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秒速5センチメートル (5 Centimeters per Second), 秒速 5センチメートル (15)

秒速 5センチメートル (15)

もう 彼女 へ の 手紙 は 出さ ない。

彼女 から の 手紙 も 、きっと もう 来 ない。

──そういう こと を 考えて いる うち に 、あの 頃 の 自分 が 抱えて いた ひりひり と した 焦り の ような もの を 、彼 は ありあり と 思い出した。 その 気持ち は あまりに も 今 の 自分 に 通底 して いて 、結局 自分 は 何も 変わって いない の か と 、いささか 愕然と する。 無知で 傲慢で 残酷 、あの 頃 の 自分。 いや 、それ でも ──と 、目 を 開き ながら 彼 は 思う。 すくなくとも 今 の 自分 に は 、はっきり と 大切だ と 思える 相手 が いる。

たぶん 自分 は 水野 が 好きな んだ 、と 彼 は 思う。

今度 会った 時 に 気持ち を 伝える。 そう 決心 を して 、彼 は メール の 返信 を 打った。 今度 こそ 、水野 と 自分 の 気持ち に きちんと 向きあおう。 あの 最後 の 日 、澄 田 が 自分 に して くれた よう に。

あの 日 、島 の 空港 で。

互いに 見慣れ ぬ 私服 姿 で 、強い 風 が 澄 田 の 髪 と 電線 と フェニックス の 葉 を 揺らして いた。 彼女 は 泣き ながら 、それ でも 彼 に 笑顔 を 向けて 言った のだ。

ずっと 遠野 くん の こと が 好きだった の。 今 まで ずっと ありがとう 、と。

働き 始めて 三 年 目 に 配属 された チーム で 、彼 の 仕事 は 一 つ の 転機 を 迎えた。

それ は 彼 の 入社 以前 から 続いて いる プロジェクト だった が 、長い 時間 を かけて 迷走 を 続けた 結果 、当初 の 目標 を 大幅に 縮小 して 終了 さ せる こと が 会社 の 方針 と して 決まって いた。 いわば 敗戦 処理 の ような 仕事 で 、複雑に 絡み合い 膨れあがった プログラム 群 を 整理 し 、なんとか 使い物 に なる 成果 物 を 救い出して 被害 を 最小 限 に 抑えて 欲しい と いう の が 、彼 に 異動 を 告げた 事業 部長 から の オーダー だった。 要するに 、おまえ の 能力 は 認めた から この へんで 理不尽な 苦労 も して こい 、と いう こと らしかった。

最初の うち 、彼 は チーム リーダー に 命じられる まま 仕事 を 続けた。 しかし その やり 方 で は 余計な サブルーチン が 蓄積 して いく だけ で 、かえって 事態 が 悪化 して いく と いう こと に すぐに 気づいた。 それ を リーダー に 進言 した が 取りあって もらえ ず 、彼 は 仕方なく 一 ヵ 月間 いつも 以上 に 残業 を 増やした。 その 一 ヵ 月 の 間 、リーダー に 命じられた 通り の 仕事 を 行う と 同時に 、彼 が ベストだ と 考える 方法 で 同じ 仕事 を 処理 して みた。 結果 は 明らかで 、彼 の 考えた 方法 で なければ プロジェクト は 収束 に 向かわ なかった。 その 結果 を 携えて 再度 リーダー に 掛けあった が 、激しく 叱責 された うえ に 、今後 二度と 独断 を 行う な と 強く 言いふくめられた。

彼 は 困惑 して チーム の 他 の スタッフ たち の 仕事 を 見渡して みた が 、全員 が ただ リーダー に 命ぜられる まま の 仕事 を 行って いる だけ だった。 これ で は プロジェクト は 終わる わけ は なかった。 間違えた 初期 条件 で 始めた 仕事 は 、根本 を 正さ ぬ 限り は 前 に 進んで も より 複雑に 誤 謬 を 重ねて いく だけ だ。 そして この プロジェクト は 、初期 条件 を 見直す に は 長く 進め 過ぎて いた。 会社 の 言う 通り 、いかに 上手く たたむ か を 考える べきな のだ。

彼 は 迷った 末 に 、彼 に 異動 を 命じた 事業 部長 に 相談 を 持ちかけた。 事業 部長 は 長い 時間 話 を 聞いて くれた が 、結論 と して 言って いる こと は 結局 、チーム リーダー の 立場 を 立て つつ も プロジェクト を 上手く 終わら せて くれ 、と いう こと だった。 そんな こと は 不可能だ と 、彼 は 思った。

それ から 三 ヵ 月 以上 、ひたすら に 不毛な 仕事 が 続いた。 チーム リーダー は 彼 なり に プロジェクト を 成功 さ せたい のだ と いう こと も 理解 できた が 、だからといって 黙って 事態 を 悪化 さ せる 作業 を 続ける こと は 、彼 に は でき なかった。 幾 度 と なく リーダー から 怒鳴りつけられ ながら 、チーム の 中 で 彼 だけ が 独自に 仕事 を 進めた。 事業 部長 が 彼 の 行為 を 黙認 して くれて いる らしい こと だけ が 、救い と いえば 救い だった。 しかし 彼 の 作業 の 成果 を 上回る 混乱 を 、彼 以外 の スタッフ が 日々 積み重ねて いった。 煙草 の 本数 が 増え 、帰宅 して から 飲む ビール の 量 が 増えた。

彼 は ある 日 耐え かねて 、事業 部長 に 自分 を チーム から 外して くれ と 頼み込んだ。 さもなければ リーダー を 説得 して 欲しい。 それ も 駄目ならば 会社 を 辞める 、と。

結局 、その 翌週 に チーム リーダー は 異動 と なった。 替わり に 入って きた 新しい リーダー は 他 プロジェクト も 兼任 して おり 、やっかい ごと を 背負い込ま された こと で あからさまに 彼 を 冷淡に 扱った が 、すくなくとも 仕事 に ついて は 合理 的な 判断 を 下す 人間 だった。

