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或る女 - 有島武郎(アクセス), 2. 或る 女

2. 或る 女

葉子 は 木部 が 魂 を 打ちこんだ 初恋 の 的だった 。 それ は ちょうど 日 清 戦争 が 終局 を 告げて 、 国民 一般 は だれ かれ の 差 別なく 、 この 戦争 に 関係 の あった 事柄 や 人物 やに 事実 以上 の 好奇心 を そそられて いた ころ であった が 、 木部 は 二十五 と いう 若い 齢 で 、 ある 大新聞 社 の 従軍 記者 に なって シナ に 渡り 、 月並みな 通信 文 の 多い 中 に 、 きわだって 観察 の 飛び 離れた 心 力 の ゆらいだ 文章 を 発表 して 、 天才 記者 と いう 名 を 博して めでたく 凱旋 した のであった 。 そのころ 女流 キリスト 教徒 の 先覚者 と して 、 キリスト教 婦人 同盟 の 副 会長 を して いた 葉子 の 母 は 、 木部 の 属して いた 新聞 社 の 社長 と 親しい 交際 の あった 関係 から 、 ある 日 その 社 の 従軍 記者 を 自宅 に 招いて 慰労 の 会食 を 催した 。 その 席 で 、 小柄で 白 皙 で 、 詩吟 の 声 の 悲壮な 、 感情 の 熱烈な この 少 壮 従軍 記者 は 始めて 葉子 を 見た のだった 。

葉子 は その 時 十九 だった が 、 すでに 幾 人 も の 男 に 恋 を し向けられて 、 その 囲み を 手ぎわ よく 繰り ぬけ ながら 、 自分 の 若い 心 を 楽しま せて 行く タクト は 充分に 持って いた 。 十五 の 時 に 、 袴 を ひも で 締める 代わり に 尾 錠 で 締める くふう を して 、 一 時 女 学生 界 の 流行 を 風靡 した の も 彼女 である 。 その 紅 い 口 び る を 吸わ して 首席 を 占めた んだ と 、 厳格で 通って いる 米国 人 の 老 校長 に 、 思い も よら ぬ 浮き 名 を 負わ せた の も 彼女 である 。 上野 の 音楽 学校 に は いって ヴァイオリン の けいこ を 始めて から 二 か月 ほど の 間 に めきめき 上達 して 、 教師 や 生徒 の 舌 を 巻か した 時 、 ケー べ ル 博士 一 人 は 渋い 顔 を した 。 そして ある 日 「 お前 の 楽器 は 才 で 鳴る のだ 。 天才 で 鳴る ので は ない 」 と 無愛想に いって のけた 。 それ を 聞く と 「 そう で ございます か 」 と 無造作に いい ながら 、 ヴァイオリン を 窓 の 外 に ほうりなげて 、 そのまま 学校 を 退学 して しまった の も 彼女 である 。 キリスト教 婦人 同盟 の 事業 に 奔走 し 、 社会 で は 男 まさり の しっかり者 と いう 評判 を 取り 、 家内 で は 趣味 の 高い そして 意志 の 弱い 良 人 を 全く 無視 して 振る舞った その 母 の 最も 深い 隠れた 弱点 を 、 拇指 と 食指 と の 間 に ちゃんと 押えて 、 一 歩 も ひけ を 取ら なかった の も 彼女 である 。 葉子 の 目 に は すべて の 人 が 、 ことに 男 が 底 の 底 まで 見すか せる ようだった 。 葉子 は それ まで 多く の 男 を かなり 近く まで 潜り込ま せて 置いて 、 もう 一 歩 と いう 所 で 突っ放した 。 恋 の 始め に は いつでも 女性 が 祭り上げられて いて 、 ある 機会 を 絶頂 に 男性 が 突然 女性 を 踏みにじる と いう 事 を 直 覚 の ように 知っていた 葉子 は 、 どの 男 に 対して も 、 自分 と の 関係 の 絶頂 が どこ に ある か を 見ぬいて いて 、 そこ に 来 かかる と 情け 容赦 も なく その 男 を 振り捨てて しまった 。 そうして 捨てられた 多く の 男 は 、 葉子 を 恨む より も 自分 たち の 獣 性 を 恥じる ように 見えた 。 そして 彼ら は 等しく 葉子 を 見誤って いた 事 を 悔いる ように 見えた 。 なぜ と いう と 、 彼ら は 一 人 と して 葉子 に 対して 怨恨 を いだいたり 、 憤怒 を もらしたり する もの は なかった から 。 そして 少し ひがんだ 者 たち は 自分 の 愚 を 認める より も 葉子 を 年 不 相当に ませた 女 と 見る ほう が 勝手だった から 。

それ は 恋 に よろしい 若葉 の 六 月 の ある 夕方 だった 。 日本橋 の 釘 店 に ある 葉子 の 家 に は 七八 人 の 若い 従軍 記者 が まだ 戦 塵 の 抜け きら ない ような ふう を して 集まって 来た 。 十九 で いながら 十七 に も 十六 に も 見れば 見られる ような 華奢 な 可憐な 姿 を した 葉子 が 、 慎み の 中 に も 才 走った 面影 を 見せて 、 二 人 の 妹 と 共に 給仕 に 立った 。 そして しいられる まま に 、 ケーベル 博士 から ののしら れた ヴァイオリン の 一 手 も 奏でたり した 。 木部 の 全 霊 は ただ 一目 で この 美しい 才気 の みなぎり あふれた 葉子 の 容姿 に 吸い込まれて しまった 。 葉子 も 不思議に この 小柄な 青年 に 興味 を 感じた 。 そして 運命 は 不思議な いたずら を する もの だ 。 木部 は その 性格 ばかり で なく 、 容貌 ―― 骨 細 な 、 顔 の 造作 の 整った 、 天才 風 に 蒼白 い なめらかな 皮膚 の 、 よく 見る と 他の 部分 の 繊麗 な 割合 に 下顎 骨 の 発達 した ―― まで どこ か 葉子 の それ に 似て いた から 、 自 意識 の 極度に 強い 葉子 は 、 自分 の 姿 を 木部 に 見つけ出した ように 思って 、 一種 の 好奇心 を 挑発 せられ ず に は い なかった 。 木部 は 燃え やすい 心 に 葉子 を 焼く ように かき いだいて 、 葉子 は また 才 走った 頭 に 木部 の 面影 を 軽く 宿して 、 その 一夜 の 饗宴 は さりげなく 終わり を 告げた 。

木部 の 記者 と して の 評判 は 破天荒 と いって も よかった 。 いやしくも 文学 を 解する もの は 木部 を 知ら ない もの は なかった 。 人々 は 木部 が 成熟 した 思想 を ひっさげて 世の中 に 出て 来る 時 の 華々し さ を うわさ し 合った 。 ことに 日 清 戦 役 と いう 、 その 当時 の 日本 に して は 絶大な 背景 を 背負って いる ので 、 この 年少 記者 は ある 人々 から は 英雄 の 一 人 と さえ して 崇拝 さ れた 。 この 木部 が たびたび 葉子 の 家 を 訪れる ように なった 。 その 感傷 的な 、 同時に どこ か 大望 に 燃え 立った ような この 青年 の 活気 は 、 家 じゅう の 人々 の 心 を 捕え ないで は 置か なかった 。 ことに 葉子 の 母 が 前 から 木部 を 知っていて 、 非常に 有為 多 望 な 青年 だ と ほめそやしたり 、 公衆 の 前 で 自分 の 子 と も 弟 と も つか ぬ 態度 で 木部 を も てあつかったり する の を 見る と 、 葉子 は 胸 の 中 で せ せら 笑った 。 そして 心 を 許して 木部 に 好意 を 見せ 始めた 。 木部 の 熱意 が 見る見る 抑え がたく 募り 出した の は もちろん の 事 である 。

