×

我们使用cookies帮助改善LingQ。通过浏览本网站,表示你同意我们的 cookie 政策.


image

秒速5センチメートル (5 Centimeters per Second), 秒速5センチメートル (12)

秒速 5センチメートル (12)

……あれ は 何 年 前 だろう? 中学 一 年 の 終わり だった から 、もう 十五 年 も 前 だ。

眠気 は いっこうに 訪れる 気配 は なく 、彼 は ため息 を ついて 本 を 閉じ 、缶 の 底 に 残った ビール を ひとくち で 飲んだ。

三 週間 前 に 五 年 近く 勤めた 会社 を 辞め 、次の 就職 先 の あて も なく 、毎日 を 何 を する でも なく ぼんやり と 過ごして いる。 それなのに 、心 は ここ 数 年 に なく 穏やかに 凪いで いた。

……いったい 俺 は どうして しまった んだろう 、と 彼 は 胸 の うち で 呟き ながら 炬燵 から 立ち上がり 、壁 に 掛けて ある コート を はおり (その 横 に は まだ スーツ が 掛けた まま に なって いる )、玄関 で 靴 を 履き ビニール 傘 を 持って 外 に 出た。 傘 に あたる 雪 の ひそやかな 音 を 聞き ながら 、近所 の コンビニエンスストア まで 五 分 ほど ゆっくり 歩いた。

牛乳 や 総菜 を 入れた カゴ を 足元 に 置き 、マガジン ラック の 前 で すこし 迷って から 、彼 は 月刊 の サイエンス 誌 を 手 に 取って ぱらぱら と 眺めた。 高校 生 の 頃 は 熱心に 読んで いた 雑誌 で 、手 に 取る の は 数 年 ぶり だった。 後退 し 続ける 南極 の 氷 の 記事 が あり 、銀河 間 の 重力 干渉 の 記事 が あり 、新しい 素粒子 が 発見 された と いう 記事 が あり 、ナノ 粒子 と 自然 環境 と の 相互 作用 の 記事 が あった。 世界 が 今 でも 発見 と 冒険 に 満ちて いる こと に 軽い 驚き を 覚え ながら 、記事 に 目 を 滑らせる。

ふと 、ずっと 昔 に も こんな 気持ち に なった こと が ある と いう 既視 感 に みまわ れ 、ひと 呼吸 のち 、ああ 、音楽 だ 、と 気づいた。

店 内 の 有線 放送 から 、かつて ──たぶん 自分 が まだ 中学生 だった 頃 に ──繰り返し 耳 に した ヒット ソング が 流れて いた。 懐かしい メロディ を 聴き ながら サイエンス 誌 に 書かれた 世界 の 断片 を 目 で 追う うち に 、ずっと 昔 に 忘れた と 思って いた 様々な 感情 が 胸 を 撫で あげる よう に 湧き たち 、それ が 通り過ぎた 後 も しばらく の 間 、心 の 表面 は ゆるやかに 波立って いた。

店 を 出た 後 も 、胸 の 内側 が まだ すこし 熱かった。 そこ が 心 の ありか だ と いう こと を 、とても 久しぶりに 感じて いる ような 気 が する。

切れ 間 なく 空 から 降りて くる 雪 を 見 ながら 、それ が やがて 桜 に 変わる 季節 の こと を 、彼 は 想った。

遠野 貴樹 は 種子島 の 高校 を 卒業 した 後 、大学 進学 の ため に 上京 した。 通学 に 便利な よう に 、池袋 駅 から 徒歩 で 三十 分 ほど の 場所 に 小さな アパート を 借りて 住んだ。 彼 は 八 歳 から 十三 歳 まで を 東京 で 過ごした が 、当時 実家 の あった 世田谷 区 あたり しか 記憶 に は なく 、それ 以外 の 東京 は 知ら ない 土地 も 同然だった。 彼 が 思春期 を 過ごした 小さな 島 の 人々 に 比べ 、東京 の 人々 は 粗野で 無関心で 言葉遣い は 乱暴である よう に 彼 に は 思えた。 人々 は 路上 に 平気で 痰 を 吐き 、道端 に は 煙草 の 吸い殻 や 細々と した ゴミ が 無数に 落ちて いた。 なぜ 路上 に ペットボトル や 雑誌 や コンビニ 弁当 の 容器 が 落ちて い なければ なら ない の か 、彼 に は わけ が 分から なかった。 彼 の 覚えて いた 頃 の 東京 は もっと 穏やかで 上品な 街 であった ような 気 が した。

でも まあ いい。

とにかく これ から ここ で 生きて いく んだ 、と 彼 は 思う。 転校 を 二 度 経験 し 、新しい 場所 に 自分 を 馴染ま せる 方法 を 彼 は 学んで いた。 それ に もう 、自分 は 無力な 子ども で は ない。 ずっと 昔 、父親 の 転勤 の ため に 長野 から 東京 に 来た 時 に 感じた 強い 不安 を 、今 でも よく 覚えて いた。 両親 に 手 を 引か れ 、大宮 から 新宿 へ 向かう 電車 の 中 で 見た 景色 は 、今 まで 馴染んで きた 山間 の 風景 と は まるで 異なって いた。 自分 の 住む べき 場所 で は ない ような 気 が した。 しかし 数 年 後 、場所 から 拒絶 されて いる と いう その 感覚 を 、東京 から 種子島 に 転校 した 時 に も やはり 感じた。 プロペラ 機 で 島 の 小さな 空港 に 降り立ち 、父 の 運転 する 車 から 畑 と 草原 と 電柱 しか ない 道 を 眺めた 時 、感じた の は 東京 へ の 強烈な 郷愁 だった。

結局 、どこ でも 同じな のだ。 それ に 今度 こそ 、僕 は 自分 の 意志 で ここ に 来た のだ。 まだ 荷 ほど きして いない 段ボール が 積み重なった 小さな 部屋 で 、窓 の 外 に 折り重なる 東京 の 街並み を 眺め ながら 、彼 は 思った。

