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三姉妹探偵団 2 キャンパス篇, 三姉妹探偵団(2) Chapter 11 (1)

11 綾子 、 危機一髪

「 まあ 。

それ じゃ 、 無料 で 出て くれる の ? 」

と 、 水口 恭子 が 言った 。

「 ええ 。

そう だ そうです 」

と 、 綾子 は 肯 いた 。

「 どうして な の か 、 よく 分 りません けど ……」 「 助かる わ ! 大分 、 他の 予算 が 不足 して た の 。 赤字 が 大分 減る わ 。 よく やって くれた わ ね 、 佐々 本 さん 」

と 、 水口 恭子 は 、 綾子 の 肩 を 叩いた 。

「 どうも ……」

綾子 は 、 まるで 訳 が 分 ら ない のである 。

しかし 、 ともかく いい こと を した の は 、 間違い ない ようだ ……。

「 いよいよ あさって よ 、 文化 祭 は 」

と 、 水口 恭子 は 言った 。

どことなく 浮き浮きして いる 感じ だった 。

「 でも 、 何だか 縁起 の 悪い 文化 祭 です ね 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 あの 黒木って マネージャー は 殺さ れる し 、 梨 山 先生 の 奥さん も ……」 「 そう ね 。 でも 、 だからこそ 、 却って 、 その 暗 さ を 吹き飛ばして やら なくちゃ 。 分 る でしょ ? 」

と 、 水口 恭子 は 強い 口調 で 言った 。

もう 、 お 昼 休み も 終り に 近い 。

何しろ 、 綾子 と して は 、 ゆうべ ほとんど 寝 なかった のだ 。 お 昼 ごろ 、 やっと 起き 出して 、 今 、 大学 へ と やって 来た のである 。

ボディガード ── もちろん 、 夕 里子 の こと だ ── は 、 ついて い なかった 。

いくら 何でも 、 そう 学校 を サボれ ない と いう ので 、 今日 は 高校 に 行って いた 。

綾子 が どうせ 夕方 まで は 眠って いる だろう と 思った のである 。

「 午後 から 、 講堂 の 方 へ 来て ちょうだい 」

と 、 恭子 が 言った 。

「 もう 、 準備 に かかって も いいって 、 警察 の 方 から 許可 が 出て る の よ 」 「 分 りました 」 「 じゃ 、 また 後 で ね 。 私 、 ちょっと 用事 が ある から 」

恭子 は 、 足早に 立ち去った 。

残った 綾子 は 、 芝生 に ペタン と 座りこんだ 。

── まだ 少し お 尻 が 痛む 。

「 あー あ 」

と 、 綾子 は ため息 を ついた 。

ともかく 、 あまり 深く ものごと を 考える たち で は ない ので 、 今 の 状況 は 、 すでに 綾子 の 判断 力 を 超える もの だった 。

殺人 が 二 つ 。

しかも 、 太田 は 自殺 し かけて 、 まだ 意識 不明 。

神山 田 タカシ を 文化 祭 に 呼んだ の は いい が 、 石原 茂子 を 、 三 年 前 に 手 ご め に して いる のだ 。

それ に は 、 まだ こだわり を 覚えて いた 。

一体 、 何 が どう なっちゃって る んだろう ? ── 他 に も 何 か あったっけ ? 綾子 は 、 自分 が 爆弾 で 狙わ れた こと を 忘れて いた のである 。

いかにも 綾子 らしい 呑気 さ だ 。

「 あ 、 そう だ 」

何 か 忘れて る と 思った んだ 。

── お 昼 を 食べて なかった わ 。

綾子 は 、 ノコノコ と 、 学生 食堂 の 方 へ 歩いて 行った 。

そろそろ 空き 始める ころ で 、 立って 食べる と いう 状態 で は なかった のだ が 、 その代り 、 あまり 食べる もの が 残って い なかった 。

「 カレー ない んです か ?

じゃ 、 サンドイッチ は ? 」

「 ええ と ── あと 一 つ だけ だ ね 」

と 、 カウンター の 向 う の おばさん が 言った 。

「 じゃ 、 それ で ──」

と 、 綾子 が 言い かけた とき 、

「 サンドイッチ 一 つ !