か の 六 月 の 夜 が 過ぎて から ほど も なく 木部 と 葉子 と は 恋 と いう 言葉 で 見られ ねば なら ぬ ような 間柄 に なって いた 。 こういう 場合 葉子 が どれほど 恋 の 場面 を 技巧 化 し 芸術 化 する に 巧みであった か は いう に 及ば ない 。 木部 は 寝て も 起きて も 夢 の 中 に ある ように 見えた 。 二十五 と いう そのころ まで 、 熱心な 信者 で 、 清 教徒 風 の 誇り を 唯一 の 立場 と して いた 木部 が この 初恋 に おいて どれほど 真剣に なって いた か は 想像 する 事 が できる 。 葉子 は 思い も かけ ず 木部 の 火 の ような 情熱 に 焼か れよう と する 自分 を 見いだす 事 が しばしば だった 。

その うち に 二 人 の 間柄 は すぐ 葉子 の 母 に 感づか れた 。 葉子 に 対して かねて から ある 事 で は 一種 の 敵意 を 持って さえ いる ように 見える その 母 が 、 この 事件 に 対して 嫉妬 と も 思わ れる ほど 厳重な 故障 を 持ち出した の は 、 不思議で ない と いう べき 境 を 通り越して いた 。 世 故 に 慣れ きって 、 落ち付き 払った 中年 の 婦人 が 、 心 の 底 の 動揺 に 刺激 されて たくらみ 出す と 見える 残虐な 譎計 は 、 年 若い 二 人 の 急所 を そろそろ と うかがい よって 、 腸 も 通れ と 突き刺して くる 。 それ を 払い かねて 木部 が 命 限り に もがく の を 見る と 、 葉子 の 心 に 純粋な 同情 と 、 男 に 対する 無 条件 的な 捨て身 な 態度 が 生まれ 始めた 。 葉子 は 自分 で 造り出した 自分 の 穽 に たわ い も なく 酔い 始めた 。 葉子 は こんな 目 も くらむ ような 晴れ晴れ しい もの を 見た 事 が なかった 。 女 の 本能 が 生まれて 始めて 芽 を ふき 始めた 。 そして 解剖 刀 の ような 日ごろ の 批判 力 は 鉛 の ように 鈍って しまった 。 葉子 の 母 が 暴力 で は 及ば ない の を 悟って 、 す かしつ なだめ つ 、 良 人 まで を 道具 に つかったり 、 木部 の 尊 信 する 牧師 を 方便 に したり して 、 あらん限り の 知力 を しぼった 懐柔 策 も 、 なんの かい も なく 、 冷静な 思慮 深い 作戦 計画 を 根気 よく 続ければ 続ける ほど 、 葉子 は 木部 を 後ろ に かばい ながら 、 健 気 に も か弱い 女 の 手 一 つ で 戦った 。 そして 木部 の 全身 全 霊 を 爪 の 先 想い の 果て まで 自分 の もの に しなければ 、 死んで も 死ね ない 様子 が 見えた ので 、 母 も とうとう 我 を 折った 。 そして 五 か月 の 恐ろしい 試練 の 後 に 、 両親 の 立ち会わ ない 小さな 結婚 の 式 が 、 秋 の ある 午後 、 木部 の 下宿 の 一 間 で 執り 行なわ れた 。 そして 母 に 対する 勝利 の 分捕り 品 と して 、 木部 は 葉子 一 人 の もの と なった 。

木部 は すぐ 葉山 に 小さな 隠れ家 の ような 家 を 見つけ出して 、 二 人 は むつまじく そこ に 移り 住む 事 に なった 。 葉子 の 恋 は しかしながら そろそろ と 冷え 始める のに 二 週間 以上 を 要し なかった 。 彼女 は 競争 すべ から ぬ 関係 の 競争 者 に 対して みごとに 勝利 を 得て しまった 。 日 清 戦争 と いう もの の 光 も 太陽 が 西 に 沈む たび ごと に 減じて 行った 。 それ ら は それ と して いちばん 葉子 を 失望 さ せた の は 同棲 後 始めて 男 と いう もの の 裏 を 返して 見た 事 だった 。 葉子 を 確実に 占領 した と いう 意識 に 裏書き さ れた 木部 は 、 今 まで おくび に も 葉子 に 見せ なかった 女々しい 弱点 を 露骨に 現わし 始めた 。 後ろ から 見た 木部 は 葉子 に は 取り 所 の ない 平凡な 気 の 弱い 精力 の 足りない 男 に 過ぎ なかった 。 筆 一 本 握る 事 も せ ず に 朝 から 晩 まで 葉子 に 膠着 し 、 感傷 的な くせ に 恐ろしく わがままで 、 今日 今日 の 生活 に さえ 事欠き ながら 、 万事 を 葉子 の 肩 に なげかけて それ が 当然な 事 で も ある ような 鈍感な お 坊ちゃん じみ た 生活 の しかた が 葉子 の 鋭い 神経 を いらいら さ せ 出した 。 始め の うち は 葉子 も それ を 木部 の 詩人 らしい 無邪気 さ から だ と 思って みた 。 そして せっせ せっせと 世話 女房 らしく 切り回す 事 に 興味 を つないで みた 。 しかし 心 の 底 の 恐ろしく 物質 的な 葉子 に どうして こんな 辛抱 が いつまでも 続こう ぞ 。 結婚 前 まで は 葉子 の ほう から 迫って みた に も 係わら ず 、 崇高 と 見える まで に 極端な 潔癖 屋 だった 彼 であった のに 、 思い も かけ ぬ 貪 婪 な 陋劣 な 情 欲 の 持ち主 で 、 しかも その 欲求 を 貧弱な 体質 で 表わそう と する の に 出っく わす と 、 葉子 は 今 まで 自分 でも 気 が つか ず に いた 自分 を 鏡 で 見せつけられた ような 不快 を 感ぜ ず に は いられ なかった 。 夕食 を 済ます と 葉子 は いつでも 不満 と 失望 と で いらいら し ながら 夜 を 迎え ねば なら なかった 。 木部 の 葉子 に 対する 愛着 が 募れば 募る ほど 、 葉子 は 一生 が 暗く なり まさる ように 思った 。 こうして 死ぬ ため に 生まれて 来た ので は ない はずだ 。 そう 葉子 は くさく さし ながら 思い 始めた 。 その 心持ち が また 木部 に 響いた 。 木部 は だんだん 監視 の 目 を もって 葉子 の 一挙一動 を 注意 する ように なって 来た 。 同棲 して から 半 か月 も たた ない うち に 、 木部 は ややもすると 高圧 的に 葉子 の 自由 を 束縛 する ような 態度 を 取る ように なった 。 木部 の 愛情 は 骨 に しみる ほど 知り 抜き ながら 、 鈍って いた 葉子 の 批判 力 は また 磨き を かけられた 。 その 鋭く なった 批判 力 で 見る と 、 自分 と 似 よった 姿 なり 性格 なり を 木部 に 見いだす と いう 事 は 、 自然 が 巧妙な 皮肉 を やって いる ような もの だった 。 自分 も あんな 事 を 想い 、 あんな 事 を いう の か と 思う と 、 葉子 の 自尊心 は 思う存分 に 傷つけられた 。

ほか の 原因 も ある 。 しかし これ だけ で 充分だった 。 二 人 が 一緒に なって から 二 か月 目 に 、 葉子 は 突然 失踪 して 、 父 の 親友 で 、 いわゆる 物事 の よく わかる 高山 と いう 医者 の 病室 に 閉じこもら して もらって 、 三 日 ばかり は 食う 物 も 食わ ず に 、 浅ましく も 男 の ため に 目 の くらんだ 自分 の 不覚 を 泣き 悔やんだ 。 木部 が 狂気 の ように なって 、 ようやく 葉子 の 隠れ 場所 を 見つけて 会い に 来た 時 は 、 葉子 は 冷静な 態度 で しらじらしく 面会 した 。 そして 「 あなた の 将来 の お ため に きっと なりません から 」 と 何げな げ に いって のけた 。 木部 が その 言葉 に 骨 を 刺す ような 諷刺 を 見いだし かねて いる の を 見る と 、 葉子 は 白く そろった 美しい 歯 を 見せて 声 を 出して 笑った 。

