だれ|||ひとえ|くるま|おきば|そうちょう||こうしゃ|うら||||だれ|||めーる||うって||とおの|||わたくし||||||||さけび||きこえる I can hear Tono's shouts of "not here" from the side of the convenience store after school, the empty car lot, or the back of the school building in the early morning as he is sending a text message to someone. そんな こと 知ってる よ 遠野 くん。 ||しってる||とおの| I know that, Tono. 私 だって 同じな んだから。 わたくし||おなじな| I'm the same way. ここ じゃ ない と 思ってる の は 遠野 くん だけ じゃ ない よ。 ||||おもってる|||とおの||||| Tono isn't the only one who thinks this isn't the right place. 遠野 くん 、遠野 くん 、遠野 くん ──そう 繰り返し ながら 私 は 中途半端な 体勢 で 波 に 持ち上げられ 、それ でも 立ち上がろう と した 瞬間 に 、一気に 崩れた 波 と 一緒に 前 のめり に 海中 に 叩き込ま れる。 とおの||とおの||とおの|||くりかえし||わたくし||ちゅうとはんぱな|たいせい||なみ||もちあげられ|||たちあがろう|||しゅんかん||いっきに|くずれた|なみ||いっしょに|ぜん|||かいちゅう||たたきこま| Tohno-kun, Tohno-kun, Tohno-kun, I kept repeating that while I was lifted up by the waves in a half-baked position, but the moment I tried to stand up, the waves suddenly collapsed and I was thrown forward into the sea. 思わず 海水 を 飲み込んで しまい 、私 は 慌てて 浮き上がって ボード に しがみつき 激しく 咳き込む。 おもわず|かいすい||のみこんで||わたくし||あわてて|うきあがって|ぼーど|||はげしく|せきこむ Unconsciously swallowing seawater, I hurriedly floated to the surface, clung to the board, and coughed violently. 鼻水 と 涙 が 滲 ん できて 、まるで 本当に 泣いて いる みたいな 気持ち に なる。 はなみず||なみだ||しん||||ほんとうに|ないて|||きもち|| The runny nose and tears make me feel as if I'm really crying.

学校 へ と 戻る 車 の 中 で 、お 姉ちゃん は 進路 の 話題 を 持ち出さ なかった。 がっこう|||もどる|くるま||なか|||ねえちゃん||しんろ||わだい||もちださ| In the car on the way back to school, my sister did not bring up the subject of career paths.

夜 七 時 四十五 分。 よ|なな|じ|しじゅうご|ぶん It is 7:45 at night. 私 は コンビニ の ドリンク 売り場 の 前 に しゃがみ込んで いる。 わたくし||こんびに|||うりば||ぜん||しゃがみこんで| I am crouched in front of the drink counter of a convenience store. 今日 は ひとり だ。 きょう||| 単 車 置き場 の 前 で しばらく 待って みた のだ けれど 、遠野 くん は 現れ なかった。 ひとえ|くるま|おきば||ぜん|||まって||||とおの|||あらわれ| I waited for a while in front of the motorcycle parking lot, but Tohno didn't show up. 何もかも ツイ てい ない 一 日。 なにもかも|つい|||ひと|ひ It was a day when everything was not going well. 私 は 結局 また ヨーグルッペ を 買って しまう。 わたくし||けっきょく||||かって| I ended up buying another yoghurt. コンビニ の 脇 に 停めた バイク に 寄りかかり 、甘い 液体 を 一気に 飲み込み 、ヘルメット を かぶり 、バイク に またがる。 こんびに||わき||とめた|ばいく||よりかかり|あまい|えきたい||いっきに|のみこみ|へるめっと|||ばいく|| Leaning on a motorcycle parked beside a convenience store, swallowing the sweet liquid in one go, putting on a helmet, and straddling the motorcycle.

まだ ほんのり と 明る さ の 残る 西 の 地平 線 を 横目 で 眺め ながら 、私 は 高台 の 脇道 を バイク を 走ら せて いる。 |||あかる|||のこる|にし||ちへい|せん||よこめ||ながめ||わたくし||たかだい||わきみち||ばいく||はしら|| While gazing sideways at the horizon to the west, where the light still remains faintly bright, I am riding my motorcycle down a side road on a hill. 左手 に は 眼下 に 町 が 一望 できて 、視界 の 隅 の 林 越し に は 海岸 線 も 見える。 ひだりて|||がんか||まち||いちぼう||しかい||すみ||りん|こし|||かいがん|せん||みえる To the left is a panoramic view of the town below, and the coastline can be seen over the woods in the corner of the view. 右手 は 畑 を 挟んで ちょっと した 丘 に なって いる。 みぎて||はたけ||はさんで|||おか||| To the right is a slight hill across a field. わりと 平坦な この 島 の 中 で は この あたり は 眺め の 良い 場所 で 、遠野 くん の 帰り道 で も ある。 |へいたんな||しま||なか||||||ながめ||よい|ばしょ||とおの|||かえりみち||| The island is relatively flat, and this is a good place to enjoy the view and the way back to Tono. ゆっくり 走って いたら 、もし かして 後ろ から 追いついて きたり して。 |はしって||||うしろ||おいついて|| If I was running slowly, maybe someone would catch up with me from behind. それとも やっぱり 先 に 行っちゃった の かしら。 ||さき||おこなっちゃった|| Or did he go ahead of me after all? バイク の エンジン が がる ん と 咳き込み 、ほんの ちょっと の 間 だけ エンジン が 止まり 、何事 も なかった か の よう に 元 に 戻る。 ばいく||えんじん|||||せきこみ||||あいだ||えんじん||とまり|なにごと|||||||もと||もどる The bike's engine makes a hoarse squeal, then it shuts off for a few moments and then comes back on as if nothing had happened. この カブ も もう お婆 ちゃん だ よ なあ。 |かぶ|||おばあ|||| This cub is already an old lady. 「カブ 大丈夫 ー? かぶ|だいじょうぶ|- Cub, you okay? 」と 呟いた ところ で 、前方 の 道路 脇 に 停められた バイク が 目 に 入った。 |つぶやいた|||ぜんぽう||どうろ|わき||とめられた|ばいく||め||はいった Just as I muttered, I saw a motorcycle parked on the side of the road ahead. 彼 の バイク だ! かれ||ばいく| It's his motorcycle! と なぜ か 私 は はじか れる よう に 確信 し 、並べて バイク を 停めた。 |||わたくし||||||かくしん||ならべて|ばいく||とめた For some reason, I felt a burst of conviction, and parked my motorcycle alongside them.