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秒速5センチメートル (5 Centimeters per Second), 秒速5センチメートル (11)

秒速 5センチメートル (11)

コンビニ の 外 も 、世界 は 夕日 に よって 光 と 影 に 塗り 分けられて いた。 自動 ドア から 出た ところ は 光 の 中。 コンビニ の 角 を 曲がって 、単 車 が 置いて ある 小さな 駐車 場 は 影 の 中 だ。 紙 パック を 片手 に 影 の 世界 に 入って いく 遠野 くん の 背中 を 私 は 見て いる。 白い シャツ に 包まれた 、私 より 広い 背中。 それ を 見て いる だけ で 心 が じん じん と 痛む。 強く 強く 焦がれる。 歩いて いる 彼 まで の 四十 センチ くらい の 距離 が 、ふいに 五 センチ くらい 余分に 離れる。 突然 激しい 寂し さ が 湧きあがる。 待って。 と 思い 、とっさに 手 を 伸ばして シャツ の 裾 を つかんだ。 しまった。 でも 、今 、好きだ と 言う んだ。

彼 が 立ち止まる。 たっぷり と 時間 を おいて 、ゆっくり と 私 を 振り返る。 ──ここ じゃ ない 、と いう 彼 の 言葉 が 聞こえた ような 気 が して 、私 は ぞくっと する。

「──どうした の?

私 の 中 の ずっと 深い 場所 が 、もう 一 度 、ぞくっと 震えた。 ただただ 静かで 、優しくて 、冷たい 声。 思わず 彼 の 顔 を じっと 見つめて しまう。 に こり ともして いない 顔。 ものすごく 強い 意志 に 満ちた 、静かな 目。

結局 、何も 、言える わけ が なかった。

何も 言う な と いう 、強い 拒絶 だった。

* * *

キチキチキチ ……と いう ヒグラシ の 鳴き声 が 島 中 の 大気 に 反響 して いる。 ずっと 遠く の 林 から は 、夜 を 迎える 準備 を して いる 鳥 たち の 甲高い 声 が 小さく 聞こえる。 太陽 は まだ ぎりぎり 沈んで い なくて 、帰り道 の 私 たち を 複雑な 紫色 に 染めて いる。

私 と 遠野 くん は 、サトウキビ と カライモ 畑 に 挟まれた 細い 道 を 歩いて いる。 さっき から 、私 たち は ずっと 無言 だ。 規則 的な ふた り ぶん の 硬い 靴 音。 私 と 彼 と の 間 は 一 歩 半 ぶん くらい 離れて いて 、離れ ない よう に 近づき すぎ ない よう に 私 は 必死だ。 彼 の 歩幅 が 広い。 もし かして 怒って いる の かも しれ ない と 思って ちらり と 顔 を 見た けれど 、いつも の 表情 で ただ 空 を 見て いる よう に 見える。 私 は 顔 を 伏せ 、自分 の 足 が アスファルト に 落とす 影 を 見つめる。 コンビニ に 置いて きた バイク の こと を ちらっと 思い出す。 捨てて きた わけじゃ ない のに 、自分 が 残酷な こと を して しまった ような 後悔 に 似た 気持ち が ある。

好き と いう 言葉 を 飲み込んだ 後 、まるで 私 の 気持ち に 連動 する みたいに 、カブ の エンジン が かから なく なって しまった。 スターター を 押して も キック でかけよう と して も 、うんと も す ん と も 言わ ない。 コンビニ の 駐車 場 で バイク に またがった まま 焦る 私 に 遠野 くん は やっぱり 優しく 、私 は さっき の 彼 の 冷たい 顔 が まるで ウソ みたいに 思えて 、なんだか 混乱 して しまう。

「たぶん 、スパークプラグ の 寿命 な んじゃ ない の か な 」と 、私 の カブ を 一通り 触った 後 に 遠野 くん は 言った。 「これ お下がり?

「うん 、お 姉ちゃん の」

「加速 で 息継ぎ して なかった?

「して た かも ……」そう いえば ここ 最近 、時々 エンジン が かかり にくい こと が あった。

「今日 は ここ に 置か せて もらって 、後 で 家 の 人 に 取り に 来て もらい な よ。 今日 は 歩こう」

「え ぇ! あたし ひとり で歩く よ! 遠野 くん は 先 帰って 」私 は 焦って 言う。 迷惑 なんて かけ たく ない。 それなのに 、彼 は 優しく 言う。

「ここ まで くれば 近い から。 それ に ちょっと 、歩きたい んだ」

私 は わけ も 分から ず 泣きたい 気持ち に なる。 ベンチ に 二 つ 並んだ デーリィコーヒー の 紙 パック を 見る。 彼 の 拒絶 と 感じた の は 私 の 勘違い だった んじゃ ない か と 一瞬 思う。 でも。

勘違い な わけ ない。

なぜ 私 たち は ずっと 黙って 歩き 続けて いる のだろう。 一緒に 帰ろう と 言って くれる の は いつも 遠野 くん から な のに。 なぜ あなた は 何も 言わ ない んだろう。 なぜ あなた は いつも 優しい のだろう。 なぜ あなた が 私 の 前 に 現れた のだろう。 なぜ 私 は こんなに も あなた が 好きな のだろう。 なぜ。 なぜ。

夕日 に キラキラ して いる アスファルト 、そこ を 必死に 歩く 私 の 足元 が だんだん と 滲 んで くる。 ──お 願い。 遠野 くん 、お 願い。 もう 私 は 我慢 する こと が でき ない。 だめ。 涙 が 両目 から こぼれ落ちる。 両手 で ぬぐって も ぬぐって も 涙 が 溢れる。 彼 に 気づか れる 前 に 泣きやま なくちゃ。 私 は 必死に 嗚咽 を 抑える。 でも 、きっと 彼 は 気づく。 そして 優しい 言葉 を かける。 ほら。

