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秒速5センチメートル (5 Centimeters per Second), 秒速5センチメートル (10)

秒速 5センチメートル (10)

「ねえ お 姉ちゃん 」と 、私 は 運転 席 の 横顔 を 見 ながら 言う。 この 人 まつげ 長い よ な ー。 「何 年 か 前 さ 、うち に 男 の 人 連れて きた こと が あった じゃ ない。 キバヤシ さん だっけ?

「ああ 、小林 くん ね」

「あの 人 どう なった の? 付きあって た んだ よ ね」

「何 よ 急に 」と すこし 驚いた よう に 姉 は 答える。 「別れた わ よ 、ずっと 前 に」

「その 人 と 結婚 する つもりだった の? その コバヤシ さん と さ」

「そう 思って た 時期 も あった よ。 途中 で やめた けど ね 」と 懐かし そうに 、笑い ながら 言う。

「ふ ー ん……」

どうして やめた の? と いう 質問 を 飲み込んで 、私 は 別の こと を 訊 く。

「悲しかった?

「そりゃ あね 、何 年 か 付きあって いた 人 だから。 一緒に 住んで た こと も あった し」

左折 して 海岸 に 続く 細い 道 へ と 入る と 、朝日 が まっすぐに 差し込んで くる。 雲 一 つ ない 真っ青な 空。 お 姉ちゃん は 目 を 細めて サンバイザー を 降ろす。 そんな 動作 まで 、私 に は どこ か 色っぽく 見える。

「でも 今 思えば 、お互いに それほど 結婚 願望 が あった わけで も なかった の よ。 そう する と 付きあって て も 気持ち の 行き場 が ない の。 行き場って いう か 、共通の 目的 地 みたいな ね」

「うん 」よく 分から ない まま 私 は うなずく。

「ひとり で 行きたい 場所 と 、ふた り で 行きたい 場所 は 別な の ね。 でも あの 頃 は それ を 一致 さ せ なきゃって 必死だった ような 気 が する な」

「うん……」

行きたい 場所 ──と 私 は 心 の 中 で 繰り返す。 なんとなく 道端 に 目 を やる と 、野生 の テッポウユリ と マリーゴールド が たっぷり と 咲き誇って いる。 眩 しい 白 と 黄色 、私 の ボディスーツ と 同じ 色 だ。 キレイ だ な 、花 も 偉い よ な ー と 私 は 思う。

「どうした の よ 急に 」と 、お 姉ちゃん が 私 の 方 を 見て 訊 く。

「うーん ……どうしたって いう か 、別に なんでもない んだけど さ」

そう 言って 、ずっと 訊 き たかった こと を 私 は 訊 いた。

「ねえ 、お 姉ちゃん さ 、高校 の 時 カレシ いた?

姉 は おかし そうに 笑い ながら、

「い なかった わ よ。 あんた と 同じ 」と 答える。 「花 苗 、高校 生 の 時 の 私 に そっくり よ」

遠野 くん と 一緒に 帰った あの 雨 の 日 から 二 週間 が 経ち 、その 間 に 台風 が 一 つ 島 を 通り過ぎた。 サトウキビ を 揺らす 風 が かすかに 冷気 を 孕み 、空 が ほんの すこし 高く なり 、雲 の 輪郭 が 優しく なって 、カブ に 乗る 同級 生 の 何 人 か が 薄い ジャンパー を はおる よう に なった。 この 二 週間 一 度 も 遠野 くん と 一緒に 帰る こと は 叶わ ず 、私 は 相変わらず 波 に 乗れて いない。 それ でも 最近 は 以前 に も 増して 、サーフィン を する こと が とても 楽しい。

「ねえ 、お 姉ちゃん」

サーフボード に 滑り止め の ワックス を 塗り ながら 、私 は 運転 席 で 本 を 読んで いる 姉 に 話しかけた。 車 は いつも の 海岸 そば の 駐車 場 に 停められて いて 、私 は ボディスーツ に 着替えて いる。 午前 六 時 三十 分 、学校 に 行く まで の これ から 一 時間 、海 に 入って いられる。

「ん ー?

「進路 の こと だけど さあ」

「うん」

私 は 扉 を 開け 放した ステップ ワゴン の トランク に 腰掛けて いて 、お 姉ちゃん と は 背中 向き で 話す 格好に なって いる。 海 の ずっと 沖 の 方 に 、大きな 軍艦 の ような 灰色 の 船 が 停泊 して いる の が 見える。 NASDA の 船 だ。

「今 も まだ どう したら いい の か は 分から ない んだけど。 でも いい の 、あたし とりあえず 決めた の 」ワックス を 塗り 終わり 、石 鹸 の ような その 固まり を 脇 に 置き ながら 、姉 の 言葉 を 待た ず に 私 は 続ける。

「一 つ ずつ できる こと から やる の。 行って くる!

そう 言って 、私 は ボード を 抱えて 晴々 と した 気持ち で 海 へ と 駆け出す。 ──できる こと を なんとか やってる だけ 、と いう あの 日 の 遠野 くん の 言葉 を 思い出し ながら。 そうして いく しか ない んだ と 、それ で いい のだ と 、私 は はっきり と 思う。

空 も 海 も おんなじ 青 で 、私 は まるで なんにも ない 空間 に 浮かんで いる ような 気持ち に なる。 もっと 沖 に 出る ため に パドリング と ドルフィンスルー を 繰り返して いる うち に 、だんだん と 心 と 体 の 境界 、体 と 海 と の 境界 が ぼんやり と して くる。 沖 に 向かって パドル して 、やってくる 波 の 形 と 距離 を ほとんど 無意識 の うち に 計り 、無理だ と 判断 したら ボード ごと 体 を 水中 に 押し込んで 波 を スルー する。 いけ そうな 波 だ と 判断 したら ターン して 波 が やってくる の を 待つ。 やがて ボード が 波 に 持ち上げられる 浮力 を 感じる。 これ から 起こる こと に 私 は ぞくぞく する。 波 の フェイス を ボード が 滑り はじめて 、私 は 上半身 を 持ち上げ 、両足 で ボード を 踏みしめ 、重心 を 上げる。 立ち上がろう と する。 視界 が ぐっと 持ち上がり 、世界 が その 秘密の 輝き を 一瞬 だけ 覗かせる。