四 年間 の 大学 生活 に ついて 語る べき こと は あまり ない よう に 、彼 は 思う。 理学部 の 授業 は 忙しく かなり の 時間 を 勉強 に 割か なければ なら なかった が 、しかし 必要な 時間 以外 は 大学 へ は あまり 行か ず に 、アルバイト を したり ひとり で 映画 を 観たり 街 を 歩き回ったり する こと に 時間 を 閲 した。 大学 に 行く ため に アパート を 出た 日 も 、状況 が 許せば 時々 大学 を 素通り し 、池袋 駅 に 向かう 途中 の 小さな 公園 で 本 を 読んで 過ごした。 公園 を 横切る 人 の 数 と 多様 さ に 最初の うち こそ くらく ら する ような 目眩 を 覚え は した が 、じきに それ に も 慣れた。 学校 と アルバイト 先 に 何 人 か の 友人 を 得て 、たいてい の 人間 と は 時間 を 経る うち に 自然に 交遊 が 途絶えた が 、数 すくない 数 人 と は より 親密な 友人 関係 を 築く こと が できた。 自分 や 友人 の 部屋 に 二 、三 人 で 集まり 、安い 酒 を 飲み 煙草 を 吸い ながら 夜 を 徹して 様々な こと を 話した。 四 年 かけて いくつか の 価値 観 が ゆっくり と 変化 し 、いくつか の 価値 観 は より 強固な もの と なった。

大学 一 年 の 秋 に 恋人 が できた。 アルバイト を 通じて 知り合った 、同じ 歳 の 横浜 の 実家 に 住む 女の子 だった。

その頃 、彼 は 大学 生協 で 昼 休み に 弁当 の 売り子 の アルバイト を して いた。 なるべく 学 外 に アルバイト を 求めたい と 思って はいた が 授業 が 忙しく 、昼 休み の 時間 を わずか ながら も 金銭 に 換える こと の できる 生協 で の 仕事 は 都合 が 良かった。 二 時限 目 が 十二 時 十 分 に 終わる と 走って 学 食 に 向かい 、倉庫 から 弁当 の 入った カート を 引っ張り出して 売り場 に 運ぶ。 売り子 は 彼 を 含めて ふた り で 、百 個 ほど の 弁当 はたいてい 三十 分 程度 で 売り切れる。 三 時限 目 の 始まる まで の 残り 十五 分 ほど で 、売り子 ふた り で 学 食 の テーブル の 隅 に 座って 慌ただしく 昼食 を 食べる。 そういう 仕事 を 三 ヵ 月 ほど 行った。 その 時 の 売り子 の ペア が 、横浜 の 女の子 だった。

彼 に とって 、彼女 は 初めて 付きあった 女性 だった。 実に 様々な こと を 、彼 は 彼女 から 教えられた。 今 まで 決して 知ら なかった 喜び や 苦しみ が 、彼女 と 過ごした 日々 に は あった。 初めて 寝た の も その 子 だった。 人間 と は これほど 多く の 感情 を ──それ は 自分 で コントロール できる もの と でき ない もの が あった が 、でき ない もの の 方 が ずっと 多かった し 、嫉妬 も 愛情 も 決して 彼 の 意志 通り に は なら なかった ──抱えて 生きて いる のだ と いう こと を 、彼 は 知った。

その 子 と の 付きあい は 一 年 半 ほど 続いた。 彼 の 知ら ない 男 が 彼女 に 告白 を した こと が 、終わる きっかけ だった。

「あたし は 遠野 くん の こと が 今 でも すごく 好きだけど 、遠野 くん は それほど あたし を 好きじゃ ない んだ よ。 そういう の 分かっちゃ うし 、もう 辛い の 」そう 言って 、彼女 は 腕 の 中 で 泣いた。 そんな こと は ない 、と 彼 は 言い たかった が 、彼女 に そう 思わ せて しまう 自分 に 責任 が ある のだ と も 思った。 だから 諦めた。 本当に 心 が 痛む 時 は 肉体 まで 強く 痛む のだ と いう こと を 、初めて 知った。

彼女 に ついて 彼 が 今 でも 強く 覚えて いる の は 、まだ 付きあう こと に なる 前 、弁当 を 売り 終えて 学 食 の テーブル に 座り ふた り で 急いで 昼食 を 食べて いる 時 の 姿 だ。 彼 は いつも 賄い の 弁当 を 食べた が 、彼女 は 常に 小さな 手作り の 弁当 を 家 から 持ってきて いた。 バイト の エプロン 姿 の まま 、とても 丁寧に 最後 の 米一 粒 まで きちんと 噛みしめて 食べて いた。 彼 の 弁当 に 比べる と 半分 ほど の 量 しか なかった のに 、食べ 終わる の は いつも 彼女 が 後 だった。 その こと を 彼 が からかう と 、彼女 は 怒った よう に 言った もの だ。

「遠野 くん こそ もっと ゆっくり 食べ なさい よ。 もったいない じゃ ない」

それ が ふた り で 過ごす 学 食 で の 時間 の こと を 指して いた のだ と 気づいた の は 、ずっと 後 に なって から だった。

次に 付きあう こと に なった 女性 と も 、やはり アルバイト を 通じて 知り合った。 大学 三 年 の 頃 で 、彼 は 塾 講師 の アシスタント の アルバイト を して いた。 週 に 四 日 、彼 は 大学 の 授業 が 終わる と 池袋 駅 まで 急ぎ 、山手 線 で 高田馬場 まで 行き 、東西 線 に 乗り換えて 塾 の ある 神楽坂 に 通った。 そこ は 数学 の 講師 が ひとり 、英語 の 講師 が ひとり の 小さな 塾 で 、アルバイト の アシスタント が 彼 を 含めて 五 人 いて 、彼 は 数学 講師 の アシスタント だった。 数学 講師 は まだ 三十 代 半ば の 若く 人 好き の する 男 で 、都心 に 家 と 妻子 を 持ち 気っ風 が 良く 、仕事 の 面 で は 非常に 厳しく も あった が 、確かに 人気 に そぐ う だけ の 能力 と 魅力 が あった。 その 講師 は 大学 受験 のみ に 目的 を 絞り 込んで 矮小 化 された 数学 を 実に 効率 的に 生徒 に 叩き込んで いた が 、しかし 同時に 、その先 に ある はずの 純粋 数学 の 意味 と 魅力 を 時折 、巧みに 授業 に 織り込んで いた。 その 講義 の アシスタント を する こと で 、大学 で 学んで いる 解析 学 の 理解 が 深まり さえ した。 講師 も なぜ か 彼 の こと を 気 に 入り 、学生 アシスタント の 中 で 彼 だけ に は 名簿 管理 や 採点 など の 雑用 は やら せ ず 、塾 テキスト の 草案 作成 や 入試 問題 の 傾向 分析 など の 基幹 業務 の 多く を 任せた。 また 彼 も 能力 の 及ぶ 限り それ に 応えた。 やりがい の ある 仕事 で 、給料 も 悪く なかった。