「……澄 田! どうした の!?」

ごめん。 きっと あなた は 悪く ない のに。 私 は なんとか 言葉 を つなごう と する。

「ごめん ……なんでもない の。 ごめん ね……」

立ち止まって 、顔 を 伏せて 、私 は 泣き 続けて しまう。 もう 止める こと が でき ない。 澄 田 、と いう 遠野 くん の 悲しげな 呟き が 聞こえる。 今 まで で いちばん 、感情 の こもった 彼 の 言葉。 それ が 悲しい 響き だ と いう こと が 、私 に は とても 悲しい。 ヒグラシ の 声 は さっき より ずっと 大きく 大気 を 満たして いる。 私 の 心 が 叫んで いる。 遠野 くん。 遠野 くん。 お 願い だから 、どう か。 もう。

──優しく し ない で。

その 瞬間 、ヒグラシ の 鳴き声 が まるで 潮 が 引く みたいに 、すっと 止んだ。 島 中 が 静寂に 包まれた よう に 、私 は 感じた。

そして 次の 瞬間 、轟音 に 大気 が 震えた。 驚いて 顔 を 上げた 私 の 滲 んだ 視界 に 、遠く の 丘 から 持ち上がる 火 球 が 見えた。

それ は 打ち上げられた ロケット だった。 噴射 口 から の 光 が 眩 しく 視界 を 覆い 、それ は 上昇 を 始めた。 島 全体 の 空気 を 震わせ ながら 、ロケット の 炎 は 夕暮れ の 雲 を 太陽 より も 明るく 光らせ 、まっすぐに 昇って いく。 その 光 に 続いて 白い 煙 の 塔 が どこまでも 立ち上がって いく。 巨大な 煙 の 塔 に 夕日 が 遮ら れ 、空 が 光 と 影 と に 大きく 塗り 分けられて ゆく。 どこまでも どこまでも 光 と 塔 は 伸びて いく。 それ は 遙 か 上空 まで まんべんなく 大気 の 粒子 を 振動 さ せ 、まるで 切り裂かれた 空 の 悲鳴 の よう に 、残 響 が 細く 長く たなびく。

ロケット が 雲間 に 消えて 見え なく なる まで 、たぶん 、数 十 秒 ほど の 出来事 だった のだ と 思う。

でも 私 と 遠野 くん は 一言 も 発せ ず に 、そびえ 立った 煙 の 巨塔 が すっかり 風 に 溶けて しまう まで 、いつまでも 立ちつくして ずっと 空 を 見つめて いた。 やがて ゆっくり と 鳥 と 虫 と 風 の 音 が 戻って きて 、気 が つけば 夕日 は 地平 線 の 向こう に 沈んで いる。 空 の 青 は 上 の 方 から だんだん と 濃 さ を 増し 、星 が すこしずつ 瞬き だして 、肌 の 感じる 温度 が すこし だけ 下がる。 そして 私 は 突然に 、はっきり と 気づく。

私 たち は 同じ 空 を 見 ながら 、別々の もの を 見て いる と いう こと に。 遠野 くん は 私 を 見て なんか いない んだ と いう こと に。

遠野 くん は 優しい けれど。 とても 優 く て いつも 隣 を 歩いて くれて いる けれど 、遠野 くん は いつも 私 の ずっと 向こう 、もっと ずっと 遠く の 何 か を 見て いる。 私 が 遠野 くん に 望む こと は きっと 叶わ ない。 まるで 超 能力者 みたいに 今 は はっきり と 分かる。 私 たち は この先 も ずっと 一緒に いる こと は でき ない と 、はっきり と 分かる。

* * *

帰り道 の 夜空 に は まんまる い お 月 さま が かかって いて 、風 に 流れる 雲 を まるで 昼間 の よう に くっきり と 、青白く 照らし出して いた。 アスファルト に は 私 と 彼 の ふた り ぶん の 影 が 黒々 と 落ちて いる。 見上げる と 電線 が 満月 の 真ん中 を 横切って いて 、なんだか まるで 今日 と いう 日 の ようだ 、と 私 は 思う。 波 に 乗れる 前 の 私 と 、乗れた 後 の 私。 遠野 くん の 心 を 知る 前 の 私 と 、知った 後 の 私。 昨日 と 明日 で は 、私 の 世界 は もう 決して 同じで は ない。 私 は 明日 から 、今 まで と は 別の 世界 で 生きて いく。 それ でも。

それ でも 、と 私 は 思う。 電気 を 消した 部屋 の 中 で 布団 に くるまり ながら。 暗闇 の 中 で 、部屋 に 差し込んだ 水たまり みたいな 月 明かり を 見つめ ながら。 ふたたび 溢れ はじめた 涙 が 、月 の 光 を じん わりと 滲ませ はじめる。 涙 は 次 から 次 へ と 湧き つづけて 、私 は 声 を 立てて 泣き はじめる。 涙 も 鼻水 も 盛大に たらして 、もう 我慢 なんか せ ず に 、思い切り 大きな 声 を 上げて。

それ でも。

それ でも 、明日 も 明後日 も その先 も 、私 は 遠野 くん が 好き。 やっぱり どう しよう も なく 、遠野 くん の こと が 好き。 遠野 くん 、遠野 くん。 私 は あなた が 好き。

遠野 くん の こと だけ を 思い ながら 、泣き ながら 、私 は 眠った。

第 三 話 「秒速 5センチメートル」

その 晩 、彼女 は 夢 を 見た。

ずっと 昔 の 夢。 彼女 も 彼 も まだ 子ども だった。 音 も なく 雪 が 降る 静かな 夜 で 、そこ は いちめんの 雪 に 覆われた 広い 田園 で 、人家 の 灯り は ずっと 遠く に まばらに 見える だけ で 、降り積もる 新雪 に は ふた り の 歩いて きた 足跡 しか なかった。

そこ に 一 本 だけ 、大きな 桜 の 樹 が 立って いた。 それ は 周囲 の 闇 より も なお 濃く 暗く 、空間 に 唐突に 開いた 深い 穴 の よう に 見えた。 ふた り は その 前 に 立ちすくんだ。 どこまでも 暗い 幹 と 枝 と 、その 間 から ゆっくり と 落ちて くる 無数の 雪 を 見つめ ながら 、彼女 は その先 の 人生 を 想って いた。