葉子 と 木部 と の 間柄 は こんな たわ い も ない 場面 を 区切り に して はかなく も 破れて しまった 。 木部 は あらんかぎり の 手段 を 用いて 、 なだめたり 、 すかしたり 、 強迫 まで して みた が 、 すべて は 全く 無益だった 。 いったん 木部 から 離れた 葉子 の 心 は 、 何者 も 触れた 事 の ない 処女 の それ の ように さえ 見えた 。

それ から 普通の 期間 を 過ぎて 葉子 は 木部 の 子 を 分娩 した が 、 もとより その 事 を 木部 に 知らせ なかった ばかり で なく 、 母 に さえ ある 他 の 男 に よって 生んだ 子 だ と 告白 した 。 実際 葉子 は その後 、 母 に その 告白 を 信じ さす ほど の 生活 を あえて して いた のだった 。 しかし 母 は 目ざとく も その 赤ん坊 に 木部 の 面影 を 探り 出して 、 キリスト 信徒 に あるまじき 悪意 を この あわれな 赤ん坊 に 加えよう と した 。 赤ん坊 は 女 中 部屋 に 運ば れた まま 、 祖母 の 膝 に は 一 度 も 乗ら なかった 。 意地 の 弱い 葉子 の 父 だけ は 孫 の かわい さ から そっと 赤ん坊 を 葉子 の 乳母 の 家 に 引き取る ように して やった 。 そして その みじめな 赤ん坊 は 乳母 の 手 一 つ に 育てられて 定子 と いう 六 歳 の 童 女 に なった 。

その後 葉子 の 父 は 死んだ 。 母 も 死んだ 。 木部 は 葉子 と 別れて から 、 狂 瀾 の ような 生活 に 身 を 任せた 。 衆議院 議員 の 候補 に 立って も みたり 、 純 文学 に 指 を 染めて も みたり 、 旅 僧 の ような 放浪 生活 も 送ったり 、 妻 を 持ち 子 を 成し 、 酒 に ふけ り 、 雑誌 の 発行 も 企てた 。 そして その すべて に 一 々 不満 を 感ずる ばかりだった 。 そして 葉子 が 久しぶりで 汽車 の 中 で 出あった 今 は 、 妻子 を 里 に 返して しまって 、 ある 由緒 ある 堂 上 華族 の 寄 食 者 と なって 、 これ と いって する 仕事 も なく 、 胸 の 中 だけ に は いろいろな 空想 を 浮かべたり 消したり して 、 とかく 回想 に ふけ り やすい 日 送り を して いる 時 だった 。


2. 或る 女 ある|おんな 2\. A Woman 2. una mujer

葉子 は 木部 が 魂 を 打ちこんだ 初恋 の 的だった 。 ようこ||きべ||たましい||うちこんだ|はつこい||てきだった Yoko was the target of Kibe's first love, into which Kibe poured his soul into her. それ は ちょうど 日 清 戦争 が 終局 を 告げて 、 国民 一般 は だれ かれ の 差 別なく 、 この 戦争 に 関係 の あった 事柄 や 人物 やに 事実 以上 の 好奇心 を そそられて いた ころ であった が 、 木部 は 二十五 と いう 若い 齢 で 、 ある 大新聞 社 の 従軍 記者 に なって シナ に 渡り 、 月並みな 通信 文 の 多い 中 に 、 きわだって 観察 の 飛び 離れた 心 力 の ゆらいだ 文章 を 発表 して 、 天才 記者 と いう 名 を 博して めでたく 凱旋 した のであった 。 |||ひ|きよし|せんそう||しゅうきょく||つげて|こくみん|いっぱん|||||さ|わりなく||せんそう||かんけい|||ことがら||じんぶつ||じじつ|いじょう||こうきしん||そそら れて|||||きべ||にじゅうご|||わかい|よわい|||おおしんぶん|しゃ||じゅうぐん|きしゃ|||しな||わたり|つきなみな|つうしん|ぶん||おおい|なか|||かんさつ||とび|はなれた|こころ|ちから|||ぶんしょう||はっぴょう||てんさい|きしゃ|||な||はくして||がいせん|| It was at the exact time when the Sino-Japanese War was coming to an end, and the general public, without discrimination, had a curiosity that went beyond the facts about the matters, people, and events related to the war. Kibe, at the young age of twenty-five, became a war correspondent for a major newspaper, traveled to China, and published articles that stood out with their extraordinary power of observation amidst the abundance of ordinary news dispatches. He achieved the title of a genius journalist and returned triumphantly. そのころ 女流 キリスト 教徒 の 先覚者 と して 、 キリスト教 婦人 同盟 の 副 会長 を して いた 葉子 の 母 は 、 木部 の 属して いた 新聞 社 の 社長 と 親しい 交際 の あった 関係 から 、 ある 日 その 社 の 従軍 記者 を 自宅 に 招いて 慰労 の 会食 を 催した 。 |じょりゅう|きりすと|きょうと||せんかくしゃ|||きりすときょう|ふじん|どうめい||ふく|かいちょう||||ようこ||はは||きべ||ぞくして||しんぶん|しゃ||しゃちょう||したしい|こうさい|||かんけい|||ひ||しゃ||じゅうぐん|きしゃ||じたく||まねいて|いろう||かいしょく||もよおした At that time, Yoko's mother, who was the vice chairman of the Christian Women's League as a pioneer of female Christians, had a close relationship with the president of the newspaper to which Kibe belonged. He invited the company's war correspondents to his home and held a consolation dinner. その 席 で 、 小柄で 白 皙 で 、 詩吟 の 声 の 悲壮な 、 感情 の 熱烈な この 少 壮 従軍 記者 は 始めて 葉子 を 見た のだった 。 |せき||こがらで|しろ|せき||しぎん||こえ||ひそうな|かんじょう||ねつれつな||しょう|そう|じゅうぐん|きしゃ||はじめて|ようこ||みた| It was at that seat that this small, white-haired war correspondent, who had a tragic, fervent emotional voice, saw Yoko for the first time.

