1.1生き残った 男の子
1生き残った 男の子 TheBoyWhoLived
プリベット 通り 四 番地 の 住人 ダーズリー 夫妻 は 、「おかげさまで 、私ども は どこ から みて も まとも な 人間 です 」と 言う の が 自慢 だった 。 不思議 とか 神秘 とか そんな 非常識 は まるっきり 認めない 人種 で 、まか不思議 な 出来事 が 彼ら の 周辺 で 起こる なんて 、とうてい 考えられなかった 。 ダーズリー 氏 は 、穴あけ ドリル を 製造 している グラニングズ 社 の 社長 だ 。 ずんぐり と 肉づきがよい 体型 の せいで 、首 が ほとんど ない 。 その 代わり 巨大 な 口髭 が 目立って いた 。 奥さん の 方 は やせて 、金髪 で 、何と 首 の 長さ が 普通 の 人 の 二倍 は ある 。 垣根越し に ご近所 の 様子 を 詮索する のが 趣味 だった ので 、鶴 の ような 首 は 実に 便利 だった 。 ダーズリー 夫妻 には ダドリー と いう 男の子 が いた 。 どこ を 探した って こんなに でき の いい 子 は い やしない 、という のが 二人 の 親バカ の 意見 だった 。 そんな 絵に描いたよう に 満ち足りた ダーズリー 家 に も 、たった 一つ 秘密 が あった 。 なにより 怖い の は 、誰か に その 秘密 を 嗅ぎつけられる こと だった 。 ───あの ポッター 一家 の こと が 誰か に 知られて しまったら 一巻 の 終わり だ 。 ポッター 夫人 は ダーズリー 夫人 の 実 の 妹 だが 、二人 は ここ 数年 一度も 会って は いなかった 。
それどころか 、ダーズリー 夫人 は 妹 など いない という 振り を していた 。 なにしろ 、妹 も その ろくでなし の 夫 も 、ダーズリー 家 の 家風 とは まるっきり 正反対 だった から だ 。
───ポッター 一家 が 不意 に この あたり に 現れたら 、ご 近所 の 人たち が なんと言うか 、考えた だけ でも 身の毛がよだつ 。
ポッター 家 に も 小さな 男の子 が いる こと を 、ダーズリー 夫妻 は 知って は いた が 、ただの 一度も 会った ことがない 。
───そんな 子 と 、うち の ダドリー が 関わり合い に なる なんて ……
それ も ポッター 一家 を 遠ざけて いる 理由 の 一つ だった 。
さて 、 ある 火曜日 の 朝 の こと だ 。 ダーズリー 一家 が 目を覚ます と 、外 は どんより と した 灰色 の 空 だった 。 物語 は ここ から 始まる 。 まか不思議 な こと が まもなく イギリス 中 で 起ころう と している なんて 、そんな 気配 は 曇り空 の どこにも なかった 。 ダーズリー 氏 は 鼻歌まじり で 、仕事 用 の 思いっきり ありふれた 柄 の ネクタイ を 選んだ 。 奥さん の 方 は 大声 で 泣き わめいて いる ダドリー 坊や を やっとこさ ベビーチェア に 座らせ 、嬉々 として ご 近所 の 噂話 を 始めた 。
窓 の 外 を 、大きな 梟 が バタバタ と 飛び去って いった が 、二人 とも 気がつかなかった 。
八時半 、ダーズリー 氏 は 鞄 を 持ち 、奥さん の 頬 に ちょこっと キス して 、それから ダドリー 坊や に も バイバイ の キス を しよう とした が 、しそこなった 。 坊や が かんしゃく を 起こして 、コーンフレーク を 皿 ごと 壁 に 投げつけている 最中 だった から だ 。 「わんぱく 坊主 め 」ダーズリー 氏 は 満足げ に 笑い ながら 家 を 出て 、自家用車 に 乗りこみ 、四番地 の 路地 を バック で 出て行った 。 広い 通り に 出る 前 の 角 の 所 で 、ダーズリー 氏 は 、初めて «何か おかしい ぞ »と思った 。
