巨男 の 話 (新美 南 吉 )第 四 夜
それ は 、すこし 風 の 強い 宵 でした 。 都 の 人びと は 、窓 から 塔 の 上 の 灯 を 仰いで 見ました 。 灯 は 風 の ため に 、ゆらゆら 揺れて い ました 。 人びと は その とき 、はじめて おお おとこ が かわいそうに なり ました 。
王様 も 窓 から 顔 を お 出し に なって 、塔 の 上 を みました 。 ゴーゴー と 鳴る 風 の すきま に 、おお おとこ の ツチ の 音 が かすかに 聞こえて きました 。 やはり 王様 も おおおとこ を 哀れに お 思いに なった の か 、「こんな 夜 に 働かせて おくのは 気の毒 だ 。 それ に あの 男 は 、おとなしい 。 明日 は もう あの 仕事 を やめ させよう 。」 と ひとり 言われました 。
そんな こと は 少しも 知らず に 、おおおとこ は コツコツ やって い ました 。 そして 、どんな こと を したら 白鳥 を 泣かせて お姫様 に させる こと が できる だろう と 考えて い ました 。
ふと 、おお おとこ は 自分 が 死んだら ――と 考えました 。 そこ で 、温かい おお おとこ の 背 で ねむって いる 白鳥 に 話し かけました 。
「私 が 死んだら 、お前 は 悲しく ない か ? すると 白鳥 は 眼 を 覚まして 、「そんな こと を して は いけない 」と いう ように 羽ばたき し ました 。
「私 が 死んで は いけない の かい ? それ なら 、私 が 死んだら お前 は 涙 を 流す に ちがいない 。 よし ! 私 は お前 の ため に 天国 へ いこう 。」
おお おとこ は 立ち あがって 、背中 から 白鳥 を おろし ました 。 白鳥 は 、止めよう と して 、おお おとこ の 着物 の 端 を 引き ました 。
おお おとこ は 、白鳥 と 最後 の 頬ずり を して 、「では 、かわいい 白鳥 よ 、さようなら 、お前 は もと の 美しい お姫様 に 帰る のだ よ …… 」と いって 、高い 塔 の 上 から 身 を 投げました 。 地 に 落ちる と ただちに 死んで しまい ました 。
白鳥 は 、どんなに 嘆いた こと でしょう 。 涙 は 滝 の ように 出 ました 。 そして 、その とき 魔法 は とけて 、うるわしい 元 の 王女 に なり ました 。
王女 は 泣きじゃくり ながら 、 高い 塔 の 階段 を ころがる よう に 走り おりて 、 お 父 さま の 王様 の 部屋 に 飛び 込みました 。 そして 、いま まで の こと を 王様 に 話した んです 。 王様 は それ を 聞いて 、面 を ふせて おお おとこ に 謝罪 し 、また 感謝 し ました 。
まもなく 、王様 から 都 の 人びと へ それ が 伝え られた とき 、都 の 人びと も 泣いて おお おとこ に あやまりました 。
おお おとこ の むくろ は 月桂樹 の 葉 で おおわ れて 都 の 東 に ある 砂丘 に 葬ら れました 。
王女 は 、よく 王様 や お母さん の 后 に 申し ました よ 。 「私 は 、いつまでも 白鳥 で いて 、おお おとこ の 背中 に とまって いたかった わ 。」
空 が 曇って いて 、金星 が たった 一 つ うるんで みえる 夜ふけ など 、南国 の 人びと は いま でも 、「あれ は 、おお おとこ の 灯 だ 。」 と 空 を あおいで 申し ます 。