隣 に いる 、今 まで 彼女 を 支えて くれた 大好きな 男の子 が 遠く に 行って しまう こと を 、彼女 は もう 十分に 覚悟 し 納得 も して いた。 数 週間 前 に 彼 から の 手紙 で 転校 に ついて 聞か された 時 から 、それ が 意味 する こと を 繰り返し 繰り返し 、彼女 は 考えて きた。 それ でも。

それ でも 、隣 に 立って いる 彼 の 肩 の 高 さ を 、その 優しい 気配 を 失って しまう こと を 考える と 、底 知れ ぬ 闇 を 覗き込んで しまった 時 の ような 不安 と 寂し さ が 、彼女 を 包んだ。 それ は もう ずっと 昔 に 過ぎ去って しまった 感情 だった はずな のに と 、夢 を 見て いる 彼女 は 思う。 でも まるで でき たて の 気持ち の よう に 鮮やかに 、それ は ここ に ある。 ──だから 、この 雪 が 桜 で あって くれれば いい のに と 、彼女 は 思った。

今 が 春 で あって くれれば いい のに。 私 たち は ふた り で 無事に あの 冬 を 越え 春 を 迎えて 、同じ 町 に 住んで いて 、いつも の 帰り道 に こう やって 桜 を 見て いる。 今 が そういう 時間 で あって くれれば いい のに 、と。

ある 夜 、彼 は 部屋 で 本 を 読んで いた。

日付 が 変わる 頃 に 床 に 就いた のだ が 上手く 眠る こと が でき ず 、諦めて 床 に 積まれた 本 から 適当な 一 冊 を 引っぱり出し 、缶 ビール を 飲み ながら の 読書 だった。

寒くて 、静かな 夜 だった。 BGM 代 わりに テレビ を つけて 、深夜 放送 の 洋画 を 小さな ボリューム で 流した。 半分 開いた カーテン の 向こう に は 、数え 切れ ない 街 の 灯り と 降り続く 雪 が 見えた。 その 日 の 昼 過ぎ から 降り 始めた 雪 は 、時折 雨 に 変わり 、また 雪 に 変わり 、しかし 日 が 沈んで から は 雪 は 次第に 粒 の 大き さ を 増し 、その うち に 本格 的な 降雪 と なって いた。

読書 に 集中 でき ない ような 気 が して 、彼 は テレビ を 消した。 すると 今度 は 静か すぎた。 終電 は 終わって いた し 、車 の 音 も 風 の 音 も 聞こえ ず 、壁 を 隔てた 外界 に 降る 雪 の 気配 を 、彼 は はっきり と 感じる こと が できた。

ふいに 、何 か あたたかな もの から 守られて いる と いう 、どこ か 懐かしい 感覚 が 蘇った。 そう 感じた 理由 を 考えて いる うち に 、ずっと 昔 に 見た 冬 の 桜 の 樹 の こと を 思い出した。


秒速 5センチメートル (11) びょうそく| 5 Centimeters per Second (11) 5 centímetros por segundo (11) 5 centymetrów na sekundę (11) 秒速5厘米 (11) 秒速5公分 (11)

コンビニ の 外 も 、世界 は 夕日 に よって 光 と 影 に 塗り 分けられて いた。 こんびに||がい||せかい||ゆうひ|||ひかり||かげ||ぬり|わけられて| Outside the convenience store, too, the world was painted in light and shadow by the setting sun. 自動 ドア から 出た ところ は 光 の 中。 じどう|どあ||でた|||ひかり||なか The automatic door opens into the light. コンビニ の 角 を 曲がって 、単 車 が 置いて ある 小さな 駐車 場 は 影 の 中 だ。 こんびに||かど||まがって|ひとえ|くるま||おいて||ちいさな|ちゅうしゃ|じょう||かげ||なか| Around the corner from the convenience store, the small parking lot where the car is parked is in the shadows. 紙 パック を 片手 に 影 の 世界 に 入って いく 遠野 くん の 背中 を 私 は 見て いる。 かみ|ぱっく||かたて||かげ||せかい||はいって||とおの|||せなか||わたくし||みて| I am looking at Tono's back as he enters the world of shadows with a paper pack in his hand. 白い シャツ に 包まれた 、私 より 広い 背中。 しろい|しゃつ||つつまれた|わたくし||ひろい|せなか A back wider than mine, wrapped in a white shirt. それ を 見て いる だけ で 心 が じん じん と 痛む。 ||みて||||こころ|||||いたむ Just looking at them makes my heart ache. 強く 強く 焦がれる。 つよく|つよく|こがれる 歩いて いる 彼 まで の 四十 センチ くらい の 距離 が 、ふいに 五 センチ くらい 余分に 離れる。 あるいて||かれ|||しじゅう|せんち|||きょり|||いつ|せんち||よぶんに|はなれる The 40 centimeters or so to him on foot suddenly becomes an extra five centimeters or so. 突然 激しい 寂し さ が 湧きあがる。 とつぜん|はげしい|さびし|||わきあがる Suddenly, a feeling of intense loneliness wells up. 待って。 まって と 思い 、とっさに 手 を 伸ばして シャツ の 裾 を つかんだ。 |おもい||て||のばして|しゃつ||すそ|| I reached out and grabbed the hem of his shirt. しまった。 I'm sorry. でも 、今 、好きだ と 言う んだ。 |いま|すきだ||いう|

彼 が 立ち止まる。 かれ||たちどまる He stops. たっぷり と 時間 を おいて 、ゆっくり と 私 を 振り返る。 ||じかん|||||わたくし||ふりかえる Take plenty of time to look back at me slowly. ──ここ じゃ ない 、と いう 彼 の 言葉 が 聞こえた ような 気 が して 、私 は ぞくっと する。 |||||かれ||ことば||きこえた||き|||わたくし||| I cringe as I think I hear him say, "Not here.

「──どうした の?