そして 次の 瞬間 、私 は 決まって 波 に 飲み込ま れる。

でも この 巨大な 世界 は 私 を 拒否 して いる わけで は ない こと を 、私 は もう 知っている。 離れて 見れば ──たとえば お 姉ちゃん から 見れば 、私 は この 輝く 海 に 含まれて いる。 だから ふたたび 、沖 に 向かって パドル して いく。 何度 も なんど も 繰り返す。 その うち に 何も 考えられ なく なる。

そして その 朝 、私 は 波 の 上 に 立った。 ウソ みたいに 唐突に 、文句 の つけよう も なく 完璧に。

たった 十七 年 でも それ を 人生 と 言って 良い の なら 、私 の 人生 は この 瞬間 の ため に あった んだ 、と 思った。

* * *

この 曲 は 知っている。 モーツァルト の セレナード だ。 中 一 の 音楽 会 で クラス 合奏 した こと が あって 、私 は 鍵盤 ハーモニカ 担当 だった。 ホース みたいな の を くわえて 息 を 吐き ながら 弾く 楽器 で 、自分 の 力 で 音 を 出して いる と いう 感覚 が 好きだった。 あの 頃 、私 の 世界 に は まだ 遠野 くん は い なかった。 サーフィン も やって い なかった し 、今 思えば シンプルな 世界 だった よ な ー と 思う。

セレナード は 小さな 夜 の 曲 と 書く。 小 夜 曲。 小さな 夜って なんだろう 、と 私 は 思う。 でも 遠野 くん と 一緒の 帰り道 は 、なんとなく 小さな 夜って かんじ が する。 まるで 私 たち の ため に 今日 この 曲 が かかった みたい。 なんか テンション 上がる。 遠野 くん。 今日 こそ は 一緒に 帰ら なくちゃ。 放課後 は 海 に 行か ないで 待って よう かな ー。 今日 は 六 限 目 まで しか ない し 、試験 前 だから 部 活動 も 短い だろう し。

「……なえ」

ん?

「花 苗って ば 、ねえ」

サキ ちゃん が 私 に 話しかけて いる。 十二 時 五十五 分。 今 は 昼 休み で 、教室 の スピーカー から は 小さな 音 で クラシック 音楽 が 流れて いて 、私 は サキ ちゃん と ユッコ と 三 人 で いつも の よう に お 弁当 を 広げて いる。

「あ 、ごめん。 なんか 言った?

「ぼ ーっと する の は いい けど さ 、あんた ゴハン 口 に 入れた まま 動き 止まって たわ よ 」と サキ ちゃん が 言う。

「しかも なんか にこにこ して た よ 」と ユッコ。

私 は 慌てて 、口 の 中 に 入った ゆで卵 を 噛み はじめる。 もぐもぐ。 おいしい。 ごく ん。

「ごめん ごめん。 なんの 話?

「佐々木 さん が また 男 から 告白 されたって 話 だった んだけど」

「あー。 うん 、あの 人 キレイ だ もん ねえ 」と 言って 、私 は アスパラ の ベーコン 巻き を 口 に 入れる。 お母さん の お 弁当 は 本当に おいしい。

「てい うか さ 、花 苗 、なんか 今日 ずっと 嬉し そう よ ね 」と サキ ちゃん。

「うん。 なんか ちょっと コワイ よ。 遠野 くん が 見たら ひく よ 」と ユッコ。

今日 は ふた り の 軽口 も ぜんぜん 気 に なら ない。 そ お? と 私 は 受け流す。

「明らかに ヘン だ よ ね この 子」

「うん……。 遠野 くん と なんか あった の?

私 は 余裕 の 返答 と して 、「ふ ふ ー ん 」と 意味 あり げ に にや ついた。 正確に は これ から なんか ある んだけど ね。

「え ぇ 、ウソ!

ふた り は 驚いて 同時に ハモ る。 そんなに 驚く か。

私 だって いつまでも 片 想い の まま じゃ ない のだ。 波 に 乗れた 今日 、私 は とうとう 、彼 に 好きだ と 伝える んだ。

そう。 波 に 乗れた 今日 言え なければ 、この先 も 、きっと 、ずっと 言え ない。

午後 四 時 四十 分。 私 は 渡り廊下 の 途中 に ある 女子 トイレ で 鏡 に 向かって いる。 六 限 目 が 三 時 半 に 終わって から 、私 は 海 に は 行か ず に ずっと 図書 館 で 過ごした。 勉強 なんか は 当然 できる はず も なく 、頬杖 を ついて 窓 の 外 の 景色 を 眺めて いた。 トイレ の 中 の 空気 は しんと して いる。 いつのまにか 髪 が 伸びた な 、と 鏡 を 見 ながら 思う。 後ろ髪 が すこし 肩 に かかって いる。 中学 の 時 まで は もっと 長かった のだ けれど 、高校 に 入って サーフィン を 始めた こと を きっかけ に ばっさり と 髪 を 切った。 お 姉ちゃん が 先生 を やって いる 高校 に 入った から と いう 理由 も 、きっと あった。 髪 が 長くて 美人 なお 姉ちゃん と 比べられる の が 恥ずかしかった。 でも もう このまま 伸ばそう か な と 、なんとなく 思う。

鏡 に 映った 、日焼け して 、頬 を 赤く 上気 さ せた 私 の 顔。 遠野 くん の 目 に 私 は どう 映って いる のだろう。 瞳 の 大き さ 、眉 の 形 、鼻 の 高 さ 、唇 の つや。 背 の 高 さ や 髪 質 や 胸 の 大き さ。 おなじみ の かすかな 失望 を 感じ ながら 、それ でも 私 は 自分 の パーツ 一つひとつ を チェック する よう に じっと 見て みる。 歯並び でも 爪 の 形 でも 、なんでも いい から ──と 私 は 願う。 私 の どこ か が 彼 の 好み で あります よう に 、と。