──なんと 猫 が 地図 を 見ている ──ダーズリー 氏 は 一瞬 、目 を 疑った 。 もう一度 よく 見よう と 急いで 振り返る と 、たしかに プリベット 通り の 角 に トラ猫 が 一匹 立ちどまって いた 。 しかし 、地図 の ほう は 見えなかった 。 ばか な 、いったい 何 を 考えて いる ん だ 。 きっと 光 の 悪戯 だった に 違いない 。 ダーズリー 氏 は 瞬き を して 、もう一度 猫 を よく 見直した 。 猫 は 見つめ返した 。 角 を 曲がり 、広い 通り に 出た 時 、バックミラー に 映っている 猫 が 見えた 。 なんと 、今度 は 「プリベット 通り 」と 書かれた 標識 を 読んで いる 。 ──いや 、「見て 」いる だけ だ 。 猫 が 地図 やら 標識 やら を 読める はずがない 。 ダーズリー 氏 は 体 を ブルッと 振って 気 を とりなおし 、猫 の こと を 頭 の 中 から 振り払った 。 街 に 向かって 車 を 走らせている うち に 、彼 の 頭 は 、その日 に 取り たい と 思っている 穴あけ ドリル の 大口 注文 の こと で いっぱい に なった 。 ところが 、街はずれ まで 来た 時 、穴あけ ドリル など 頭 から 吹っ飛ぶ ような こと が 起こった の だ 。 いつも の 朝 の 渋滞 に まきこまれ 、車 の 中 で じっと している と 、奇妙 な 服 を 着た 人たち が うろうろ している のが 、いやでも 目 に ついた 。 マント を 着て いる 。
──おかし な 服 を 着た 連中 には 我慢 が ならん ──近頃 の 若い やつら の 格好 ときたら ! マント も 最近 の バカげた 流行 なん だろう 。
ハンドル を 指 で イライラ と 叩いて いる と 、ふと 、すぐそば に 立っている おかしな 連中 が 目に止まった 。 何やら 興奮 して ささやき 合って いる 。 けしからん こと に 、とうてい 若い とはいえ ない やつ が 数人 混じって いる 。
──あいつ なんか 自分 より 年をとって いる のに 、エメラルド 色 の マント を 着て いる 。 どういう 神経 だ ! まて よ 。 ダーズリー 氏 は 、はた と 思いついた 。
──くだらん 芝居 を して いる に 違いない ──当然 、連中 は 寄付 集め を している ん だ ……そうだ 、それ だ ! やっと 車 が 流れ はじめた 。 数分後 、車 は グラニングズ 社 の 駐車場 に 着き 、ダーズリー 氏 の 頭 は 穴あけ ドリル に 戻って いた 。
ダーズリー 氏 の オフィス は 九階 で 、いつも 窓 に 背を向けて 座っていた 。 そう で なかったら 、今朝 は 穴あけ ドリル に 集中 できなかった かもしれない 。 真っ昼間 から ふくろう が 空 を 飛び交う の を 、ダーズリー 氏 は 見ない です んだが 、道行く 多く の 人 は それ を 目撃 した 。 ふくろう が 次 から 次へと 飛んで 行く の を 指さして は 、いったい あれ は 何だ と 口 を あんぐり あけて 見つめて いた の だ 。 ふくろう なんて 、たいがい の 人 は 夜 に だって 見た ことがない 。 ダーズリー 氏 は 昼 まで 、しごく まとも に 、ふくろう とは 無縁 で 過ごした 。 五人 の 社員 を 怒鳴りつけ 、何本 か 重要 な 電話 を かけ 、また 少し ガミガミ 怒鳴った 。 おかげで お昼 まで は 上機嫌 だった 。 それから 、少し 手足 を 伸ばそう か と 、道路 の むかい 側 に ある パン屋 まで 歩いて 買い物 に 行く ことにした 。
マント を 着た 連中 の こと は すっかり 忘れて いた のに 、パン屋 の 手前 で また マント 集団 に 出会って しまった 。 そば を 通り過ぎる 時 、ダーズリー 氏 は 、けしからん と ばかりに にらみつけた 。
なぜか この 連中 は 、ダーズリー 氏 を 不安 な 気持 に させた 。 この マント 集団 も 、何やら 興奮 して ささやき 合って いた 。 しかも 寄付 集め の 空缶 が 一つ も 見当たらない 。 パン屋 から の 帰り道 、大きな ドーナツ を 入れた 紙袋 を 握り 、また 連中 の そば を 通り過ぎよう とした その 時 、こんな 言葉 が 耳 に 飛び込んで きた 。
「 ポッター さん たち が 、 そう 、 わたしゃ そう 聞きました ……」 「…… そう そう 、 息子 の ハリー が ね ……」 ダーズリー 氏 は ハッと 立ち止まった 。 恐怖 が 湧きあがって きた 。 いったん は ヒソヒソ 声 の する ほう を 振り返って 、何か 言おう か と 思った が 、まて よ 、と 考えなおした 。
ダーズリー 氏 は 猛スピード で 道 を 横切り 、オフィス に かけ 戻る や否や 、秘書 に 「誰も 取り継ぐ な 」と 命令 し 、ドア を ピシャッと 閉めて 電話 を ひっつかみ 、家 の 番号 を 回し はじめた 。 しかし 、ダイヤル し 終わらない うちに 気が 変わった 。 受話器 を 置き 、口ひげ を なで ながら 、ダーズリー 氏 は 考えた