と 、 凄い 勢い で 声 を かけ 、 ワッ と カウンター に 飛び込んで 来た 女の子 が いる 。

「 あい よ 。

── じゃ 、 これ で 売り切れ 」

綾子 は ポカン と して いた 。

ともかく 、 こういう とき に は 、 トロ い のである 。

要領 が 悪い と いう の か 。

「 あの …… 何 か 食べる もの 、 残ってません か ? 」

と 、 おずおず と 訊 く 。

「 そう ねえ 。

── ただ の パン なら ある わ よ 。 バター か ジャム でも 塗って 」

ひどい こと に なった が 、 いくら 呑気 な 綾子 でも 、 お腹 は 人並に 空く 。

仕方なく 、 パン に ピーナツバター を つけて もらって 、 コーヒー を 自動 販売 機 で 買い 、 テーブル に ついた 。

どうにも おいしい と は 言い難い パン を かじって いる と 、

「 ごめん !

と 、 隣 に 座った の は ……。

「 私 が サンドイッチ 、 取っちゃった から 、 そんな もん 食べて ん の ? 悪かった わ ねえ 。 一 つ 食べて 」

「 いい の よ 」

「 私 、 ダイエット してっから 、 食べて くれた 方 が 助かる んだ 」 綾子 は 感動 した 。 ── 人間 、 時に は 、 実に ささいな こと で 感動 する もの である 。

「 ありがとう 。

じゃあ ……」

綾子 は 、 ハムサンド を 一 つ もらって 、 ゆっくり と 食べた 。

「 おいしい わ 、 とっても 」

「 そう ?

私 、 ちっとも 旨 い なんて 思わ ない けど 」

と 、 その 女の子 は 言って 、 タバコ を 取り出し 、 火 を 点けた 。

「── あら 、 あなた 」

と 、 綾子 は 、 やっと 気付いた 。

「 え ?

「 あの とき の 人 ね 」

「 あの ときって ? 」

「 ほら 、 梨 山 先生 の 部屋 に いた じゃ ない の 。

先生 の 膝 に 腰かけて 」

「 や あだ !

見て た の ? 」

と ケラケラ 笑って 、「 だって 、 全然 、 あの 先生 の 授業 に 出て なかった んだ もの 。

ああ で も し なきゃ 、 単位 くれない わ 」

「 ちょうど いい わ 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 あなた 、 何て いう の 、 名前 ? 」

「 私 ?

大津 和子 よ 。 どうして ? 」

「 あの ね 、 刑事 さん が 、 あなた の こと 、 捜して る の 」

「 ケイジ ?

そんな 男の子 、 知ら ない けど なあ 」

「 いやだ 、 警察 の 刑事 よ 」

「 刑事 ?

どうして 刑事 が 私 を ? 」

と 、 真顔 に なる 。

「 話 が 聞きたい んだって 。 ほら 、 ゆうべ 、 あの 梨 山 先生 の 奥さん が ──」

「 知って る わ 、 それ なら 。

それ が どうかした の ? 」

「 あなた 、 大学 に いた じゃ ない 、 夜 遅く 」

「 私 が ?

大津 和子 は 、 目 を そらした 。

「 そう 。

私 も ね 、 用事 が あって 、 大学 に 来た の 。 ちょうど あなた が 出て 来る ところ で 。 ── ほら 、 あなた 、 門 を 乗り越えて 出て 来た でしょ 」

「 そ 、 そう だった ?

「 私 、 真似 したら 、 尻もち ついちゃった 。 だめな の よ ね 。 まだ お 尻 が 痛い の 」

と 、 綾子 は 笑った 。

「 あなた ──」

「 あ 、 いけない !

と 、 綾子 は 言った 。

「 講堂 に 行か なきゃ 。 ── もう あさって です もの ね 、 文化 祭 。 早い わ ねえ 」

「 ね 、 警察 の 人 は ……」

「 あ 、 そう か 。

あなた 、 自分 で 言い に 行って くれる ? 国友って 刑事 さん な の 。 たぶん 、 ゆうべ の 現場 に いる と 思う わ 。 私 、 ちょっと 急いで 講堂 に 行か なきゃ なら ない から 」

「 ええ 、 いい わ 」

と 、 大津 和子 は 肯 いた 。

「 じゃ 、 お 願い ね 」

綾子 は 、 立ち上って 歩き かけた が 、「 あ 、 そう だ 」

「 まだ 何 か ある の ?

