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或る女 - 有島武郎(アクセス), 5.1 或る女

5.1 或る 女

郵船 会社 の 永田 は 夕方 で なければ 会社 から 退け まい と いう ので 、 葉子 は 宿屋 に 西洋 物 店 の もの を 呼んで 、 必要な 買い物 を する 事 に なった 。 古藤 はそん なら そこら を ほ ッ つき 歩いて 来る と いって 、 例の 麦 稈帽 子 を 帽子 掛け から 取って 立ち上がった 。 葉子 は 思い出した ように 肩 越し に 振り返って 、・・

「 あなた さっき パラソル は 骨 が 五 本 の が いい と おっしゃって ね 」・・

と いった 。 古藤 は 冷淡な 調子 で 、・・

「 そう いった ようでした ね 」・・

と 答え ながら 、 何 か 他の 事 でも 考えて いる らしかった 。 ・・

「 まあ そんなに とぼけて …… なぜ 五 本 の が お 好き ? 」・・

「 僕 が 好き と いう んじゃ ない けれども 、 あなた は なんでも 人 と 違った もの が 好きな んだ と 思った んです よ 」・・

「 どこまでも 人 を お からかい なさる …… ひどい 事 …… 行って いらっしゃい まし 」・・

と 情 を 迎える ように いって 向き直って しまった 。 古藤 が 縁側 に 出る と また 突然 呼びとめた 。 障子 に はっきり 立ち 姿 を うつした まま 、・・

「 な んです 」・・

と いって 古藤 は 立ち戻る 様子 が なかった 。 葉子 は いたずら 者 らしい 笑い を 口 の あたり に 浮かべて いた 。 ・・

「 あなた は 木村 と 学校 が 同じで いら しった の ね 」・・

「 そう です よ 、 級 は 木村 の …… 木村 君 の ほう が 二 つ も 上 でした が ね 」・・

「 あなた は あの 人 を どう お 思い に なって 」・・

まるで 少女 の ような 無邪気な 調子 だった 。 古藤 は ほほえんだ らしい 語気 で 、・・

「 そんな 事 は もう あなた の ほう が くわしい はずじゃ ありません か …… 心 の いい 活動 家 です よ 」・・

「 あなた は ? 」・・

葉子 は ぽん と 高飛車に 出た 。 そして に やり と し ながら がっくり と 顔 を 上向き に はねて 、 床の間 の 一 蝶 の ひどい 偽 い 物 を 見 やって いた 。 古藤 が とっさ の 返事 に 窮して 、 少し むっと した 様子 で 答え 渋って いる の を 見て取る と 、 葉子 は 今度 は 声 の 調子 を 落として 、 いかにも たよりない と いう ふうに 、・・

「 日盛り は 暑い から どこ ぞ で お 休み なさい まし ね 。 …… なるたけ 早く 帰って 来て ください まし 。 もし かして 、 病気 でも 悪く なる と 、 こんな 所 で 心細う ご ざん す から …… よくって 」・・