午後 五 時 三十 分。 単 車 置き場 の 奥 、いつも の 校舎 裏 に 私 は 立って いる。 日差し は だいぶ 西 に 傾いて きて いて 、校舎 が 落とす 長い 影 が 地面 を 光 と 影 に ぱっきり と 二 分 して いる。 私 が いる 場所 は その 境界 、ぎりぎり 影 の 中 だ。 空 を 見上げる と まだ 明るく 青い けれど 、その 青 は 昼間 より も すこし だけ 色褪せて 見える。 さっき まで 樹木 に 満ちて いた クマ ゼミ の 声 は 静まり 、今 は 足元 の 草むら から たくさんの 虫 の 音 が 湧きあがって いる。 そして その 音 に 負け ない くらい 大きく 、私 の 鼓動 は どき ん ど きん 鳴り 続けて いる。 体中 を ば たば た と 血液 が 駆けめぐって いる の が 分かる。 すこし でも 気持ち を 落ち着か せよう と 深呼吸 する のだ けれど 、あまりに も 緊張 し すぎて いて 、私 は 時々 息 を 吐く の を 忘れて しまう。 はっと 気づいて 大きく 息 を 吐いて 、そんな 呼吸 の 不規則 さ に 、鼓動 は 余計に 激しく なる。 ──今日 、言え なければ。 今日 、言わ なければ。 ほとんど 無意識 の うち に 何度 も なんど も 、壁 から 単 車 置き場 を 覗きこんで しまう。

だから 遠野 くん から 「澄 田 」と 声 を かけられた 時 も 、感じた の は 嬉し さ より も 戸惑い と 焦り だった。 思わず き ゃっと 声 が 出 そうに なった の を 必死に 飲み込んだ。

「今 帰り? 」壁 から 覗きこんで いる 私 に 気づいた 遠野 くん が 、いつも の 落ち着いた 足取り で 単 車 置き場 から 近づいて くる。 私 は 悪事 が 見つかった ような 気持ち で 単 車 置き場 へ と 足 を 踏み出し ながら 、「うん 」と 返事 を する。 ──そう か。 じゃ 、一緒に 帰ろう よ。 いつも の 優しい 声 で 、彼 が 言う。

午後 六 時。 コンビニ の ドリンク 売り場 に 並んで 立って いる 私 たち を 、西 向き の 窓 から まっすぐに 差し込んだ 夕日 が 照らして いる。 いつも は 暗く なって から 来る コンビニ だから 、まるで 違う 店 に いる ような 不安な 気持ち に なる。 夕日 の 熱 さ を 左 頬 に 感じ ながら 、小 夜 曲 じゃ なかった な 、と 私 は 思う。 外 は まだ 明るい。 私 の 今日 の 買い物 は 決まって いる。 遠野 くん と 同じ デーリィコーヒー。 迷い なく その 紙 パック を 手 に 取った 私 に 、遠野 くん は 驚いた よう に 言う。 あれ 、澄 田 、今日 は もう 決まり? 私 は 彼 の 方 を 見 ず に 、うん 、と 返事 を する。 好きって 言わ なきゃ。 家 に 着いて しまう 前 に。 ずっと 心臓 が 跳ねて いる。 店 内 に 流れて いる ポップス が 私 の 鼓動 を 消して くれて います よう に と 、願う。


秒速 5センチメートル (10) びょうそく| 5 Zentimeter pro Sekunde (10) 5 Centimeters per Second (10) 5 centímetros por segundo (10) 5 centymetrów na sekundę (10) 5 centímetros por segundo (10) 秒速5厘米 (10) 秒速5公分 (10)

「ねえ お 姉ちゃん 」と 、私 は 運転 席 の 横顔 を 見 ながら 言う。 ||ねえちゃん||わたくし||うんてん|せき||よこがお||み||いう I look at the profile of the driver's seat and say, "Hey, sis. この 人 まつげ 長い よ な ー。 |じん||ながい|||- He has long eyelashes. 「何 年 か 前 さ 、うち に 男 の 人 連れて きた こと が あった じゃ ない。 なん|とし||ぜん||||おとこ||じん|つれて|||||| "A few years ago, I brought a man to my house. キバヤシ さん だっけ? Mr. Kibayashi, was it?

「ああ 、小林 くん ね」 |こばやし|| Oh, Kobayashi, right.

「あの 人 どう なった の? |じん||| What happened to her? 付きあって た んだ よ ね」 つきあって|||| You were dating, right?"

「何 よ 急に 」と すこし 驚いた よう に 姉 は 答える。 なん||きゅうに|||おどろいた|||あね||こたえる Was? Plötzlich. Die Schwester antwortet ein wenig überrascht. "What's up all of a sudden?" my sister replied with a little surprise. 「別れた わ よ 、ずっと 前 に」 わかれた||||ぜん| We broke up a long time ago.

「その 人 と 結婚 する つもりだった の? |じん||けっこん||| その コバヤシ さん と さ」 Mr. Kobayashi and Sas.

「そう 思って た 時期 も あった よ。 |おもって||じき||| "There was a time when I thought so. 途中 で やめた けど ね 」と 懐かし そうに 、笑い ながら 言う。 とちゅう||||||なつかし|そう に|わらい||いう I quit halfway through," he says with a nostalgic smile.

「ふ ー ん……」 |-|

どうして やめた の? と いう 質問 を 飲み込んで 、私 は 別の こと を 訊 く。 ||しつもん||のみこんで|わたくし||べつの|||じん| I swallowed down the question, "What do you mean by that?

「悲しかった? かなしかった

「そりゃ あね 、何 年 か 付きあって いた 人 だから。 ||なん|とし||つきあって||じん| I had been dating someone for a few years. 一緒に 住んで た こと も あった し」 いっしょに|すんで||||| We used to live together."

左折 して 海岸 に 続く 細い 道 へ と 入る と 、朝日 が まっすぐに 差し込んで くる。 させつ||かいがん||つづく|ほそい|どう|||はいる||あさひ|||さしこんで| Turn left into a narrow road that leads to the coast, and the morning sun shines straight in. 雲 一 つ ない 真っ青な 空。 くも|ひと|||まっさおな|から Not a cloud in the sky. お 姉ちゃん は 目 を 細めて サンバイザー を 降ろす。 |ねえちゃん||め||ほそめて|||おろす Sis squints and lowers her sun visor. そんな 動作 まで 、私 に は どこ か 色っぽく 見える。 |どうさ||わたくし|||||いろっぽく|みえる Even such behavior seems somehow sexy to me.

