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三姉妹探偵団 2 キャンパス篇, 三姉妹探偵団(2) Chapter 00 (1)

プロローグ 「 今夜 は 眠れ そう も ない ぜ 」 先 に 着替え を 済ませて いた 先輩 の 北山 が そう 言って 、 帽子 を かぶった 。 「 何 か ある んです か ? 」 太田 は 、 ガードマン の 制服 の ボタン を 一 つ ずつ とめ ながら 訊 いた 。 M サイズ の 制服 が 、 やっと 二十 歳 に なった ばかりの 太田 に は 、 少し 窮屈だった 。 しかし 、 L サイズ は 腹 の 出た 中年 の 体型 向き に 作ら れて いる ので 、 いずれ に して も 太田 に は 合わ ない 。 いくら 制服 支給 った って 、 サイズ が 合わ ない んじゃ ね 、 と 太田 は いつも ブツブツ 言って いた 。 ズボン だって 短 めで 、 靴下 が 覗いて いる のだ 。 何とも カッコ悪い のである 。 体 は 丈夫だ し 、 腕力 に も 自信 が ある が 、 あまり 知性 に は 自信 の ない 太田 が ガードマン と いう 職業 に ついた の は 、 多少 、 制服 姿 に 憧れた から で も あった 。 いや 、 正確に 言う と 、 制服 姿 に 憧れる 女の子 に 憧れた 、 と 言う べき かも しれ ない 。 要するに 、 制服 を 着て りゃ もてる か な 、 と 思った のである 。 もともと 、 あまり もてる 方 じゃ なかった から だ 。 だ から 、 その 肝心の 制服 が チンチクリン で は 、 大いに 不満な わけだった 。 「 何とか って スター が 泊る んだ 、 この ホテル に 」 「 スター です か 」 TV なし で 一 日 過 す と 頭痛 が して 来る と いう 太田 は 、 ちょっと 興味 を 感じた 。 「 女の子 です か ? 」 北山 は ニヤリ と して 、 「 男 だ よ 。 だから 大変な んじゃ ない か 」 「 つまり ファン の 女の子 が ──」 「 どの 部屋 に 泊って る か 、 かぎ 回る の が 必ず 五 、 六 人 は いる 。 うまく 追い返さ ない と いけない から な 」 「 物好きだ なあ 」 もし 、 これ が 女優 か 何 か だったら 、 自分 だって 部屋 を 見 に 行く くせ に 、 太田 は 、 ちょっと 呆れた ように 言った 。 「 誰 が 泊って る んです か ? 」 「 何とか いう 歌手 さ 」 北山 は ロッカールーム から 出 ながら 、 首 を ひねって 、「 ええ と ……、 よく 名前 を 憶 えて ない んだ 。 ほら 、 週 末 は どう と か いう 歌 が はやって る だろう 」 「〈 週 末 の ロンサムナイト 〉 です か ? 」 TV の 歌 番組 の ベスト ・ テン なら 、 大体 太田 は 諳んじて いた 。 「 そうそう 、 それ だ 」 「 じゃ 、 神山 田 タカシ です ね 」 「 そう だった っけ 。 何だか 長たらしい 名前 だった な 」 二 人 は 〈 保安 センター 〉 と 書か れた ドア を 押して 中 へ 入って 行った 。 「 五 分 遅刻 だ ぞ 」 前 の 組 の 一 人 が 、 冗談 混 り に 北山 へ 言った 。 「 自分 は もっと 遅刻 して る くせ に 」 と 北山 が 応じる 。 「── 何 か 問題 は ? 」 「 今 の ところ 、 静かな もん だ 」 モニター の テレビ が 、 目の前 に 並んで いる 。 ホテル の 正面 玄関 と 通用口 、 フロント 、 それ から 金庫 の ある 事務 所 の 入口 を 映し出して いる 。 「 聞いて る だ ろ 、 例の 神 山田 タカシ の こと 」 と 、 前 の 組 の チーフ が 帽子 を 手 に 取って 、 言った 。 「 何 号 室 だ ? 」 「 最上 階 。 二〇一四 号 だ 」 「 スイート か 。 