古藤 は 何 か 平凡な 返事 を して 、 縁 板 を 踏みならし ながら 出て 行って しまった 。 ・・

朝 の うち だけ からっと 破った ように 晴れ渡って いた 空 は 、 午後 から 曇り 始めて 、 まっ白 な 雲 が 太陽 の 面 を なでて 通る たび ごと に 暑気 は 薄れて 、 空 いちめん が 灰色 に かき 曇る ころ に は 、 膚 寒く 思う ほど に 初秋 の 気候 は 激変 して いた 。 時雨 らしく 照ったり 降ったり して いた 雨 の 脚 も 、 やがて じめじめ と 降り続いて 、 煮しめた ような きたない 部屋 の 中 は 、 ことさら 湿り が 強く 来る ように 思えた 。 葉子 は 居留 地 の ほう に ある 外国 人 相手 の 洋服 屋 や 小間物 屋 など を 呼び寄せて 、 思いきった ぜいたくな 買い物 を した 。 買い物 を して 見る と 葉子 は 自分 の 財布 の すぐ 貧しく なって 行く の を 怖 れ ないで はいら れ なかった 。 葉子 の 父 は 日本橋 で は ひとかど の 門戸 を 張った 医師 で 、 収入 も 相当に は あった けれども 、 理財 の 道 に 全く 暗い の と 、 妻 の 親 佐 が 婦人 同盟 の 事業 に ばかり 奔走 して いて 、 その 並み 並み なら ぬ 才能 を 、 少しも 家 の 事 に 用い なかった ため 、 その 死後 に は 借金 こそ 残れ 、 遺産 と いって は あわれな ほど しか なかった 。 葉子 は 二 人 の 妹 を かかえ ながら この 苦しい 境遇 を 切り抜けて 来た 。 それ は 葉子 であれば こそ し 遂 せて 来た ような もの だった 。 だれ に も 貧乏 らしい けしき は 露 ほど も 見せ ないで いながら 、 葉子 は 始終 貨幣 一 枚 一 枚 の 重 さ を 計って 支払い する ような 注意 を して いた 。 それ だ のに 目の前 に 異 国情 調 の 豊かな 贅沢 品 を 見る と 、 彼女 の 貪欲 は 甘い もの を 見た 子供 の ように なって 、 前後 も 忘れて 懐中 に ありったけ の 買い物 を して しまった のだ 。 使い を やって 正 金 銀行 で 換えた 金貨 は 今 鋳 出さ れた ような 光 を 放って 懐中 の 底 に ころがって いた が 、 それ を どう する 事 も でき なかった 。 葉子 の 心 は 急に 暗く なった 。 戸外 の 天気 も その 心持ち に 合 槌 を 打つ ように 見えた 。 古藤 は うまく 永田 から 切符 を もらう 事 が できる だろう か 。 葉子 自身 が 行き 得 ない ほど 葉子 に 対して 反感 を 持って いる 永田 が 、 あの 単純な タクト の ない 古藤 を どんなふうに 扱ったろう 。 永田 の 口 から 古藤 は いろいろな 葉子 の 過去 を 聞か さ れ は し なかったろう か 。 そんな 事 を 思う と 葉子 は 悒鬱 が 生み出す 反抗 的な 気分 に なって 、 湯 を わかさ せて 入浴 し 、 寝床 を しか せ 、 最 上等の 三 鞭酒 を 取りよせて 、 したたか それ を 飲む と 前後 も 知ら ず 眠って しまった 。 ・・

夜 に なったら 泊まり 客 が ある かも しれ ない と 女 中 の いった 五 つ の 部屋 は やはり 空 の まま で 、 日 が とっぷり と 暮れて しまった 。 女 中 が ランプ を 持って 来た 物音 に 葉子 は ようやく 目 を さまして 、 仰向いた まま 、 すすけた 天井 に 描か れた ランプ の 丸い 光 輪 を ぼんやり と ながめて いた 。 ・・

その 時 じた ッ じた ッ と ぬれた 足 で 階子 段 を のぼって 来る 古藤 の 足音 が 聞こえた 。 古藤 は 何 か に 腹 を 立てて いる らしい 足どり で ずかずか と 縁側 を 伝って 来た が 、 ふと 立ち止まる と 大きな 声 で 帳場 の ほう に どなった 。 ・・

「 早く 雨戸 を しめ ない か …… 病人 が いる んじゃ ない か 。 ……」・・

「 この 寒い のに なん だって あなた も 言いつけ ない んです 」・・

今度 は こう 葉子 に いい ながら 、 建て付け の 悪い 障子 を あけて いき なり 中 に はいろう と した が 、 その 瞬間 に はっと 驚いた ような 顔 を して 立ちすくんで しまった 。 ・・

香水 や 、 化粧 品 や 、 酒 の 香 を ごっちゃ に した 暖かい いきれ が いきなり 古藤 に 迫った らしかった 。 ランプ が ほの暗い ので 、 部屋 の すみずみ まで は 見え ない が 、 光 の 照り 渡る 限り は 、 雑多に 置き ならべられた なまめかしい 女 の 服地 や 、 帽子 や 、 造花 や 、 鳥 の 羽根 や 、 小道具 など で 、 足 の 踏み たて 場 も ない まで に なって いた 。 その 一方 に 床の間 を 背 に して 、 郡 内 の ふとん の 上 に 掻 巻 を わき の 下 から 羽織った 、 今 起き かえった ばかりの 葉子 が 、 はでな 長 襦袢 一 つ で 東 ヨーロッパ の 嬪宮 の 人 の ように 、 片 臂 を ついた まま 横 に なって いた 。 そして 入浴 と 酒 と で ほんのり ほてった 顔 を 仰 向けて 、 大きな 目 を 夢 の ように 見開いて じっと 古藤 を 見た 。 その 枕 もと に は 三 鞭酒 の びん が 本式 に 氷 の 中 に つけて あって 、 飲み さし の コップ や 、 華奢 な 紙 入れ や 、 か の オリーヴ 色 の 包み 物 を 、 しごき の 赤 が 火 の 蛇 の ように 取り巻いて 、 その 端 が 指輪 の 二 つ はまった 大理石 の ような 葉子 の 手 に もてあそばれて いた 。 ・・