葉子 は その 時 十九 だった が 、 すでに 幾 人 も の 男 に 恋 を し向けられて 、 その 囲み を 手ぎわ よく 繰り ぬけ ながら 、 自分 の 若い 心 を 楽しま せて 行く タクト は 充分に 持って いた 。 ようこ|||じ|じゅうきゅう||||いく|じん|||おとこ||こい||しむけ られて||かこみ||てぎわ||くり|||じぶん||わかい|こころ||たのしま||いく|たくと||じゅうぶんに|もって| Yoko was nineteen at the time, but she had already fallen in love with a number of men, and she had plenty of tact to keep her young heart entertained while navigating the circles with ease. . 十五 の 時 に 、 袴 を ひも で 締める 代わり に 尾 錠 で 締める くふう を して 、 一 時 女 学生 界 の 流行 を 風靡 した の も 彼女 である 。 じゅうご||じ||はかま||||しめる|かわり||お|じょう||しめる||||ひと|じ|おんな|がくせい|かい||りゅうこう||ふうび||||かのじょ| When she was fifteen, instead of tying her hakama with a string, she fastened it with a buckle, and she was the one who once dominated the fashion among female students. その 紅 い 口 び る を 吸わ して 首席 を 占めた んだ と 、 厳格で 通って いる 米国 人 の 老 校長 に 、 思い も よら ぬ 浮き 名 を 負わ せた の も 彼女 である 。 |くれない||くち||||すわ||しゅせき||しめた|||げんかくで|かよって||べいこく|じん||ろう|こうちょう||おもい||||うき|な||おわ||||かのじょ| It was she who gave the obstinate old American headmaster the unexpected nickname of having taken the first place by smoking that red lip. 上野 の 音楽 学校 に は いって ヴァイオリン の けいこ を 始めて から 二 か月 ほど の 間 に めきめき 上達 して 、 教師 や 生徒 の 舌 を 巻か した 時 、 ケー べ ル 博士 一 人 は 渋い 顔 を した 。 うえの||おんがく|がっこう||||ヴぁいおりん||||はじめて||ふた|かげつ|||あいだ|||じょうたつ||きょうし||せいと||した||まか||じ||||はかせ|ひと|じん||しぶい|かお|| In the two months since he entered the music school in Ueno and started studying the violin, he has made great progress, and when the tongues of the teachers and students rolled around, Dr. Koebel made a sour face. そして ある 日 「 お前 の 楽器 は 才 で 鳴る のだ 。 ||ひ|おまえ||がっき||さい||なる| Then one day he said, "Your instrument sounds with talent. 天才 で 鳴る ので は ない 」 と 無愛想に いって のけた 。 てんさい||なる|||||ぶあいそうに|| It doesn't sound like a genius," he said bluntly. それ を 聞く と 「 そう で ございます か 」 と 無造作に いい ながら 、 ヴァイオリン を 窓 の 外 に ほうりなげて 、 そのまま 学校 を 退学 して しまった の も 彼女 である 。 ||きく|||||||むぞうさに|||ヴぁいおりん||まど||がい||||がっこう||たいがく|||||かのじょ| When she heard that, she casually said, "Is that so?", threw the violin out the window, and dropped out of school. キリスト教 婦人 同盟 の 事業 に 奔走 し 、 社会 で は 男 まさり の しっかり者 と いう 評判 を 取り 、 家内 で は 趣味 の 高い そして 意志 の 弱い 良 人 を 全く 無視 して 振る舞った その 母 の 最も 深い 隠れた 弱点 を 、 拇指 と 食指 と の 間 に ちゃんと 押えて 、 一 歩 も ひけ を 取ら なかった の も 彼女 である 。 きりすときょう|ふじん|どうめい||じぎょう||ほんそう||しゃかい|||おとこ|||しっかりもの|||ひょうばん||とり|かない|||しゅみ||たかい||いし||よわい|よ|じん||まったく|むし||ふるまった||はは||もっとも|ふかい|かくれた|じゃくてん||ぼし||しょくし|||あいだ|||おさえて|ひと|ふ||||とら||||かのじょ| She threw herself into the business of the Christian Women's Union, earned a reputation in society as a stalwart man, and behaved at home in total disregard for her tasteful and weak-willed husband. She was the one who held her weakness firmly between her thumb and forefinger and never lost a single step. 葉子 の 目 に は すべて の 人 が 、 ことに 男 が 底 の 底 まで 見すか せる ようだった 。 ようこ||め|||||じん|||おとこ||そこ||そこ||みすか|| In Yoko's eyes, it seemed that everyone, especially men, could see through her to the very core. 葉子 は それ まで 多く の 男 を かなり 近く まで 潜り込ま せて 置いて 、 もう 一 歩 と いう 所 で 突っ放した 。 ようこ||||おおく||おとこ|||ちかく||もぐりこま||おいて||ひと|ふ|||しょ||つ っぱなした Yoko had allowed many men to come close to her, only to reject them at the last moment. 恋 の 始め に は いつでも 女性 が 祭り上げられて いて 、 ある 機会 を 絶頂 に 男性 が 突然 女性 を 踏みにじる と いう 事 を 直 覚 の ように 知っていた 葉子 は 、 どの 男 に 対して も 、 自分 と の 関係 の 絶頂 が どこ に ある か を 見ぬいて いて 、 そこ に 来 かかる と 情け 容赦 も なく その 男 を 振り捨てて しまった 。 こい||はじめ||||じょせい||まつりあげ られて|||きかい||ぜっちょう||だんせい||とつぜん|じょせい||ふみにじる|||こと||なお|あきら|||しっていた|ようこ|||おとこ||たいして||じぶん|||かんけい||ぜっちょう|||||||みぬいて||||らい|||なさけ|ようしゃ||||おとこ||ふりすてて| Yoko knew intuitively that at the beginning of love, a woman was always celebrated, and that at the climax of a certain occasion, a man would suddenly trample a woman. He knew where the climax was, and when he got there, he mercilessly threw the man away. そうして 捨てられた 多く の 男 は 、 葉子 を 恨む より も 自分 たち の 獣 性 を 恥じる ように 見えた 。 |すて られた|おおく||おとこ||ようこ||うらむ|||じぶん|||けだもの|せい||はじる||みえた The men who were rejected by Yoko seemed to feel more ashamed of their own beastly nature rather than harboring resentment towards her. そして 彼ら は 等しく 葉子 を 見誤って いた 事 を 悔いる ように 見えた 。 |かれら||ひとしく|ようこ||みあやまって||こと||くいる||みえた It seemed that they all regretted misjudging Yoko and felt remorse for their actions. なぜ と いう と 、 彼ら は 一 人 と して 葉子 に 対して 怨恨 を いだいたり 、 憤怒 を もらしたり する もの は なかった から 。 ||||かれら||ひと|じん|||ようこ||たいして|えんこん|||ふんぬ||||||| The reason is that none of them harbored resentment or anger towards Yoko. そして 少し ひがんだ 者 たち は 自分 の 愚 を 認める より も 葉子 を 年 不 相当に ませた 女 と 見る ほう が 勝手だった から 。 |すこし||もの|||じぶん||ぐ||みとめる|||ようこ||とし|ふ|そうとうに||おんな||みる|||かってだった| The reason why some resentful individuals saw Yoko as an inappropriately older woman rather than admitting their own foolishness is because it was more convenient for them to do so.