豪勢だ な 」 と 、 北山 は 首 を 振った 。 「 もう 入った の か な 」 「 ああ 。 一 時間 くらい 前 に チェック ・ イン して た よ 。 今 の ところ ファン らしい 女の子 の 姿 は 見え ない な 」 「 穏やかに お 引き取り 願う んだ な 、 もしや って 来たら 」 「 うまく やって くれ 。 ── それ じゃ 」 「 ご 苦労 さん 」 ── 殺風景な 部屋 は 、 北山 と 太田 の 二 人 に なった 。 「 その 神 ── 何とか いう の は 、 いく つ ぐらい な んだ ? 」 と 、 北山 が 訊 いた 。 「 十八 歳 って 言って ます けど 、 本当 は 二十 歳 を 越えて る らしい です よ 」 芸能 情報 に は 詳しい 太田 が 言った 。 「 それにしても 、 若い んだ な 」 北山 は 、 ちょっと ため息 を ついた 。 ── 北山 は もう 四十 代 の 半ば 。 頭 が 少し 薄く なり かけて いた 。 太田 は 壁 の 時計 を 見た 。 「── あと 五 分 で 十二 時 です ね 。 巡回 に 行って 来 ます 」 「 ああ 、 頼む 。 ── おい 、 太田 」 「 は あ 」 立ち上って 、 ドア の 方 へ 行き かけた 太田 は 、 足 を 止めて 、 振り向いた 。 「 その 歌手 を 目当て に うろついて る 女の子 を 見たら ──」 「 分 って ます 。 追い返し ます よ 」 「 いや 、 そう じゃ ない 」 と 、 北山 は 手 を 振って 、「 穏やかに やる んだ 。 ── 相手 は 十五 、 六 の 女の子 だ 。 当人 は それなり に 真剣に 思い詰めて る から 、 下手に 馬鹿に しよう もん なら 、 むき に なる 。 廊下 で キーキー 喚 かれたら お 客 が みんな 起き ち まう ぞ 。 プレゼント や 手紙 が あったら 、 預 って 、 ちゃんと 渡して やる 、 と 言って 、 うまく 説得 する んだ 。 いい な ? 間違っても 、 怒鳴ったり する な よ 」 「 分 り ました 」 なるほど 、 そんな もんか 、 と 太田 は 感心 した 。 業務 用 の エレベーター で 、 一 番 上 の 二十 階 へ 上る 。 そこ から 下 へ 、 一 階 ずつ 見回って 、 階段 で 降りて 行く のである 。 廊下 は 静かだった 。 ── 二十 階 は 、 いわば 上 客 だけ の 泊る フロア で 、 部屋 も 広い 。 神山 田 タカシ の いる 二〇一四 号 室 も 、 スイートルーム で 、 四 人 は 泊 れる ように なって いる のだ 。 「 神 山田 タカシ 、 か …」 太田 から 見たら 、 あんな 、 ナヨナヨ した 、 やせ っぽ ち の 、 どこ が いい んだ 、 と いう こと に なる 。 まあ 、 どうせ 、 一 、 二 年 で 消えて 行く 、 流れ星 みたいな 「 スター 」 の 一 人 だろう が 、 それ でも 今 、 若い 女の子 たち が 熱狂 して いる の は 事実 だった 。 「 まあ 、 客 は 客 だ から な …」 と 、 太田 は 肩 を すくめて 呟いた 。 二〇一四 号 室 の 前 を 通る と 、 中 から 笑い声 が 聞こえて 来た 。 グラス に 氷 を 入れて いる ような 音 も する 。 マネージャー と でも 飲んで る の か な 、 と 太田 は 思った 。 二十 階 の 廊下 に は 、 誰 も い なかった 。 太田 は 、 十九 階 、 十八 階 、 と 降りて 行った 。 この ホテル で 働く ように なって 、 もう 半年 である 。 最初の 内 は 、 常連 の お 客 を 浮 浪 者 と 間違えて つまみ出そう と したり した こと も あった 。 まあ 、 やっと 慣れて 来た 、 と いう ところ か ……。 ここ が 一生 の 職場 と は 思って い ない が 、 差し当り は 悪い 仕事 じゃ なかった 。 「── ん ? 」 十四 階 の 廊下 で 、 太田 は 足 を 止めた 。 