その 女性 は 学生 アシスタント の ひとり で 、早稲田 の 学生 だった。 そして 彼 の 周囲 に いる 女性 の 中 で 抜きんでて 美しかった。 美しく 長い 髪 で 瞳 が 驚く くらい 大きく 、背 は さほど 高く は ない が 抜群に スタイル が 良く 、女の子 と いう より は 、動物 と して 美しい と 彼 は 思った。 精悍な 鹿 と か 、高空 を 飛ぶ 鳥 の ような。

当然の よう に 人気 の ある 子 で 、生徒 も 講師 も アルバイト の 学生 たち も 機会 を 見つけて は 頻繁に 彼女 に 話しかけて いた が 、彼 は 最初 から なんとなく 彼女 を 敬遠 して しまって いた (──観賞 用 と して は 良い けれど 、気軽に 会話 する に は 彼女 は ちょっと 非 現実 的に 美し すぎる)。 しかし だから こそ な の か 、彼 は その うち に 彼女 の ある 種 の 傾向 ──極端な 言い 方 を すれば 、歪み の ような もの に 気づく こと に なった。

彼女 は 誰 か から 話しかけられれば 実に 魅力 的な 笑顔 で それ に 応える が 、必要 が ある 時 以外 は 決して 自分 から 人 に 話しかける こと が なかった。 そして 周囲 の 人間 は 彼女 の その 孤独な 振る舞い に は まったく 気づか ず に 、それどころか とても 愛想 の 良い 女性 だ と さえ 思って いる ようだった。


秒速 5センチメートル (12) びょうそく| 5 Zentimeter pro Sekunde (12) 5 Centimeters per Second (12) 5 centímetros por segundo (12) 秒速5厘米 (12) 秒速5公分 (12)

……あれ は 何 年 前 だろう? ||なん|とし|ぜん| ……How many years ago was that? 中学 一 年 の 終わり だった から 、もう 十五 年 も 前 だ。 ちゅうがく|ひと|とし||おわり||||じゅうご|とし||ぜん| It was the end of the seventh grade, so fifteen years ago.

眠気 は いっこうに 訪れる 気配 は なく 、彼 は ため息 を ついて 本 を 閉じ 、缶 の 底 に 残った ビール を ひとくち で 飲んだ。 ねむけ|||おとずれる|けはい|||かれ||ためいき|||ほん||とじ|かん||そこ||のこった|びーる||||のんだ With no signs of drowsiness, he closed the book with a sigh and took a sip of the beer left in the bottom of the can.

三 週間 前 に 五 年 近く 勤めた 会社 を 辞め 、次の 就職 先 の あて も なく 、毎日 を 何 を する でも なく ぼんやり と 過ごして いる。 みっ|しゅうかん|ぜん||いつ|とし|ちかく|つとめた|かいしゃ||やめ|つぎの|しゅうしょく|さき|||||まいにち||なん|||||||すごして| Three weeks ago, I quit the company I had worked for for nearly five years, and now I have nowhere else to work, and I spend my days doing nothing. それなのに 、心 は ここ 数 年 に なく 穏やかに 凪いで いた。 |こころ|||すう|とし|||おだやかに|ないで| Despite this, my heart calmed down more calmly than it had in years.

……いったい 俺 は どうして しまった んだろう 、と 彼 は 胸 の うち で 呟き ながら 炬燵 から 立ち上がり 、壁 に 掛けて ある コート を はおり (その 横 に は まだ スーツ が 掛けた まま に なって いる )、玄関 で 靴 を 履き ビニール 傘 を 持って 外 に 出た。 |おれ||||||かれ||むね||||つぶやき||こたつ||たちあがり|かべ||かけて||こーと||||よこ||||すーつ||かけた|||||げんかん||くつ||はき|びにーる|かさ||もって|がい||でた He got up from the kotatsu, muttering to himself, "What in the world did I do to deserve this?" He put on his coat, which was hanging on the wall (his suit was still hanging next to it), put on his shoes at the entrance, took his plastic umbrella, and went outside. 傘 に あたる 雪 の ひそやかな 音 を 聞き ながら 、近所 の コンビニエンスストア まで 五 分 ほど ゆっくり 歩いた。 かさ|||ゆき|||おと||きき||きんじょ||こんびにえんすすとあ||いつ|ぶん|||あるいた