大津 和子 は ギクリと した ように 言った 。

「 サンドイッチ を ありがとう 」

そう 言って 、 綾子 は 歩いて 行った 。

残った 大津 和子 は 、 自分 の コーラ を ぐ い と 飲んで 、 むせ返った 。

梨 山 教授 は 、 怒った ように 言った 。

「 妻 が 他の 男 に ? とんでもない こと です 」

「 なるほど 」

国友 は 肯 いた 。

梨 山 の 妻 ── 敏子 が 殺さ れた 現場 である 。

もちろん 、 死体 は なかった が 、 まだ 鑑識 の 人間 が 残って いて 、 事件 の 跡 は 生々しい 。

「 一体 誰 が そんな こと を ──」

と 、 梨 山 が 言い かける の を 、 国友 は 、

「 まあ 、 それ は ともかく です ね 」

と 抑えた 。

「 奥さん を 恨んで いた 人間 の 心当り は ありません か 」 「 見当 も つきません 」 梨 山 は 、 考え も せ ず に 即座に 答えた 。 「 あれ は 人 に 恨ま れる ような 性格 では ありません でした 。 おとなしく 、 欲 が なくて 、 善良でした 」

「 は は あ 」

国友 は 、 聞いて いて 、 何だか シラケて しまった 。

「 犯人 は あの 太田 と いう ガードマン だった のでしょう ?

と 、 梨 山 は 訊 いた 。

「 一応 、 容疑 者 の 一 人 です が 、 何分 に も 、 まだ 意識 不明でして 」

「 犯人 だ から こそ 、 良心 が とがめて 、 自殺 を 図った のだ 。

それ が 真相 です よ 」

「 何 か 動機 は 考えられます か ? 」

「 そりゃ ──」

と 言い かけて 、 梨 山 は 詰り 、「 まあ ── たぶん 、 何 か わけ が あった んでしょう 」

当り前の こと を 言って いる 。

「 ゆうべ 、 奥さん が ここ へ みえて いた こと は 、 ご存知 でした か ?

「 いや 、 知りません でした 。 私 は 夜 に なる と 忙しくて 」

「 ほう 。

夜 に なって 忙しい と いう の は ? 」

「 色々 、 研究 書 と か 、 学術 雑誌 を 読む んです よ 。

時間 が なかなか 取れ ない もの で 」

これ だけ 図 々 しく なる と 、 あまり 腹 も 立た ない 。

「 何 か 、 いつも と 変った 様子 でした か ?

「 さあ 。

── 特に 気付きません でした が 」 そんなに いい 妻 だったら 、 失って 、 もっと 悲しんで も いい ような もの だ が 、 梨 山 は 至って 平然と して いる 。 「 お宅 は 、 何 人 家族 です か ?

と 、 国友 が 訊 く 。

「 妻 と 二 人 でした 。

子供 が ほしかった のです が 、 残念 ながら ──」

「 する と 、 ゆうべ は 一 人 で ?

「 そうです 」

「 ふむ 」

国友 は 、 少し 考えて から 、 言った 。

「 では 、 アリバイ は ない わけです ね 」

梨 山 は 、 ちょっと 当惑 顔 だった が 、 見る見る 頰 を 紅潮 さ せて 、

「 それ は どういう 意味 です か !

と 食ってかかった 。

「 私 が 妻 を 殺した と でも ? 」

「 可能 性 の 問題 です よ 」

「 失敬な !

私 が どうして 妻 を 殺す んです か ? 」

「 そう です ね 、 たとえば 水口 恭子 ……」

梨 山 は 青く なった 。

「 そ 、 それ は ……」

「 それ に 、 膝 に 乗って いた 一 年生 の 女の子 も いた そうです な 」

「 いや 、 それ は ほんの 冗談 で ……」

「 水口 恭子 と は 、 かなり 本気 の ようで 」

梨 山 は 、 どう 言い抜けよう か と 迷って いる 様子 だった が 、 やがて 、 諦めた ように 、 肩 を すくめた 。

「 分 りました 」 と 、 投げやりな 調子 で 、「 確かに 水口 君 と は ── その ── 友人 です 」 「 愛人 です ね 」 「 そう も 言えます 」 国友 は 苦笑 した 。 「 奥さん は 、 水口 恭子 の こと を 知っていた んです か ?

「 さあ ……。

もしかすると 知っていた かも ──」

「 もしかすると ?

「 いや 、 この ところ 、 ちょっと 妻 の 様子 が 変だった んです 。

どうも よそよそしい と いう か ……」

「 する と 、 何 か 具体 的に ?