ともかくも 、これ で やっと 出口 に 向かって 歩き 始める こと が できる。 仕事 は ますます 忙しく なり 職場 で は ますます 孤独に なった が 、彼 は 懸命に 働いた。 もう そう する こと しか でき なかった。 やれる こと は すべて やった のだ。

そういう 状況 の 中 で 、水野 理 紗 と 過ごす 時間 は 以前 に も 増して 貴重な もの に なって いった。

一 週 か 二 週 に 一 度 、会社 帰り に 彼女 の マンション の ある 西 国分寺 駅 に 通った。 待ち合わせ は 夜 の 九 時 半 で 、時々 は 小さな 花束 を 買って いった。 会社 の 近く の 花屋 は 夜 八 時 まで しか 営業 して いない ので 、彼 は そういう 時 は 七 時 頃 に 会社 を 抜け出して 花 を 買い 、駅 の コインロッカー に しまい 、急いで 会社 に 戻って 八 時 半 まで 仕事 を する。 そういう 密やかな 行動 は 楽しかった。 そして 混 んだ 中央 線 に 乗り 、花束 が 潰さ れ ない よう に 気 を つけ ながら 、水野 の 待つ 駅 に 向かう。

土曜日 の 夜 は 、時々 どちら か の 部屋 に 泊まった。 彼 が 水野 の 部屋 に 泊まる こと の 方 が 多かった が 、水野 が 泊まり に 来る こと も あった。 お互い の 部屋 に は 二 本 の 歯 ブラシ が 置か れ 、彼女 の 部屋 に は 何 組 か の 彼 の 下着 が 置か れ 、彼 の 部屋 に は いつのまにか 料理 器具 と 調味料 が 置かれて いた。 今 まで は 決して 読ま なかった ような 種類 の 雑誌 が 部屋 に すこしずつ 増えて いく こと は 、彼 の 気持ち を 温かく した。

夕食 は いつも 水野 が 作って くれた。 料理 を 待つ 間 、包丁 の 音 や 換気扇 が 回る 音 、麺 が 茹でられる 匂い や 魚 が 焼か れる 匂い を かぎ ながら 、彼 は ノート パソコン で 仕事 の 続き を した。 そんな 時 は 、彼 は 実に 穏やかな 気持ち で キーボード を 叩いた。 料理 の 音 と キー を 叩く 音 が 小さな 部屋 を 優しく 満たして いて 、それ は 彼 の 知る かぎり 、最も 心安 まる 空間 であり 時間 であった。

水野 の こと で 覚えて いる こと は たくさん ある。

たとえば 食事。 水野 は いつも とても 美しく 食事 を した。 鰆 の 身 を とても 綺麗に 骨 から ほぐした し 、肉 を 切り分ける 指先 は 淀み なく 、パスタ は フォーク と スプーン を 器用に 使い 見とれて しまう くらい 上品に 口 に 運んだ。 それ から 、コーヒー カップ を 包む 桜 色 の 爪先。 頬 の 湿り気 、指先 の 冷た さ 、髪 の 匂い 、肌 の 甘 さ 、汗ばんだ 手のひら 、煙草 の 匂い が 移った 唇 、切な げ な 吐息。

線路 沿い に ある 彼女 の マンション で 、部屋 の 灯り を 消して ベッド に もぐり込んで いる 時 、彼 は よく 窓 の 向こう の 空 を 見上げた。 冬 に なる と 星空 が 綺麗に 見えた。 外 は たぶん 凍える ほど 寒く 、部屋 の 空気 も 吐く 息 が 白く なる ほど 冷たかった が 、裸 の 肩 に 乗せた 彼女 の 頭 の 重み は 温かく 心地よかった。 そういう 時 、線路 を 走る 中央 線 の ガタン 、ガタン と いう 音 は 、まるで ずっと 遠く の 国 から 響いて くる 知ら ない 言葉 の よう に 、彼 の 耳 に 響いた。 今 まで と は まったく 違う 場所 に 自分 が いる ような 気 が した。 そして もしかしたら 、僕 が ずっと 来 たかった 場所 は ここ な の かも しれ ない と 、彼 は 思う。

自分 が 今 まで どれほど 乾いて いた の か 、どれほど 孤独に 過ごして いた の か と いう こと を 、水野 と の 日々 で 彼 は 知った。

* * *

だからこそ 、水野 と 別れる こと に なった 時 、底 知れ ぬ 闇 を 覗き込む 時 の ような 不安 が 、彼 を 包んだ。

三 年間 それなり の 想い を 賭 して 、彼ら なり に 必死に 関係 を 築いて きた。 にもかかわらず 、結局 は 彼ら の 道 は 途中 で 別れて いた。 この先 を ふたたび ひとり きり で歩いて いか なければ なら ない と 思う と 、重い 重い 疲労 の ような もの を 彼 は 感じた。

何 が あった わけで も なかった のだ と 、彼 は 思う。 決定 的な 出来事 は 何も なかった。 しかし それ でも 、だからこそ 、人 の 気持ち は 決して 重なら ず に 流れて しまう。

深夜 、窓 の 外 の 車 の 音 に 耳 を すませ ながら 、暗闇 の 中 で 目 を 見開いて 、彼 は 必死に 思う。 ほどけて しまい そうな 思考 を 、なんとか 強引に かき集め 、ひと かけら でも 教訓 を 得よう と する。

──でも まあ 仕方 が ない。 結局 は 、誰 と だって いつまでも 一緒に 居ら れる わけで は ない のだ。 人 は こう やって 、喪失 に 慣れて いか なければ なら ない のだ。

僕 は 今 まで だって 、そう やって なんとか やってきた のだ。

* * *

彼 が 会社 を 辞めた の も 、水野 と の 別れ に 前後 する 時期 だった。

だからといって その 二 つ の 出来事 が 関係 して いる か と 訊 かれて も 、彼 に は よく 分から なかった。 たぶん 関係 は ない ような 気 が する。 仕事 で の ストレス で 水野 に あたって しまった こと は 何度 も あった し 、その 逆 も あった が 、そういう こと は むしろ 表層 的な 出来事 だった と 思う。 もっと 言葉 で は 説明 でき ない ような ──不全 感 の ような もの が 、その頃 の 自分 を いつでも 薄く 覆って いた ような 気 が する。 でも 、だから?