牛乳 や 総菜 を 入れた カゴ を 足元 に 置き 、マガジン ラック の 前 で すこし 迷って から 、彼 は 月刊 の サイエンス 誌 を 手 に 取って ぱらぱら と 眺めた。 ぎゅうにゅう||そうざい||いれた|||あしもと||おき|まがじん|らっく||ぜん|||まよって||かれ||げっかん||さいえんす|し||て||とって|||ながめた After placing the basket of milk and side dishes at his feet and pausing for a moment in front of the magazine rack, he picked up a copy of a monthly science magazine and flipped through it. 高校 生 の 頃 は 熱心に 読んで いた 雑誌 で 、手 に 取る の は 数 年 ぶり だった。 こうこう|せい||ころ||ねっしんに|よんで||ざっし||て||とる|||すう|とし|| It was the magazine I read avidly when I was in high school, and it was the first time in several years that I had picked it up. 後退 し 続ける 南極 の 氷 の 記事 が あり 、銀河 間 の 重力 干渉 の 記事 が あり 、新しい 素粒子 が 発見 された と いう 記事 が あり 、ナノ 粒子 と 自然 環境 と の 相互 作用 の 記事 が あった。 こうたい||つづける|なんきょく||こおり||きじ|||ぎんが|あいだ||じゅうりょく|かんしょう||きじ|||あたらしい|そりゅうし||はっけん||||きじ||||りゅうし||しぜん|かんきょう|||そうご|さよう||きじ|| There was an article on the retreating Antarctic ice, an article on gravitational interference between galaxies, an article on the discovery of new elementary particles, and an article on the interaction of nanoparticles with the natural environment. 世界 が 今 でも 発見 と 冒険 に 満ちて いる こと に 軽い 驚き を 覚え ながら 、記事 に 目 を 滑らせる。 せかい||いま||はっけん||ぼうけん||みちて||||かるい|おどろき||おぼえ||きじ||め||すべらせる I skim the article, feeling a little surprised that the world is still full of discovery and adventure.

ふと 、ずっと 昔 に も こんな 気持ち に なった こと が ある と いう 既視 感 に みまわ れ 、ひと 呼吸 のち 、ああ 、音楽 だ 、と 気づいた。 ||むかし||||きもち||||||||がいし|かん|||||こきゅう|||おんがく|||きづいた Suddenly, I had a sense of déjà vu that I had felt this way long ago.

店 内 の 有線 放送 から 、かつて ──たぶん 自分 が まだ 中学生 だった 頃 に ──繰り返し 耳 に した ヒット ソング が 流れて いた。 てん|うち||ゆうせん|ほうそう||||じぶん|||ちゅうがくせい||ころ||くりかえし|みみ|||ひっと|そんぐ||ながれて| I was listening to a hit song that I used to hear over and over again when I was still in junior high school. 懐かしい メロディ を 聴き ながら サイエンス 誌 に 書かれた 世界 の 断片 を 目 で 追う うち に 、ずっと 昔 に 忘れた と 思って いた 様々な 感情 が 胸 を 撫で あげる よう に 湧き たち 、それ が 通り過ぎた 後 も しばらく の 間 、心 の 表面 は ゆるやかに 波立って いた。 なつかしい|めろでぃ||きき||さいえんす|し||かかれた|せかい||だんぺん||め||おう||||むかし||わすれた||おもって||さまざまな|かんじょう||むね||なで||||わき||||とおりすぎた|あと||||あいだ|こころ||ひょうめん|||なみだって| While listening to a nostalgic melody and following the fragments of the world written in the science magazine with my eyes, various emotions that I thought I had forgotten long ago welled up as if to caress my chest. During that time, the surface of my heart was gently rippling.

店 を 出た 後 も 、胸 の 内側 が まだ すこし 熱かった。 てん||でた|あと||むね||うちがわ||||あつかった Even after I left the store, the inside of my chest was still a little hot. そこ が 心 の ありか だ と いう こと を 、とても 久しぶりに 感じて いる ような 気 が する。 ||こころ|||||||||ひさしぶりに|かんじて|||き|| I feel as if I have not felt in a very long time that this is where the heart is.

切れ 間 なく 空 から 降りて くる 雪 を 見 ながら 、それ が やがて 桜 に 変わる 季節 の こと を 、彼 は 想った。 きれ|あいだ||から||おりて||ゆき||み|||||さくら||かわる|きせつ||||かれ||おもった Looking at the snow falling from the sky without a break, he thought of the season when it would eventually turn into cherry blossoms.

遠野 貴樹 は 種子島 の 高校 を 卒業 した 後 、大学 進学 の ため に 上京 した。 とおの|たかき||たねがしま||こうこう||そつぎょう||あと|だいがく|しんがく||||じょうきょう| After graduating from high school in Tanegashima, Takaki Tono moved to Tokyo to attend university. 通学 に 便利な よう に 、池袋 駅 から 徒歩 で 三十 分 ほど の 場所 に 小さな アパート を 借りて 住んだ。 つうがく||べんりな|||いけぶくろ|えき||とほ||さんじゅう|ぶん|||ばしょ||ちいさな|あぱーと||かりて|すんだ I rented a small apartment about a 30-minute walk from Ikebukuro Station for convenient commuting. 彼 は 八 歳 から 十三 歳 まで を 東京 で 過ごした が 、当時 実家 の あった 世田谷 区 あたり しか 記憶 に は なく 、それ 以外 の 東京 は 知ら ない 土地 も 同然だった。 かれ||やっ|さい||じゅうさん|さい|||とうきょう||すごした||とうじ|じっか|||せたがや|く|||きおく|||||いがい||とうきょう||しら||とち||どうぜんだった He lived in Tokyo from the age of eight to thirteen, but his memory of the city was limited to Setagaya Ward, where his parents lived at the time, and the rest of the city was as unknown to him. 彼 が 思春期 を 過ごした 小さな 島 の 人々 に 比べ 、東京 の 人々 は 粗野で 無関心で 言葉遣い は 乱暴である よう に 彼 に は 思えた。 かれ||ししゅんき||すごした|ちいさな|しま||ひとびと||くらべ|とうきょう||ひとびと||そやで|むかんしんで|ことばづかい||らんぼうである|||かれ|||おもえた Compared to the people on the small island where he spent his adolescent years, the people of Tokyo seemed to him to be coarse, indifferent, and violent in their language. 人々 は 路上 に 平気で 痰 を 吐き 、道端 に は 煙草 の 吸い殻 や 細々と した ゴミ が 無数に 落ちて いた。 ひとびと||ろじょう||へいきで|たん||はき|みちばた|||たばこ||すいがら||さいさいと||ごみ||むすうに|おちて| People were spitting phlegm on the streets without a care, and cigarette butts and other debris were strewn about the roadsides. なぜ 路上 に ペットボトル や 雑誌 や コンビニ 弁当 の 容器 が 落ちて い なければ なら ない の か 、彼 に は わけ が 分から なかった。 |ろじょう||ぺっとぼとる||ざっし||こんびに|べんとう||ようき||おちて|||||||かれ|||||わから| He did not understand why plastic bottles, magazines, and convenience store lunch containers had to be found on the streets. 彼 の 覚えて いた 頃 の 東京 は もっと 穏やかで 上品な 街 であった ような 気 が した。 かれ||おぼえて||ころ||とうきょう|||おだやかで|じょうひんな|がい|||き|| Tokyo seemed to be a calmer, more elegant place when he remembered it.