「 お 遅う ご ざん した 事 。 お 待た さ れ な すった んでしょう 。 …… さ 、 お はいり なさい まし 。 そんな もの 足 で でも どけて ちょうだい 、 散らかし ち まって 」・・

この 音楽 の ような すべ すべ した 調子 の 声 を 聞く と 、 古藤 は 始めて illusion から 目ざめた ふうで は いって 来た 。 葉子 は 左手 を 二の腕 が のぞき 出る まで ずっと 延ばして 、 そこ に ある もの を 一 払い に 払いのける と 、 花壇 の 土 を 掘り起こした ように きたない 畳 が 半 畳 ばかり 現われ 出た 。 古藤 は 自分 の 帽子 を 部屋 の すみ に ぶち なげて 置いて 、 払い 残さ れた 細 形 の 金 鎖 を 片づける と 、 どっか と あぐら を かいて 正面 から 葉子 を 見すえ ながら 、・・

「 行って 来ました 。 船 の 切符 も たしかに 受け取って 来ました 」・・

と いって ふところ の 中 を 探り に かかった 。 葉子 は ちょっと 改まって 、・・

「 ほんとに ありがとう ございました 」・・

と 頭 を 下げた が 、 たちまち roughish な 目つき を して 、・・

「 まあ そんな 事 は いずれ あと で 、 ね 、…… 何しろ お 寒かった でしょう 、 さ 」・・

と いい ながら 飲み 残り の 酒 を 盆 の 上 に 無造作に 捨てて 、 二三 度 左手 を ふって しずく を 切って から 、 コップ を 古藤 に さ しつけた 。 古藤 の 目 は 何 か に 激昂 して いる ように 輝いて いた 。 ・・

「 僕 は 飲みません 」・・

「 おや なぜ 」・・

「 飲み たく ない から 飲ま ない んです 」・・

この 角ばった 返答 は 男 を 手 も なく あやし 慣れて いる 葉子 に も 意外だった 。 それ で その あと の 言葉 を どう 継ごう か と 、 ちょっと ためらって 古藤 の 顔 を 見 やって いる と 、 古藤 は たたみかけて 口 を きった 。 ・・

「 永田って の は あれ は あなた の 知人 です か 。 思いきって 尊大な 人間 です ね 。 君 の ような 人間 から 金 を 受け取る 理由 は ない が 、 とにかく あずかって 置いて 、 いずれ 直接 あなた に 手紙 で いって あげる から 、 早く 帰れって いう んです 、 頭 から 。 失敬な やつ だ 」・・

葉子 は この 言葉 に 乗じて 気まずい 心持ち を 変えよう と 思った 。 そして まっし ぐ ら に 何 か いい出そう と する と 、 古藤 は おっかぶせる ように 言葉 を 続けて 、・・

「 あなた は いったい まだ 腹 が 痛む んです か 」・・

と きっぱり いって 堅く すわり 直した 。 しかし その 時 に 葉子 の 陣 立て は すでに でき上がって いた 。 初め の ほほえみ を そのまま に 、・・

「 え ゝ 、 少し は よく なり まして よ 」・・

と いった 。 古藤 は 短 兵 急に 、・・

「 それにしても なかなか 元気です ね 」・・

と たたみかけた 。 ・・

「 それ は お 薬 に これ を 少し いただいた から でしょう よ 」・・

と 三 鞭酒 を 指さした 。


5.1 或る 女 ある|おんな 5.1 A Woman 5.1 Una mujer

郵船 会社 の 永田 は 夕方 で なければ 会社 から 退け まい と いう ので 、 葉子 は 宿屋 に 西洋 物 店 の もの を 呼んで 、 必要な 買い物 を する 事 に なった 。 ゆうせん|かいしゃ||ながた||ゆうがた|||かいしゃ||しりぞけ|||||ようこ||やどや||せいよう|ぶつ|てん||||よんで|ひつような|かいもの|||こと|| Nagata, the shipping company, said he would leave the company only in the evening, so it was decided that Yoko would call a western store to the inn and do the necessary shopping. 古藤 はそん なら そこら を ほ ッ つき 歩いて 来る と いって 、 例の 麦 稈帽 子 を 帽子 掛け から 取って 立ち上がった 。 ことう||||||||あるいて|くる|||れいの|むぎ|かんぼう|こ||ぼうし|かけ||とって|たちあがった Furuto said that he would just walk around, took the straw hat from the hat rack, and stood up. 葉子 は 思い出した ように 肩 越し に 振り返って 、・・ ようこ||おもいだした||かた|こし||ふりかえって Yoko looked back over her shoulder as if remembering...