よく 分から ない。

会社 を 辞める まで の 最後 の 二 年 ほど の 記憶 は 、後 から 思い返して みる と まるで まどろみ の 中 に いた か の よう に 、ぼんやり と して いる。

いつのまにか 季節 と 季節 の 区別 が ひどく 曖昧に 感じられる よう に なり 、今日 の 出来事 が 昨日 の 出来事 の よう に 思え 、時に よって は 、自分 が 明日 やって いる だろう こと が 映像 の よう に 眼前 に 見えたり した。 仕事 は 変わら ず 忙しかった が 、内容 は もはや ルーチンワーク に すぎ なかった。 プロジェクト を 終わら せる ため の 見取り図 が あり 、それ に 必要な 時間 は ほとんど 機械 的に 、費やす 労働 時間 に よって 算出 できた。 速度 の 変わら ない 車 列 の 中 を 、交通 標識 に 従って ひたすら に 進んで いく ような もの だ。 ハンドル も アクセル も 、ほとんど 何も 考え なくて も 操作 する こと が できた。 誰 と 会話 する 必要 も ない。

そして いつのまにか 、プログラミング や 新しい テクノロジー や コンピュータ そのもの が 、彼 に とって は 以前 ほど の 輝き を 持つ もの で は なく なって いた。 でも まあ そういう もの な んだろう な 、と 彼 は 思う。 少年 時代 に あれほど 輝き に 満ちて いた 星空 が 、いつのまにか 見上げれば ただ そこ に ある もの に なって いた よう に。

その 一方 で 、彼 に 対する 会社 の 評価 は ますます 高まって いった。 査定 の たび に 昇給 が 行わ れ 、賞与 の 額 は 同期 の 誰 より も 上 だった。 彼 の 生活 は それほど 金 の かかる もの で も なかった し そもそも 遣う 時間 も なかった から 、通帳 に は いつのまにか 今 まで 目 に した こと の ない ような 額 が 貯まって いた。

キー を 叩く 音 だけ が 静かに 響く オフィス の 中 で 椅子 に 座り 、打ち込んだ コード が ビルド さ れる の を 待つ 間 、ぬるく なった コーヒー の カップ を 口 に つけた まま 、不思議な もの だ な 、と 彼 は 思った。 買いたい もの なんて 何も ない のに 、金 だけ は 貯まって いく のだ。


秒速 5センチメートル (15) びょうそく| 5 Centimeters per Second (15) 5 centímetros por segundo (15) 5 centímetros por segundo (15) 秒速5厘米 (15) 秒速5公分 (15)

もう 彼女 へ の 手紙 は 出さ ない。 |かのじょ|||てがみ||ださ| I will not write to her anymore.

彼女 から の 手紙 も 、きっと もう 来 ない。 かのじょ|||てがみ||||らい| I am sure that her letters will not come any more.

──そういう こと を 考えて いる うち に 、あの 頃 の 自分 が 抱えて いた ひりひり と した 焦り の ような もの を 、彼 は ありあり と 思い出した。 |||かんがえて|||||ころ||じぶん||かかえて|||||あせり|||||かれ||||おもいだした As he was thinking about this, he clearly remembered the burning impatience he had felt at that time. その 気持ち は あまりに も 今 の 自分 に 通底 して いて 、結局 自分 は 何も 変わって いない の か と 、いささか 愕然と する。 |きもち||||いま||じぶん||つうてい|||けっきょく|じぶん||なにも|かわって||||||がくぜんと| This feeling is so common to me now that I am somewhat astonished to realize that I have not changed at all. 無知で 傲慢で 残酷 、あの 頃 の 自分。 むちで|ごうまんで|ざんこく||ころ||じぶん Ignorant, arrogant, cruel, the me of those days. いや 、それ でも ──と 、目 を 開き ながら 彼 は 思う。 ||||め||あき||かれ||おもう No, even so, he thinks as he opens his eyes. すくなくとも 今 の 自分 に は 、はっきり と 大切だ と 思える 相手 が いる。 |いま||じぶん|||||たいせつだ||おもえる|あいて|| At the very least, I now have someone I clearly care about.

たぶん 自分 は 水野 が 好きな んだ 、と 彼 は 思う。 |じぶん||みずの||すきな|||かれ||おもう He thinks he probably likes Mizuno.

今度 会った 時 に 気持ち を 伝える。 こんど|あった|じ||きもち||つたえる そう 決心 を して 、彼 は メール の 返信 を 打った。 |けっしん|||かれ||めーる||へんしん||うった With that decision in mind, he replied to the e-mail. 今度 こそ 、水野 と 自分 の 気持ち に きちんと 向きあおう。 こんど||みずの||じぶん||きもち|||むきあおう This time around, let's face Mizuno and our feelings properly. あの 最後 の 日 、澄 田 が 自分 に して くれた よう に。 |さいご||ひ|きよし|た||じぶん||||| Just as Sumida did for me on that last day.

あの 日 、島 の 空港 で。 |ひ|しま||くうこう| That day, at the airport on the island.

互いに 見慣れ ぬ 私服 姿 で 、強い 風 が 澄 田 の 髪 と 電線 と フェニックス の 葉 を 揺らして いた。 たがいに|みなれ||しふく|すがた||つよい|かぜ||きよし|た||かみ||でんせん||||は||ゆらして| Both of them were wearing casual clothes, and the strong wind was shaking Sumida's hair, the electric wires, and the leaves of the phoenix. 彼女 は 泣き ながら 、それ でも 彼 に 笑顔 を 向けて 言った のだ。 かのじょ||なき||||かれ||えがお||むけて|いった| She cried, but still smiled at him.