十六 、 七 歳 と 見える 女の子 が 、 左右 を キョロキョロ 見 ながら 、 やって 来る 。 長い 髪 、 小柄だ が 、 スタイル は 悪く なかった 。 割合 に 地味な 、 セーター と スカート 。 リボン を かけた 箱 を 、 大事 そうに 両手 で 、 抱きしめる ように して いる 。 あれ は 、 もしかすると ……。 「 どうした の ? 」 と 、 太田 が 声 を かける と 、 その 少女 は 、 びっくり して 声 を 上げ そうに した 。 「 あ ── あの ──」 「 いや 、 びっくり さ せて ごめん 」 太田 は 笑い かけた 。 ── 色白な 、 可愛い 少女 だ 。 これ なら 、 北山 に 言わ れる まで も なく 、 優しく 話して やり たく なる 。 「 どうかした の ? 」 と 、 太田 は もう 一 度 訊 いた 。 「 ええ と …… 私 ……」 少女 は 、 言いにく そうに 顔 を 伏せた 。 「 神 山田 タカシ の 部屋 を 捜して る の ? 」 太田 の 言葉 に 、 少女 は ハッと 顔 を 上げた 。 「 そう な んです 。 ── この 階 か と 思って 」 「 外れた ね 、 残念 ながら 」 と 太田 は 首 を 振った 。 「 どこ だ か 教えて 下さい 」 「 悪い けど 、 それ は だめな んだ 。 もし 、 プレゼント が ある の なら 、 預かる よ 。 明日 、 必ず 渡す 。 約束 する よ 」 少女 は 、 ちょっと ためらった が 、 「 でも ── お 願い し ます 。 決して ご 迷惑 は お かけ し ませ ん 。 どうしても 直接 手渡し たい んです 」 「 それ は ちょっと ねえ ……」 「 お 願い し ます 」 少女 は 、 床 に つく か と 思う くらい 、 オーバーに 頭 を 下げた 。 「 困った なあ 」 と 、 太田 は 苦笑 した 。 「 あなた から 聞いた こと 、 誰 に も 言い ませ ん 。 それ に 、 私 、 タカシ と 握手 でも して もらえば 、 もう 満足な んです 。 すぐ そのまま 、 回れ 右 して 帰り ます 。 約束 し ます 。 何なら 、 どこ か で 隠れて 見て て 下さい 」 息 も つか ず に しゃべり 続ける その 少女 を 見て 、 太田 は 少々 哀れに なった 。 見るからに 真面目 そうな 女の子 だ 。 ああいう 歌手 を 追い回して いる 女の子 たち に よく ある 、 虚 ろ な 目つき と は 違って 、 その 目 は 一途な 輝き を 見せて いた 。 もちろん 、 ルームナンバー を 教える なんて 、 とんでもない こと だ 。 この 少女 だって 、 本当の こと を 言えば 、 会った こと が ない から 、 憧れて い られる のだ 。 ── 実際 に 会ったら 、 きっと がっかり する だろう 。 そうだ 。 このまま 帰して やら なくちゃ いけない 。 「 二十 階 へ 行って ごらん 」 と 、 太田 は 言った 。 「 二〇一四 号 室 かも しれ ない よ 。 ── たぶん 」 少女 が 頰 を 紅潮 さ せた 。 「 ありがとう ございます ! 」 バネ 仕掛 の 人形 みたいに 、 ピョコン と 頭 を 下げ 、 廊下 を 駆け出して 行く 。 「 エレベーター は 逆の 方 だ よ ! 」 と 、 太田 は 呼びかけた 。 「 いやだ ! すみません 」 少女 は 、 Uターン して 、 恥ずかし そうに 太田 の 前 を 通り抜けて 行った 。 ── やれやれ 。 太田 は 肩 を すくめた 。 どうして 、 ルームナンバー を 教え ち まったん だろう ? 何だか 、 自分 でも よく 分 ら ない 。 ただ 、 あの 子 なら 大丈夫 の ような 気 が した のだ 。 あの 子 が 、 色白で 可愛かった から か ? そう かも しれ ない 。 まあ ── どう って こと ない さ 、 と 太田 は 思った 。 