私 の 中 の ずっと 深い 場所 が 、もう 一 度 、ぞくっと 震えた。 わたくし||なか|||ふかい|ばしょ|||ひと|たび||ふるえた A place deep inside me trembled once more. ただただ 静かで 、優しくて 、冷たい 声。 |しずかで|やさしくて|つめたい|こえ Just a quiet, gentle, cold voice. 思わず 彼 の 顔 を じっと 見つめて しまう。 おもわず|かれ||かお|||みつめて| I couldn't help but stare at his face. に こり ともして いない 顔。 ||||かお A face without smiling. ものすごく 強い 意志 に 満ちた 、静かな 目。 |つよい|いし||みちた|しずかな|め Quiet eyes filled with great strength of will.

結局 、何も 、言える わけ が なかった。 けっきょく|なにも|いえる||| Schließlich gab es nichts mehr zu sagen. In the end, there was nothing I could say.

何も 言う な と いう 、強い 拒絶 だった。 なにも|いう||||つよい|きょぜつ| It was a strong refusal to say anything.

* * *

キチキチキチ ……と いう ヒグラシ の 鳴き声 が 島 中 の 大気 に 反響 して いる。 |||||なきごえ||しま|なか||たいき||はんきょう|| The chirping of the brown-eared bulbul (......) reverberates through the island's atmosphere. ずっと 遠く の 林 から は 、夜 を 迎える 準備 を して いる 鳥 たち の 甲高い 声 が 小さく 聞こえる。 |とおく||りん|||よ||むかえる|じゅんび||||ちょう|||かんだかい|こえ||ちいさく|きこえる From far away in the woods, the high-pitched voices of birds preparing for the night can be heard. 太陽 は まだ ぎりぎり 沈んで い なくて 、帰り道 の 私 たち を 複雑な 紫色 に 染めて いる。 たいよう||||しずんで|||かえりみち||わたくし|||ふくざつな|むらさきいろ||そめて| The sun had barely set and was turning a complex purple on us on our way home.

私 と 遠野 くん は 、サトウキビ と カライモ 畑 に 挟まれた 細い 道 を 歩いて いる。 わたくし||とおの|||さとうきび|||はたけ||はさまれた|ほそい|どう||あるいて| Tono Kun and I were walking along a narrow road between sugarcane and sweet potato fields. さっき から 、私 たち は ずっと 無言 だ。 ||わたくし||||むごん| Since then, we have been silent. 規則 的な ふた り ぶん の 硬い 靴 音。 きそく|てきな|||||かたい|くつ|おと Regular lid-split hard shoe sound. 私 と 彼 と の 間 は 一 歩 半 ぶん くらい 離れて いて 、離れ ない よう に 近づき すぎ ない よう に 私 は 必死だ。 わたくし||かれ|||あいだ||ひと|ふ|はん|||はなれて||はなれ||||ちかづき|||||わたくし||ひっしだ We are about one and a half steps apart, and I am trying very hard not to get too close to him. 彼 の 歩幅 が 広い。 かれ||ほはば||ひろい His stride is wide. もし かして 怒って いる の かも しれ ない と 思って ちらり と 顔 を 見た けれど 、いつも の 表情 で ただ 空 を 見て いる よう に 見える。 ||いかって|||||||おもって|||かお||みた||||ひょうじょう|||から||みて||||みえる Ich warf einen Blick auf ihr Gesicht, weil ich dachte, sie könnte wütend sein, aber sie schien nur mit ihrem üblichen Gesichtsausdruck in den Himmel zu schauen. I glanced at his face to see if he might be angry, but he seemed to be just looking at the sky with his usual expression. 私 は 顔 を 伏せ 、自分 の 足 が アスファルト に 落とす 影 を 見つめる。 わたくし||かお||ふせ|じぶん||あし||||おとす|かげ||みつめる I lie face down and stare at the shadows my feet cast on the asphalt. コンビニ に 置いて きた バイク の こと を ちらっと 思い出す。 こんびに||おいて||ばいく|||||おもいだす I recall briefly the bike I left at the convenience store. 捨てて きた わけじゃ ない のに 、自分 が 残酷な こと を して しまった ような 後悔 に 似た 気持ち が ある。 すてて|||||じぶん||ざんこくな||||||こうかい||にた|きもち|| I have a feeling of regret, as if I have done something cruel, even though I have not abandoned them.

好き と いう 言葉 を 飲み込んだ 後 、まるで 私 の 気持ち に 連動 する みたいに 、カブ の エンジン が かから なく なって しまった。 すき|||ことば||のみこんだ|あと||わたくし||きもち||れんどう|||かぶ||えんじん||||| After I swallowed the word "like," the engine of the Cub stopped running, as if it were linked to my feelings. スターター を 押して も キック でかけよう と して も 、うんと も す ん と も 言わ ない。 ||おして||きっく|||||||||||いわ| Even if I push the starter or try to kick it, it doesn't say yes or no. コンビニ の 駐車 場 で バイク に またがった まま 焦る 私 に 遠野 くん は やっぱり 優しく 、私 は さっき の 彼 の 冷たい 顔 が まるで ウソ みたいに 思えて 、なんだか 混乱 して しまう。 こんびに||ちゅうしゃ|じょう||ばいく||||あせる|わたくし||とおの||||やさしく|わたくし||||かれ||つめたい|かお|||うそ||おもえて||こんらん|| Tono was so kind to me that I felt like his cold face was a lie and I was confused.

「たぶん 、スパークプラグ の 寿命 な んじゃ ない の か な 」と 、私 の カブ を 一通り 触った 後 に 遠野 くん は 言った。 |||じゅみょう||||||||わたくし||かぶ||ひと どおり|さわった|あと||とおの|||いった After touching my Cub, Tono said, "Maybe the spark plugs have reached the end of their useful life. 「これ お下がり? |おさがり "Is this a hand-me-down?

「うん 、お 姉ちゃん の」 ||ねえちゃん|

「加速 で 息継ぎ して なかった? かそく||いきつぎ|| "Did you not hold your breath under acceleration?

「して た かも ……」そう いえば ここ 最近 、時々 エンジン が かかり にくい こと が あった。 ||||||さいきん|ときどき|えんじん|||||| I might have done that. ...... Speaking of which, recently, it has sometimes been difficult to get the engine to run.