ずっと 遠野 くん の こと が 好きだった の。 |とおの|||||すきだった| I have always loved Tono. 今 まで ずっと ありがとう 、と。 いま||||

働き 始めて 三 年 目 に 配属 された チーム で 、彼 の 仕事 は 一 つ の 転機 を 迎えた。 はたらき|はじめて|みっ|とし|め||はいぞく||ちーむ||かれ||しごと||ひと|||てんき||むかえた In his third year of work, his job reached a turning point when he was assigned to a team.

それ は 彼 の 入社 以前 から 続いて いる プロジェクト だった が 、長い 時間 を かけて 迷走 を 続けた 結果 、当初 の 目標 を 大幅に 縮小 して 終了 さ せる こと が 会社 の 方針 と して 決まって いた。 ||かれ||にゅうしゃ|いぜん||つづいて||ぷろじぇくと|||ながい|じかん|||めいそう||つづけた|けっか|とうしょ||もくひょう||おおはばに|しゅくしょう||しゅうりょう|||||かいしゃ||ほうしん|||きまって| It was a project that had been ongoing since before he joined the company, but after a long period of hesitation, the company's policy had been to terminate the project with a drastic reduction in the original goal. いわば 敗戦 処理 の ような 仕事 で 、複雑に 絡み合い 膨れあがった プログラム 群 を 整理 し 、なんとか 使い物 に なる 成果 物 を 救い出して 被害 を 最小 限 に 抑えて 欲しい と いう の が 、彼 に 異動 を 告げた 事業 部長 から の オーダー だった。 |はいせん|しょり|||しごと||ふくざつに|からみあい|ふくれあがった|ぷろぐらむ|ぐん||せいり|||つかいもの|||せいか|ぶつ||すくいだして|ひがい||さいしょう|げん||おさえて|ほしい|||||かれ||いどう||つげた|じぎょう|ぶちょう|||おーだー| The business manager who had told him he was being reassigned had asked him to sort through the complicated and bloated programs, salvage usable products, and minimize the damage. 要するに 、おまえ の 能力 は 認めた から この へんで 理不尽な 苦労 も して こい 、と いう こと らしかった。 ようするに|||のうりょく||みとめた||||りふじんな|くろう||||||| In short, he seemed to be saying, "I've recognized your ability, so go ahead and do your unreasonable hardship here.

最初の うち 、彼 は チーム リーダー に 命じられる まま 仕事 を 続けた。 さいしょの||かれ||ちーむ|りーだー||めいじられる||しごと||つづけた At first, he continued to work as assigned by the team leader. しかし その やり 方 で は 余計な サブルーチン が 蓄積 して いく だけ で 、かえって 事態 が 悪化 して いく と いう こと に すぐに 気づいた。 |||かた|||よけいな|||ちくせき||||||じたい||あっか||||||||きづいた However, he soon realized that this approach would only accumulate extra subroutines and make things worse. それ を リーダー に 進言 した が 取りあって もらえ ず 、彼 は 仕方なく 一 ヵ 月間 いつも 以上 に 残業 を 増やした。 ||りーだー||しんげん|||とりあって|||かれ||しかたなく|ひと||げっかん||いじょう||ざんぎょう||ふやした When he told his leader about this, the leader did not take him up on his offer, and he was forced to work more overtime than usual for the next month. その 一 ヵ 月 の 間 、リーダー に 命じられた 通り の 仕事 を 行う と 同時に 、彼 が ベストだ と 考える 方法 で 同じ 仕事 を 処理 して みた。 |ひと||つき||あいだ|りーだー||めいじられた|とおり||しごと||おこなう||どうじに|かれ||べすとだ||かんがえる|ほうほう||おなじ|しごと||しょり|| During that month, he did exactly what the leader told him to do, and at the same time, he tried to handle the same tasks in the way he thought best. 結果 は 明らかで 、彼 の 考えた 方法 で なければ プロジェクト は 収束 に 向かわ なかった。 けっか||あきらかで|かれ||かんがえた|ほうほう|||ぷろじぇくと||しゅうそく||むかわ| The result was clear: the project would not have converged had it not been for his ideas. その 結果 を 携えて 再度 リーダー に 掛けあった が 、激しく 叱責 された うえ に 、今後 二度と 独断 を 行う な と 強く 言いふくめられた。 |けっか||たずさえて|さいど|りーだー||かけあった||はげしく|しっせき||||こんご|にどと|どくだん||おこなう|||つよく|いいふくめられた I took the results to the leader again, but he reprimanded me severely and strongly reminded me never to use my own judgment again.

彼 は 困惑 して チーム の 他 の スタッフ たち の 仕事 を 見渡して みた が 、全員 が ただ リーダー に 命ぜられる まま の 仕事 を 行って いる だけ だった。 かれ||こんわく||ちーむ||た||すたっふ|||しごと||みわたして|||ぜんいん|||りーだー||めいぜられる|||しごと||おこなって||| He looked around puzzled at the work of the other staff members on the team, all of whom were simply doing what their leader told them to do. これ で は プロジェクト は 終わる わけ は なかった。 |||ぷろじぇくと||おわる||| This was no way to finish the project. 間違えた 初期 条件 で 始めた 仕事 は 、根本 を 正さ ぬ 限り は 前 に 進んで も より 複雑に 誤 謬 を 重ねて いく だけ だ。 まちがえた|しょき|じょうけん||はじめた|しごと||こんぽん||たださ||かぎり||ぜん||すすんで|||ふくざつに|ご|びゅう||かさねて||| If you start with the wrong initial conditions, you will only compound your errors as you move forward unless you correct the fundamentals. そして この プロジェクト は 、初期 条件 を 見直す に は 長く 進め 過ぎて いた。 ||ぷろじぇくと||しょき|じょうけん||みなおす|||ながく|すすめ|すぎて| And the project had gone on too long to review the initial conditions. 会社 の 言う 通り 、いかに 上手く たたむ か を 考える べきな のだ。 かいしゃ||いう|とおり||うまく||||かんがえる|| The company is right, we should think about how to make it work.