でも まあ いい。 But, well, that's okay.

とにかく これ から ここ で 生きて いく んだ 、と 彼 は 思う。 |||||いきて||||かれ||おもう He thinks, "I'm going to live from now on. 転校 を 二 度 経験 し 、新しい 場所 に 自分 を 馴染ま せる 方法 を 彼 は 学んで いた。 てんこう||ふた|たび|けいけん||あたらしい|ばしょ||じぶん||なじま||ほうほう||かれ||まなんで| After two school transfers, he had learned how to adjust to a new place. それ に もう 、自分 は 無力な 子ども で は ない。 |||じぶん||むりょくな|こども||| And I am no longer a helpless child. ずっと 昔 、父親 の 転勤 の ため に 長野 から 東京 に 来た 時 に 感じた 強い 不安 を 、今 でも よく 覚えて いた。 |むかし|ちちおや||てんきん||||ながの||とうきょう||きた|じ||かんじた|つよい|ふあん||いま|||おぼえて| I still remember the strong sense of anxiety I felt when I came to Tokyo from Nagano for my father's job transfer many years ago. 両親 に 手 を 引か れ 、大宮 から 新宿 へ 向かう 電車 の 中 で 見た 景色 は 、今 まで 馴染んで きた 山間 の 風景 と は まるで 異なって いた。 りょうしん||て||ひか||おおみや||しんじゅく||むかう|でんしゃ||なか||みた|けしき||いま||なじんで||さんかん||ふうけい||||ことなって| The scenery I saw on the train from Omiya to Shinjuku, with my parents in tow, was completely different from the mountainous landscape I had grown accustomed to. 自分 の 住む べき 場所 で は ない ような 気 が した。 じぶん||すむ||ばしょ|||||き|| I felt like it was not the place I should live. しかし 数 年 後 、場所 から 拒絶 されて いる と いう その 感覚 を 、東京 から 種子島 に 転校 した 時 に も やはり 感じた。 |すう|とし|あと|ばしょ||きょぜつ||||||かんかく||とうきょう||たねがしま||てんこう||じ||||かんじた However, a few years later, when I transferred from Tokyo to Tanegashima, I still felt that sense of being rejected by the place. プロペラ 機 で 島 の 小さな 空港 に 降り立ち 、父 の 運転 する 車 から 畑 と 草原 と 電柱 しか ない 道 を 眺めた 時 、感じた の は 東京 へ の 強烈な 郷愁 だった。 ぷろぺら|き||しま||ちいさな|くうこう||おりたち|ちち||うんてん||くるま||はたけ||そうげん||でんちゅう|||どう||ながめた|じ|かんじた|||とうきょう|||きょうれつな|きょうしゅう| When I landed at the island's small airport on a propeller-driven plane and looked out from my father's car at nothing but fields, grasslands, and utility poles, I felt a strong sense of nostalgia for Tokyo.

結局 、どこ でも 同じな のだ。 けっきょく|||おなじな| In the end, it is the same everywhere. それ に 今度 こそ 、僕 は 自分 の 意志 で ここ に 来た のだ。 ||こんど||ぼく||じぶん||いし||||きた| And this time, I came here of my own volition. まだ 荷 ほど きして いない 段ボール が 積み重なった 小さな 部屋 で 、窓 の 外 に 折り重なる 東京 の 街並み を 眺め ながら 、彼 は 思った。 |に||||だんぼーる||つみかさなった|ちいさな|へや||まど||がい||おりかさなる|とうきょう||まちなみ||ながめ||かれ||おもった He sat in his small room with its stacks of unpacked cardboard boxes, gazing out the window at the folds of the Tokyo skyline, and thought, "I've got to get out of here.

四 年間 の 大学 生活 に ついて 語る べき こと は あまり ない よう に 、彼 は 思う。 よっ|ねんかん||だいがく|せいかつ|||かたる||||||||かれ||おもう He doesn't think there is much to say about his four years of college life. 理学部 の 授業 は 忙しく かなり の 時間 を 勉強 に 割か なければ なら なかった が 、しかし 必要な 時間 以外 は 大学 へ は あまり 行か ず に 、アルバイト を したり ひとり で 映画 を 観たり 街 を 歩き回ったり する こと に 時間 を 閲 した。 りがくぶ||じゅぎょう||いそがしく|||じかん||べんきょう||さか||||||ひつような|じかん|いがい||だいがく||||いか|||あるばいと|||||えいが||みたり|がい||あるきまわったり||||じかん||えつ| Although I had to devote a lot of time to study in the busy classes at the Faculty of Science, I did not go to the university much except for the necessary time, and spent my time doing part-time jobs, watching movies by myself, and walking around the city. 大学 に 行く ため に アパート を 出た 日 も 、状況 が 許せば 時々 大学 を 素通り し 、池袋 駅 に 向かう 途中 の 小さな 公園 で 本 を 読んで 過ごした。 だいがく||いく|||あぱーと||でた|ひ||じょうきょう||ゆるせば|ときどき|だいがく||すどおり||いけぶくろ|えき||むかう|とちゅう||ちいさな|こうえん||ほん||よんで|すごした Even on days when I left my apartment to go to college, I sometimes skipped the campus when circumstances permitted and spent time reading books in a small park on the way to Ikebukuro Station. 公園 を 横切る 人 の 数 と 多様 さ に 最初の うち こそ くらく ら する ような 目眩 を 覚え は した が 、じきに それ に も 慣れた。 こうえん||よこぎる|じん||すう||たよう|||さいしょの|||||||めまい||おぼえ||||||||なれた The number and variety of people crossing the park made me dizzy at first, but I soon got used to it. 学校 と アルバイト 先 に 何 人 か の 友人 を 得て 、たいてい の 人間 と は 時間 を 経る うち に 自然に 交遊 が 途絶えた が 、数 すくない 数 人 と は より 親密な 友人 関係 を 築く こと が できた。 がっこう||あるばいと|さき||なん|じん|||ゆうじん||えて|||にんげん|||じかん||へる|||しぜんに|こうゆう||とだえた||すう||すう|じん||||しんみつな|ゆうじん|かんけい||きずく||| I made a few friends at school and at my part-time job, and while most of them naturally drifted away over time, a few I was able to form closer friendships with. 自分 や 友人 の 部屋 に 二 、三 人 で 集まり 、安い 酒 を 飲み 煙草 を 吸い ながら 夜 を 徹して 様々な こと を 話した。 じぶん||ゆうじん||へや||ふた|みっ|じん||あつまり|やすい|さけ||のみ|たばこ||すい||よ||てっして|さまざまな|||はなした Two or three people would gather in my or my friend's room, drink cheap liquor, smoke cigarettes, and talk about all sorts of things throughout the night. 四 年 かけて いくつか の 価値 観 が ゆっくり と 変化 し 、いくつか の 価値 観 は より 強固な もの と なった。 よっ|とし||||かち|かん||||へんか||||かち|かん|||きょうこな||| Over the past four years, some values have slowly changed, and some values have become stronger.