「でも 今 思えば 、お互いに それほど 結婚 願望 が あった わけで も なかった の よ。 |いま|おもえば|おたがいに||けっこん|がんぼう||||||| "But now that I think about it, we didn't really want to get married. そう する と 付きあって て も 気持ち の 行き場 が ない の。 |||つきあって|||きもち||ゆきば||| Then, even when we were together, there was nowhere for my feelings to go. 行き場って いう か 、共通の 目的 地 みたいな ね」 ゆきばって|||きょうつうの|もくてき|ち|| It's like a place to go, or a common destination."

「うん 」よく 分から ない まま 私 は うなずく。 ||わから|||わたくし|| I nodded my head, unsure of what to think.

「ひとり で 行きたい 場所 と 、ふた り で 行きたい 場所 は 別な の ね。 ||いきたい|ばしょ|||||いきたい|ばしょ||べつな|| I think there is a difference between a place you want to go alone and a place you want to go together. でも あの 頃 は それ を 一致 さ せ なきゃって 必死だった ような 気 が する な」 ||ころ||||いっち||||ひっしだった||き||| But back then, I feel like we were so desperate to get it right."

「うん……」

行きたい 場所 ──と 私 は 心 の 中 で 繰り返す。 いきたい|ばしょ||わたくし||こころ||なか||くりかえす なんとなく 道端 に 目 を やる と 、野生 の テッポウユリ と マリーゴールド が たっぷり と 咲き誇って いる。 |みちばた||め||||やせい||||||||さきほこって| When I glanced at the roadside, wild Easter lilies and marigolds were in full bloom. 眩 しい 白 と 黄色 、私 の ボディスーツ と 同じ 色 だ。 くら||しろ||きいろ|わたくし||||おなじ|いろ| Dazzling white and yellow, the same colors as my bodysuit. キレイ だ な 、花 も 偉い よ な ー と 私 は 思う。 |||か||えらい|||-||わたくし||おもう I think it's beautiful and the flowers are great.

「どうした の よ 急に 」と 、お 姉ちゃん が 私 の 方 を 見て 訊 く。 |||きゅうに|||ねえちゃん||わたくし||かた||みて|じん| "What's the matter with you, all of a sudden?" I was so excited that my sister looked at me and asked, "What are you doing here?

「うーん ……どうしたって いう か 、別に なんでもない んだけど さ」 ||||べつに||| "Hmm... I don't know what happened, but it's nothing special."

そう 言って 、ずっと 訊 き たかった こと を 私 は 訊 いた。 |いって||じん|||||わたくし||じん| Saying that, I asked what I had wanted to ask for a long time.

「ねえ 、お 姉ちゃん さ 、高校 の 時 カレシ いた? ||ねえちゃん||こうこう||じ|| "Hey, did you have a boyfriend in high school, sis?

姉 は おかし そうに 笑い ながら、 あね|||そう に|わらい| My sister laughed at me in a funny way,

「い なかった わ よ。 I didn't see him. あんた と 同じ 」と 答える。 ||おなじ||こたえる Just like you." I answer. 「花 苗 、高校 生 の 時 の 私 に そっくり よ」 か|なえ|こうこう|せい||じ||わたくし||| “Flower seedlings, you look just like me when I was in high school.”

遠野 くん と 一緒に 帰った あの 雨 の 日 から 二 週間 が 経ち 、その 間 に 台風 が 一 つ 島 を 通り過ぎた。 とおの|||いっしょに|かえった||あめ||ひ||ふた|しゅうかん||たち||あいだ||たいふう||ひと||しま||とおりすぎた Two weeks have passed since the rainy day when Tono and I returned home, and a typhoon has passed through the island in the meantime. サトウキビ を 揺らす 風 が かすかに 冷気 を 孕み 、空 が ほんの すこし 高く なり 、雲 の 輪郭 が 優しく なって 、カブ に 乗る 同級 生 の 何 人 か が 薄い ジャンパー を はおる よう に なった。 さとうきび||ゆらす|かぜ|||れいき||はらみ|から||||たかく||くも||りんかく||やさしく||かぶ||のる|どうきゅう|せい||なん|じん|||うすい|じゃんぱー||||| The wind that shook the sugarcane was tinged with a faint chill, the sky was a little higher, the clouds were softer, and some of my turnip-riding classmates were wearing thin jumpers. この 二 週間 一 度 も 遠野 くん と 一緒に 帰る こと は 叶わ ず 、私 は 相変わらず 波 に 乗れて いない。 |ふた|しゅうかん|ひと|たび||とおの|||いっしょに|かえる|||かなわ||わたくし||あいかわらず|なみ||のれて| I haven't been able to go home with Tohno-kun even once in the past two weeks, and I still can't ride the waves. それ でも 最近 は 以前 に も 増して 、サーフィン を する こと が とても 楽しい。 ||さいきん||いぜん|||まして|さーふぃん||||||たのしい But lately, surfing is even more fun than before.

「ねえ 、お 姉ちゃん」 ||ねえちゃん

サーフボード に 滑り止め の ワックス を 塗り ながら 、私 は 運転 席 で 本 を 読んで いる 姉 に 話しかけた。 ||すべりどめ||わっくす||ぬり||わたくし||うんてん|せき||ほん||よんで||あね||はなしかけた As I applied non-slip wax to my surfboard, I spoke to my sister, who was reading a book in the driver's seat. 車 は いつも の 海岸 そば の 駐車 場 に 停められて いて 、私 は ボディスーツ に 着替えて いる。 くるま||||かいがん|||ちゅうしゃ|じょう||とめられて||わたくし||||きがえて| My car is parked in the usual parking lot near the beach, and I am changing into my bodysuit. 午前 六 時 三十 分 、学校 に 行く まで の これ から 一 時間 、海 に 入って いられる。 ごぜん|むっ|じ|さんじゅう|ぶん|がっこう||いく|||||ひと|じかん|うみ||はいって|いら れる It's 6:30 in the morning, and I can be in the ocean for the next hour before I go to school.

「ん ー? |-

「進路 の こと だけど さあ」 しんろ|||| "It's about my career, but come on."