それ は 恋 に よろしい 若葉 の 六 月 の ある 夕方 だった 。 ||こい|||わかば||むっ|つき|||ゆうがた| It was on a certain evening in the fresh green month of June, a perfect time for love. 日本橋 の 釘 店 に ある 葉子 の 家 に は 七八 人 の 若い 従軍 記者 が まだ 戦 塵 の 抜け きら ない ような ふう を して 集まって 来た 。 にっぽんばし||くぎ|てん|||ようこ||いえ|||しちはち|じん||わかい|じゅうぐん|きしゃ|||いくさ|ちり||ぬけ|||||||あつまって|きた A group of seven or eight young war correspondents gathered at Yoko's house, located in a nail shop in Nihonbashi. They still seemed to carry the dust and remnants of the war. 十九 で いながら 十七 に も 十六 に も 見れば 見られる ような 華奢 な 可憐な 姿 を した 葉子 が 、 慎み の 中 に も 才 走った 面影 を 見せて 、 二 人 の 妹 と 共に 給仕 に 立った 。 じゅうきゅう|||じゅうしち|||じゅうろく|||みれば|み られる||きゃしゃ||かれんな|すがた|||ようこ||つつしみ||なか|||さい|はしった|おもかげ||みせて|ふた|じん||いもうと||ともに|きゅうじ||たった Yoko, with her delicate and graceful appearance that could pass for a seventeen- or sixteen-year-old, displayed a hint of talent even in her modesty as she worked as a waitress alongside her two sisters. そして しいられる まま に 、 ケーベル 博士 から ののしら れた ヴァイオリン の 一 手 も 奏でたり した 。 |しい られる||||はかせ||||ヴぁいおりん||ひと|て||かなでたり| And she even played a single piece on the violin, enduring the insults from Dr. Kabel without protest. 木部 の 全 霊 は ただ 一目 で この 美しい 才気 の みなぎり あふれた 葉子 の 容姿 に 吸い込まれて しまった 。 きべ||ぜん|れい|||いちもく|||うつくしい|さいき||||ようこ||ようし||すいこま れて| At just one glance, Kibe's entire soul was captivated by the overflowing beauty and talent radiating from Yoko's appearance. 葉子 も 不思議に この 小柄な 青年 に 興味 を 感じた 。 ようこ||ふしぎに||こがらな|せいねん||きょうみ||かんじた Yoko also felt intrigued by this small young man in a mysterious way. そして 運命 は 不思議な いたずら を する もの だ 。 |うんめい||ふしぎな||||| And fate plays mysterious tricks. 木部 は その 性格 ばかり で なく 、 容貌 ―― 骨 細 な 、 顔 の 造作 の 整った 、 天才 風 に 蒼白 い なめらかな 皮膚 の 、 よく 見る と 他の 部分 の 繊麗 な 割合 に 下顎 骨 の 発達 した ―― まで どこ か 葉子 の それ に 似て いた から 、 自 意識 の 極度に 強い 葉子 は 、 自分 の 姿 を 木部 に 見つけ出した ように 思って 、 一種 の 好奇心 を 挑発 せられ ず に は い なかった 。 きべ|||せいかく||||ようぼう|こつ|ほそ||かお||ぞうさく||ととのった|てんさい|かぜ||そうはく|||ひふ|||みる||たの|ぶぶん||せんれい||わりあい||したあご|こつ||はったつ|||||ようこ||||にて|||じ|いしき||きょくどに|つよい|ようこ||じぶん||すがた||きべ||みつけだした||おもって|いっしゅ||こうきしん||ちょうはつ|せら れ||||| Not only in character but also in appearance—slender figure, well-structured face, pale and smooth skin with a delicate balance in other facial features, and a well-developed jawbone—Kibe somehow resembled Yoko. With her intense self-consciousness, Yoko couldn't help but feel that she had found her own reflection in Kibe, which sparked a kind of curiosity within her. 木部 は 燃え やすい 心 に 葉子 を 焼く ように かき いだいて 、 葉子 は また 才 走った 頭 に 木部 の 面影 を 軽く 宿して 、 その 一夜 の 饗宴 は さりげなく 終わり を 告げた 。 きべ||もえ||こころ||ようこ||やく||||ようこ|||さい|はしった|あたま||きべ||おもかげ||かるく|やどして||いちや||きょうえん|||おわり||つげた Kibe strove Yoko into her flammable heart as if burning it, and Yoko once again lightly harbored the image of Kibe in her bright head, and the night's feast casually came to an end.

木部 の 記者 と して の 評判 は 破天荒 と いって も よかった 。 きべ||きしゃ||||ひょうばん||はてんこう|||| Kibe's reputation as a journalist could be described as unconventional, to say the least. いやしくも 文学 を 解する もの は 木部 を 知ら ない もの は なかった 。 |ぶんがく||かいする|||きべ||しら|||| Anyone familiar with literature couldn't be ignorant of Kibe. 人々 は 木部 が 成熟 した 思想 を ひっさげて 世の中 に 出て 来る 時 の 華々し さ を うわさ し 合った 。 ひとびと||きべ||せいじゅく||しそう|||よのなか||でて|くる|じ||はなばなし|||||あった People whispered about Kibe's dazzling appearance when he emerged into the world with mature thoughts. ことに 日 清 戦 役 と いう 、 その 当時 の 日本 に して は 絶大な 背景 を 背負って いる ので 、 この 年少 記者 は ある 人々 から は 英雄 の 一 人 と さえ して 崇拝 さ れた 。 |ひ|きよし|いくさ|やく||||とうじ||にっぽん||||ぜつだいな|はいけい||せおって||||ねんしょう|きしゃ|||ひとびと|||えいゆう||ひと|じん||||すうはい|| Especially because of the significant backdrop of the Sino-Japanese War at that time, this young journalist was revered by some people as one of the heroes. この 木部 が たびたび 葉子 の 家 を 訪れる ように なった 。 |きべ|||ようこ||いえ||おとずれる|| This Kibe person started visiting Yoko's house frequently. その 感傷 的な 、 同時に どこ か 大望 に 燃え 立った ような この 青年 の 活気 は 、 家 じゅう の 人々 の 心 を 捕え ないで は 置か なかった 。 |かんしょう|てきな|どうじに|||たいぼう||もえ|たった|||せいねん||かっき||いえ|||ひとびと||こころ||とらえ|||おか| The emotional and ambitious energy of this young man captivated the hearts of everyone in the household. ことに 葉子 の 母 が 前 から 木部 を 知っていて 、 非常に 有為 多 望 な 青年 だ と ほめそやしたり 、 公衆 の 前 で 自分 の 子 と も 弟 と も つか ぬ 態度 で 木部 を も てあつかったり する の を 見る と 、 葉子 は 胸 の 中 で せ せら 笑った 。 |ようこ||はは||ぜん||きべ||しっていて|ひじょうに|ゆうい|おお|のぞみ||せいねん||||こうしゅう||ぜん||じぶん||こ|||おとうと|||||たいど||きべ|||||||みる||ようこ||むね||なか||||わらった Yoko couldn't help but chuckle in her heart when she saw her mother praising Kibe, who she had known for a while, as an extremely promising and talented young man and treating him indifferently in public as if he were neither her son nor her brother. そして 心 を 許して 木部 に 好意 を 見せ 始めた 。 |こころ||ゆるして|きべ||こうい||みせ|はじめた And then, Yoko began to show her affection and trust towards Kibe. 木部 の 熱意 が 見る見る 抑え がたく 募り 出した の は もちろん の 事 である 。 きべ||ねつい||みるみる|おさえ||つのり|だした|||||こと| Of course, Kibe's enthusiasm grew rapidly and became increasingly difficult to contain.

か の 六 月 の 夜 が 過ぎて から ほど も なく 木部 と 葉子 と は 恋 と いう 言葉 で 見られ ねば なら ぬ ような 間柄 に なって いた 。 ||むっ|つき||よ||すぎて|||||きべ||ようこ|||こい|||ことば||み られ|||||あいだがら||| After the passing of that June night, it didn't take long for Kibe and Yoko to enter a relationship that could be described with the word "love." こういう 場合 葉子 が どれほど 恋 の 場面 を 技巧 化 し 芸術 化 する に 巧みであった か は いう に 及ば ない 。 |ばあい|ようこ|||こい||ばめん||ぎこう|か||げいじゅつ|か|||たくみであった|||||およば| It goes without saying how skillful Yoko was in embellishing and artisticizing scenes of love in such situations. 木部 は 寝て も 起きて も 夢 の 中 に ある ように 見えた 。 きべ||ねて||おきて||ゆめ||なか||||みえた Kibe appeared to be living in a dream-like state, whether he was asleep or awake. 二十五 と いう そのころ まで 、 熱心な 信者 で 、 清 教徒 風 の 誇り を 唯一 の 立場 と して いた 木部 が この 初恋 に おいて どれほど 真剣に なって いた か は 想像 する 事 が できる 。 にじゅうご|||||ねっしんな|しんじゃ||きよし|きょうと|かぜ||ほこり||ゆいいつ||たちば||||きべ|||はつこい||||しんけんに|||||そうぞう||こと|| It is imaginable how earnestly Kibe, a zealous believer and the sole advocate of Puritan pride until around the age of twenty-five, became deeply involved in this first love. 葉子 は 思い も かけ ず 木部 の 火 の ような 情熱 に 焼か れよう と する 自分 を 見いだす 事 が しばしば だった 。 ようこ||おもい||||きべ||ひ|||じょうねつ||やか||||じぶん||みいだす|こと||| Yoko often found herself unexpectedly discovering her own willingness to be consumed by Kibe's fiery passion.