「今日 は ここ に 置か せて もらって 、後 で 家 の 人 に 取り に 来て もらい な よ。 きょう||||おか|||あと||いえ||じん||とり||きて||| I said, "Let me leave it here for today, and have someone from home come back later to get it. 今日 は 歩こう」 きょう||あるこう

「え ぇ! あたし ひとり で歩く よ! ||であるく| 遠野 くん は 先 帰って 」私 は 焦って 言う。 とおの|||さき|かえって|わたくし||あせって|いう Tono-kun, go home first,” I said impatiently. 迷惑 なんて かけ たく ない。 めいわく|||| I don't want to cause trouble. それなのに 、彼 は 優しく 言う。 |かれ||やさしく|いう And yet, he says it gently.

「ここ まで くれば 近い から。 |||ちかい| "If you come this far, you're close. それ に ちょっと 、歩きたい んだ」 |||あるきたい|

私 は わけ も 分から ず 泣きたい 気持ち に なる。 わたくし||||わから||なきたい|きもち|| I feel like crying without knowing why. ベンチ に 二 つ 並んだ デーリィコーヒー の 紙 パック を 見る。 べんち||ふた||ならんだ|||かみ|ぱっく||みる I look at the two packets of Dairy coffee lined up on the bench. 彼 の 拒絶 と 感じた の は 私 の 勘違い だった んじゃ ない か と 一瞬 思う。 かれ||きょぜつ||かんじた|||わたくし||かんちがい||||||いっしゅん|おもう For a moment, I wondered if I had misunderstood his rejection. でも。

勘違い な わけ ない。 かんちがい||| There is no way I am mistaken.

なぜ 私 たち は ずっと 黙って 歩き 続けて いる のだろう。 |わたくし||||だまって|あるき|つづけて|| Why do we keep walking in silence? 一緒に 帰ろう と 言って くれる の は いつも 遠野 くん から な のに。 いっしょに|かえろう||いって|||||とおの|||| Tono is the one who always asks me to go home with him. なぜ あなた は 何も 言わ ない んだろう。 |||なにも|いわ|| Why don't you say anything? なぜ あなた は いつも 優しい のだろう。 ||||やさしい| なぜ あなた が 私 の 前 に 現れた のだろう。 |||わたくし||ぜん||あらわれた| Why did you come to me? なぜ 私 は こんなに も あなた が 好きな のだろう。 |わたくし||||||すきな| Why do I love you so much? なぜ。 なぜ。

夕日 に キラキラ して いる アスファルト 、そこ を 必死に 歩く 私 の 足元 が だんだん と 滲 んで くる。 ゆうひ||きらきら||||||ひっしに|あるく|わたくし||あしもと||||しん|| The asphalt glistening in the evening sun, my feet gradually blurring as I desperately walk there. ──お 願い。 |ねがい 遠野 くん 、お 願い。 とおの|||ねがい Tono, please. もう 私 は 我慢 する こと が でき ない。 |わたくし||がまん||||| I can no longer endure. だめ。 No. 涙 が 両目 から こぼれ落ちる。 なみだ||りょうめ||こぼれおちる Tears fall from both eyes. 両手 で ぬぐって も ぬぐって も 涙 が 溢れる。 りょうて||||||なみだ||あふれる Tears overflowed even though I tried to wipe them off with both hands. 彼 に 気づか れる 前 に 泣きやま なくちゃ。 かれ||きづか||ぜん||なきやま| I have to stop crying before he notices. 私 は 必死に 嗚咽 を 抑える。 わたくし||ひっしに|おえつ||おさえる I desperately suppress my sobs. でも 、きっと 彼 は 気づく。 ||かれ||きづく But I am sure he will notice. そして 優しい 言葉 を かける。 |やさしい|ことば|| And I speak kind words to them. ほら。 Voila.

「……澄 田! きよし|た どうした の!?」

ごめん。 きっと あなた は 悪く ない のに。 |||わるく|| I am sure you are not a bad person. 私 は なんとか 言葉 を つなごう と する。 わたくし|||ことば|||| I try to make the words connect.

「ごめん ……なんでもない の。 ごめん ね……」

立ち止まって 、顔 を 伏せて 、私 は 泣き 続けて しまう。 たちどまって|かお||ふせて|わたくし||なき|つづけて| I stopped, face down, and continued to cry. もう 止める こと が でき ない。 |とどめる|||| I can't stop now. 澄 田 、と いう 遠野 くん の 悲しげな 呟き が 聞こえる。 きよし|た|||とおの|||かなしげな|つぶやき||きこえる The first time I saw the "Sumida", I heard Tono Kun mutter sadly, "Sumida, Sumida, Sumida. 今 まで で いちばん 、感情 の こもった 彼 の 言葉。 いま||||かんじょう|||かれ||ことば His words were the most emotional I have ever heard. それ が 悲しい 響き だ と いう こと が 、私 に は とても 悲しい。 ||かなしい|ひびき||||||わたくし||||かなしい The fact that it sounds sad is very sad to me. ヒグラシ の 声 は さっき より ずっと 大きく 大気 を 満たして いる。 ||こえ|||||おおきく|たいき||みたして| The sound of the whirligigs is filling the air, much louder than before. 私 の 心 が 叫んで いる。 わたくし||こころ||さけんで| 遠野 くん。 とおの| 遠野 くん。 とおの| お 願い だから 、どう か。 |ねがい||| Please, please, please, please. もう。

──優しく し ない で。 やさしく||| Don't be gentle.

その 瞬間 、ヒグラシ の 鳴き声 が まるで 潮 が 引く みたいに 、すっと 止んだ。 |しゅんかん|||なきごえ|||しお||ひく|||やんだ At that moment, the chirping of the whirligigs suddenly stopped, as if the tide was receding. 島 中 が 静寂に 包まれた よう に 、私 は 感じた。 しま|なか||せいじゃくに|つつまれた|||わたくし||かんじた

そして 次の 瞬間 、轟音 に 大気 が 震えた。 |つぎの|しゅんかん|ごうおん||たいき||ふるえた The next moment, the atmosphere was shaken by a roar. 驚いて 顔 を 上げた 私 の 滲 んだ 視界 に 、遠く の 丘 から 持ち上がる 火 球 が 見えた。 おどろいて|かお||あげた|わたくし||しん||しかい||とおく||おか||もちあがる|ひ|たま||みえた I looked up in surprise, and in my blurred vision, I saw a fireball rising from a distant hill.