「 あなた さっき パラソル は 骨 が 五 本 の が いい と おっしゃって ね 」・・ ||ぱらそる||こつ||いつ|ほん|||||| "You just said you wanted a parasol with five bones."

と いった 。 古藤 は 冷淡な 調子 で 、・・ ことう||れいたんな|ちょうし| Furuto was cold-hearted,

「 そう いった ようでした ね 」・・

と 答え ながら 、 何 か 他の 事 でも 考えて いる らしかった 。 |こたえ||なん||たの|こと||かんがえて|| While answering, he seemed to be thinking about something else. ・・

「 まあ そんなに とぼけて …… なぜ 五 本 の が お 好き ? ||||いつ|ほん||||すき "Well, you're so stupid...why do you like five? 」・・

「 僕 が 好き と いう んじゃ ない けれども 、 あなた は なんでも 人 と 違った もの が 好きな んだ と 思った んです よ 」・・ ぼく||すき|||||||||じん||ちがった|||すきな|||おもった|| "I don't mean to say that I like you, but I thought that you like things that are different from other people."

「 どこまでも 人 を お からかい なさる …… ひどい 事 …… 行って いらっしゃい まし 」・・ |じん||||||こと|おこなって|| "You go on making fun of people...that's terrible...go away"...

と 情 を 迎える ように いって 向き直って しまった 。 |じょう||むかえる|||むきなおって| I greeted him warmly and turned around. 古藤 が 縁側 に 出る と また 突然 呼びとめた 。 ことう||えんがわ||でる|||とつぜん|よびとめた When Furuto stepped out onto the porch, he suddenly called out again. 障子 に はっきり 立ち 姿 を うつした まま 、・・ しょうじ|||たち|すがた|||

「 な んです 」・・

と いって 古藤 は 立ち戻る 様子 が なかった 。 ||ことう||たちもどる|ようす|| Even so, Furuto showed no signs of turning back. 葉子 は いたずら 者 らしい 笑い を 口 の あたり に 浮かべて いた 。 ようこ|||もの||わらい||くち||||うかべて| Yoko had a mischievous smile around her mouth. ・・

「 あなた は 木村 と 学校 が 同じで いら しった の ね 」・・ ||きむら||がっこう||おなじで||||

「 そう です よ 、 級 は 木村 の …… 木村 君 の ほう が 二 つ も 上 でした が ね 」・・ |||きゅう||きむら||きむら|きみ||||ふた|||うえ|||

「 あなた は あの 人 を どう お 思い に なって 」・・ |||じん||||おもい|| "What do you think of that person?"

まるで 少女 の ような 無邪気な 調子 だった 。 |しょうじょ|||むじゃきな|ちょうし| 古藤 は ほほえんだ らしい 語気 で 、・・ ことう||||ごき|

「 そんな 事 は もう あなた の ほう が くわしい はずじゃ ありません か …… 心 の いい 活動 家 です よ 」・・ |こと|||||||||あり ませ ん||こころ|||かつどう|いえ||

「 あなた は ? 」・・

葉子 は ぽん と 高飛車に 出た 。 ようこ||||たかびしゃに|でた Yoko popped out in a high-handed car. そして に やり と し ながら がっくり と 顔 を 上向き に はねて 、 床の間 の 一 蝶 の ひどい 偽 い 物 を 見 やって いた 。 ||||||||かお||うわむき|||とこのま||ひと|ちょう|||ぎ||ぶつ||み|| 古藤 が とっさ の 返事 に 窮して 、 少し むっと した 様子 で 答え 渋って いる の を 見て取る と 、 葉子 は 今度 は 声 の 調子 を 落として 、 いかにも たよりない と いう ふうに 、・・ ことう||||へんじ||きゅうして|すこし|||ようす||こたえ|しぶって||||みてとる||ようこ||こんど||こえ||ちょうし||おとして||||| Seeing that Furuto was at a loss for a quick answer and was reluctant to answer with a slightly sullen look, Yoko lowered her tone of voice this time and said,

「 日盛り は 暑い から どこ ぞ で お 休み なさい まし ね 。 ひざかり||あつい||||||やすみ||| "It's hot in the sun, so you should take a rest somewhere. …… なるたけ 早く 帰って 来て ください まし 。 |はやく|かえって|きて|| ... Please come back as soon as possible. もし かして 、 病気 でも 悪く なる と 、 こんな 所 で 心細う ご ざん す から …… よくって 」・・ ||びょうき||わるく||||しょ||こころぼそう|||||よく って Maybe if I get sick, I'll feel very lonely in a place like this... I'll be fine."