彼 は 迷った 末 に 、彼 に 異動 を 命じた 事業 部長 に 相談 を 持ちかけた。 かれ||まよった|すえ||かれ||いどう||めいじた|じぎょう|ぶちょう||そうだん||もちかけた After much hesitation, he asked for advice from the general manager of the division who had ordered his transfer. 事業 部長 は 長い 時間 話 を 聞いて くれた が 、結論 と して 言って いる こと は 結局 、チーム リーダー の 立場 を 立て つつ も プロジェクト を 上手く 終わら せて くれ 、と いう こと だった。 じぎょう|ぶちょう||ながい|じかん|はなし||きいて|||けつろん|||いって||||けっきょく|ちーむ|りーだー||たちば||たて|||ぷろじぇくと||うまく|おわら|||||| The project manager listened to me for a long time, but in the end, all he said was that he wanted me to finish the project successfully while standing up for the team leader's position. そんな こと は 不可能だ と 、彼 は 思った。 |||ふかのうだ||かれ||おもった He thought it was impossible.

それ から 三 ヵ 月 以上 、ひたすら に 不毛な 仕事 が 続いた。 ||みっ||つき|いじょう|||ふもうな|しごと||つづいた Over the next three months, the work continued to be barren. チーム リーダー は 彼 なり に プロジェクト を 成功 さ せたい のだ と いう こと も 理解 できた が 、だからといって 黙って 事態 を 悪化 さ せる 作業 を 続ける こと は 、彼 に は でき なかった。 ちーむ|りーだー||かれ|||ぷろじぇくと||せいこう||||||||りかい||||だまって|じたい||あっか|||さぎょう||つづける|||かれ|||| He understood that the team leader wanted the project to succeed, but he could not continue to work to make things worse. 幾 度 と なく リーダー から 怒鳴りつけられ ながら 、チーム の 中 で 彼 だけ が 独自に 仕事 を 進めた。 いく|たび|||りーだー||どなりつけられ||ちーむ||なか||かれ|||どくじに|しごと||すすめた He was the only one on the team who worked independently, despite being yelled at by the leader on numerous occasions. 事業 部長 が 彼 の 行為 を 黙認 して くれて いる らしい こと だけ が 、救い と いえば 救い だった。 じぎょう|ぶちょう||かれ||こうい||もくにん||||||||すくい|||すくい| The only saving grace was that the division manager seemed to have tacitly approved of his actions. しかし 彼 の 作業 の 成果 を 上回る 混乱 を 、彼 以外 の スタッフ が 日々 積み重ねて いった。 |かれ||さぎょう||せいか||うわまわる|こんらん||かれ|いがい||すたっふ||ひび|つみかさねて| However, the chaos that exceeded the results of his work was compounded daily by the rest of the staff. 煙草 の 本数 が 増え 、帰宅 して から 飲む ビール の 量 が 増えた。 たばこ||ほんすう||ふえ|きたく|||のむ|びーる||りょう||ふえた

彼 は ある 日 耐え かねて 、事業 部長 に 自分 を チーム から 外して くれ と 頼み込んだ。 かれ|||ひ|たえ||じぎょう|ぶちょう||じぶん||ちーむ||はずして|||たのみこんだ One day, he was so desperate that he asked the general manager to remove him from the team. さもなければ リーダー を 説得 して 欲しい。 |りーだー||せっとく||ほしい Otherwise, I hope you can convince your leader. それ も 駄目ならば 会社 を 辞める 、と。 ||だめならば|かいしゃ||やめる|

結局 、その 翌週 に チーム リーダー は 異動 と なった。 けっきょく||よくしゅう||ちーむ|りーだー||いどう|| In the end, the team leader was transferred the following week. 替わり に 入って きた 新しい リーダー は 他 プロジェクト も 兼任 して おり 、やっかい ごと を 背負い込ま された こと で あからさまに 彼 を 冷淡に 扱った が 、すくなくとも 仕事 に ついて は 合理 的な 判断 を 下す 人間 だった。 かわり||はいって||あたらしい|りーだー||た|ぷろじぇくと||けんにん||||||せおいこま|||||かれ||れいたんに|あつかった|||しごと||||ごうり|てきな|はんだん||くだす|にんげん| The new leader who replaced him was also working on other projects, and treated him with apparent indifference because he had to take on so much work, but at least he was a person who made rational decisions about his work.

ともかくも 、これ で やっと 出口 に 向かって 歩き 始める こと が できる。 ||||でぐち||むかって|あるき|はじめる||| At any rate, we can finally start walking toward the exit. 仕事 は ますます 忙しく なり 職場 で は ますます 孤独に なった が 、彼 は 懸命に 働いた。 しごと|||いそがしく||しょくば||||こどくに|||かれ||けんめいに|はたらいた His work became busier and busier, and he became more and more lonely at work, but he worked hard. もう そう する こと しか でき なかった。 I could no longer do anything else. やれる こと は すべて やった のだ。 We did everything we could.

そういう 状況 の 中 で 、水野 理 紗 と 過ごす 時間 は 以前 に も 増して 貴重な もの に なって いった。 |じょうきょう||なか||みずの|り|さ||すごす|じかん||いぜん|||まして|きちょうな|||| Under these circumstances, the time spent with Risa Mizuno became even more precious than before.