──まさか 、自分 は なんて 愚か な ん だ 。 ポッター なんて 珍しい 名前 じゃない 。 ハリー という 名 の 男の子 が いる ポッタ 一家 なんて 、山ほど ある に 違いない 。 考えて みりゃ 、甥 の 名前 が ハリー だった かどうか さえ 確か じゃない 。 一度も 会った こと も ない し 、ハービー という 名前 だった かもしれない 。 いや ハロルド かも 。 こんな こと で 妻 に 心配を かけて も しょうがない 。 妹 の 話 が チラッと でも 出る と 、あれ は いつも 取り乱す 。 無理 も ない 。 もし 自分 の 妹 が あんな ふう だったら ……それにしても 、いったい あの マント を 着た 連中 は ……
昼 から は 、どうも 穴あけ ドリル に 集中 できなかった 。 五時 に 会社 を 出た 時 も 、何か が 気になり 、外 に 出た とたん 誰か と 正面衝突 してしまった 。
「 すみません 」
ダーズリー 氏 は うめき 声 を 出した 。 相手 は 小さな 老人 で 、よろけて 転び そうに なった 。 数秒 後 、ダーズリー 氏 は 老人 が スミレ 色 の マント を 着て いる のに 気づいた 。 地面 に バッタリ はいつくばり そうになった のに 、まったく 気にして いない 様子 だ 。 それどころか 、顔 が 上下 に 割れる か と思った ほど 大きく にっこり して 、道行く 人 が 振り返る ほど の キーキー 声 で こう 言った 。
「旦那 、すみません なんて とんでもない 。 今日 は 何 が あった って 気にしません よ 。 万歳 ! «例 の あの 人 »が とうとう いなくなった んです よ ! あなた の ような マグル も 、こんな 幸せ な めでたい 日 は お祝い すべき です 」
小さな 老人 は ダーズリー 氏 の おへそ の あたり を やおら ギュッと 抱きしめる と 、立ち去って 行った 。 ダーズリー 氏 は その場 に 根 が 生えた ように 突っ立って いた 。 まったく 見ず知らず の 人 に 抱きつかれた 。 マグル とか なんとか 呼ばれた ような 気 も する 。 クラクラ して きた 。 急いで 車 に 乗り込む と 、ダーズリー 氏 は 家 に 向かって 走り出した 。 どうか 自分 の 幻想 であります ように ……幻想 など 決して 認めない ダーズリー 氏 に して みれば 、こんな 願い を 持つ のは 生まれて 初めて だった 。 やっと の 思い で 四番地 に 戻る と 、真っ先に 目に入った のは ──ああ 、なんたる こと だ ──今朝 見かけた 、あの 、トラ猫 だった 。 今度 は 庭 の 石垣 の 上 に 座り込んでいる 。 間違いなく あの 猫 だ 。 目 の まわり の 模様 が おんなじ だ 。
「 シッシッ ! ダーズリー 氏 は 大声 を 出した 。 猫 は 動かない 。 じろり と ダーズリー 氏 を 見た だけ だ 。 まとも な 猫 が こんな 態度 を とる の だろうか 、と 彼 は 首 を かしげた 。 それから 気 を シャン と 取りなおし 、家 に 入っていった 。 妻 には 何も 言う まい という 決心 は 変わっていなかった 。 奥さん は 、すばらしく まとも な 一日 を 過ごして いた 。 夕食 を 食べ ながら 、隣 の ミセス 何とか が 娘 の こと で さんざん 困って いる とか 、ダドリー 坊や が 「イヤッ ! 」という 新しい 言葉 を 覚えた とか を おっと に 話して 聞かせた 。 ダーズリー 氏 は なるべく ふだん どおり に 振る舞おう とした 。 ダドリー 坊や が 寝た 後 、居間 に 移った が 、ちょうど テレビ の 最後 の ニュース が 始まった ところ だった 。