「 いや 、 あくまで 、 私 の 印象 です 」

と 、 梨 山 は 言った 。

「 一 年生 の 子 の 方 は どう です ?

「 あれ は 本当に 、 ちょっと ふざけて いた だけ です よ 」

と 、 梨 山 は 強調 した 。

「 一応 、 その 子 の 名前 を 聞か せて いただきましょう 」 「 あれ は ── ええ と 、 大津 君 です 。 大津 和子 だった と 思います が 」 「 今日 は 来て います ね 」 「 どう です か ね 」 と 、 梨 山 は 首 を 振った 。 「 ともかく 、 年中 サボって る 子 でして 。 それ で 、 私 に 、 単位 を くれ と 言い に 来た んです 」

「 何と 引き換え に です か ?

「 いや 、 別に ……。

あれ は 本当に 、 遊び です よ 」

梨 山 は 、 ハンカチ を 出して 、 額 の 汗 を 拭った 。

「 今日 は 暑い です ね 」

「 少し 寒い ぐらい です よ 」

「 ああ 、 いや 全く 。

それ で 汗 が 出る んです ね 、 きっと 」

かなり 焦って いる ようだ 。

「 ゆうべ 、 本当に お宅 に 一 人 で いた んです か ?

「 本当です よ 。

そりゃ あ ── 証人 は いない けど 、 確かに 一 人 で いた んです 」 「 分 りました 」 近所 を 当って みよう 、 と 国友 は 思った 。 「── もう 、 いい です か ?

と 、 梨 山 が 不安 そうに 訊 く 。

「 結構です 」

と 肯 いて から 、 国友 は 、 梨 山 が 歩いて 行き かける のに 声 を かけた 。

「 遠出 さ れる とき は 、 連絡 して 下さい 」

梨 山 は 渋い 顔 で 、 ちょっと 国友 の 方 を 振り向いて 、 それ から 、 足早に 立ち去った 。

「 大津 和子 、 か ……」

国友 は 、 メモ を 見て 呟いた 。

「 よし 」

国友 は 、 手近な 内線 電話 を 捜して 、 交換 台 を 呼んだ 。

二 、 三 分 後 、 大学 の キャンパス の 中 に 、 アナウンス が 流れた 。

「 一 年 の 大津 和子 さん 。

一 年 の 大津 和子 さん 。

学生 部 の 会議 室 へ いら して 下さい 」

これ なら 、 捜す 手間 が かかる わけ も ない のだ 。

「 遅い なあ ……」

と 、 呟いて 、 入口 の 方 を 見る 。

呑気 な 綾子 が 「 遅い 」 と 言う のだ から 、 相当な もの だ 。

いや 、 実際 、 もう ここ へ 綾子 が 座って 、 二十 分 に も なる のに 、 水口 恭子 は 一向に やって 来 ない のである 。

だからといって 、 呼び に 行く と か 、 捜し に 行く と いう こと を し ない の が 、 綾子 らしい ところ だ 。

ただ ひたすら 待つ のである 。

講堂 の 中 は 、 シンと 静まり返って ── 綾子 一 人 しか いない のだ から 、 当り前だ が ── 少し 寒い くらい だった 。 そう いえば 、 あの 黒木って 人 が 殺さ れた とき も 、 私 、 ここ に 座って いた んだ わ 、 と 綾子 は 思った 。 そう 。

ここ は 殺人 現場 だった んだ 。 ── そう 思う と 、 あまり いい 気持 は し ない 。

でも 、 大丈夫 。

私 は 、 人 に 恨ま れる ような こと 、 して ない んだ から 、 殺さ れる なんて わけ は ない わ 。

綾子 は 、 本気で そう 信じて いた 。

「 あ 、 そう か 」

と 、 例の 爆弾 事件 の こと を 思い出す 。

でも 、 あれ は 何も 私 を 殺そう と した んじゃ ない かも ……。

しかし 、 その 点 だけ は 、 いかに 綾子 が そう 思い たくて も 、 無理 が あり すぎた 。

ま 、 いい や 。

── 世の中 、 そう 何でも 思う 通り に は 行か ない もの だ 。

殺人 ね 。

世の中 に は 、 どうして 、 そんな 恐ろしい こと が 存在 する んだろう ?