その うち に 二 人 の 間柄 は すぐ 葉子 の 母 に 感づか れた 。 |||ふた|じん||あいだがら|||ようこ||はは||かんづか| Before long, the relationship between the two was immediately sensed by Yoko's mother. 葉子 に 対して かねて から ある 事 で は 一種 の 敵意 を 持って さえ いる ように 見える その 母 が 、 この 事件 に 対して 嫉妬 と も 思わ れる ほど 厳重な 故障 を 持ち出した の は 、 不思議で ない と いう べき 境 を 通り越して いた 。 ようこ||たいして||||こと|||いっしゅ||てきい||もって||||みえる||はは|||じけん||たいして|しっと|||おもわ|||げんじゅうな|こしょう||もちだした|||ふしぎで|||||さかい||とおりこして| It is said that it is no wonder that her mother, who seems to have had a kind of hostility towards Yoko for some time, brought up a severe breakdown in this incident that could even be thought of as jealousy. I had crossed the line of what should have been. 世 故 に 慣れ きって 、 落ち付き 払った 中年 の 婦人 が 、 心 の 底 の 動揺 に 刺激 されて たくらみ 出す と 見える 残虐な 譎計 は 、 年 若い 二 人 の 急所 を そろそろ と うかがい よって 、 腸 も 通れ と 突き刺して くる 。 よ|こ||なれ||おちつき|はらった|ちゅうねん||ふじん||こころ||そこ||どうよう||しげき|さ れて||だす||みえる|ざんぎゃくな|けつけい||とし|わかい|ふた|じん||きゅうしょ||||||ちょう||とおれ||つきさして| The calculated and cruel schemes, seemingly devised by a middle-aged woman who had grown accustomed to the ways of the world and shed her composure, probed the vulnerabilities of the young couple and pierced their very souls. それ を 払い かねて 木部 が 命 限り に もがく の を 見る と 、 葉子 の 心 に 純粋な 同情 と 、 男 に 対する 無 条件 的な 捨て身 な 態度 が 生まれ 始めた 。 ||はらい||きべ||いのち|かぎり|||||みる||ようこ||こころ||じゅんすいな|どうじょう||おとこ||たいする|む|じょうけん|てきな|すてみ||たいど||うまれ|はじめた As Kibe struggled desperately, unable to rid himself of that burden, Yoko's heart began to feel a pure sympathy and an unconditional self-sacrificing attitude towards him. 葉子 は 自分 で 造り出した 自分 の 穽 に たわ い も なく 酔い 始めた 。 ようこ||じぶん||つくりだした|じぶん||せい||||||よい|はじめた Yoko began to indulge in the self-created abyss without any restraint and started to revel in it. 葉子 は こんな 目 も くらむ ような 晴れ晴れ しい もの を 見た 事 が なかった 。 ようこ|||め||||はればれ||||みた|こと|| Yoko had never seen such a dazzling and radiant thing before, which made her eyes dazzle with brightness and clarity. 女 の 本能 が 生まれて 始めて 芽 を ふき 始めた 。 おんな||ほんのう||うまれて|はじめて|め|||はじめた The woman's instincts began to awaken and sprout for the first time. そして 解剖 刀 の ような 日ごろ の 批判 力 は 鉛 の ように 鈍って しまった 。 |かいぼう|かたな|||ひごろ||ひはん|ちから||なまり|||なまって| And her usual critical power, like a dissecting knife, had become as dull as lead. 葉子 の 母 が 暴力 で は 及ば ない の を 悟って 、 す かしつ なだめ つ 、 良 人 まで を 道具 に つかったり 、 木部 の 尊 信 する 牧師 を 方便 に したり して 、 あらん限り の 知力 を しぼった 懐柔 策 も 、 なんの かい も なく 、 冷静な 思慮 深い 作戦 計画 を 根気 よく 続ければ 続ける ほど 、 葉子 は 木部 を 後ろ に かばい ながら 、 健 気 に も か弱い 女 の 手 一 つ で 戦った 。 ようこ||はは||ぼうりょく|||およば||||さとって|||||よ|じん|||どうぐ|||きべ||とうと|しん||ぼくし||ほうべん||||あらんかぎり||ちりょく|||かいじゅう|さく||||||れいせいな|しりょ|ふかい|さくせん|けいかく||こんき||つづければ|つづける||ようこ||きべ||うしろ||||けん|き|||かよわい|おんな||て|ひと|||たたかった Yoko's mother, realizing that violence was futile, resorted to coaxing, using her connections, even manipulating a respected pastor whom Kibe trusted. Yoko employed every ounce of her intelligence and employed strategies of persuasion, but to no avail. As she persisted with her calm and thoughtful plans, she fought with resilience and vulnerability, protecting Kibe from behind with just her delicate hands. そして 木部 の 全身 全 霊 を 爪 の 先 想い の 果て まで 自分 の もの に しなければ 、 死んで も 死ね ない 様子 が 見えた ので 、 母 も とうとう 我 を 折った 。 |きべ||ぜんしん|ぜん|れい||つめ||さき|おもい||はて||じぶん||||し なければ|しんで||しね||ようす||みえた||はは|||われ||おった In order to possess Kibe's entire being, body and soul, down to the depths of his heart, Yoko realized that she had to make him completely hers, to the point where even death would be preferable to living without him. Witnessing this determination, Yoko's mother finally yielded and gave up her resistance. そして 五 か月 の 恐ろしい 試練 の 後 に 、 両親 の 立ち会わ ない 小さな 結婚 の 式 が 、 秋 の ある 午後 、 木部 の 下宿 の 一 間 で 執り 行なわ れた 。 |いつ|かげつ||おそろしい|しれん||あと||りょうしん||たちあわ||ちいさな|けっこん||しき||あき|||ごご|きべ||げしゅく||ひと|あいだ||とり|おこなわ| After enduring a terrifying ordeal for five months, a small wedding ceremony took place one autumn afternoon in Kibe's rented room, without the presence of Yoko's parents. そして 母 に 対する 勝利 の 分捕り 品 と して 、 木部 は 葉子 一 人 の もの と なった 。 |はは||たいする|しょうり||ぶんどり|しな|||きべ||ようこ|ひと|じん|||| And as the spoils of victory over her mother, Kibe became the possession of Yoko alone.