古藤 は 何 か 平凡な 返事 を して 、 縁 板 を 踏みならし ながら 出て 行って しまった 。 ことう||なん||へいぼんな|へんじ|||えん|いた||ふみならし||でて|おこなって| Furuto gave a rather mediocre reply and walked out, stamping on the board. ・・

朝 の うち だけ からっと 破った ように 晴れ渡って いた 空 は 、 午後 から 曇り 始めて 、 まっ白 な 雲 が 太陽 の 面 を なでて 通る たび ごと に 暑気 は 薄れて 、 空 いちめん が 灰色 に かき 曇る ころ に は 、 膚 寒く 思う ほど に 初秋 の 気候 は 激変 して いた 。 あさ||||から っと|やぶった||はれわたって||から||ごご||くもり|はじめて|まっしろ||くも||たいよう||おもて|||とおる||||しょき||うすれて|から|||はいいろ|||くもる||||はだ|さむく|おもう|||しょしゅう||きこう||げきへん|| The sky, which had been clear and clear only in the morning, began to cloud in the afternoon, and each time white clouds stroked the sun's face, the heat faded and the sky turned gray and clouded. The weather in early autumn was so drastic that it felt chilly. 時雨 らしく 照ったり 降ったり して いた 雨 の 脚 も 、 やがて じめじめ と 降り続いて 、 煮しめた ような きたない 部屋 の 中 は 、 ことさら 湿り が 強く 来る ように 思えた 。 しぐれ||てったり|ふったり|||あめ||あし|||||ふりつづいて|にしめた|||へや||なか|||しめり||つよく|くる||おもえた The rain, which had been shining and falling like a drizzle, eventually continued to fall, and it seemed that the inside of the simmering, dirty room was especially damp. 葉子 は 居留 地 の ほう に ある 外国 人 相手 の 洋服 屋 や 小間物 屋 など を 呼び寄せて 、 思いきった ぜいたくな 買い物 を した 。 ようこ||きょりゅう|ち|||||がいこく|じん|あいて||ようふく|や||こまもの|や|||よびよせて|おもいきった||かいもの|| Yoko summoned a clothing store and a small goods store for foreigners in the foreign settlement, and did some extravagant shopping. 買い物 を して 見る と 葉子 は 自分 の 財布 の すぐ 貧しく なって 行く の を 怖 れ ないで はいら れ なかった 。 かいもの|||みる||ようこ||じぶん||さいふ|||まずしく||いく|||こわ||||| As she went shopping, Yoko could not help but fear that her wallet would soon become poor. 葉子 の 父 は 日本橋 で は ひとかど の 門戸 を 張った 医師 で 、 収入 も 相当に は あった けれども 、 理財 の 道 に 全く 暗い の と 、 妻 の 親 佐 が 婦人 同盟 の 事業 に ばかり 奔走 して いて 、 その 並み 並み なら ぬ 才能 を 、 少しも 家 の 事 に 用い なかった ため 、 その 死後 に は 借金 こそ 残れ 、 遺産 と いって は あわれな ほど しか なかった 。 ようこ||ちち||にっぽんばし|||||もんこ||はった|いし||しゅうにゅう||そうとうに||||りざい||どう||まったく|くらい|||つま||おや|たすく||ふじん|どうめい||じぎょう|||ほんそう||||なみ|なみ|||さいのう||すこしも|いえ||こと||もちい||||しご|||しゃっきん||のこれ|いさん||||||| 葉子 は 二 人 の 妹 を かかえ ながら この 苦しい 境遇 を 切り抜けて 来た 。 ようこ||ふた|じん||いもうと|||||くるしい|きょうぐう||きりぬけて|きた それ は 葉子 であれば こそ し 遂 せて 来た ような もの だった 。 ||ようこ||||すい||きた||| だれ に も 貧乏 らしい けしき は 露 ほど も 見せ ないで いながら 、 葉子 は 始終 貨幣 一 枚 一 枚 の 重 さ を 計って 支払い する ような 注意 を して いた 。 |||びんぼう||||ろ|||みせ|||ようこ||しじゅう|かへい|ひと|まい|ひと|まい||おも|||はかって|しはらい|||ちゅうい||| それ だ のに 目の前 に 異 国情 調 の 豊かな 贅沢 品 を 見る と 、 彼女 の 貪欲 は 甘い もの を 見た 子供 の ように なって 、 前後 も 忘れて 懐中 に ありったけ の 買い物 を して しまった のだ 。 |||めのまえ||い|こくじょう|ちょう||ゆたかな|ぜいたく|しな||みる||かのじょ||どんよく||あまい|||みた|こども||||ぜんご||わすれて|かいちゅう||||かいもの|||| 使い を やって 正 金 銀行 で 換えた 金貨 は 今 鋳 出さ れた ような 光 を 放って 懐中 の 底 に ころがって いた が 、 それ を どう する 事 も でき なかった 。 つかい|||せい|きむ|ぎんこう||かえた|きんか||いま|い|ださ|||ひかり||はなって|かいちゅう||そこ|||||||||こと||| 葉子 の 心 は 急に 暗く なった 。 ようこ||こころ||きゅうに|くらく| 戸外 の 天気 も その 心持ち に 合 槌 を 打つ ように 見えた 。 こがい||てんき|||こころもち||ごう|つち||うつ||みえた 古藤 は うまく 永田 から 切符 を もらう 事 が できる だろう か 。 ことう|||ながた||きっぷ|||こと|||| 葉子 自身 が 行き 得 ない ほど 葉子 に 対して 反感 を 持って いる 永田 が 、 あの 単純な タクト の ない 古藤 を どんなふうに 扱ったろう 。 ようこ|じしん||いき|とく|||ようこ||たいして|はんかん||もって||ながた|||たんじゅんな|たくと|||ことう|||あつかったろう I wonder how Nagata, who had an animosity towards Yoko that Yoko herself could not go through, would treat that simple, untactful Furudo. 永田 の 口 から 古藤 は いろいろな 葉子 の 過去 を 聞か さ れ は し なかったろう か 。 ながた||くち||ことう|||ようこ||かこ||きか|||||| そんな 事 を 思う と 葉子 は 悒鬱 が 生み出す 反抗 的な 気分 に なって 、 湯 を わかさ せて 入浴 し 、 寝床 を しか せ 、 最 上等の 三 鞭酒 を 取りよせて 、 したたか それ を 飲む と 前後 も 知ら ず 眠って しまった 。 |こと||おもう||ようこ||ゆううつ||うみだす|はんこう|てきな|きぶん|||ゆ||わか さ||にゅうよく||ねどこ||||さい|じょうとうの|みっ|むちさけ||とりよせて||||のむ||ぜんご||しら||ねむって| ・・