綾子 に は 、 到底 理解 でき ない こと だった 。

その とき ── ふと 、 足音 らしい もの を 耳 に して 、 綾子 は 周囲 を 見回した 。

しかし 、 周囲 に は 誰 も いない 。



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11 綾子 、 危機一髪

「 まあ 。

それ じゃ 、 無料 で 出て くれる の ? 」

と 、 水口 恭子 が 言った 。

「 ええ 。

そう だ そうです 」

と 、 綾子 は 肯 いた 。

「 どうして な の か 、 よく 分 りません けど ……」 「 助かる わ ! 大分 、 他の 予算 が 不足 して た の 。 赤字 が 大分 減る わ 。 よく やって くれた わ ね 、 佐々 本 さん 」

と 、 水口 恭子 は 、 綾子 の 肩 を 叩いた 。

「 どうも ……」

綾子 は 、 まるで 訳 が 分 ら ない のである 。

しかし 、 ともかく いい こと を した の は 、 間違い ない ようだ ……。

「 いよいよ あさって よ 、 文化 祭 は 」

と 、 水口 恭子 は 言った 。

どことなく 浮き浮きして いる 感じ だった 。

「 でも 、 何だか 縁起 の 悪い 文化 祭 です ね 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 あの 黒木って マネージャー は 殺さ れる し 、 梨 山 先生 の 奥さん も ……」 「 そう ね 。 でも 、 だからこそ 、 却って 、 その 暗 さ を 吹き飛ばして やら なくちゃ 。 分 る でしょ ? 」

と 、 水口 恭子 は 強い 口調 で 言った 。

もう 、 お 昼 休み も 終り に 近い 。

何しろ 、 綾子 と して は 、 ゆうべ ほとんど 寝 なかった のだ 。 お 昼 ごろ 、 やっと 起き 出して 、 今 、 大学 へ と やって 来た のである 。

ボディガード ── もちろん 、 夕 里子 の こと だ ── は 、 ついて い なかった 。

いくら 何でも 、 そう 学校 を サボれ ない と いう ので 、 今日 は 高校 に 行って いた 。

綾子 が どうせ 夕方 まで は 眠って いる だろう と 思った のである 。

「 午後 から 、 講堂 の 方 へ 来て ちょうだい 」

と 、 恭子 が 言った 。

「 もう 、 準備 に かかって も いいって 、 警察 の 方 から 許可 が 出て る の よ 」 「 分 りました 」 「 じゃ 、 また 後 で ね 。 私 、 ちょっと 用事 が ある から 」

恭子 は 、 足早に 立ち去った 。

残った 綾子 は 、 芝生 に ペタン と 座りこんだ 。

── まだ 少し お 尻 が 痛む 。

「 あー あ 」

と 、 綾子 は ため息 を ついた 。

ともかく 、 あまり 深く ものごと を 考える たち で は ない ので 、 今 の 状況 は 、 すでに 綾子 の 判断 力 を 超える もの だった 。

殺人 が 二 つ 。

しかも 、 太田 は 自殺 し かけて 、 まだ 意識 不明 。

神山 田 タカシ を 文化 祭 に 呼んだ の は いい が 、 石原 茂子 を 、 三 年 前 に 手 ご め に して いる のだ 。

それ に は 、 まだ こだわり を 覚えて いた 。

一体 、 何 が どう なっちゃって る んだろう ? ── 他 に も 何 か あったっけ ? 綾子 は 、 自分 が 爆弾 で 狙わ れた こと を 忘れて いた のである 。

いかにも 綾子 らしい 呑気 さ だ 。

「 あ 、 そう だ 」

何 か 忘れて る と 思った んだ 。

── お 昼 を 食べて なかった わ 。

綾子 は 、 ノコノコ と 、 学生 食堂 の 方 へ 歩いて 行った 。

そろそろ 空き 始める ころ で 、 立って 食べる と いう 状態 で は なかった のだ が 、 その代り 、 あまり 食べる もの が 残って い なかった 。

「 カレー ない んです か ?

じゃ 、 サンドイッチ は ? 」

「 ええ と ── あと 一 つ だけ だ ね 」

と 、 カウンター の 向 う の おばさん が 言った 。

「 じゃ 、 それ で ──」

と 、 綾子 が 言い かけた とき 、

「 サンドイッチ 一 つ !