一 週 か 二 週 に 一 度 、会社 帰り に 彼女 の マンション の ある 西 国分寺 駅 に 通った。 ひと|しゅう||ふた|しゅう||ひと|たび|かいしゃ|かえり||かのじょ||まんしょん|||にし|こくぶんじ|えき||かよった Once every week or two, I went to Nishikokubunji Station, where her apartment was located, on my way home from work. 待ち合わせ は 夜 の 九 時 半 で 、時々 は 小さな 花束 を 買って いった。 まちあわせ||よ||ここの|じ|はん||ときどき||ちいさな|はなたば||かって| We would meet at 9:30 p.m. and sometimes I would buy a small bouquet of flowers. 会社 の 近く の 花屋 は 夜 八 時 まで しか 営業 して いない ので 、彼 は そういう 時 は 七 時 頃 に 会社 を 抜け出して 花 を 買い 、駅 の コインロッカー に しまい 、急いで 会社 に 戻って 八 時 半 まで 仕事 を する。 かいしゃ||ちかく||はなや||よ|やっ|じ|||えいぎょう||||かれ|||じ||なな|じ|ころ||かいしゃ||ぬけだして|か||かい|えき|||||いそいで|かいしゃ||もどって|やっ|じ|はん||しごと|| The flower shop near his office is open only until 8 p.m., so he leaves the office around 7 p.m. to buy flowers, puts them in a coin locker at the station, and rushes back to the office to work until 8:30. そういう 密やかな 行動 は 楽しかった。 |ひそやかな|こうどう||たのしかった Such secretive activities were fun. そして 混 んだ 中央 線 に 乗り 、花束 が 潰さ れ ない よう に 気 を つけ ながら 、水野 の 待つ 駅 に 向かう。 |こん||ちゅうおう|せん||のり|はなたば||つぶさ|||||き||||みずの||まつ|えき||むかう I take the crowded Chuo Line to the station where Mizuno is waiting for me, taking care not to crush the bouquet.

土曜日 の 夜 は 、時々 どちら か の 部屋 に 泊まった。 どようび||よ||ときどき||||へや||とまった On Saturday nights, I sometimes stayed in one of the rooms. 彼 が 水野 の 部屋 に 泊まる こと の 方 が 多かった が 、水野 が 泊まり に 来る こと も あった。 かれ||みずの||へや||とまる|||かた||おおかった||みずの||とまり||くる||| He stayed in Mizuno's room more often than not, but there were times when Mizuno came to stay over. お互い の 部屋 に は 二 本 の 歯 ブラシ が 置か れ 、彼女 の 部屋 に は 何 組 か の 彼 の 下着 が 置か れ 、彼 の 部屋 に は いつのまにか 料理 器具 と 調味料 が 置かれて いた。 おたがい||へや|||ふた|ほん||は|ぶらし||おか||かのじょ||へや|||なん|くみ|||かれ||したぎ||おか||かれ||へや||||りょうり|きぐ||ちょうみりょう||おかれて| Two toothbrushes were in each other's rooms, a pair of his underwear was in hers, and cooking utensils and seasonings had somehow found their way into his room. 今 まで は 決して 読ま なかった ような 種類 の 雑誌 が 部屋 に すこしずつ 増えて いく こと は 、彼 の 気持ち を 温かく した。 いま|||けっして|よま|||しゅるい||ざっし||へや|||ふえて||||かれ||きもち||あたたかく| It warmed his heart to see his room filled with magazines that he would never have read before.

夕食 は いつも 水野 が 作って くれた。 ゆうしょく|||みずの||つくって| Mizuno always cooked dinner for us. 料理 を 待つ 間 、包丁 の 音 や 換気扇 が 回る 音 、麺 が 茹でられる 匂い や 魚 が 焼か れる 匂い を かぎ ながら 、彼 は ノート パソコン で 仕事 の 続き を した。 りょうり||まつ|あいだ|ほうちょう||おと||かんきせん||まわる|おと|めん||ゆでられる|におい||ぎょ||やか||におい||||かれ||のーと|ぱそこん||しごと||つづき|| While waiting for the food to be cooked, he continued working on his laptop, listening to the sound of knives and fans, smelling the noodles cooking and the fish grilling. そんな 時 は 、彼 は 実に 穏やかな 気持ち で キーボード を 叩いた。 |じ||かれ||じつに|おだやかな|きもち||||たたいた On such occasions, he tapped away at the keyboard with a very calm feeling. 料理 の 音 と キー を 叩く 音 が 小さな 部屋 を 優しく 満たして いて 、それ は 彼 の 知る かぎり 、最も 心安 まる 空間 であり 時間 であった。 りょうり||おと||きー||たたく|おと||ちいさな|へや||やさしく|みたして||||かれ||しる||もっとも|こころやす||くうかん||じかん| The sounds of cooking and key tapping gently filled the small room, and it was the most comforting space and time he had ever known.

水野 の こと で 覚えて いる こと は たくさん ある。 みずの||||おぼえて||||| There are many things I remember about Mizuno.

たとえば 食事。 |しょくじ 水野 は いつも とても 美しく 食事 を した。 みずの||||うつくしく|しょくじ|| Mizuno always ate very beautifully. 鰆 の 身 を とても 綺麗に 骨 から ほぐした し 、肉 を 切り分ける 指先 は 淀み なく 、パスタ は フォーク と スプーン を 器用に 使い 見とれて しまう くらい 上品に 口 に 運んだ。 さわら||み|||きれいに|こつ||||にく||きりわける|ゆびさき||よどみ||ぱすた||ふぉーく||すぷーん||きよう に|つかい|みとれて|||じょうひんに|くち||はこんだ The Spanish mackerel was beautifully unrolled from the bone, the meat was cut without hesitation with deft fingers, and the pasta was served with such elegance that one could almost admire the dexterity of the fork and spoon. それ から 、コーヒー カップ を 包む 桜 色 の 爪先。 ||こーひー|かっぷ||つつむ|さくら|いろ||つまさき Then there are the cherry-colored toes that wrap around the coffee cup. 頬 の 湿り気 、指先 の 冷た さ 、髪 の 匂い 、肌 の 甘 さ 、汗ばんだ 手のひら 、煙草 の 匂い が 移った 唇 、切な げ な 吐息。 ほお||しめりけ|ゆびさき||つめた||かみ||におい|はだ||あま||あせばんだ|てのひら|たばこ||におい||うつった|くちびる|せつな|||といき The dampness of his cheeks, the coldness of his fingertips, the smell of his hair, the sweetness of his skin, his sweaty palms, his lips smelling of cigarettes, his sad breath.