「さて 最後 の ニュース です 。 全国 の バード ウォッチャー によれば 、今日 は イギリス 中 の ふくろう が おかしな 行動 を 見せた とのこと です 。 通常 、ふくろう は 夜 に 狩 を する ので 、昼間 に 姿 を 見かける こと は めったに ありません が 、今日 は 夜明け とともに 、何百 という ふくろう が 四方八方 に 飛び交う 光景 が 見られました 。 なぜ ふくろう の 行動 が 急に 夜昼 逆 になった のか 、専門家 たち は 首 を かしげて います 」そこで アナウンサー は ニヤリ と 苦笑い した 。 「ミステリー です ね 。 では お天気 です 。 ジム マックガフィン さん どうぞ 。 ジム 、今夜 も ふくろう が 降って きます か ? 」「テッド 、そのあたり は わかりません が 、今日 おかしな 行動をとった の は ふくろう ばかり ではありません よ 。 視聴者 の 皆さん が 、遠く は ケント 、ヨークシャー 、ダンディー 州 から おでんわ を くださいました 。 昨日 私 は 雨 の 予報 を 出した のに 、かわり に 流れ星 が どしゃ降り だった そう です 。 たぶん 早々 と «ガイ フォークス の 焚き火祭り »でも やった ん じゃない でしょうか 。 皆さん 、祭り の 花火 は 来週 です よ ! いずれにせよ 、今夜 は 間違いなく 雨 でしょう 」
安楽椅子 の 中 で ダーズリー 氏 は 体 が 凍りついた ような 気がした 。 イギリス 中 で 流れ星 だって ? 真っ昼間 から ふくろう が 飛んだ ? マント を 着た 奇妙 な 連中 が そこらじゅう に いた ? それに 、あの ヒソヒソ 話 。 ポッター 一家 が どうした とか ……
奥さん が 紅茶 を 二つ 持って 居間 に 入ってきた 。 まずい 。 妻 に 何か 言わなければ なる まい 。 ダーズリー 氏 は 落着かない 咳払い を した 。
「あー 、ペチュニア や 。 ところで 最近 おまえ の 妹 から 便り は なかった ろう ね 」
案の定 、奥さん は ビクッと して 怒った 顔 を した 。 二人とも ふだん 、奥さん に 妹 は いない という こと にしている の だ から 当然 だ 。 「ありません よ 。 どうして ? 」とげとげしい 返事 だ 。 「おかしな ニュース を 見た んで ね 」
ダーズリー 氏 は モゴモゴ 言った 。
「ふくろう とか ……流れ星 だ とか ……それに 、今日 街 に 変 な 格好 を した 連中 が たくさん いた んで な 」
「それ で ?」 「いや 、ちょっと 思った だけ だが ね ……もしかしたら ……何か 関わり が ある か と ……その 、なんだ ……あれ の 仲間 と 」 奥さん は 口 を すぼめて 紅茶 を すすった 。 ダーズリー 氏 は 「ポッター 」という 名前 を 耳 に した と 思いきって 打ち明ける べき かどうか 迷った が 、やはり やめる ことにした 。 その かわり 、できるだけ さりげなく 聞いた 。
「あそこ の 息子 だが ……たしか うち の ダドリー と 同じくらい の 年 じゃなかった かね ?」 「そうか も 」 「何 という 名前 だった か ……。 たしか ハワード だった ね 」
「ハリー よ 。 私 に 言わせりゃ 、下品 で ありふれた 名前 です よ 」
「ああ 、そう だった 。 おまえ の 言う とおり だ よ 」
ダーズリー 氏 は すっかり 落ち込んで しまった 。 二人 で 二階 の 寝室 に 上がって いく 時 も 、彼 は まったく この 話題 には 触れなかった 。
奥さん が 洗面所 に 行った すき に 、こっそり 寝室 の 窓 に 近寄り 、家 の 前 を のぞいて みた 。 あの 猫 は まだ そこ に いた 。 何か を 待って いる ように 、プリベット 通り の 奥 の 方 を じっと 見つめて いる 。
──これ も 自分 の 幻想 な の か ? これまで の こと は 何もかも ポッター 一家 と 関わり が ある の だろうか ? もし そう なら ……もし 自分 たち が あんな 夫婦 と 関係 が ある なんて こと が 明るみ に 出たら ……ああ 、そんな こと に は 耐えられない 。 ベッド に 入る と 、奥さん は すぐに 寝入って しまった が 、ダーズリー 氏 は あれこれ 考えて 寝つけなかった 。
──しかし 、万々 が 一 ポッター たち が 関わって いた にせよ 、あの 連中 が 自分たち の 近く に やってくる はずがない 。 あの 二人 や あの 連中 の こと を わしら が どう 思って いる か ポッタ 一 夫妻 は 知って いる はず だ ……何 が 起こって いる か は 知らん が 、わし や ペチュニア が 関わり合い に なる こと など ありえない ──そう 思う と 少し ホッ と して 、ダーズリー 氏 は あくび を して 寝返り を 打った 。
──わしら に かぎって 、絶対に 関わりあう ことはない ……。
──何 という 見当ちがい ──