と 、 凄い 勢い で 声 を かけ 、 ワッ と カウンター に 飛び込んで 来た 女の子 が いる 。

「 あい よ 。

── じゃ 、 これ で 売り切れ 」

綾子 は ポカン と して いた 。

ともかく 、 こういう とき に は 、 トロ い のである 。

要領 が 悪い と いう の か 。

「 あの …… 何 か 食べる もの 、 残ってません か ? 」

と 、 おずおず と 訊 く 。

「 そう ねえ 。

── ただ の パン なら ある わ よ 。 バター か ジャム でも 塗って 」

ひどい こと に なった が 、 いくら 呑気 な 綾子 でも 、 お腹 は 人並に 空く 。

仕方なく 、 パン に ピーナツバター を つけて もらって 、 コーヒー を 自動 販売 機 で 買い 、 テーブル に ついた 。

どうにも おいしい と は 言い難い パン を かじって いる と 、

「 ごめん !

と 、 隣 に 座った の は ……。

「 私 が サンドイッチ 、 取っちゃった から 、 そんな もん 食べて ん の ? 悪かった わ ねえ 。 一 つ 食べて 」

「 いい の よ 」

「 私 、 ダイエット してっから 、 食べて くれた 方 が 助かる んだ 」 綾子 は 感動 した 。 ── 人間 、 時に は 、 実に ささいな こと で 感動 する もの である 。

「 ありがとう 。

じゃあ ……」

綾子 は 、 ハムサンド を 一 つ もらって 、 ゆっくり と 食べた 。

「 おいしい わ 、 とっても 」

「 そう ?

私 、 ちっとも 旨 い なんて 思わ ない けど 」

と 、 その 女の子 は 言って 、 タバコ を 取り出し 、 火 を 点けた 。

「── あら 、 あなた 」

と 、 綾子 は 、 やっと 気付いた 。

「 え ?

「 あの とき の 人 ね 」

「 あの ときって ? 」

「 ほら 、 梨 山 先生 の 部屋 に いた じゃ ない の 。

先生 の 膝 に 腰かけて 」

「 や あだ !

見て た の ? 」

と ケラケラ 笑って 、「 だって 、 全然 、 あの 先生 の 授業 に 出て なかった んだ もの 。

ああ で も し なきゃ 、 単位 くれない わ 」

「 ちょうど いい わ 」

と 、 綾子 は 言った 。

「 あなた 、 何て いう の 、 名前 ? 」

「 私 ?

大津 和子 よ 。 どうして ? 」

「 あの ね 、 刑事 さん が 、 あなた の こと 、 捜して る の 」

「 ケイジ ?

そんな 男の子 、 知ら ない けど なあ 」

「 いやだ 、 警察 の 刑事 よ 」

「 刑事 ?

どうして 刑事 が 私 を ? 」

と 、 真顔 に なる 。

「 話 が 聞きたい んだって 。 ほら 、 ゆうべ 、 あの 梨 山 先生 の 奥さん が ──」

「 知って る わ 、 それ なら 。

それ が どうかした の ? 」

「 あなた 、 大学 に いた じゃ ない 、 夜 遅く 」

「 私 が ?

大津 和子 は 、 目 を そらした 。

「 そう 。

私 も ね 、 用事 が あって 、 大学 に 来た の 。 ちょうど あなた が 出て 来る ところ で 。 ── ほら 、 あなた 、 門 を 乗り越えて 出て 来た でしょ 」

「 そ 、 そう だった ?

「 私 、 真似 したら 、 尻もち ついちゃった 。 だめな の よ ね 。 まだ お 尻 が 痛い の 」

と 、 綾子 は 笑った 。

「 あなた ──」

「 あ 、 いけない !

と 、 綾子 は 言った 。

「 講堂 に 行か なきゃ 。 ── もう あさって です もの ね 、 文化 祭 。 早い わ ねえ 」

「 ね 、 警察 の 人 は ……」

「 あ 、 そう か 。

あなた 、 自分 で 言い に 行って くれる ? 国友って 刑事 さん な の 。 たぶん 、 ゆうべ の 現場 に いる と 思う わ 。 私 、 ちょっと 急いで 講堂 に 行か なきゃ なら ない から 」

「 ええ 、 いい わ 」

と 、 大津 和子 は 肯 いた 。

「 じゃ 、 お 願い ね 」

綾子 は 、 立ち上って 歩き かけた が 、「 あ 、 そう だ 」

「 まだ 何 か ある の ?