夜 に なったら 泊まり 客 が ある かも しれ ない と 女 中 の いった 五 つ の 部屋 は やはり 空 の まま で 、 日 が とっぷり と 暮れて しまった 。 よ|||とまり|きゃく|||||||おんな|なか|||いつ|||へや|||から||||ひ||||くれて| 女 中 が ランプ を 持って 来た 物音 に 葉子 は ようやく 目 を さまして 、 仰向いた まま 、 すすけた 天井 に 描か れた ランプ の 丸い 光 輪 を ぼんやり と ながめて いた 。 おんな|なか||らんぷ||もって|きた|ものおと||ようこ|||め|||あおむいた|||てんじょう||えがか||らんぷ||まるい|ひかり|りん||||| ・・

その 時 じた ッ じた ッ と ぬれた 足 で 階子 段 を のぼって 来る 古藤 の 足音 が 聞こえた 。 |じ|||||||あし||はしご|だん|||くる|ことう||あしおと||きこえた 古藤 は 何 か に 腹 を 立てて いる らしい 足どり で ずかずか と 縁側 を 伝って 来た が 、 ふと 立ち止まる と 大きな 声 で 帳場 の ほう に どなった 。 ことう||なん|||はら||たてて|||あしどり||||えんがわ||つたって|きた|||たちどまる||おおきな|こえ||ちょうば|||| Furuto walked briskly along the porch as if he was angry about something, but when he suddenly stopped, he shouted in a loud voice towards the reception. ・・

「 早く 雨戸 を しめ ない か …… 病人 が いる んじゃ ない か 。 はやく|あまど|||||びょうにん||||| ……」・・

「 この 寒い のに なん だって あなた も 言いつけ ない んです 」・・ |さむい||||||いいつけ|| "Even though it's so cold, you can't say anything."