大学 一 年 の 秋 に 恋人 が できた。 だいがく|ひと|とし||あき||こいびと|| In the fall of my freshman year of college, I had a girlfriend. アルバイト を 通じて 知り合った 、同じ 歳 の 横浜 の 実家 に 住む 女の子 だった。 あるばいと||つうじて|しりあった|おなじ|さい||よこはま||じっか||すむ|おんなのこ| I met her through a part-time job. She was the same age as me and lived with her parents in Yokohama.

その頃 、彼 は 大学 生協 で 昼 休み に 弁当 の 売り子 の アルバイト を して いた。 そのころ|かれ||だいがく|せいきょう||ひる|やすみ||べんとう||うりこ||あるばいと||| At the time, he was working part-time as a lunch box vendor at a university co-op during his lunch break. なるべく 学 外 に アルバイト を 求めたい と 思って はいた が 授業 が 忙しく 、昼 休み の 時間 を わずか ながら も 金銭 に 換える こと の できる 生協 で の 仕事 は 都合 が 良かった。 |まな|がい||あるばいと||もとめたい||おもって|||じゅぎょう||いそがしく|ひる|やすみ||じかん|||||きんせん||かえる||||せいきょう|||しごと||つごう||よかった I had hoped to find a part-time job off-campus as much as possible, but classes were busy, and the co-op job was a good way for me to spend my lunch break with a little extra cash. 二 時限 目 が 十二 時 十 分 に 終わる と 走って 学 食 に 向かい 、倉庫 から 弁当 の 入った カート を 引っ張り出して 売り場 に 運ぶ。 ふた|じげん|め||じゅうに|じ|じゅう|ぶん||おわる||はしって|まな|しょく||むかい|そうこ||べんとう||はいった|||ひっぱりだして|うりば||はこぶ When second period ends at 12:10, I run to the cafeteria, pull a lunch cart out of storage, and take it to the sales floor. 売り子 は 彼 を 含めて ふた り で 、百 個 ほど の 弁当 はたいてい 三十 分 程度 で 売り切れる。 うりこ||かれ||ふくめて||||ひゃく|こ|||べんとう|はたいて い|さんじゅう|ぶん|ていど||うりきれる Two vendors, including himself, usually sell out of the 100 or so lunches in about 30 minutes. 三 時限 目 の 始まる まで の 残り 十五 分 ほど で 、売り子 ふた り で 学 食 の テーブル の 隅 に 座って 慌ただしく 昼食 を 食べる。 みっ|じげん|め||はじまる|||のこり|じゅうご|ぶん|||うりこ||||まな|しょく||てーぶる||すみ||すわって|あわただしく|ちゅうしょく||たべる With about 15 minutes left before the start of the third period, the two sellers sit down in a corner of the cafeteria table to eat their lunch in a hurry. そういう 仕事 を 三 ヵ 月 ほど 行った。 |しごと||みっ||つき||おこなった I did that kind of work for about three months. その 時 の 売り子 の ペア が 、横浜 の 女の子 だった。 |じ||うりこ||ぺあ||よこはま||おんなのこ| The pair of sellers at that time was a girl from Yokohama.

彼 に とって 、彼女 は 初めて 付きあった 女性 だった。 かれ|||かのじょ||はじめて|つきあった|じょせい| She was the first woman he had ever dated. 実に 様々な こと を 、彼 は 彼女 から 教えられた。 じつに|さまざまな|||かれ||かのじょ||おしえられた She taught him so many things. 今 まで 決して 知ら なかった 喜び や 苦しみ が 、彼女 と 過ごした 日々 に は あった。 いま||けっして|しら||よろこび||くるしみ||かのじょ||すごした|ひび||| There were joys and pains that I had never known before in the days I spent with her. 初めて 寝た の も その 子 だった。 はじめて|ねた||||こ| It was also the first time I slept with her. 人間 と は これほど 多く の 感情 を ──それ は 自分 で コントロール できる もの と でき ない もの が あった が 、でき ない もの の 方 が ずっと 多かった し 、嫉妬 も 愛情 も 決して 彼 の 意志 通り に は なら なかった ──抱えて 生きて いる のだ と いう こと を 、彼 は 知った。 にんげん||||おおく||かんじょう||||じぶん||こんとろーる||||||||||||||かた|||おおかった||しっと||あいじょう||けっして|かれ||いし|とおり|||||かかえて|いきて|||||||かれ||しった He learned that a human being lives with so many emotions, some of which he could control and some of which he could not, but many of which he could not, and that jealousy and love are never in accordance with his will.