大津 和子 は ギクリと した ように 言った 。

「 サンドイッチ を ありがとう 」

そう 言って 、 綾子 は 歩いて 行った 。

残った 大津 和子 は 、 自分 の コーラ を ぐ い と 飲んで 、 むせ返った 。

梨 山 教授 は 、 怒った ように 言った 。

「 妻 が 他の 男 に ? とんでもない こと です 」

「 なるほど 」

国友 は 肯 いた 。

梨 山 の 妻 ── 敏子 が 殺さ れた 現場 である 。

もちろん 、 死体 は なかった が 、 まだ 鑑識 の 人間 が 残って いて 、 事件 の 跡 は 生々しい 。

「 一体 誰 が そんな こと を ──」

と 、 梨 山 が 言い かける の を 、 国友 は 、

「 まあ 、 それ は ともかく です ね 」

と 抑えた 。

「 奥さん を 恨んで いた 人間 の 心当り は ありません か 」 「 見当 も つきません 」 梨 山 は 、 考え も せ ず に 即座に 答えた 。 「 あれ は 人 に 恨ま れる ような 性格 では ありません でした 。 おとなしく 、 欲 が なくて 、 善良でした 」

「 は は あ 」

国友 は 、 聞いて いて 、 何だか シラケて しまった 。

「 犯人 は あの 太田 と いう ガードマン だった のでしょう ?

と 、 梨 山 は 訊 いた 。

「 一応 、 容疑 者 の 一 人 です が 、 何分 に も 、 まだ 意識 不明でして 」

「 犯人 だ から こそ 、 良心 が とがめて 、 自殺 を 図った のだ 。

それ が 真相 です よ 」

「 何 か 動機 は 考えられます か ? 」

「 そりゃ ──」

と 言い かけて 、 梨 山 は 詰り 、「 まあ ── たぶん 、 何 か わけ が あった んでしょう 」

当り前の こと を 言って いる 。

「 ゆうべ 、 奥さん が ここ へ みえて いた こと は 、 ご存知 でした か ?

「 いや 、 知りません でした 。 私 は 夜 に なる と 忙しくて 」

「 ほう 。

夜 に なって 忙しい と いう の は ? 」

「 色々 、 研究 書 と か 、 学術 雑誌 を 読む んです よ 。

時間 が なかなか 取れ ない もの で 」

これ だけ 図 々 しく なる と 、 あまり 腹 も 立た ない 。

「 何 か 、 いつも と 変った 様子 でした か ?

「 さあ 。

── 特に 気付きません でした が 」 そんなに いい 妻 だったら 、 失って 、 もっと 悲しんで も いい ような もの だ が 、 梨 山 は 至って 平然と して いる 。 「 お宅 は 、 何 人 家族 です か ?

と 、 国友 が 訊 く 。

「 妻 と 二 人 でした 。

子供 が ほしかった のです が 、 残念 ながら ──」

「 する と 、 ゆうべ は 一 人 で ?

「 そうです 」

「 ふむ 」

国友 は 、 少し 考えて から 、 言った 。

「 では 、 アリバイ は ない わけです ね 」

梨 山 は 、 ちょっと 当惑 顔 だった が 、 見る見る 頰 を 紅潮 さ せて 、

「 それ は どういう 意味 です か !

と 食ってかかった 。

「 私 が 妻 を 殺した と でも ? 」

「 可能 性 の 問題 です よ 」

「 失敬な !

私 が どうして 妻 を 殺す んです か ? 」

「 そう です ね 、 たとえば 水口 恭子 ……」

梨 山 は 青く なった 。

「 そ 、 それ は ……」

「 それ に 、 膝 に 乗って いた 一 年生 の 女の子 も いた そうです な 」

「 いや 、 それ は ほんの 冗談 で ……」

「 水口 恭子 と は 、 かなり 本気 の ようで 」

梨 山 は 、 どう 言い抜けよう か と 迷って いる 様子 だった が 、 やがて 、 諦めた ように 、 肩 を すくめた 。

「 分 りました 」 と 、 投げやりな 調子 で 、「 確かに 水口 君 と は ── その ── 友人 です 」 「 愛人 です ね 」 「 そう も 言えます 」 国友 は 苦笑 した 。 「 奥さん は 、 水口 恭子 の こと を 知っていた んです か ?

「 さあ ……。

もしかすると 知っていた かも ──」

「 もしかすると ?

「 いや 、 この ところ 、 ちょっと 妻 の 様子 が 変だった んです 。

どうも よそよそしい と いう か ……」

「 する と 、 何 か 具体 的に ?