それ は 打ち上げられた ロケット だった。 ||うちあげられた|ろけっと| 噴射 口 から の 光 が 眩 しく 視界 を 覆い 、それ は 上昇 を 始めた。 ふんしゃ|くち|||ひかり||くら||しかい||おおい|||じょうしょう||はじめた The light from the jets glaringly covered my vision, and it began to rise. 島 全体 の 空気 を 震わせ ながら 、ロケット の 炎 は 夕暮れ の 雲 を 太陽 より も 明るく 光らせ 、まっすぐに 昇って いく。 しま|ぜんたい||くうき||ふるわせ||ろけっと||えん||ゆうぐれ||くも||たいよう|||あかるく|ひからせ||のぼって| The rocket's flames make the clouds at dusk glow brighter than the sun as it soars straight up, shaking the air across the island. その 光 に 続いて 白い 煙 の 塔 が どこまでも 立ち上がって いく。 |ひかり||つづいて|しろい|けむり||とう|||たちあがって| Following the light, a tower of white smoke rises up to the sky. 巨大な 煙 の 塔 に 夕日 が 遮ら れ 、空 が 光 と 影 と に 大きく 塗り 分けられて ゆく。 きょだいな|けむり||とう||ゆうひ||さえぎら||から||ひかり||かげ|||おおきく|ぬり|わけられて| A huge tower of smoke blocks the setting sun, and the sky is painted in light and shadow. どこまでも どこまでも 光 と 塔 は 伸びて いく。 ||ひかり||とう||のびて| The light and the tower extend forever and ever. それ は 遙 か 上空 まで まんべんなく 大気 の 粒子 を 振動 さ せ 、まるで 切り裂かれた 空 の 悲鳴 の よう に 、残 響 が 細く 長く たなびく。 ||はるか||じょうくう|||たいき||りゅうし||しんどう||||きりさかれた|から||ひめい||||ざん|ひび||ほそく|ながく| It vibrates all the particles of the atmosphere far up into the sky, and the echoes flutter long and thin, like the screams of a torn sky.

ロケット が 雲間 に 消えて 見え なく なる まで 、たぶん 、数 十 秒 ほど の 出来事 だった のだ と 思う。 ろけっと||くもま||きえて|みえ|||||すう|じゅう|びょう|||できごと||||おもう The rocket was probably only visible for a few tens of seconds before it disappeared into the clouds.

でも 私 と 遠野 くん は 一言 も 発せ ず に 、そびえ 立った 煙 の 巨塔 が すっかり 風 に 溶けて しまう まで 、いつまでも 立ちつくして ずっと 空 を 見つめて いた。 |わたくし||とおの|||いちげん||はっせ||||たった|けむり||きょとう|||かぜ||とけて||||たちつくして||から||みつめて| We stood there and stared at the sky until the towering towers of smoke dissolved into the wind without saying a word. やがて ゆっくり と 鳥 と 虫 と 風 の 音 が 戻って きて 、気 が つけば 夕日 は 地平 線 の 向こう に 沈んで いる。 |||ちょう||ちゅう||かぜ||おと||もどって||き|||ゆうひ||ちへい|せん||むこう||しずんで| Slowly, the sounds of birds, insects, and wind return, and before you know it, the sun has set beyond the horizon. 空 の 青 は 上 の 方 から だんだん と 濃 さ を 増し 、星 が すこしずつ 瞬き だして 、肌 の 感じる 温度 が すこし だけ 下がる。 から||あお||うえ||かた||||こ|||まし|ほし|||まばたき||はだ||かんじる|おんど||||さがる The blue of the sky becomes darker and darker from above, the stars begin to twinkle a little more, and the temperature on your skin drops a little. そして 私 は 突然に 、はっきり と 気づく。 |わたくし||とつぜんに|||きづく And then I suddenly realize something very clear.

私 たち は 同じ 空 を 見 ながら 、別々の もの を 見て いる と いう こと に。 わたくし|||おなじ|から||み||べつべつの|||みて||||| We see the same sky, but we see different things. 遠野 くん は 私 を 見て なんか いない んだ と いう こと に。 とおの|||わたくし||みて||||||| I was so happy to see that Tono was not there when he saw me.

遠野 くん は 優しい けれど。 とおの|||やさしい| Tono Kun is kind and gentle. とても 優 く て いつも 隣 を 歩いて くれて いる けれど 、遠野 くん は いつも 私 の ずっと 向こう 、もっと ずっと 遠く の 何 か を 見て いる。 |すぐる||||となり||あるいて||||とおの||||わたくし|||むこう|||とおく||なん|||みて| Tono is very kind and always walks next to me, but he is always looking beyond me, far, far away. 私 が 遠野 くん に 望む こと は きっと 叶わ ない。 わたくし||とおの|||のぞむ||||かなわ| I am sure that what I want for Tono Kun will not come true. まるで 超 能力者 みたいに 今 は はっきり と 分かる。 |ちょう|のうりょく しゃ||いま||||わかる I can see it clearly now, as if I were a psychic. 私 たち は この先 も ずっと 一緒に いる こと は でき ない と 、はっきり と 分かる。 わたくし|||このさき|||いっしょに|||||||||わかる