たまたま あの 子 が 捜し当てた 、 って こと も ある んだ から ……。 ── 十四 階 か 。 どうして ここ に いた の か な ? そう か 。 きっと 〈 二〇一四 号 室 〉 の 〈 一四 〉 の ところ だけ 、 どこ か で 耳 に した のだ 。 それ で 十四 階 か と 思った んだろう 。 それにしても 、 あんな 可愛い 娘 が 、 こんな 時間 に わざわざ 、 プレゼント 一 つ 、 手渡す ため に やって 来る なんて 。 「 俺 の 所 に ゃ 、 バレンタイン の チョコレート だって 来 ない のに 」 また 巡回 を 続け ながら 、 太田 は グチ を 言った 。 ── 保安 センター に 戻る と 、 北山 が 大 欠 伸 を して いた 。 「 何 か あった か ? 」 「 いえ 別に 」 と 、 太田 は 首 を 振った 。 「 コーヒー でも 飲めよ 。 ── ファン らしい の は い なかった か ? 」 「 ええ 」 太田 は 、 ポット の コーヒー を 紙 コップ に 注いだ 。 「 そう か 。 さっき 裏口 の 方 に 、 それ らしい の が 二 、 三 人 見えて た けど 、 いつの間にか 見え なく なった よ 。 外 は 雨 らしい 。 この 分 じゃ 、 来た 子 が いて も 、 みんな 帰 っち まう だろう 」 「 雨 です か 」 ホテル の 中 に いる と 、 雨 が 降ろう と 雪 が 降ろう と 、 一向に 分 ら ない 。 ── 退屈な 時間 が 過ぎた 。 夜中 の 十二 時 の 後 、 一 時 、 二 時 、 と 巡回 が ある 。 後 は 明け方 五 時 の 交替 前 に もう 一 度 回る だけ だ 。 「 そろそろ 一 時 だ な 」 と 、 北山 は 言った 。 「 悪い けど 、 もう 一 度 回って くれる か ? 俺 は 二 時 に 回る 」 「 いい です よ 」 太田 は 肯 いた 。 座って いて も 眠く なる ばかりだ から 、 歩いた 方 が いい 。 それ に ── ちょっと 気 に なった こと が あった 。 さっき の 女の子 が 出て 行く の が 、 どの モニター に も 映ら なかった のである 。 もちろん 、 あれ で 二十 階 へ 直行 して 、 神山 田 タカシ に プレゼント を 手渡し 、 すぐに 帰って 行った の なら 、 太田 が 保安 センター に 戻る 前 に 、 ホテル を 出て いて 不思議 は ない 。 ただ 、 それ なら 、 北山 の 目 に 止って い そうな 気 も する が ……。 しかし 、 いくら ガードマン だって 、 モニター テレビ の 画面 から 、 一瞬 たり と 目 を 離さ ない と いう わけで は ない し 、 トイレ に だって 立つ こと が ある 。 まあ 、 どう って こと は ない だろう ……。 二十 階 に 上った 太田 は 、 ゆっくり と 廊下 を 歩き 出した 。 ── さっき は 、 いく つ か の 部屋 から 、 シャワー の 音 や 、 TV の 声 らしい もの が 聞こえて いた が 、 今 は すっかり 静かである 。 二〇一四 号 室 の 前 に 来る と 、 太田 は つい 足取り を 緩めて 、 中 の 様子 に 注意 を 向けた 。 しかし 、 物音 一 つ 、 聞こえて 来 ない 。 とっくに 眠って しまった の かも しれ ない 。 太田 は 、 ヒョイ と 肩 を すくめて 、 普通の 足取り で 歩き 始めた 。 五 、 六 メートル 進んだ とき 、 背後 で 、 急に ガチャッ と 音 が して 、 太田 は 振り向いた 。 二〇一四 号 室 の ドア が 開いた 。 そして 、 中 から 、 髪 を 振り乱した 少女 が 、 よろける ように 飛び出して 来る 。 太田 は 目 を 見張った 。 ── あの 女の子 だ ! 駆け出そう と して 、 その 少女 は 太田 に 気付く と 、 ハッと した 様子 で 、 目 を 見張った 。 太田 の 方 も 、 愕然と して いた 。