木部 は すぐ 葉山 に 小さな 隠れ家 の ような 家 を 見つけ出して 、 二 人 は むつまじく そこ に 移り 住む 事 に なった 。 きべ|||はやま||ちいさな|かくれが|||いえ||みつけだして|ふた|じん|||||うつり|すむ|こと|| Kibe soon found a small hideaway-like house in Hayama, and the two of them decided to move in together. 葉子 の 恋 は しかしながら そろそろ と 冷え 始める のに 二 週間 以上 を 要し なかった 。 ようこ||こい|||||ひえ|はじめる||ふた|しゅうかん|いじょう||ようし| However, Yoko's love gradually began to cool down after more than two weeks. 彼女 は 競争 すべ から ぬ 関係 の 競争 者 に 対して みごとに 勝利 を 得て しまった 。 かのじょ||きょうそう||||かんけい||きょうそう|もの||たいして||しょうり||えて| She managed to achieve a magnificent victory over her competitors in this inevitably competitive relationship. 日 清 戦争 と いう もの の 光 も 太陽 が 西 に 沈む たび ごと に 減じて 行った 。 ひ|きよし|せんそう|||||ひかり||たいよう||にし||しずむ||||げんじて|おこなった The glory of the Sino-Japanese War, like the setting sun, gradually diminished with each passing day. それ ら は それ と して いちばん 葉子 を 失望 さ せた の は 同棲 後 始めて 男 と いう もの の 裏 を 返して 見た 事 だった 。 |||||||ようこ||しつぼう|||||どうせい|あと|はじめて|おとこ|||||うら||かえして|みた|こと| What disappointed Yoko the most was when she saw the true nature of men after starting to live together. 葉子 を 確実に 占領 した と いう 意識 に 裏書き さ れた 木部 は 、 今 まで おくび に も 葉子 に 見せ なかった 女々しい 弱点 を 露骨に 現わし 始めた 。 ようこ||かくじつに|せんりょう||||いしき||うらがき|||きべ||いま|||||ようこ||みせ||めめしい|じゃくてん||ろこつに|あらわし|はじめた Kibe, who was affirmed by the consciousness of having firmly occupied Yoko, began to openly reveal the effeminate weakness that he had never shown to her before. 後ろ から 見た 木部 は 葉子 に は 取り 所 の ない 平凡な 気 の 弱い 精力 の 足りない 男 に 過ぎ なかった 。 うしろ||みた|きべ||ようこ|||とり|しょ|||へいぼんな|き||よわい|せいりょく||たりない|おとこ||すぎ| From behind, Kibe appeared to Yoko as an ordinary, mediocre man with a weak spirit and lacking in sufficient energy. 筆 一 本 握る 事 も せ ず に 朝 から 晩 まで 葉子 に 膠着 し 、 感傷 的な くせ に 恐ろしく わがままで 、 今日 今日 の 生活 に さえ 事欠き ながら 、 万事 を 葉子 の 肩 に なげかけて それ が 当然な 事 で も ある ような 鈍感な お 坊ちゃん じみ た 生活 の しかた が 葉子 の 鋭い 神経 を いらいら さ せ 出した 。 ふで|ひと|ほん|にぎる|こと|||||あさ||ばん||ようこ||こうちゃく||かんしょう|てきな|||おそろしく||きょう|きょう||せいかつ|||ことかき||ばんじ||ようこ||かた|||||とうぜんな|こと|||||どんかんな||ぼっちゃん|||せいかつ||||ようこ||するどい|しんけい|||||だした Without even holding a pen, Kibe clung to Yoko from morning till night, displaying sentimental tendencies mixed with terrifying selfishness. Despite lacking in all aspects of daily life, he would burden Yoko with everything, as if it were only natural. His dull and oblivious lifestyle resembled that of a spoiled young man, which greatly irritated Yoko's keen nerves. 始め の うち は 葉子 も それ を 木部 の 詩人 らしい 無邪気 さ から だ と 思って みた 。 はじめ||||ようこ||||きべ||しじん||むじゃき|||||おもって| At first, Yoko thought that Kibe's behavior stemmed from his poet-like innocence. そして せっせ せっせと 世話 女房 らしく 切り回す 事 に 興味 を つないで みた 。 |||せわ|にょうぼう||きりまわす|こと||きょうみ||| And so, she became interested in managing household affairs diligently, like a caring wife, to see how things would turn out. しかし 心 の 底 の 恐ろしく 物質 的な 葉子 に どうして こんな 辛抱 が いつまでも 続こう ぞ 。 |こころ||そこ||おそろしく|ぶっしつ|てきな|ようこ||||しんぼう|||つづこう| But why should this kind of patience continue forever for Yoko, who is terrifyingly materialistic deep down in her heart? 結婚 前 まで は 葉子 の ほう から 迫って みた に も 係わら ず 、 崇高 と 見える まで に 極端な 潔癖 屋 だった 彼 であった のに 、 思い も かけ ぬ 貪 婪 な 陋劣 な 情 欲 の 持ち主 で 、 しかも その 欲求 を 貧弱な 体質 で 表わそう と する の に 出っく わす と 、 葉子 は 今 まで 自分 でも 気 が つか ず に いた 自分 を 鏡 で 見せつけられた ような 不快 を 感ぜ ず に は いられ なかった 。 けっこん|ぜん|||ようこ||||せまって||||かかわら||すうこう||みえる|||きょくたんな|けっぺき|や||かれ|||おもい||||むさぼ|らん||ろうれつ||じょう|よく||もちぬし||||よっきゅう||ひんじゃくな|たいしつ||あらわそう|||||で っく|||ようこ||いま||じぶん||き||||||じぶん||きよう||みせつけ られた||ふかい||かんぜ||||いら れ| Even though he tried to approach Yoko from her side until before her marriage, he was an extremely clean person to the point of appearing noble, but he was unexpectedly greedy and possessed of inferior lust. What's more, when she encounters him trying to express that desire with her poor constitution, Yoko can't help but feel the displeasure of being shown herself in a mirror, something she hadn't noticed until now. I couldn't get it. 夕食 を 済ます と 葉子 は いつでも 不満 と 失望 と で いらいら し ながら 夜 を 迎え ねば なら なかった 。 ゆうしょく||すます||ようこ|||ふまん||しつぼう||||||よ||むかえ||| After dinner, Yoko always had to face the night frustrated with dissatisfaction and disappointment. 木部 の 葉子 に 対する 愛着 が 募れば 募る ほど 、 葉子 は 一生 が 暗く なり まさる ように 思った 。 きべ||ようこ||たいする|あいちゃく||つのれば|つのる||ようこ||いっしょう||くらく||||おもった It seemed to me that the more Kibe's affection for Yoko grew, the darker Yoko's life would become. こうして 死ぬ ため に 生まれて 来た ので は ない はずだ 。 |しぬ|||うまれて|きた|||| Surely, one cannot be born just to die like this. そう 葉子 は くさく さし ながら 思い 始めた 。 |ようこ|||||おもい|はじめた As Yoko thought about it, a sense of decay and resignation began to creep into her. その 心持ち が また 木部 に 響いた 。 |こころもち|||きべ||ひびいた That state of mind also resonated with Kibe once again. 木部 は だんだん 監視 の 目 を もって 葉子 の 一挙一動 を 注意 する ように なって 来た 。 きべ|||かんし||め|||ようこ||いっきょいちどう||ちゅうい||||きた Kibe gradually started observing Yoko's every move and became vigilant in monitoring her actions. This implies that Kibe began paying close attention to Yoko's every action and behavior, possibly with a sense of surveillance or watchfulness. 同棲 して から 半 か月 も たた ない うち に 、 木部 は ややもすると 高圧 的に 葉子 の 自由 を 束縛 する ような 態度 を 取る ように なった 。 どうせい|||はん|かげつ||||||きべ|||こうあつ|てきに|ようこ||じゆう||そくばく|||たいど||とる|| Within just half a month of cohabitation, Kibe gradually adopted an attitude that could be somewhat controlling, encroaching on Yoko's freedom. 木部 の 愛情 は 骨 に しみる ほど 知り 抜き ながら 、 鈍って いた 葉子 の 批判 力 は また 磨き を かけられた 。 きべ||あいじょう||こつ||||しり|ぬき||なまって||ようこ||ひはん|ちから|||みがき||かけ られた While Kibe's love was bone-deepeningly familiar, Yoko's dulled critical faculties were also sharpened. その 鋭く なった 批判 力 で 見る と 、 自分 と 似 よった 姿 なり 性格 なり を 木部 に 見いだす と いう 事 は 、 自然 が 巧妙な 皮肉 を やって いる ような もの だった 。 |するどく||ひはん|ちから||みる||じぶん||に||すがた||せいかく|||きべ||みいだす|||こと||しぜん||こうみょうな|ひにく|||||| With his keen critical eye, finding a resemblance to himself in a tree was like nature playing a trick of irony on him. 自分 も あんな 事 を 想い 、 あんな 事 を いう の か と 思う と 、 葉子 の 自尊心 は 思う存分 に 傷つけられた 。 じぶん|||こと||おもい||こと||||||おもう||ようこ||じそんしん||おもうぞんぶん||きずつけ られた Yoko's self-esteem was hurt as much as she could when she thought of those things and wondered if she would say such things.