線路 沿い に ある 彼女 の マンション で 、部屋 の 灯り を 消して ベッド に もぐり込んで いる 時 、彼 は よく 窓 の 向こう の 空 を 見上げた。 せんろ|ぞい|||かのじょ||まんしょん||へや||ともり||けして|べっど||もぐりこんで||じ|かれ|||まど||むこう||から||みあげた When he was lying in bed in her apartment along the railroad tracks with the lights off, he often looked up at the sky beyond the window. 冬 に なる と 星空 が 綺麗に 見えた。 ふゆ||||ほしぞら||きれいに|みえた 外 は たぶん 凍える ほど 寒く 、部屋 の 空気 も 吐く 息 が 白く なる ほど 冷たかった が 、裸 の 肩 に 乗せた 彼女 の 頭 の 重み は 温かく 心地よかった。 がい|||こごえる||さむく|へや||くうき||はく|いき||しろく|||つめたかった||はだか||かた||のせた|かのじょ||あたま||おもみ||あたたかく|ここちよかった It was probably freezing outside, and the air in the room was so cold that my breath turned white, but the weight of her head on my naked shoulder was warm and comforting. そういう 時 、線路 を 走る 中央 線 の ガタン 、ガタン と いう 音 は 、まるで ずっと 遠く の 国 から 響いて くる 知ら ない 言葉 の よう に 、彼 の 耳 に 響いた。 |じ|せんろ||はしる|ちゅうおう|せん||||||おと||||とおく||くに||ひびいて||しら||ことば||||かれ||みみ||ひびいた At such times, the rattling sound of the Central Line on the tracks echoed in his ears like an unknown language from a faraway land. 今 まで と は まったく 違う 場所 に 自分 が いる ような 気 が した。 いま|||||ちがう|ばしょ||じぶん||||き|| I felt like I was in a completely different place than I had ever been before. そして もしかしたら 、僕 が ずっと 来 たかった 場所 は ここ な の かも しれ ない と 、彼 は 思う。 ||ぼく|||らい||ばしょ|||||||||かれ||おもう And maybe this is the place I've always wanted to come, he thinks.

自分 が 今 まで どれほど 乾いて いた の か 、どれほど 孤独に 過ごして いた の か と いう こと を 、水野 と の 日々 で 彼 は 知った。 じぶん||いま|||かわいて|||||こどくに|すごして||||||||みずの|||ひび||かれ||しった In those days with Mizuno, he realized how dry he had been and how lonely he had been until now.

* * *

だからこそ 、水野 と 別れる こと に なった 時 、底 知れ ぬ 闇 を 覗き込む 時 の ような 不安 が 、彼 を 包んだ。 |みずの||わかれる||||じ|そこ|しれ||やみ||のぞきこむ|じ|||ふあん||かれ||つつんだ That is why, when he had to part ways with Mizuno, he felt as uneasy as if he were looking into an unfathomable darkness.

三 年間 それなり の 想い を 賭 して 、彼ら なり に 必死に 関係 を 築いて きた。 みっ|ねんかん|||おもい||かけ||かれら|||ひっしに|かんけい||きずいて| For three years, they have put their hearts and souls on the line and have worked desperately to build a relationship. にもかかわらず 、結局 は 彼ら の 道 は 途中 で 別れて いた。 |けっきょく||かれら||どう||とちゅう||わかれて| Nevertheless, their paths eventually diverged. この先 を ふたたび ひとり きり で歩いて いか なければ なら ない と 思う と 、重い 重い 疲労 の ような もの を 彼 は 感じた。 このさき|||||であるいて||||||おもう||おもい|おもい|ひろう|||||かれ||かんじた The thought of having to walk alone again made him feel heavy and fatigued.

何 が あった わけで も なかった のだ と 、彼 は 思う。 なん||||||||かれ||おもう He thinks there was nothing going on. 決定 的な 出来事 は 何も なかった。 けってい|てきな|できごと||なにも| Nothing decisive happened. しかし それ でも 、だからこそ 、人 の 気持ち は 決して 重なら ず に 流れて しまう。 ||||じん||きもち||けっして|かさなら|||ながれて| But, even so, this is why people's feelings never overlap, but instead flow together.

深夜 、窓 の 外 の 車 の 音 に 耳 を すませ ながら 、暗闇 の 中 で 目 を 見開いて 、彼 は 必死に 思う。 しんや|まど||がい||くるま||おと||みみ||すま せ||くらやみ||なか||め||みひらいて|かれ||ひっしに|おもう Late at night, listening to the sound of cars outside his window, his eyes wide open in the darkness, he thinks desperately. ほどけて しまい そうな 思考 を 、なんとか 強引に かき集め 、ひと かけら でも 教訓 を 得よう と する。 ||そう な|しこう|||ごういんに|かきあつめ||||きょうくん||えよう|| He forcibly pulls together the thoughts that seem to be unraveling and tries to learn even a small piece of the lesson.

──でも まあ 仕方 が ない。 ||しかた|| But, well, it can't be helped. 結局 は 、誰 と だって いつまでも 一緒に 居ら れる わけで は ない のだ。 けっきょく||だれ||||いっしょに|おら||||| After all, no one can stay with anyone forever. 人 は こう やって 、喪失 に 慣れて いか なければ なら ない のだ。 じん||||そうしつ||なれて||||| This is how one must become accustomed to loss.

僕 は 今 まで だって 、そう やって なんとか やってきた のだ。 ぼく||いま||||||| That's how I've managed until now.

* * *

彼 が 会社 を 辞めた の も 、水野 と の 別れ に 前後 する 時期 だった。 かれ||かいしゃ||やめた|||みずの|||わかれ||ぜんご||じき| His resignation from the company came around the time when he and Mizuno parted ways.