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プロローグ

「 今夜 は 眠れ そう も ない ぜ 」

  先 に 着替え を 済ませて いた 先輩 の 北山 が そう 言って 、 帽子 を かぶった 。

「 何 か ある んです か ?

  太田 は 、 ガードマン の 制服 の ボタン を 一 つ ずつ とめ ながら 訊 いた 。

M サイズ の 制服 が 、 やっと 二十 歳 に なった ばかりの 太田 に は 、 少し 窮屈だった 。

  しかし 、 L サイズ は 腹 の 出た 中年 の 体型 向き に 作ら れて いる ので 、 いずれ に して も 太田 に は 合わ ない 。

  いくら 制服 支給 った って 、 サイズ が 合わ ない んじゃ ね 、 と 太田 は いつも ブツブツ 言って いた 。

ズボン だって 短 めで 、 靴下 が 覗いて いる のだ 。 何とも カッコ悪い のである 。

  体 は 丈夫だ し 、 腕力 に も 自信 が ある が 、 あまり 知性 に は 自信 の ない 太田 が ガードマン と いう 職業 に ついた の は 、 多少 、 制服 姿 に 憧れた から で も あった 。

いや 、 正確に 言う と 、 制服 姿 に 憧れる 女の子 に 憧れた 、 と 言う べき かも しれ ない 。

  要するに 、 制服 を 着て りゃ もてる か な 、 と 思った のである 。

もともと 、 あまり もてる 方 じゃ なかった から だ 。

  だ から 、 その 肝心の 制服 が チンチクリン で は 、 大いに 不満な わけだった 。

「 何とか って スター が 泊る んだ 、 この ホテル に 」

「 スター です か 」

  TV なし で 一 日 過 す と 頭痛 が して 来る と いう 太田 は 、 ちょっと 興味 を 感じた 。

「 女の子 です か ? 」

  北山 は ニヤリ と して 、

「 男 だ よ 。

だから 大変な んじゃ ない か 」

「 つまり ファン の 女の子 が ──」

「 どの 部屋 に 泊って る か 、 かぎ 回る の が 必ず 五 、 六 人 は いる 。

うまく 追い返さ ない と いけない から な 」

「 物好きだ なあ 」

  もし 、 これ が 女優 か 何 か だったら 、 自分 だって 部屋 を 見 に 行く くせ に 、 太田 は 、 ちょっと 呆れた ように 言った 。

「 誰 が 泊って る んです か ? 」

「 何とか いう 歌手 さ 」

  北山 は ロッカールーム から 出 ながら 、 首 を ひねって 、「 ええ と ……、 よく 名前 を 憶 えて ない んだ 。

ほら 、 週 末 は どう と か いう 歌 が はやって る だろう 」

「〈 週 末 の ロンサムナイト 〉 です か ?

  TV の 歌 番組 の ベスト ・ テン なら 、 大体 太田 は 諳んじて いた 。

「 そうそう 、 それ だ 」

「 じゃ 、 神山 田 タカシ です ね 」

「 そう だった っけ 。

何だか 長たらしい 名前 だった な 」

  二 人 は 〈 保安 センター 〉 と 書か れた ドア を 押して 中 へ 入って 行った 。

「 五 分 遅刻 だ ぞ 」

  前 の 組 の 一 人 が 、 冗談 混 り に 北山 へ 言った 。

「 自分 は もっと 遅刻 して る くせ に 」

  と 北山 が 応じる 。

「── 何 か 問題 は ? 」

「 今 の ところ 、 静かな もん だ 」

  モニター の テレビ が 、 目の前 に 並んで いる 。

  ホテル の 正面 玄関 と 通用口 、 フロント 、 それ から 金庫 の ある 事務 所 の 入口 を 映し出して いる 。

「 聞いて る だ ろ 、 例の 神 山田 タカシ の こと 」

  と 、 前 の 組 の チーフ が 帽子 を 手 に 取って 、 言った 。

「 何 号 室 だ ?