ほか の 原因 も ある 。 ||げんいん|| しかし これ だけ で 充分だった 。 ||||じゅうぶんだった 二 人 が 一緒に なって から 二 か月 目 に 、 葉子 は 突然 失踪 して 、 父 の 親友 で 、 いわゆる 物事 の よく わかる 高山 と いう 医者 の 病室 に 閉じこもら して もらって 、 三 日 ばかり は 食う 物 も 食わ ず に 、 浅ましく も 男 の ため に 目 の くらんだ 自分 の 不覚 を 泣き 悔やんだ 。 ふた|じん||いっしょに|||ふた|かげつ|め||ようこ||とつぜん|しっそう||ちち||しんゆう|||ものごと||||こうざん|||いしゃ||びょうしつ||とじこもら|||みっ|ひ|||くう|ぶつ||くわ|||あさましく||おとこ||||め|||じぶん||ふかく||なき|くやんだ Two months after the two of them got together, Yoko suddenly disappeared, and she was confined to the hospital room of her father's best friend, a doctor named Takayama. Without eating anything, I cried and regretted my own blindness because of the man. 木部 が 狂気 の ように なって 、 ようやく 葉子 の 隠れ 場所 を 見つけて 会い に 来た 時 は 、 葉子 は 冷静な 態度 で しらじらしく 面会 した 。 きべ||きょうき|||||ようこ||かくれ|ばしょ||みつけて|あい||きた|じ||ようこ||れいせいな|たいど|||めんかい| When Kibe went mad and finally found Yoko's hiding place and came to see her, Yoko greeted him calmly and curtly. そして 「 あなた の 将来 の お ため に きっと なりません から 」 と 何げな げ に いって のけた 。 |||しょうらい||||||なり ませ ん|||なにげな|||| Then he casually said, "I'm sure it won't be for your future." 木部 が その 言葉 に 骨 を 刺す ような 諷刺 を 見いだし かねて いる の を 見る と 、 葉子 は 白く そろった 美しい 歯 を 見せて 声 を 出して 笑った 。 きべ|||ことば||こつ||さす||ふうし||みいだし|||||みる||ようこ||しろく||うつくしい|は||みせて|こえ||だして|わらった Seeing that Kibe couldn't find a bone-piercing satire in those words, Yoko showed her beautiful white teeth and laughed aloud.

葉子 と 木部 と の 間柄 は こんな たわ い も ない 場面 を 区切り に して はかなく も 破れて しまった 。 ようこ||きべ|||あいだがら|||||||ばめん||くぎり|||||やぶれて| The relationship between Yoko and Kibe was broken by this ridiculous scene. 木部 は あらんかぎり の 手段 を 用いて 、 なだめたり 、 すかしたり 、 強迫 まで して みた が 、 すべて は 全く 無益だった 。 きべ||||しゅだん||もちいて|||きょうはく|||||||まったく|むえきだった Kibe tried everything he could, coaxing, cajoling, even duress, but it was all to no avail. いったん 木部 から 離れた 葉子 の 心 は 、 何者 も 触れた 事 の ない 処女 の それ の ように さえ 見えた 。 |きべ||はなれた|ようこ||こころ||なにもの||ふれた|こと|||しょじょ||||||みえた Once away from Kibe, Yoko's heart even looked like that of a virgin who had never been touched by anything.

それ から 普通の 期間 を 過ぎて 葉子 は 木部 の 子 を 分娩 した が 、 もとより その 事 を 木部 に 知らせ なかった ばかり で なく 、 母 に さえ ある 他 の 男 に よって 生んだ 子 だ と 告白 した 。 ||ふつうの|きかん||すぎて|ようこ||きべ||こ||ぶんべん|||||こと||きべ||しらせ|||||はは||||た||おとこ|||うんだ|こ|||こくはく| After a normal period of time, Yoko gave birth to Kibe's child, but not only did she not tell Kibe about it, but she even confessed that she had given birth to another man, even to her mother. 実際 葉子 は その後 、 母 に その 告白 を 信じ さす ほど の 生活 を あえて して いた のだった 。 じっさい|ようこ||そのご|はは|||こくはく||しんじ||||せいかつ||||| In fact, after that, Yoko dared to lead a life that made her mother believe her confession. しかし 母 は 目ざとく も その 赤ん坊 に 木部 の 面影 を 探り 出して 、 キリスト 信徒 に あるまじき 悪意 を この あわれな 赤ん坊 に 加えよう と した 。 |はは||めざとく|||あかんぼう||きべ||おもかげ||さぐり|だして|きりすと|しんと|||あくい||||あかんぼう||くわえよう|| But the mother, with her keen eyes, spied out the remnants of the wood in the baby, and tried to inflict a Christian malice upon the poor baby. 赤ん坊 は 女 中 部屋 に 運ば れた まま 、 祖母 の 膝 に は 一 度 も 乗ら なかった 。 あかんぼう||おんな|なか|へや||はこば|||そぼ||ひざ|||ひと|たび||のら| The baby was carried to the maid's room and never once sat on her grandmother's lap. 意地 の 弱い 葉子 の 父 だけ は 孫 の かわい さ から そっと 赤ん坊 を 葉子 の 乳母 の 家 に 引き取る ように して やった 。 いじ||よわい|ようこ||ちち|||まご||||||あかんぼう||ようこ||うば||いえ||ひきとる||| Only Leaf's father, who was weak-willed, quietly took the baby to her nanny's house because of the cuteness of his grandson. そして その みじめな 赤ん坊 は 乳母 の 手 一 つ に 育てられて 定子 と いう 六 歳 の 童 女 に なった 。 |||あかんぼう||うば||て|ひと|||そだて られて|さだこ|||むっ|さい||わらべ|おんな|| The miserable baby was raised by a single nanny and became a six year old girl named Sadako.

その後 葉子 の 父 は 死んだ 。 そのご|ようこ||ちち||しんだ 母 も 死んだ 。 はは||しんだ 木部 は 葉子 と 別れて から 、 狂 瀾 の ような 生活 に 身 を 任せた 。 きべ||ようこ||わかれて||くる|らん|||せいかつ||み||まかせた After separating from Yoko, Kibe gave himself up to a checkered life. 衆議院 議員 の 候補 に 立って も みたり 、 純 文学 に 指 を 染めて も みたり 、 旅 僧 の ような 放浪 生活 も 送ったり 、 妻 を 持ち 子 を 成し 、 酒 に ふけ り 、 雑誌 の 発行 も 企てた 。 しゅうぎいん|ぎいん||こうほ||たって|||じゅん|ぶんがく||ゆび||そめて|||たび|そう|||ほうろう|せいかつ||おくったり|つま||もち|こ||なし|さけ||||ざっし||はっこう||くわだてた He ran for the House of Representatives, dabbled in pure literature, led a nomadic life as a traveling monk, had a wife and child, indulged in drinking, and even attempted to publish a magazine. そして その すべて に 一 々 不満 を 感ずる ばかりだった 。 ||||ひと||ふまん||かんずる| And all of this was frustrating at every turn. そして 葉子 が 久しぶりで 汽車 の 中 で 出あった 今 は 、 妻子 を 里 に 返して しまって 、 ある 由緒 ある 堂 上 華族 の 寄 食 者 と なって 、 これ と いって する 仕事 も なく 、 胸 の 中 だけ に は いろいろな 空想 を 浮かべたり 消したり して 、 とかく 回想 に ふけ り やすい 日 送り を して いる 時 だった 。 |ようこ||ひさしぶりで|きしゃ||なか||であった|いま||さいし||さと||かえして|||ゆいしょ||どう|うえ|かぞく||よ|しょく|もの|||||||しごと|||むね||なか|||||くうそう||うかべたり|けしたり|||かいそう|||||ひ|おくり||||じ| And now, Yoko, after a long time, met him on the train. She had returned her husband and child to her hometown and had become a dependent of a prestigious noble family, without any specific occupation. She spent her days indulging in various fantasies that came and went in her mind, often lost in reminiscences.