「 いや 、 あくまで 、 私 の 印象 です 」

と 、 梨 山 は 言った 。

「 一 年生 の 子 の 方 は どう です ?

「 あれ は 本当に 、 ちょっと ふざけて いた だけ です よ 」

と 、 梨 山 は 強調 した 。

「 一応 、 その 子 の 名前 を 聞か せて いただきましょう 」 「 あれ は ── ええ と 、 大津 君 です 。 大津 和子 だった と 思います が 」 「 今日 は 来て います ね 」 「 どう です か ね 」 と 、 梨 山 は 首 を 振った 。 「 ともかく 、 年中 サボって る 子 でして 。 それ で 、 私 に 、 単位 を くれ と 言い に 来た んです 」

「 何と 引き換え に です か ?

「 いや 、 別に ……。

あれ は 本当に 、 遊び です よ 」

梨 山 は 、 ハンカチ を 出して 、 額 の 汗 を 拭った 。

「 今日 は 暑い です ね 」

「 少し 寒い ぐらい です よ 」

「 ああ 、 いや 全く 。

それ で 汗 が 出る んです ね 、 きっと 」

かなり 焦って いる ようだ 。

「 ゆうべ 、 本当に お宅 に 一 人 で いた んです か ?

「 本当です よ 。

そりゃ あ ── 証人 は いない けど 、 確かに 一 人 で いた んです 」 「 分 りました 」 近所 を 当って みよう 、 と 国友 は 思った 。 「── もう 、 いい です か ?

と 、 梨 山 が 不安 そうに 訊 く 。

「 結構です 」

と 肯 いて から 、 国友 は 、 梨 山 が 歩いて 行き かける のに 声 を かけた 。

「 遠出 さ れる とき は 、 連絡 して 下さい 」

梨 山 は 渋い 顔 で 、 ちょっと 国友 の 方 を 振り向いて 、 それ から 、 足早に 立ち去った 。

「 大津 和子 、 か ……」

国友 は 、 メモ を 見て 呟いた 。

「 よし 」

国友 は 、 手近な 内線 電話 を 捜して 、 交換 台 を 呼んだ 。

二 、 三 分 後 、 大学 の キャンパス の 中 に 、 アナウンス が 流れた 。

「 一 年 の 大津 和子 さん 。

一 年 の 大津 和子 さん 。

学生 部 の 会議 室 へ いら して 下さい 」

これ なら 、 捜す 手間 が かかる わけ も ない のだ 。

「 遅い なあ ……」

と 、 呟いて 、 入口 の 方 を 見る 。

呑気 な 綾子 が 「 遅い 」 と 言う のだ から 、 相当な もの だ 。

いや 、 実際 、 もう ここ へ 綾子 が 座って 、 二十 分 に も なる のに 、 水口 恭子 は 一向に やって 来 ない のである 。

だからといって 、 呼び に 行く と か 、 捜し に 行く と いう こと を し ない の が 、 綾子 らしい ところ だ 。

ただ ひたすら 待つ のである 。

講堂 の 中 は 、 シンと 静まり返って ── 綾子 一 人 しか いない のだ から 、 当り前だ が ── 少し 寒い くらい だった 。 そう いえば 、 あの 黒木って 人 が 殺さ れた とき も 、 私 、 ここ に 座って いた んだ わ 、 と 綾子 は 思った 。 そう 。

ここ は 殺人 現場 だった んだ 。 ── そう 思う と 、 あまり いい 気持 は し ない 。

でも 、 大丈夫 。

私 は 、 人 に 恨ま れる ような こと 、 して ない んだ から 、 殺さ れる なんて わけ は ない わ 。

綾子 は 、 本気で そう 信じて いた 。

「 あ 、 そう か 」

と 、 例の 爆弾 事件 の こと を 思い出す 。

でも 、 あれ は 何も 私 を 殺そう と した んじゃ ない かも ……。

しかし 、 その 点 だけ は 、 いかに 綾子 が そう 思い たくて も 、 無理 が あり すぎた 。

ま 、 いい や 。

── 世の中 、 そう 何でも 思う 通り に は 行か ない もの だ 。

殺人 ね 。

世の中 に は 、 どうして 、 そんな 恐ろしい こと が 存在 する んだろう ?

綾子 に は 、 到底 理解 でき ない こと だった 。

その とき ── ふと 、 足音 らしい もの を 耳 に して 、 綾子 は 周囲 を 見回した 。

しかし 、 周囲 に は 誰 も いない 。

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