「うん」

私 は 扉 を 開け 放した ステップ ワゴン の トランク に 腰掛けて いて 、お 姉ちゃん と は 背中 向き で 話す 格好に なって いる。 わたくし||とびら||あけ|はなした|すてっぷ|わごん||とらんく||こしかけて|||ねえちゃん|||せなか|むき||はなす|かっこうに|| I am sitting in the trunk of the step wagon with the door open, ready to talk to my sister with my back to her. 海 の ずっと 沖 の 方 に 、大きな 軍艦 の ような 灰色 の 船 が 停泊 して いる の が 見える。 うみ|||おき||かた||おおきな|ぐんかん|||はいいろ||せん||ていはく|||||みえる Far out in the sea, I see a gray ship, like a large warship, anchored. NASDA の 船 だ。 nasda||せん|

「今 も まだ どう したら いい の か は 分から ない んだけど。 いま|||||||||わから|| I still don't know what to do. でも いい の 、あたし とりあえず 決めた の 」ワックス を 塗り 終わり 、石 鹸 の ような その 固まり を 脇 に 置き ながら 、姉 の 言葉 を 待た ず に 私 は 続ける。 |||||きめた||わっくす||ぬり|おわり|いし|けん||||かたまり||わき||おき||あね||ことば||また|||わたくし||つづける But that's okay, I've made up my mind anyway." I finish waxing, set the soapy mass aside, and without waiting for my sister to speak, I continue.

「一 つ ずつ できる こと から やる の。 ひと||||||| "I'll do it one by one, starting with what I can do. 行って くる! おこなって| I'm off!

そう 言って 、私 は ボード を 抱えて 晴々 と した 気持ち で 海 へ と 駆け出す。 |いって|わたくし||ぼーど||かかえて|はればれ|||きもち||うみ|||かけだす Saying that, I grabbed my board and started running out to sea with a clear feeling. ──できる こと を なんとか やってる だけ 、と いう あの 日 の 遠野 くん の 言葉 を 思い出し ながら。 |||||||||ひ||とおの|||ことば||おもいだし| I remember Tono's words that day, "I'm just trying to do what I can do. そうして いく しか ない んだ と 、それ で いい のだ と 、私 は はっきり と 思う。 |||||||||||わたくし||||おもう I clearly think that this is the only way to go, and that it's fine.

空 も 海 も おんなじ 青 で 、私 は まるで なんにも ない 空間 に 浮かんで いる ような 気持ち に なる。 から||うみ|||あお||わたくし|||||くうかん||うかんで|||きもち|| Both the sky and the sea are the same blue, and I feel like I'm floating in an empty space. もっと 沖 に 出る ため に パドリング と ドルフィンスルー を 繰り返して いる うち に 、だんだん と 心 と 体 の 境界 、体 と 海 と の 境界 が ぼんやり と して くる。 |おき||でる|||||||くりかえして||||||こころ||からだ||きょうかい|からだ||うみ|||きょうかい||||| While paddling and dolphin thru repeatedly in order to go further out to sea, the boundaries between mind and body, between body and sea, gradually blur. 沖 に 向かって パドル して 、やってくる 波 の 形 と 距離 を ほとんど 無意識 の うち に 計り 、無理だ と 判断 したら ボード ごと 体 を 水中 に 押し込んで 波 を スルー する。 おき||むかって||||なみ||かた||きょり|||むいしき||||はかり|むりだ||はんだん||ぼーど||からだ||すいちゅう||おしこんで|なみ||するー| You paddle out to sea, almost unconsciously measuring the shape and distance of incoming waves, and when you think it's impossible, push your body and board into the water to pass the wave. いけ そうな 波 だ と 判断 したら ターン して 波 が やってくる の を 待つ。 |そう な|なみ|||はんだん||たーん||なみ|||||まつ If the wave looks good, turn and wait for it to come in. やがて ボード が 波 に 持ち上げられる 浮力 を 感じる。 |ぼーど||なみ||もちあげられる|ふりょく||かんじる Soon you feel the buoyancy of the board being lifted up by the waves. これ から 起こる こと に 私 は ぞくぞく する。 ||おこる|||わたくし||| I am thrilled by what is about to happen. 波 の フェイス を ボード が 滑り はじめて 、私 は 上半身 を 持ち上げ 、両足 で ボード を 踏みしめ 、重心 を 上げる。 なみ||||ぼーど||すべり||わたくし||じょうはんしん||もちあげ|りょうあし||ぼーど||ふみしめ|じゅうしん||あげる As the board begins to slide across the face of the wave, I lift my upper body and step on the board with both feet to raise my center of gravity. 立ち上がろう と する。 たちあがろう|| Tries to stand up. 視界 が ぐっと 持ち上がり 、世界 が その 秘密の 輝き を 一瞬 だけ 覗かせる。 しかい|||もちあがり|せかい|||ひみつの|かがやき||いっしゅん||のぞかせる My vision suddenly lifted, and the world let me glimpse its secret brilliance for a moment.

そして 次の 瞬間 、私 は 決まって 波 に 飲み込ま れる。 |つぎの|しゅんかん|わたくし||きまって|なみ||のみこま| And the next moment, I'm always swallowed by the waves.

でも この 巨大な 世界 は 私 を 拒否 して いる わけで は ない こと を 、私 は もう 知っている。 ||きょだいな|せかい||わたくし||きょひ||||||||わたくし|||しっている But I already know that this vast world does not reject me. 離れて 見れば ──たとえば お 姉ちゃん から 見れば 、私 は この 輝く 海 に 含まれて いる。 はなれて|みれば|||ねえちゃん||みれば|わたくし|||かがやく|うみ||ふくまれて| If you look at it from a distance—for example, if you look at it from your sister's point of view, I'm included in this shining sea. だから ふたたび 、沖 に 向かって パドル して いく。 ||おき||むかって||| So, once again, we paddle out to sea. 何度 も なんど も 繰り返す。 なんど||||くりかえす Repeat over and over again. その うち に 何も 考えられ なく なる。 |||なにも|かんがえられ|| I can't think of anything after that.

そして その 朝 、私 は 波 の 上 に 立った。 ||あさ|わたくし||なみ||うえ||たった And that morning I stood on the waves. ウソ みたいに 唐突に 、文句 の つけよう も なく 完璧に。 うそ||とうとつに|もんく|||||かんぺきに As abrupt as a lie, perfectly without any complaints.

たった 十七 年 でも それ を 人生 と 言って 良い の なら 、私 の 人生 は この 瞬間 の ため に あった んだ 、と 思った。 |じゅうしち|とし||||じんせい||いって|よい|||わたくし||じんせい|||しゅんかん|||||||おもった If only seventeen years can be called a life, then my life was for this moment, I thought.