* * *

帰り道 の 夜空 に は まんまる い お 月 さま が かかって いて 、風 に 流れる 雲 を まるで 昼間 の よう に くっきり と 、青白く 照らし出して いた。 かえりみち||よぞら||||||つき|||||かぜ||ながれる|くも|||ひるま||||||あおじろく|てらしだして| On the way home, a full moon was shining in the night sky, illuminating the clouds that floated in the wind as clearly and bluishly as if it were daytime. アスファルト に は 私 と 彼 の ふた り ぶん の 影 が 黒々 と 落ちて いる。 |||わたくし||かれ||||||かげ||くろぐろ||おちて| The black shadows of him and I are falling on the asphalt. 見上げる と 電線 が 満月 の 真ん中 を 横切って いて 、なんだか まるで 今日 と いう 日 の ようだ 、と 私 は 思う。 みあげる||でんせん||まんげつ||まんなか||よこぎって||||きょう|||ひ||||わたくし||おもう I look up and see the power lines crossing the middle of the full moon, and I think it's just like today. 波 に 乗れる 前 の 私 と 、乗れた 後 の 私。 なみ||のれる|ぜん||わたくし||のれた|あと||わたくし I was before I was able to ride the wave, and I was after. 遠野 くん の 心 を 知る 前 の 私 と 、知った 後 の 私。 とおの|||こころ||しる|ぜん||わたくし||しった|あと||わたくし The me before and after knowing Tohno-kun's heart. 昨日 と 明日 で は 、私 の 世界 は もう 決して 同じで は ない。 きのう||あした|||わたくし||せかい|||けっして|おなじで|| Yesterday and tomorrow, my world will never be the same again. 私 は 明日 から 、今 まで と は 別の 世界 で 生きて いく。 わたくし||あした||いま||||べつの|せかい||いきて| それ でも。 Und trotzdem.

それ でも 、と 私 は 思う。 |||わたくし||おもう Still, I think. 電気 を 消した 部屋 の 中 で 布団 に くるまり ながら。 でんき||けした|へや||なか||ふとん||| Wrapped in a futon in a room with the lights turned off. 暗闇 の 中 で 、部屋 に 差し込んだ 水たまり みたいな 月 明かり を 見つめ ながら。 くらやみ||なか||へや||さしこんだ|みずたまり||つき|あかり||みつめ| In the darkness, staring at the moonlight that looks like a puddle of water in the room. ふたたび 溢れ はじめた 涙 が 、月 の 光 を じん わりと 滲ませ はじめる。 |あふれ||なみだ||つき||ひかり||||にじませ| The tears that began to overflow again began to blur the moonlight. 涙 は 次 から 次 へ と 湧き つづけて 、私 は 声 を 立てて 泣き はじめる。 なみだ||つぎ||つぎ|||わき||わたくし||こえ||たてて|なき| The tears kept coming, one after another, and I began to cry aloud. 涙 も 鼻水 も 盛大に たらして 、もう 我慢 なんか せ ず に 、思い切り 大きな 声 を 上げて。 なみだ||はなみず||せいだいに|||がまん|||||おもいきり|おおきな|こえ||あげて Tears and snot were streaming down my nose, and I didn't want to endure any more, so I raised my voice as loudly as I could.

それ でも。

それ でも 、明日 も 明後日 も その先 も 、私 は 遠野 くん が 好き。 ||あした||みょうごにち||そのさき||わたくし||とおの|||すき やっぱり どう しよう も なく 、遠野 くん の こと が 好き。 |||||とおの|||||すき I love Tono, after all. 遠野 くん 、遠野 くん。 とおの||とおの| 私 は あなた が 好き。 わたくし||||すき

遠野 くん の こと だけ を 思い ながら 、泣き ながら 、私 は 眠った。 とおの||||||おもい||なき||わたくし||ねむった I cried myself to sleep, thinking only of Tono.

第 三 話 「秒速 5センチメートル」 だい|みっ|はなし|びょうそく|

その 晩 、彼女 は 夢 を 見た。 |ばん|かのじょ||ゆめ||みた That night, she had a dream.

ずっと 昔 の 夢。 |むかし||ゆめ A dream long ago. 彼女 も 彼 も まだ 子ども だった。 かのじょ||かれ|||こども| Both she and he were still children. 音 も なく 雪 が 降る 静かな 夜 で 、そこ は いちめんの 雪 に 覆われた 広い 田園 で 、人家 の 灯り は ずっと 遠く に まばらに 見える だけ で 、降り積もる 新雪 に は ふた り の 歩いて きた 足跡 しか なかった。 おと|||ゆき||ふる|しずかな|よ|||||ゆき||おおわれた|ひろい|でんえん||じんか||ともり|||とおく|||みえる|||ふりつもる|しんせつ||||||あるいて||あしあと|| It was a quiet night when the snow fell without a sound, and there was a wide field covered in snow. I didn't.

そこ に 一 本 だけ 、大きな 桜 の 樹 が 立って いた。 ||ひと|ほん||おおきな|さくら||き||たって| Only one big cherry tree stood there. それ は 周囲 の 闇 より も なお 濃く 暗く 、空間 に 唐突に 開いた 深い 穴 の よう に 見えた。 ||しゅうい||やみ||||こく|くらく|くうかん||とうとつに|あいた|ふかい|あな||||みえた Darker and darker than the surrounding darkness, it looked like a deep hole suddenly opened in space. ふた り は その 前 に 立ちすくんだ。 ||||ぜん||たちすくんだ どこまでも 暗い 幹 と 枝 と 、その 間 から ゆっくり と 落ちて くる 無数の 雪 を 見つめ ながら 、彼女 は その先 の 人生 を 想って いた。 |くらい|みき||えだ|||あいだ||||おちて||むすうの|ゆき||みつめ||かのじょ||そのさき||じんせい||おもって| Staring at the endlessly dark trunks and branches, and countless snow falling slowly from between them, she thought about her future life.