「 最上 階 。

二〇一四 号 だ 」

「 スイート か 。

豪勢だ な 」

  と 、 北山 は 首 を 振った 。

「 もう 入った の か な 」

「 ああ 。

一 時間 くらい 前 に チェック ・ イン して た よ 。 今 の ところ ファン らしい 女の子 の 姿 は 見え ない な 」

「 穏やかに お 引き取り 願う んだ な 、 もしや って 来たら 」

「 うまく やって くれ 。

── それ じゃ 」

「 ご 苦労 さん 」

 ── 殺風景な 部屋 は 、 北山 と 太田 の 二 人 に なった 。

「 その 神 ── 何とか いう の は 、 いく つ ぐらい な んだ ?

  と 、 北山 が 訊 いた 。

「 十八 歳 って 言って ます けど 、 本当 は 二十 歳 を 越えて る らしい です よ 」

  芸能 情報 に は 詳しい 太田 が 言った 。

「 それにしても 、 若い んだ な 」

  北山 は 、 ちょっと ため息 を ついた 。

── 北山 は もう 四十 代 の 半ば 。 頭 が 少し 薄く なり かけて いた 。

  太田 は 壁 の 時計 を 見た 。

「── あと 五 分 で 十二 時 です ね 。

巡回 に 行って 来 ます 」

「 ああ 、 頼む 。

── おい 、 太田 」

「 は あ 」

  立ち上って 、 ドア の 方 へ 行き かけた 太田 は 、 足 を 止めて 、 振り向いた 。

「 その 歌手 を 目当て に うろついて る 女の子 を 見たら ──」

「 分 って ます 。

追い返し ます よ 」

「 いや 、 そう じゃ ない 」

  と 、 北山 は 手 を 振って 、「 穏やかに やる んだ 。

── 相手 は 十五 、 六 の 女の子 だ 。 当人 は それなり に 真剣に 思い詰めて る から 、 下手に 馬鹿に しよう もん なら 、 むき に なる 。 廊下 で キーキー 喚 かれたら お 客 が みんな 起き ち まう ぞ 。 プレゼント や 手紙 が あったら 、 預 って 、 ちゃんと 渡して やる 、 と 言って 、 うまく 説得 する んだ 。 いい な ? 間違っても 、 怒鳴ったり する な よ 」

「 分 り ました 」

  なるほど 、 そんな もんか 、 と 太田 は 感心 した 。

  業務 用 の エレベーター で 、 一 番 上 の 二十 階 へ 上る 。

そこ から 下 へ 、 一 階 ずつ 見回って 、 階段 で 降りて 行く のである 。

  廊下 は 静かだった 。

── 二十 階 は 、 いわば 上 客 だけ の 泊る フロア で 、 部屋 も 広い 。 神山 田 タカシ の いる 二〇一四 号 室 も 、 スイートルーム で 、 四 人 は 泊 れる ように なって いる のだ 。

「 神 山田 タカシ 、 か …」

  太田 から 見たら 、 あんな 、 ナヨナヨ した 、 やせ っぽ ち の 、 どこ が いい んだ 、 と いう こと に なる 。

まあ 、 どうせ 、 一 、 二 年 で 消えて 行く 、 流れ星 みたいな 「 スター 」 の 一 人 だろう が 、 それ でも 今 、 若い 女の子 たち が 熱狂 して いる の は 事実 だった 。

「 まあ 、 客 は 客 だ から な …」

  と 、 太田 は 肩 を すくめて 呟いた 。

  二〇一四 号 室 の 前 を 通る と 、 中 から 笑い声 が 聞こえて 来た 。

グラス に 氷 を 入れて いる ような 音 も する 。

  マネージャー と でも 飲んで る の か な 、 と 太田 は 思った 。

  二十 階 の 廊下 に は 、 誰 も い なかった 。

  太田 は 、 十九 階 、 十八 階 、 と 降りて 行った 。

  この ホテル で 働く ように なって 、 もう 半年 である 。

最初の 内 は 、 常連 の お 客 を 浮 浪 者 と 間違えて つまみ出そう と したり した こと も あった 。

  まあ 、 やっと 慣れて 来た 、 と いう ところ か ……。

ここ が 一生 の 職場 と は 思って い ない が 、 差し当り は 悪い 仕事 じゃ なかった 。

「── ん ?