* * *

この 曲 は 知っている。 |きょく||しっている モーツァルト の セレナード だ。 もーつぁると||| It is Mozart's Serenade. 中 一 の 音楽 会 で クラス 合奏 した こと が あって 、私 は 鍵盤 ハーモニカ 担当 だった。 なか|ひと||おんがく|かい||くらす|がっそう|||||わたくし||けんばん|はーもにか|たんとう| We played in class at a junior high school concert, and I was in charge of the keyboard harmonica. ホース みたいな の を くわえて 息 を 吐き ながら 弾く 楽器 で 、自分 の 力 で 音 を 出して いる と いう 感覚 が 好きだった。 ほーす|||||いき||はき||はじく|がっき||じぶん||ちから||おと||だして||||かんかく||すきだった It's a hose-like instrument that you hold in your mouth and play while exhaling. あの 頃 、私 の 世界 に は まだ 遠野 くん は い なかった。 |ころ|わたくし||せかい||||とおの|||| Back then, Tohno-kun wasn't in my world yet. サーフィン も やって い なかった し 、今 思えば シンプルな 世界 だった よ な ー と 思う。 さーふぃん||||||いま|おもえば|しんぷるな|せかい||||-||おもう I didn't even surf, and looking back, I think it was a simple world.

セレナード は 小さな 夜 の 曲 と 書く。 ||ちいさな|よ||きょく||かく A serenade is written as a little evening song. 小 夜 曲。 しょう|よ|きょく A little night piece. 小さな 夜って なんだろう 、と 私 は 思う。 ちいさな|よって|||わたくし||おもう What is a small night, I wonder. でも 遠野 くん と 一緒の 帰り道 は 、なんとなく 小さな 夜って かんじ が する。 |とおの|||いっしょの|かえりみち|||ちいさな|よって||| But for some reason, going home with Tohno-kun feels like a small night. まるで 私 たち の ため に 今日 この 曲 が かかった みたい。 |わたくし|||||きょう||きょく||| It's like this song was played for us today. なんか テンション 上がる。 |てんしょん|あがる Somehow the tension rises. 遠野 くん。 とおの| 今日 こそ は 一緒に 帰ら なくちゃ。 きょう|||いっしょに|かえら| We have to go home together today. 放課後 は 海 に 行か ないで 待って よう かな ー。 ほうかご||うみ||いか||まって|||- I think I'll wait instead of going to the beach after school. 今日 は 六 限 目 まで しか ない し 、試験 前 だから 部 活動 も 短い だろう し。 きょう||むっ|げん|め|||||しけん|ぜん||ぶ|かつどう||みじかい|| Today is only the sixth period, and since it is before the exam, club activities will probably be short.

「……なえ」 "...... nae."

ん? Hmm?

「花 苗って ば 、ねえ」 か|なえって|| Flower seedlings, huh?

サキ ちゃん が 私 に 話しかけて いる。 さき|||わたくし||はなしかけて| Saki is talking to me. 十二 時 五十五 分。 じゅうに|じ|ごじゅうご|ぶん Twelve o'clock fifty-five minutes. 今 は 昼 休み で 、教室 の スピーカー から は 小さな 音 で クラシック 音楽 が 流れて いて 、私 は サキ ちゃん と ユッコ と 三 人 で いつも の よう に お 弁当 を 広げて いる。 いま||ひる|やすみ||きょうしつ||すぴーかー|||ちいさな|おと||くらしっく|おんがく||ながれて||わたくし||さき|||ゆっこ||みっ|じん|||||||べんとう||ひろげて| It's lunch break, classical music is playing on the classroom speakers, and I'm with Saki and Yuko, spreading out lunchboxes as usual.

「あ 、ごめん。 なんか 言った? |いった

「ぼ ーっと する の は いい けど さ 、あんた ゴハン 口 に 入れた まま 動き 止まって たわ よ 」と サキ ちゃん が 言う。 |-っと|||||||||くち||いれた||うごき|とまって||||さき|||いう "It's okay to be dazed, but you stopped moving with the food in your mouth," said Saki-chan.

「しかも なんか にこにこ して た よ 」と ユッコ。 |||||||ゆっこ And he was kind of smiling," said Yucco.

私 は 慌てて 、口 の 中 に 入った ゆで卵 を 噛み はじめる。 わたくし||あわてて|くち||なか||はいった|ゆでたまご||かみ| I panicked and began to chew on the boiled egg in my mouth. もぐもぐ。 おいしい。 ごく ん。 Very good.

「ごめん ごめん。 なんの 話? |はなし

「佐々木 さん が また 男 から 告白 されたって 話 だった んだけど」 ささき||||おとこ||こくはく||はなし|| I heard that Ms. Sasaki got another man's confession.

「あー。 うん 、あの 人 キレイ だ もん ねえ 」と 言って 、私 は アスパラ の ベーコン 巻き を 口 に 入れる。 ||じん||||||いって|わたくし||||べーこん|まき||くち||いれる Yes, she is beautiful, isn't she? I put the bacon-wrapped asparagus in my mouth. お母さん の お 弁当 は 本当に おいしい。 お かあさん|||べんとう||ほんとうに|

「てい うか さ 、花 苗 、なんか 今日 ずっと 嬉し そう よ ね 」と サキ ちゃん。 |||か|なえ||きょう||うれし|||||さき| "Somehow, the flower seedlings look so happy today," said Saki-chan.

「うん。 "yes. なんか ちょっと コワイ よ。 It's a little scary. 遠野 くん が 見たら ひく よ 」と ユッコ。 とおの|||みたら||||ゆっこ If Tono Kun sees it, he'll run over it," said Yucco.

今日 は ふた り の 軽口 も ぜんぜん 気 に なら ない。 きょう|||||かるくち|||き||| Today, I don't mind their jokes at all. そ お? と 私 は 受け流す。 |わたくし||うけながす

「明らかに ヘン だ よ ね この 子」 あきらかに||||||こ "It's obviously strange, isn't it?"

「うん……。 遠野 くん と なんか あった の? とおの||||| Did something happen with Tohno-kun?

私 は 余裕 の 返答 と して 、「ふ ふ ー ん 」と 意味 あり げ に にや ついた。 わたくし||よゆう||へんとう|||||-|||いみ||||| As a relaxed reply, I grinned meaningfully. 正確に は これ から なんか ある んだけど ね。 せいかくに||||||| To be precise, there will be something from now on.