その 子 と の 付きあい は 一 年 半 ほど 続いた。 |こ|||つきあい||ひと|とし|はん||つづいた My relationship with the girl lasted about a year and a half. 彼 の 知ら ない 男 が 彼女 に 告白 を した こと が 、終わる きっかけ だった。 かれ||しら||おとこ||かのじょ||こくはく|||||おわる|| It all started when a man he didn't know confessed his feelings to her.

「あたし は 遠野 くん の こと が 今 でも すごく 好きだけど 、遠野 くん は それほど あたし を 好きじゃ ない んだ よ。 ||とおの|||||いま|||すきだけど|とおの||||||すきじゃ||| I still love Tono, but he doesn't like me as much as I like him. そういう の 分かっちゃ うし 、もう 辛い の 」そう 言って 、彼女 は 腕 の 中 で 泣いた。 ||わかっちゃ|||からい|||いって|かのじょ||うで||なか||ないた It's too hard," she said, and cried in my arms. そんな こと は ない 、と 彼 は 言い たかった が 、彼女 に そう 思わ せて しまう 自分 に 責任 が ある のだ と も 思った。 |||||かれ||いい|||かのじょ|||おもわ|||じぶん||せきにん||||||おもった He wanted to tell her that was not true, but he also felt responsible for making her feel that way. だから 諦めた。 |あきらめた So I gave up. 本当に 心 が 痛む 時 は 肉体 まで 強く 痛む のだ と いう こと を 、初めて 知った。 ほんとうに|こころ||いたむ|じ||にくたい||つよく|いたむ||||||はじめて|しった I learned for the first time that when the mind really hurts, the body also hurts.

彼女 に ついて 彼 が 今 でも 強く 覚えて いる の は 、まだ 付きあう こと に なる 前 、弁当 を 売り 終えて 学 食 の テーブル に 座り ふた り で 急いで 昼食 を 食べて いる 時 の 姿 だ。 かのじょ|||かれ||いま||つよく|おぼえて|||||つきあう||||ぜん|べんとう||うり|おえて|まな|しょく||てーぶる||すわり||||いそいで|ちゅうしょく||たべて||じ||すがた| One thing he still remembers most about her is the way she used to sit at the cafeteria table after selling her lunch box and hurrying to eat her lunch with the other students before they started dating. 彼 は いつも 賄い の 弁当 を 食べた が 、彼女 は 常に 小さな 手作り の 弁当 を 家 から 持ってきて いた。 かれ|||まかない||べんとう||たべた||かのじょ||とわに|ちいさな|てづくり||べんとう||いえ||もってきて| He always ate a bribe lunch, but she always brought a small homemade lunch from home. バイト の エプロン 姿 の まま 、とても 丁寧に 最後 の 米一 粒 まで きちんと 噛みしめて 食べて いた。 ばいと||えぷろん|すがた||||ていねいに|さいご||よねいち|つぶ|||かみしめて|たべて| He was wearing a part-time apron as he ate his meal, chewing every last morsel of rice with the utmost care. 彼 の 弁当 に 比べる と 半分 ほど の 量 しか なかった のに 、食べ 終わる の は いつも 彼女 が 後 だった。 かれ||べんとう||くらべる||はんぶん|||りょう||||たべ|おわる||||かのじょ||あと| Although her lunch was only half as large as his, she always finished it later. その こと を 彼 が からかう と 、彼女 は 怒った よう に 言った もの だ。 |||かれ||||かのじょ||いかった|||いった|| When he teased her about it, she would say angrily, "I'm sorry, but I don't know what you're talking about.

「遠野 くん こそ もっと ゆっくり 食べ なさい よ。 とおの|||||たべ|| Eat more slowly. もったいない じゃ ない」 It's not a waste.

それ が ふた り で 過ごす 学 食 で の 時間 の こと を 指して いた のだ と 気づいた の は 、ずっと 後 に なって から だった。 |||||すごす|まな|しょく|||じかん||||さして||||きづいた||||あと|||| It was not until much later that I realized that he was referring to the time we spent together in the cafeteria.