  十四 階 の 廊下 で 、 太田 は 足 を 止めた 。

  十六 、 七 歳 と 見える 女の子 が 、 左右 を キョロキョロ 見 ながら 、 やって 来る 。

長い 髪 、 小柄だ が 、 スタイル は 悪く なかった 。

  割合 に 地味な 、 セーター と スカート 。

リボン を かけた 箱 を 、 大事 そうに 両手 で 、 抱きしめる ように して いる 。

  あれ は 、 もしかすると ……。

「 どうした の ?

  と 、 太田 が 声 を かける と 、 その 少女 は 、 びっくり して 声 を 上げ そうに した 。

「 あ ── あの ──」

「 いや 、 びっくり さ せて ごめん 」

  太田 は 笑い かけた 。

── 色白な 、 可愛い 少女 だ 。 これ なら 、 北山 に 言わ れる まで も なく 、 優しく 話して やり たく なる 。

「 どうかした の ?

  と 、 太田 は もう 一 度 訊 いた 。

「 ええ と …… 私 ……」

  少女 は 、 言いにく そうに 顔 を 伏せた 。

「 神 山田 タカシ の 部屋 を 捜して る の ?

  太田 の 言葉 に 、 少女 は ハッと 顔 を 上げた 。

「 そう な んです 。

── この 階 か と 思って 」

「 外れた ね 、 残念 ながら 」

  と 太田 は 首 を 振った 。

「 どこ だ か 教えて 下さい 」

「 悪い けど 、 それ は だめな んだ 。

もし 、 プレゼント が ある の なら 、 預かる よ 。 明日 、 必ず 渡す 。 約束 する よ 」

  少女 は 、 ちょっと ためらった が 、

「 でも ── お 願い し ます 。

決して ご 迷惑 は お かけ し ませ ん 。 どうしても 直接 手渡し たい んです 」

「 それ は ちょっと ねえ ……」

「 お 願い し ます 」

  少女 は 、 床 に つく か と 思う くらい 、 オーバーに 頭 を 下げた 。

「 困った なあ 」

  と 、 太田 は 苦笑 した 。

「 あなた から 聞いた こと 、 誰 に も 言い ませ ん 。

それ に 、 私 、 タカシ と 握手 でも して もらえば 、 もう 満足な んです 。 すぐ そのまま 、 回れ 右 して 帰り ます 。 約束 し ます 。 何なら 、 どこ か で 隠れて 見て て 下さい 」

  息 も つか ず に しゃべり 続ける その 少女 を 見て 、 太田 は 少々 哀れに なった 。

  見るからに 真面目 そうな 女の子 だ 。

ああいう 歌手 を 追い回して いる 女の子 たち に よく ある 、 虚 ろ な 目つき と は 違って 、 その 目 は 一途な 輝き を 見せて いた 。

  もちろん 、 ルームナンバー を 教える なんて 、 とんでもない こと だ 。

この 少女 だって 、 本当の こと を 言えば 、 会った こと が ない から 、 憧れて い られる のだ 。 ── 実際 に 会ったら 、 きっと がっかり する だろう 。

  そうだ 。

このまま 帰して やら なくちゃ いけない 。

「 二十 階 へ 行って ごらん 」

  と 、 太田 は 言った 。

「 二〇一四 号 室 かも しれ ない よ 。 ── たぶん 」

  少女 が 頰 を 紅潮 さ せた 。

「 ありがとう ございます !

  バネ 仕掛 の 人形 みたいに 、 ピョコン と 頭 を 下げ 、 廊下 を 駆け出して 行く 。

「 エレベーター は 逆の 方 だ よ !

  と 、 太田 は 呼びかけた 。

「 いやだ !

すみません 」

  少女 は 、 Uターン して 、 恥ずかし そうに 太田 の 前 を 通り抜けて 行った 。

 ── やれやれ 。

  太田 は 肩 を すくめた 。

  どうして 、 ルームナンバー を 教え ち まったん だろう ?

  何だか 、 自分 でも よく 分 ら ない 。

ただ 、 あの 子 なら 大丈夫 の ような 気 が した のだ 。

  あの 子 が 、 色白で 可愛かった から か ?

そう かも しれ ない 。

  まあ ── どう って こと ない さ 、 と 太田 は 思った 。

たまたま あの 子 が 捜し当てた 、 って こと も ある んだ から ……。

 ── 十四 階 か 。

どうして ここ に いた の か な ?