「え ぇ 、ウソ! ||うそ

ふた り は 驚いて 同時に ハモ る。 |||おどろいて|どうじに|| The two are surprised and hum at the same time. そんなに 驚く か。 |おどろく| Is that so surprising?

私 だって いつまでも 片 想い の まま じゃ ない のだ。 わたくし|||かた|おもい||||| I don't have a one-sided love affair forever, either. 波 に 乗れた 今日 、私 は とうとう 、彼 に 好きだ と 伝える んだ。 なみ||のれた|きょう|わたくし|||かれ||すきだ||つたえる| Today, I finally told him that I love him.

そう。 波 に 乗れた 今日 言え なければ 、この先 も 、きっと 、ずっと 言え ない。 なみ||のれた|きょう|いえ||このさき||||いえ| If I can't say today that I was able to ride the wave, I'm sure I won't be able to say it forever.

午後 四 時 四十 分。 ごご|よっ|じ|しじゅう|ぶん It is 4:40 p.m. 私 は 渡り廊下 の 途中 に ある 女子 トイレ で 鏡 に 向かって いる。 わたくし||わたりろうか||とちゅう|||じょし|といれ||きよう||むかって| I am in the women's restroom on the way to the hallway, facing the mirror. 六 限 目 が 三 時 半 に 終わって から 、私 は 海 に は 行か ず に ずっと 図書 館 で 過ごした。 むっ|げん|め||みっ|じ|はん||おわって||わたくし||うみ|||いか||||としょ|かん||すごした After the sixth period ended at 3:30, I spent all my time in the library without going to the beach. 勉強 なんか は 当然 できる はず も なく 、頬杖 を ついて 窓 の 外 の 景色 を 眺めて いた。 べんきょう|||とうぜん|||||ほおづえ|||まど||がい||けしき||ながめて| I had no way to study, so I just sat on my cheekbones and watched the scenery outside the window. トイレ の 中 の 空気 は しんと して いる。 といれ||なか||くうき|||| The air inside the toilet is quiet. いつのまにか 髪 が 伸びた な 、と 鏡 を 見 ながら 思う。 |かみ||のびた|||きよう||み||おもう I look in the mirror and wonder how long my hair has grown. 後ろ髪 が すこし 肩 に かかって いる。 うしろがみ|||かた||| The back hair hangs slightly over the shoulders. 中学 の 時 まで は もっと 長かった のだ けれど 、高校 に 入って サーフィン を 始めた こと を きっかけ に ばっさり と 髪 を 切った。 ちゅうがく||じ||||ながかった|||こうこう||はいって|さーふぃん||はじめた|||||||かみ||きった It used to be longer until junior high school, but when I entered high school and started surfing, I decided to cut it off. お 姉ちゃん が 先生 を やって いる 高校 に 入った から と いう 理由 も 、きっと あった。 |ねえちゃん||せんせい||||こうこう||はいった||||りゆう||| I am sure that the reason was because I entered a high school where my sister was a teacher. 髪 が 長くて 美人 なお 姉ちゃん と 比べられる の が 恥ずかしかった。 かみ||ながくて|びじん||ねえちゃん||くらべられる|||はずかしかった I was embarrassed to be compared to my sister, who had long, beautiful hair. でも もう このまま 伸ばそう か な と 、なんとなく 思う。 |||のばそう|||||おもう But I somehow think that I should continue to grow like this.

鏡 に 映った 、日焼け して 、頬 を 赤く 上気 さ せた 私 の 顔。 きよう||うつった|ひやけ||ほお||あかく|じょうき|||わたくし||かお My face reflected in the mirror, sunburnt, with red and flushed cheeks. 遠野 くん の 目 に 私 は どう 映って いる のだろう。 とおの|||め||わたくし|||うつって|| I wonder how I am reflected in Tono's eyes. 瞳 の 大き さ 、眉 の 形 、鼻 の 高 さ 、唇 の つや。 ひとみ||おおき||まゆ||かた|はな||たか||くちびる|| The size of the eyes, the shape of the eyebrows, the height of the nose, the glossiness of the lips. 背 の 高 さ や 髪 質 や 胸 の 大き さ。 せ||たか|||かみ|しち||むね||おおき| Height, hair type and chest size. おなじみ の かすかな 失望 を 感じ ながら 、それ でも 私 は 自分 の パーツ 一つひとつ を チェック する よう に じっと 見て みる。 |||しつぼう||かんじ||||わたくし||じぶん|||ひとつひとつ||ちぇっく|||||みて| With a familiar glimmer of disappointment, I take a long, hard look at each part of myself as if to check it out. 歯並び でも 爪 の 形 でも 、なんでも いい から ──と 私 は 願う。 はならび||つめ||かた||||||わたくし||ねがう The alignment of the teeth, the shape of the nails, whatever, I wish. 私 の どこ か が 彼 の 好み で あります よう に 、と。 わたくし|||||かれ||よしみ||||| I hope something about me will be to his liking.