次に 付きあう こと に なった 女性 と も 、やはり アルバイト を 通じて 知り合った。 つぎに|つきあう||||じょせい||||あるばいと||つうじて|しりあった I met my next girlfriend through a part-time job. 大学 三 年 の 頃 で 、彼 は 塾 講師 の アシスタント の アルバイト を して いた。 だいがく|みっ|とし||ころ||かれ||じゅく|こうし||||あるばいと||| It was his junior year of college, and he was working part-time as a teacher's assistant at a cram school. 週 に 四 日 、彼 は 大学 の 授業 が 終わる と 池袋 駅 まで 急ぎ 、山手 線 で 高田馬場 まで 行き 、東西 線 に 乗り換えて 塾 の ある 神楽坂 に 通った。 しゅう||よっ|ひ|かれ||だいがく||じゅぎょう||おわる||いけぶくろ|えき||いそぎ|やまて|せん||たかだのばば||いき|とうざい|せん||のりかえて|じゅく|||かぐらざか||かよった Four days a week, after his university classes, he would rush to Ikebukuro Station, take the Yamanote Line to Takadanobaba, and transfer to the Tozai Line to go to Kagurazaka, where his school was located. そこ は 数学 の 講師 が ひとり 、英語 の 講師 が ひとり の 小さな 塾 で 、アルバイト の アシスタント が 彼 を 含めて 五 人 いて 、彼 は 数学 講師 の アシスタント だった。 ||すうがく||こうし|||えいご||こうし||||ちいさな|じゅく||あるばいと||||かれ||ふくめて|いつ|じん||かれ||すうがく|こうし||| It was a small school with one math teacher and one English teacher, and there were five part-time assistants including him, and he was an assistant to the math teacher. 数学 講師 は まだ 三十 代 半ば の 若く 人 好き の する 男 で 、都心 に 家 と 妻子 を 持ち 気っ風 が 良く 、仕事 の 面 で は 非常に 厳しく も あった が 、確かに 人気 に そぐ う だけ の 能力 と 魅力 が あった。 すうがく|こうし|||さんじゅう|だい|なかば||わかく|じん|すき|||おとこ||としん||いえ||さいし||もち|きっかぜ||よく|しごと||おもて|||ひじょうに|きびしく||||たしかに|にんき||||||のうりょく||みりょく|| He was a young, popular man in his mid thirties with a house in the city, a wife and children, and a good-natured personality. その 講師 は 大学 受験 のみ に 目的 を 絞り 込んで 矮小 化 された 数学 を 実に 効率 的に 生徒 に 叩き込んで いた が 、しかし 同時に 、その先 に ある はずの 純粋 数学 の 意味 と 魅力 を 時折 、巧みに 授業 に 織り込んで いた。 |こうし||だいがく|じゅけん|||もくてき||しぼり|こんで|わいしょう|か||すうがく||じつに|こうりつ|てきに|せいと||たたきこんで||||どうじに|そのさき||||じゅんすい|すうがく||いみ||みりょく||ときおり|たくみに|じゅぎょう||おりこんで| The lecturer was very efficient in teaching his students mathematics, which had been miniaturized for the sole purpose of taking university entrance exams, but at the same time, he sometimes skillfully incorporated the meaning and appeal of pure mathematics, which was supposed to lie beyond that, into his lessons. その 講義 の アシスタント を する こと で 、大学 で 学んで いる 解析 学 の 理解 が 深まり さえ した。 |こうぎ|||||||だいがく||まなんで||かいせき|まな||りかい||ふかまり|| Assisting in the lectures even deepened my understanding of the analysis I was studying at the university. 講師 も なぜ か 彼 の こと を 気 に 入り 、学生 アシスタント の 中 で 彼 だけ に は 名簿 管理 や 採点 など の 雑用 は やら せ ず 、塾 テキスト の 草案 作成 や 入試 問題 の 傾向 分析 など の 基幹 業務 の 多く を 任せた。 こうし||||かれ||||き||はいり|がくせい|||なか||かれ||||めいぼ|かんり||さいてん|||ざつよう|||||じゅく|てきすと||そうあん|さくせい||にゅうし|もんだい||けいこう|ぶんせき|||きかん|ぎょうむ||おおく||まかせた For some reason, the instructor took an interest in him, and instead of assigning him to bookkeeping, grading, and other chores, he was entrusted with drafting the school's textbooks, analyzing entrance exam questions, and performing other core duties. また 彼 も 能力 の 及ぶ 限り それ に 応えた。 |かれ||のうりょく||およぶ|かぎり|||こたえた He also responded to the best of his ability. やりがい の ある 仕事 で 、給料 も 悪く なかった。 |||しごと||きゅうりょう||わるく| It was a rewarding job and the pay was not bad.

その 女性 は 学生 アシスタント の ひとり で 、早稲田 の 学生 だった。 |じょせい||がくせい|||||わせだ||がくせい| The woman was one of the student assistants and a student at Waseda University. そして 彼 の 周囲 に いる 女性 の 中 で 抜きんでて 美しかった。 |かれ||しゅうい|||じょせい||なか||ぬきんでて|うつくしかった And he was unmistakably beautiful among the women who surrounded him. 美しく 長い 髪 で 瞳 が 驚く くらい 大きく 、背 は さほど 高く は ない が 抜群に スタイル が 良く 、女の子 と いう より は 、動物 と して 美しい と 彼 は 思った。 うつくしく|ながい|かみ||ひとみ||おどろく||おおきく|せ|||たかく||||ばつぐんに|すたいる||よく|おんなのこ|||||どうぶつ|||うつくしい||かれ||おもった She had beautiful long hair, surprisingly large eyes, and although not very tall, she was exceptionally stylish, and he thought she was more beautiful as an animal than as a girl. 精悍な 鹿 と か 、高空 を 飛ぶ 鳥 の ような。 せいかんな|しか|||こうくう||とぶ|ちょう|| Like a fearless deer or a bird flying high in the sky.

当然の よう に 人気 の ある 子 で 、生徒 も 講師 も アルバイト の 学生 たち も 機会 を 見つけて は 頻繁に 彼女 に 話しかけて いた が 、彼 は 最初 から なんとなく 彼女 を 敬遠 して しまって いた (──観賞 用 と して は 良い けれど 、気軽に 会話 する に は 彼女 は ちょっと 非 現実 的に 美し すぎる)。 とうぜんの|||にんき|||こ||せいと||こうし||あるばいと||がくせい|||きかい||みつけて||ひんぱんに|かのじょ||はなしかけて|||かれ||さいしょ|||かのじょ||けいえん||||かんしょう|よう||||よい||きがるに|かいわ||||かのじょ|||ひ|げんじつ|てきに|うつくし| She was naturally popular, and students, lecturers, and part-time students frequently talked to her whenever they had the chance, but he was somewhat dismissive of her from the start (she was fine as a spectacle, but she was a little too unrealistically beautiful for casual conversation). しかし だから こそ な の か 、彼 は その うち に 彼女 の ある 種 の 傾向 ──極端な 言い 方 を すれば 、歪み の ような もの に 気づく こと に なった。 ||||||かれ|||||かのじょ|||しゅ||けいこう|きょくたんな|いい|かた|||ゆがみ|||||きづく||| But it was precisely because of this that he noticed certain tendencies - distortions, to use an extreme term - in her.

彼女 は 誰 か から 話しかけられれば 実に 魅力 的な 笑顔 で それ に 応える が 、必要 が ある 時 以外 は 決して 自分 から 人 に 話しかける こと が なかった。 かのじょ||だれ|||はなしかけられれば|じつに|みりょく|てきな|えがお||||こたえる||ひつよう|||じ|いがい||けっして|じぶん||じん||はなしかける||| She would respond with a very charming smile when someone spoke to her, but she never spoke to anyone unless she had to. そして 周囲 の 人間 は 彼女 の その 孤独な 振る舞い に は まったく 気づか ず に 、それどころか とても 愛想 の 良い 女性 だ と さえ 思って いる ようだった。 |しゅうい||にんげん||かのじょ|||こどくな|ふるまい||||きづか|||||あいそ||よい|じょせい||||おもって|| And those around her seemed not to notice her solitary behavior at all, in fact, they even thought she was a very amiable woman.