今度 は こう 葉子 に いい ながら 、 建て付け の 悪い 障子 を あけて いき なり 中 に はいろう と した が 、 その 瞬間 に はっと 驚いた ような 顔 を して 立ちすくんで しまった 。 こんど|||ようこ||||たてつけ||わるい|しょうじ|||||なか|||||||しゅんかん|||おどろいた||かお|||たちすくんで| ・・

香水 や 、 化粧 品 や 、 酒 の 香 を ごっちゃ に した 暖かい いきれ が いきなり 古藤 に 迫った らしかった 。 こうすい||けしょう|しな||さけ||かおり||ご っちゃ|||あたたかい||||ことう||せまった| Furuto seemed to be suddenly approached by a warm atmosphere that was a jumble of perfume, cosmetics, and sake. ランプ が ほの暗い ので 、 部屋 の すみずみ まで は 見え ない が 、 光 の 照り 渡る 限り は 、 雑多に 置き ならべられた なまめかしい 女 の 服地 や 、 帽子 や 、 造花 や 、 鳥 の 羽根 や 、 小道具 など で 、 足 の 踏み たて 場 も ない まで に なって いた 。 らんぷ||ほのぐらい||へや|||||みえ|||ひかり||てり|わたる|かぎり||ざったに|おき|ならべ られた||おんな||ふくじ||ぼうし||ぞうか||ちょう||はね||こどうぐ|||あし||ふみ||じょう|||||| The lamp is dim, so you can't see every corner of the room, but as far as the light shines, you can see the women's clothes, hats, artificial flowers, bird feathers, props, etc. There was no place left to stand. その 一方 に 床の間 を 背 に して 、 郡 内 の ふとん の 上 に 掻 巻 を わき の 下 から 羽織った 、 今 起き かえった ばかりの 葉子 が 、 はでな 長 襦袢 一 つ で 東 ヨーロッパ の 嬪宮 の 人 の ように 、 片 臂 を ついた まま 横 に なって いた 。 |いっぽう||とこのま||せ|||ぐん|うち||||うえ||か|かん||||した||はおった|いま|おき|||ようこ|||ちょう|じゅばん|ひと|||ひがし|よーろっぱ||ひんみや||じん|||かた|ひじ||||よこ||| そして 入浴 と 酒 と で ほんのり ほてった 顔 を 仰 向けて 、 大きな 目 を 夢 の ように 見開いて じっと 古藤 を 見た 。 |にゅうよく||さけ|||||かお||あお|むけて|おおきな|め||ゆめ|||みひらいて||ことう||みた その 枕 もと に は 三 鞭酒 の びん が 本式 に 氷 の 中 に つけて あって 、 飲み さし の コップ や 、 華奢 な 紙 入れ や 、 か の オリーヴ 色 の 包み 物 を 、 しごき の 赤 が 火 の 蛇 の ように 取り巻いて 、 その 端 が 指輪 の 二 つ はまった 大理石 の ような 葉子 の 手 に もてあそばれて いた 。 |まくら||||みっ|むちさけ||||ほんしき||こおり||なか||||のみ|||こっぷ||きゃしゃ||かみ|いれ|||||いろ||つつみ|ぶつ||||あか||ひ||へび|||とりまいて||はし||ゆびわ||ふた|||だいりせき|||ようこ||て||もてあそば れて| At the bedside of the pillow was a bottle of three-whip sake, properly set in ice, and a jug, a delicate paper case, that olive-hued wrapper, and a crimson red. It was like a fiery serpent, and its ends were played with Yoko's marble-like hands, in which were two rings. ・・

「 お 遅う ご ざん した 事 。 |おそう||||こと お 待た さ れ な すった んでしょう 。 |また||||| …… さ 、 お はいり なさい まし 。 そんな もの 足 で でも どけて ちょうだい 、 散らかし ち まって 」・・ ||あし|||||ちらかし||

この 音楽 の ような すべ すべ した 調子 の 声 を 聞く と 、 古藤 は 始めて illusion から 目ざめた ふうで は いって 来た 。 |おんがく||||||ちょうし||こえ||きく||ことう||はじめて|||めざめた||||きた 葉子 は 左手 を 二の腕 が のぞき 出る まで ずっと 延ばして 、 そこ に ある もの を 一 払い に 払いのける と 、 花壇 の 土 を 掘り起こした ように きたない 畳 が 半 畳 ばかり 現われ 出た 。 ようこ||ひだりて||にのうで|||でる|||のばして||||||ひと|はらい||はらいのける||かだん||つち||ほりおこした|||たたみ||はん|たたみ||あらわれ|でた 古藤 は 自分 の 帽子 を 部屋 の すみ に ぶち なげて 置いて 、 払い 残さ れた 細 形 の 金 鎖 を 片づける と 、 どっか と あぐら を かいて 正面 から 葉子 を 見すえ ながら 、・・ ことう||じぶん||ぼうし||へや||||||おいて|はらい|のこさ||ほそ|かた||きむ|くさり||かたづける||ど っか|||||しょうめん||ようこ||みすえ|