午後 五 時 三十 分。 ごご|いつ|じ|さんじゅう|ぶん 5:30 p.m. 単 車 置き場 の 奥 、いつも の 校舎 裏 に 私 は 立って いる。 ひとえ|くるま|おきば||おく|||こうしゃ|うら||わたくし||たって| 日差し は だいぶ 西 に 傾いて きて いて 、校舎 が 落とす 長い 影 が 地面 を 光 と 影 に ぱっきり と 二 分 して いる。 ひざし|||にし||かたむいて|||こうしゃ||おとす|ながい|かげ||じめん||ひかり||かげ||||ふた|ぶん|| The sun was leaning a lot to the west, and the long shadows cast by the school building clearly divided the ground into light and shadow. 私 が いる 場所 は その 境界 、ぎりぎり 影 の 中 だ。 わたくし|||ばしょ|||きょうかい||かげ||なか| I am just on the edge of the boundary, just inside the shadow. 空 を 見上げる と まだ 明るく 青い けれど 、その 青 は 昼間 より も すこし だけ 色褪せて 見える。 から||みあげる|||あかるく|あおい|||あお||ひるま|||||いろあせて|みえる When you look up at the sky, it's still bright and blue, but the blue looks a little more faded than it does in the daytime. さっき まで 樹木 に 満ちて いた クマ ゼミ の 声 は 静まり 、今 は 足元 の 草むら から たくさんの 虫 の 音 が 湧きあがって いる。 ||じゅもく||みちて||くま|ぜみ||こえ||しずまり|いま||あしもと||くさむら|||ちゅう||おと||わきあがって| The voices of the bear cicadas, which had filled the trees until just a moment ago, have quieted down, and now the sounds of many insects are welling up from the grass at my feet. そして その 音 に 負け ない くらい 大きく 、私 の 鼓動 は どき ん ど きん 鳴り 続けて いる。 ||おと||まけ|||おおきく|わたくし||こどう||||||なり|つづけて| And my heartbeat continues to beat louder than the sound. 体中 を ば たば た と 血液 が 駆けめぐって いる の が 分かる。 たいちゅう||||||けつえき||かけめぐって||||わかる I could feel the blood rushing through my body. すこし でも 気持ち を 落ち着か せよう と 深呼吸 する のだ けれど 、あまりに も 緊張 し すぎて いて 、私 は 時々 息 を 吐く の を 忘れて しまう。 ||きもち||おちつか|||しんこきゅう||||||きんちょう||||わたくし||ときどき|いき||はく|||わすれて| I try to take a deep breath to calm down a little, but I am so nervous that I sometimes forget to exhale. はっと 気づいて 大きく 息 を 吐いて 、そんな 呼吸 の 不規則 さ に 、鼓動 は 余計に 激しく なる。 |きづいて|おおきく|いき||はいて||こきゅう||ふきそく|||こどう||よけいに|はげしく| Suddenly, I take a deep breath, and the irregularity of my breathing makes my heart beat even harder. ──今日 、言え なければ。 きょう|いえ| If I can't tell you today. 今日 、言わ なければ。 きょう|いわ| I have to tell you today. ほとんど 無意識 の うち に 何度 も なんど も 、壁 から 単 車 置き場 を 覗きこんで しまう。 |むいしき||||なんど||||かべ||ひとえ|くるま|おきば||のぞきこんで| Almost subconsciously, I repeatedly peeked over the wall at the car lot.

だから 遠野 くん から 「澄 田 」と 声 を かけられた 時 も 、感じた の は 嬉し さ より も 戸惑い と 焦り だった。 |とおの|||きよし|た||こえ|||じ||かんじた|||うれし||||とまどい||あせり| That's why when Tohno-kun called out to me, "Sumita," what I felt was more embarrassment and impatience than happiness. 思わず き ゃっと 声 が 出 そうに なった の を 必死に 飲み込んだ。 おもわず|||こえ||だ|そう に||||ひっしに|のみこんだ I desperately swallowed when I was about to scream.

「今 帰り? いま|かえり You're home? 」壁 から 覗きこんで いる 私 に 気づいた 遠野 くん が 、いつも の 落ち着いた 足取り で 単 車 置き場 から 近づいて くる。 かべ||のぞきこんで||わたくし||きづいた|とおの|||||おちついた|あしどり||ひとえ|くるま|おきば||ちかづいて| "Tohno-kun noticed me peering through the wall, and with his usual calm steps he approached me from the parking lot. 私 は 悪事 が 見つかった ような 気持ち で 単 車 置き場 へ と 足 を 踏み出し ながら 、「うん 」と 返事 を する。 わたくし||あくじ||みつかった||きもち||ひとえ|くるま|おきば|||あし||ふみだし||||へんじ|| I stepped out into the driveway feeling like I had found the bad guy, and said, "Yeah. I reply, "I'm sorry, I'm sorry. ──そう か。 I see. じゃ 、一緒に 帰ろう よ。 |いっしょに|かえろう| いつも の 優しい 声 で 、彼 が 言う。 ||やさしい|こえ||かれ||いう

午後 六 時。 ごご|むっ|じ コンビニ の ドリンク 売り場 に 並んで 立って いる 私 たち を 、西 向き の 窓 から まっすぐに 差し込んだ 夕日 が 照らして いる。 こんびに|||うりば||ならんで|たって||わたくし|||にし|むき||まど|||さしこんだ|ゆうひ||てらして| As we stood side by side at the drink counter of the convenience store, the sun was shining straight through the west-facing window. いつも は 暗く なって から 来る コンビニ だから 、まるで 違う 店 に いる ような 不安な 気持ち に なる。 ||くらく|||くる|こんびに|||ちがう|てん||||ふあんな|きもち|| Convenience stores usually come after dark, so I feel uneasy as if I'm in a different store. 夕日 の 熱 さ を 左 頬 に 感じ ながら 、小 夜 曲 じゃ なかった な 、と 私 は 思う。 ゆうひ||ねつ|||ひだり|ほお||かんじ||しょう|よ|きょく|||||わたくし||おもう Feeling the heat of the setting sun on my left cheek, I thought to myself, "It wasn't a midnight song. 外 は まだ 明るい。 がい|||あかるい Outside is still bright. 私 の 今日 の 買い物 は 決まって いる。 わたくし||きょう||かいもの||きまって| I know what I'm going to do today. 遠野 くん と 同じ デーリィコーヒー。 とおの|||おなじ| Tono Kun and Daley Coffee. 迷い なく その 紙 パック を 手 に 取った 私 に 、遠野 くん は 驚いた よう に 言う。 まよい|||かみ|ぱっく||て||とった|わたくし||とおの|||おどろいた|||いう Without hesitation, Tohno-kun said to me who picked up the paper carton. あれ 、澄 田 、今日 は もう 決まり? |きよし|た|きょう|||きまり Hey, Sumida, have you decided for today? 私 は 彼 の 方 を 見 ず に 、うん 、と 返事 を する。 わたくし||かれ||かた||み|||||へんじ|| Without looking at him, I replied, "Yes. 好きって 言わ なきゃ。 すきって|いわ| I have to say I love you. 家 に 着いて しまう 前 に。 いえ||ついて||ぜん| Before you get home. ずっと 心臓 が 跳ねて いる。 |しんぞう||はねて| My heart is bouncing all the time. 店 内 に 流れて いる ポップス が 私 の 鼓動 を 消して くれて います よう に と 、願う。 てん|うち||ながれて||ぽっぷす||わたくし||こどう||けして||||||ねがう I hope that the pop music playing in the store is silencing my heartbeat.