隣 に いる 、今 まで 彼女 を 支えて くれた 大好きな 男の子 が 遠く に 行って しまう こと を 、彼女 は もう 十分に 覚悟 し 納得 も して いた。 となり|||いま||かのじょ||ささえて||だいすきな|おとこのこ||とおく||おこなって||||かのじょ|||じゅうぶんに|かくご||なっとく||| She was fully prepared and convinced that the boy next to her, who had supported her until now, would be gone. 数 週間 前 に 彼 から の 手紙 で 転校 に ついて 聞か された 時 から 、それ が 意味 する こと を 繰り返し 繰り返し 、彼女 は 考えて きた。 すう|しゅうかん|ぜん||かれ|||てがみ||てんこう|||きか||じ||||いみ||||くりかえし|くりかえし|かのじょ||かんがえて| She's been thinking over and over what that means since he wrote to her a few weeks ago telling her about the transfer. それ でも。

それ でも 、隣 に 立って いる 彼 の 肩 の 高 さ を 、その 優しい 気配 を 失って しまう こと を 考える と 、底 知れ ぬ 闇 を 覗き込んで しまった 時 の ような 不安 と 寂し さ が 、彼女 を 包んだ。 ||となり||たって||かれ||かた||たか||||やさしい|けはい||うしなって||||かんがえる||そこ|しれ||やみ||のぞきこんで||じ|||ふあん||さびし|||かのじょ||つつんだ Even so, when I thought about the height of the shoulder of the man standing next to me, losing that kindness, I felt the anxiety and loneliness that I felt when I peered into the bottomless darkness. Wrapped. それ は もう ずっと 昔 に 過ぎ去って しまった 感情 だった はずな のに と 、夢 を 見て いる 彼女 は 思う。 ||||むかし||すぎさって||かんじょう|||||ゆめ||みて||かのじょ||おもう Dreaming, she thinks it must have been a feeling long gone. でも まるで でき たて の 気持ち の よう に 鮮やかに 、それ は ここ に ある。 |||||きもち||||あざやかに||||| But it's here, vividly like a freshly made feeling. ──だから 、この 雪 が 桜 で あって くれれば いい のに と 、彼女 は 思った。 ||ゆき||さくら|||||||かのじょ||おもった So, she thought, I wish this snow were cherry blossoms.

今 が 春 で あって くれれば いい のに。 いま||はる||||| I wish it was spring now. 私 たち は ふた り で 無事に あの 冬 を 越え 春 を 迎えて 、同じ 町 に 住んで いて 、いつも の 帰り道 に こう やって 桜 を 見て いる。 わたくし||||||ぶじに||ふゆ||こえ|はる||むかえて|おなじ|まち||すんで||||かえりみち||||さくら||みて| We both survived the winter and welcomed spring, we live in the same town, and we see the cherry blossoms on our way home every day. 今 が そういう 時間 で あって くれれば いい のに 、と。 いま|||じかん|||||| Ich wünschte, es wäre jetzt der richtige Zeitpunkt dafür. I wish now were that kind of time.

ある 夜 、彼 は 部屋 で 本 を 読んで いた。 |よ|かれ||へや||ほん||よんで| One night, he was reading a book in his room.

日付 が 変わる 頃 に 床 に 就いた のだ が 上手く 眠る こと が でき ず 、諦めて 床 に 積まれた 本 から 適当な 一 冊 を 引っぱり出し 、缶 ビール を 飲み ながら の 読書 だった。 ひづけ||かわる|ころ||とこ||ついた|||うまく|ねむる|||||あきらめて|とこ||つまれた|ほん||てきとうな|ひと|さつ||ひっぱりだし|かん|びーる||のみ|||どくしょ| I went to bed around the time the date changed, but I couldn't sleep well, so I gave up, pulled out a random book from the pile of books on the floor, and read while drinking canned beer.

寒くて 、静かな 夜 だった。 さむくて|しずかな|よ| It was a cold, quiet night. BGM 代 わりに テレビ を つけて 、深夜 放送 の 洋画 を 小さな ボリューム で 流した。 bgm|だい||てれび|||しんや|ほうそう||ようが||ちいさな|ぼりゅーむ||ながした Instead of BGM, I turned on the TV and played late-night western movies at low volume. 半分 開いた カーテン の 向こう に は 、数え 切れ ない 街 の 灯り と 降り続く 雪 が 見えた。 はんぶん|あいた|かーてん||むこう|||かぞえ|きれ||がい||ともり||ふりつづく|ゆき||みえた Behind the half-open curtains, I could see countless city lights and continuous snow. その 日 の 昼 過ぎ から 降り 始めた 雪 は 、時折 雨 に 変わり 、また 雪 に 変わり 、しかし 日 が 沈んで から は 雪 は 次第に 粒 の 大き さ を 増し 、その うち に 本格 的な 降雪 と なって いた。 |ひ||ひる|すぎ||ふり|はじめた|ゆき||ときおり|あめ||かわり||ゆき||かわり||ひ||しずんで|||ゆき||しだいに|つぶ||おおき|||まし||||ほんかく|てきな|こうせつ||| The snow that began to fall in the early afternoon of that day changed to rain and then to snow at times, but after the sun went down, the snow particles gradually increased in size, and before long it became a full-fledged snowfall. .

読書 に 集中 でき ない ような 気 が して 、彼 は テレビ を 消した。 どくしょ||しゅうちゅう||||き|||かれ||てれび||けした Feeling like he couldn't concentrate on his reading, he turned off the TV. すると 今度 は 静か すぎた。 |こんど||しずか| This time it was too quiet. 終電 は 終わって いた し 、車 の 音 も 風 の 音 も 聞こえ ず 、壁 を 隔てた 外界 に 降る 雪 の 気配 を 、彼 は はっきり と 感じる こと が できた。 しゅうでん||おわって|||くるま||おと||かぜ||おと||きこえ||かべ||へだてた|がいかい||ふる|ゆき||けはい||かれ||||かんじる||| The last train had left, and he could not hear the sound of the cars or the wind, but he could clearly feel the snow falling outside the wall.

ふいに 、何 か あたたかな もの から 守られて いる と いう 、どこ か 懐かしい 感覚 が 蘇った。 |なん|||||まもられて||||||なつかしい|かんかく||よみがえった Suddenly, I had a nostalgic feeling of being protected by something warm. そう 感じた 理由 を 考えて いる うち に 、ずっと 昔 に 見た 冬 の 桜 の 樹 の こと を 思い出した。 |かんじた|りゆう||かんがえて|||||むかし||みた|ふゆ||さくら||き||||おもいだした As I was thinking about the reason for this feeling, I remembered a winter cherry tree I saw a long time ago.