「 行って 来ました 。 おこなって|き ました 船 の 切符 も たしかに 受け取って 来ました 」・・ せん||きっぷ|||うけとって|き ました

と いって ふところ の 中 を 探り に かかった 。 ||||なか||さぐり|| 葉子 は ちょっと 改まって 、・・ ようこ|||あらたまって

「 ほんとに ありがとう ございました 」・・

と 頭 を 下げた が 、 たちまち roughish な 目つき を して 、・・ |あたま||さげた|||||めつき||

「 まあ そんな 事 は いずれ あと で 、 ね 、…… 何しろ お 寒かった でしょう 、 さ 」・・ ||こと||||||なにしろ||さむかった|| "Well, that kind of thing will come later...it must have been cold after all."

と いい ながら 飲み 残り の 酒 を 盆 の 上 に 無造作に 捨てて 、 二三 度 左手 を ふって しずく を 切って から 、 コップ を 古藤 に さ しつけた 。 |||のみ|のこり||さけ||ぼん||うえ||むぞうさに|すてて|ふみ|たび|ひだりて|||||きって||こっぷ||ことう||| 古藤 の 目 は 何 か に 激昂 して いる ように 輝いて いた 。 ことう||め||なん|||げきこう||||かがやいて| ・・

「 僕 は 飲みません 」・・ ぼく||のみ ませ ん

「 おや なぜ 」・・

「 飲み たく ない から 飲ま ない んです 」・・ のみ||||のま||

この 角ばった 返答 は 男 を 手 も なく あやし 慣れて いる 葉子 に も 意外だった 。 |かくばった|へんとう||おとこ||て||||なれて||ようこ|||いがいだった それ で その あと の 言葉 を どう 継ごう か と 、 ちょっと ためらって 古藤 の 顔 を 見 やって いる と 、 古藤 は たたみかけて 口 を きった 。 |||||ことば|||つごう|||||ことう||かお||み||||ことう|||くち|| ・・

「 永田って の は あれ は あなた の 知人 です か 。 ながた って|||||||ちじん|| 思いきって 尊大な 人間 です ね 。 おもいきって|そんだいな|にんげん|| 君 の ような 人間 から 金 を 受け取る 理由 は ない が 、 とにかく あずかって 置いて 、 いずれ 直接 あなた に 手紙 で いって あげる から 、 早く 帰れって いう んです 、 頭 から 。 きみ|||にんげん||きむ||うけとる|りゆう||||||おいて||ちょくせつ|||てがみ|||||はやく|かえれ って|||あたま| 失敬な やつ だ 」・・ しっけいな||

葉子 は この 言葉 に 乗じて 気まずい 心持ち を 変えよう と 思った 。 ようこ|||ことば||じょうじて|きまずい|こころもち||かえよう||おもった そして まっし ぐ ら に 何 か いい出そう と する と 、 古藤 は おっかぶせる ように 言葉 を 続けて 、・・ |まっ し||||なん||いいだそう||||ことう||お っ かぶせる||ことば||つづけて

「 あなた は いったい まだ 腹 が 痛む んです か 」・・ ||||はら||いたむ||

と きっぱり いって 堅く すわり 直した 。 |||かたく||なおした しかし その 時 に 葉子 の 陣 立て は すでに でき上がって いた 。 ||じ||ようこ||じん|たて|||できあがって| 初め の ほほえみ を そのまま に 、・・ はじめ|||||

「 え ゝ 、 少し は よく なり まして よ 」・・ ||すこし|||||

と いった 。 古藤 は 短 兵 急に 、・・ ことう||みじか|つわもの|きゅうに

「 それにしても なかなか 元気です ね 」・・ ||げんきです|

と たたみかけた 。 ・・

「 それ は お 薬 に これ を 少し いただいた から でしょう よ 」・・ |||くすり||||すこし||||

と 三 鞭酒 を 指さした 。 |みっ|むちさけ||ゆびさした