だからといって その 二 つ の 出来事 が 関係 して いる か と 訊 かれて も 、彼 に は よく 分から なかった。 ||ふた|||できごと||かんけい|||||じん|||かれ||||わから| But when asked if the two events were related, he did not quite understand. たぶん 関係 は ない ような 気 が する。 |かんけい||||き|| I don't think it has anything to do with this. 仕事 で の ストレス で 水野 に あたって しまった こと は 何度 も あった し 、その 逆 も あった が 、そういう こと は むしろ 表層 的な 出来事 だった と 思う。 しごと|||すとれす||みずの||||||なんど|||||ぎゃく||||||||ひょうそう|てきな|できごと|||おもう There were many times when I took it out on Mizuno due to stress at work, and vice versa, but I think these were rather superficial incidents. もっと 言葉 で は 説明 でき ない ような ──不全 感 の ような もの が 、その頃 の 自分 を いつでも 薄く 覆って いた ような 気 が する。 |ことば|||せつめい||||ふぜん|かん|||||そのころ||じぶん|||うすく|おおって|||き|| I feel that there was always something more indescribable - a sense of inadequacy - thinly covering me at that time. でも 、だから? But so what?

よく 分から ない。 |わから|

会社 を 辞める まで の 最後 の 二 年 ほど の 記憶 は 、後 から 思い返して みる と まるで まどろみ の 中 に いた か の よう に 、ぼんやり と して いる。 かいしゃ||やめる|||さいご||ふた|とし|||きおく||あと||おもいかえして||||||なか|||||||||| My memories of the last two years before I left the company are hazy, as if I were in a slumber when I look back on them later.

いつのまにか 季節 と 季節 の 区別 が ひどく 曖昧に 感じられる よう に なり 、今日 の 出来事 が 昨日 の 出来事 の よう に 思え 、時に よって は 、自分 が 明日 やって いる だろう こと が 映像 の よう に 眼前 に 見えたり した。 |きせつ||きせつ||くべつ|||あいまいに|かんじられる||||きょう||できごと||きのう||できごと||||おもえ|ときに|||じぶん||あした||||||えいぞう||||がんぜん||みえたり| Somewhere along the way, the distinction between seasons became so blurred that today's events seemed like yesterday's, and sometimes I could see what I would be doing tomorrow as if it were a visual image in front of my eyes. 仕事 は 変わら ず 忙しかった が 、内容 は もはや ルーチンワーク に すぎ なかった。 しごと||かわら||いそがしかった||ないよう|||||| The work was still busy, but it was no longer routine. プロジェクト を 終わら せる ため の 見取り図 が あり 、それ に 必要な 時間 は ほとんど 機械 的に 、費やす 労働 時間 に よって 算出 できた。 ぷろじぇくと||おわら||||みとりず|||||ひつような|じかん|||きかい|てきに|ついやす|ろうどう|じかん|||さんしゅつ| We had a blueprint for finishing the project, and the time required to do so could be calculated almost mechanically in terms of labor hours expended. 速度 の 変わら ない 車 列 の 中 を 、交通 標識 に 従って ひたすら に 進んで いく ような もの だ。 そくど||かわら||くるま|れつ||なか||こうつう|ひょうしき||したがって|||すすんで|||| It's like following a traffic sign in a line of cars going at an unchangeable speed. ハンドル も アクセル も 、ほとんど 何も 考え なくて も 操作 する こと が できた。 はんどる||あくせる|||なにも|かんがえ|||そうさ|||| I could operate the steering wheel and accelerator without even thinking about it. 誰 と 会話 する 必要 も ない。 だれ||かいわ||ひつよう|| You don't need to talk to anyone.

そして いつのまにか 、プログラミング や 新しい テクノロジー や コンピュータ そのもの が 、彼 に とって は 以前 ほど の 輝き を 持つ もの で は なく なって いた。 ||||あたらしい|てくのろじー||こんぴゅーた|その もの||かれ||||いぜん|||かがやき||もつ|||||| And before long, programming, new technologies, and computers themselves did not shine as brightly for him as they once had. でも まあ そういう もの な んだろう な 、と 彼 は 思う。 ||||||||かれ||おもう But, he thinks, that's just the way it is. 少年 時代 に あれほど 輝き に 満ちて いた 星空 が 、いつのまにか 見上げれば ただ そこ に ある もの に なって いた よう に。 しょうねん|じだい|||かがやき||みちて||ほしぞら|||みあげれば|||||||||| It was as if the starry sky that had been so brilliant in my youth had somehow become something that was just there when I looked up.

その 一方 で 、彼 に 対する 会社 の 評価 は ますます 高まって いった。 |いっぽう||かれ||たいする|かいしゃ||ひょうか|||たかまって| Meanwhile, the company's opinion of him was growing more and more. 査定 の たび に 昇給 が 行わ れ 、賞与 の 額 は 同期 の 誰 より も 上 だった。 さてい||||しょうきゅう||おこなわ||しょうよ||がく||どうき||だれ|||うえ| Every time he was evaluated, he received a raise, and his bonus was higher than any of his peers. 彼 の 生活 は それほど 金 の かかる もの で も なかった し そもそも 遣う 時間 も なかった から 、通帳 に は いつのまにか 今 まで 目 に した こと の ない ような 額 が 貯まって いた。 かれ||せいかつ|||きむ|||||||||つかう|じかん||||つうちょう||||いま||め|||||||がく||たまって| Since his life was not that expensive and he did not have time to spend it, he had accumulated more money in his bankbook than he had ever seen in his life.

キー を 叩く 音 だけ が 静かに 響く オフィス の 中 で 椅子 に 座り 、打ち込んだ コード が ビルド さ れる の を 待つ 間 、ぬるく なった コーヒー の カップ を 口 に つけた まま 、不思議な もの だ な 、と 彼 は 思った。 きー||たたく|おと|||しずかに|ひびく|おふぃす||なか||いす||すわり|うちこんだ|こーど|||||||まつ|あいだ|||こーひー||かっぷ||くち||||ふしぎな|||||かれ||おもった It was strange, he thought, as he sat in his chair in an office where the tapping of keys was the only sound and sipped a cup of lukewarm coffee while he waited for his code to build. 買いたい もの なんて 何も ない のに 、金 だけ は 貯まって いく のだ。 かいたい|||なにも|||きむ|||たまって|| I have nothing to buy, but I am accumulating money.