  そう か 。

きっと 〈 二〇一四 号 室 〉 の 〈 一四 〉 の ところ だけ 、 どこ か で 耳 に した のだ 。 それ で 十四 階 か と 思った んだろう 。

  それにしても 、 あんな 可愛い 娘 が 、 こんな 時間 に わざわざ 、 プレゼント 一 つ 、 手渡す ため に やって 来る なんて 。

「 俺 の 所 に ゃ 、 バレンタイン の チョコレート だって 来 ない のに 」

  また 巡回 を 続け ながら 、 太田 は グチ を 言った 。

 ── 保安 センター に 戻る と 、 北山 が 大 欠 伸 を して いた 。

「 何 か あった か ?

「 いえ 別に 」

  と 、 太田 は 首 を 振った 。

「 コーヒー でも 飲めよ 。

── ファン らしい の は い なかった か ? 」

「 ええ 」

  太田 は 、 ポット の コーヒー を 紙 コップ に 注いだ 。

「 そう か 。

さっき 裏口 の 方 に 、 それ らしい の が 二 、 三 人 見えて た けど 、 いつの間にか 見え なく なった よ 。 外 は 雨 らしい 。 この 分 じゃ 、 来た 子 が いて も 、 みんな 帰 っち まう だろう 」

「 雨 です か 」

  ホテル の 中 に いる と 、 雨 が 降ろう と 雪 が 降ろう と 、 一向に 分 ら ない 。

 ── 退屈な 時間 が 過ぎた 。

  夜中 の 十二 時 の 後 、 一 時 、 二 時 、 と 巡回 が ある 。

後 は 明け方 五 時 の 交替 前 に もう 一 度 回る だけ だ 。

「 そろそろ 一 時 だ な 」

  と 、 北山 は 言った 。

「 悪い けど 、 もう 一 度 回って くれる か ? 俺 は 二 時 に 回る 」

「 いい です よ 」

  太田 は 肯 いた 。

  座って いて も 眠く なる ばかりだ から 、 歩いた 方 が いい 。

  それ に ── ちょっと 気 に なった こと が あった 。

  さっき の 女の子 が 出て 行く の が 、 どの モニター に も 映ら なかった のである 。

  もちろん 、 あれ で 二十 階 へ 直行 して 、 神山 田 タカシ に プレゼント を 手渡し 、 すぐに 帰って 行った の なら 、 太田 が 保安 センター に 戻る 前 に 、 ホテル を 出て いて 不思議 は ない 。

ただ 、 それ なら 、 北山 の 目 に 止って い そうな 気 も する が ……。

  しかし 、 いくら ガードマン だって 、 モニター テレビ の 画面 から 、 一瞬 たり と 目 を 離さ ない と いう わけで は ない し 、 トイレ に だって 立つ こと が ある 。

  まあ 、 どう って こと は ない だろう ……。

  二十 階 に 上った 太田 は 、 ゆっくり と 廊下 を 歩き 出した 。

── さっき は 、 いく つ か の 部屋 から 、 シャワー の 音 や 、 TV の 声 らしい もの が 聞こえて いた が 、 今 は すっかり 静かである 。

  二〇一四 号 室 の 前 に 来る と 、 太田 は つい 足取り を 緩めて 、 中 の 様子 に 注意 を 向けた 。

  しかし 、 物音 一 つ 、 聞こえて 来 ない 。

とっくに 眠って しまった の かも しれ ない 。

  太田 は 、 ヒョイ と 肩 を すくめて 、 普通の 足取り で 歩き 始めた 。

  五 、 六 メートル 進んだ とき 、 背後 で 、 急に ガチャッ と 音 が して 、 太田 は 振り向いた 。

二〇一四 号 室 の ドア が 開いた 。 そして 、 中 から 、 髪 を 振り乱した 少女 が 、 よろける ように 飛び出して 来る 。

  太田 は 目 を 見張った 。

── あの 女の子 だ !

  駆け出そう と して 、 その 少女 は 太田 に 気付く と 、 ハッと した 様子 で 、 目 を 見張った 。

  太田 の 方 も 、 愕然と して いた 。

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