6.29 と 3/4 番 線 から の 旅 (1)
十二 時 半 ごろ 、通路 で ガチャガチャ と 大きな 音 が して 、えくぼ の おばさん が ニコニコ 顔 で 戸 を 開けた 。
「車 内 販売 よ 。 何 か いりません か ? 」ハリー は 朝食 が まだ だった ので 、勢い よく 立ち上がった が 、ロン は また 耳元 を ポッ と 赤らめて 、サンドイッチ を 持ってきた から と 口ごもった 。 ハリー は 通路 に 出た 。
ダーズリー 家 で は 甘い 物 を 買う お金 なんか 持った こと が なかった 。 でも 今 は ポケット の 中 で 金貨 や 銀貨 が ジャラジャラ 鳴って いる 。 持ちきれない ほど の マーズ ・バー ・チョコレート が 買える ……でも 、チョコ ・バー は 売って い なかった 。 そのかわり 、パーティー ・ボッツ の 百 味 ビーンズ だの 、ドルーブル の 風船 ガム だの 、蛙 チョコレート 、かぼちゃ パイ 、大鍋 ケーキ 、杖型 甘草 あめ 、それに いままで ハリー が 一度も 見たことがない ような 不思議な 物 が たくさん あった 。
一つ も 買い そこ ねたくない 、と ばかりに ハリー は どれ も 少しずつ 買って 、おばさん に 銀貨 十一 シックル と 銅貨 七 クヌート を 払った 。
ハリー が 両腕 いっぱい の 買い物 を 空いている 座席 に ドサッと 置く のを ロン は 目 を 皿 の ように して 眺めていた 。
「お腹 空いて る の ? 」「ペコペコ だ よ 」 ハリー は か ぽ ちゃ パイ に かぶり つき ながら 答えた 。
ロン は デコボコ の 包み を 取り出して 、開いた 。 サンドイッチ が 四 切れ 入って いた 。 一切れ つまみ 上げ 、パン を めくって ロン が 言った 。
「ママ ったら 僕 が コンビーフ は 嫌い だって 言って いる のに 、いっつも 忘れちゃう んだ 」「僕の と 換えよう よ 。 これ 、食べて ……」
ハリー が パイ を 差し出し ながら 言った 。
「でも 、これ 、パサパサ で おいしく ない よ 」と ロン が 言った 。 そして あわてて つけ加えた 。
「ママ は 時間 が ない んだ 。 五 人 も 子供 が いる んだ もの 」
「いい から 、パイ 食べて よ 」
ハリー は いま まで 誰 か と 分け合う ような 物 を 持った こと が なかった し 、分け合う 人 も い なかった 。 ロン と 一緒に パイ やら ケーキ やら を 夢中で 食べる の は すてきな こと だった (サンドイッチ は ほったらかし の まま だった )。
「これ なんだい ? 」ハリー は 蛙 チョコレート の 包み を 取り上げて 聞いた 。 「まさか 、本物 の カエル じゃ ない よ ね ? 」もう 何 が あっても 驚かない ぞ という 気分 だった 。 「 まさか 。 でも 、カード を 見て ごらん 。 僕 、アグリッパ が ない んだ 」
「なん だって ? 」「そう か 、君 、知らない よ ね ……チョコ を 買う と 、中 に カード が 入ってる んだ 。 ほら 、みんな が 集める やつ さ ──有名な 魔法使い と か 魔女 と か の 写真 だ よ 。 僕 、五〇〇 枚 ぐらい 持ってる けど 、アグリッパ と プトレマイオス が まだ ない んだ 」
ハリー は 蛙 チョコ の 包み を 開けて カード を 取り出した 。 男 の 顔 だ 。 半月 形 の メガネ を かけ 、高い 鼻 は 鈎鼻 で 、流れる ような 銀色 の 髪 、あご ひげ 、口 ひげ を 蓄えている 。 写真 の 下 に 「アルバス ・ダンブルドア 」と 書いて ある 。
「この 人 が ダンブルドア な んだ ! 」ハリー が 声 を 上げた 。 「ダンブルドア の こと を 知らなかった の ! 僕 に も 蛙 一 つくれる ? アグリッパ が 当たる かも しれない ……ありがとう ……」
ハリー は カード の 裏 を 読んだ 。
アルバス ・ダンブルドア
現在 ホグワーツ 校 校長 。 近代 の 魔法使い の 中 で 最も 偉大な 魔法使い と 言われている 。 特に 、一九四五年 、闇の魔法使い 、グリンデルバルド を 破った こと 、ドラゴンの血液 の 十二種類 の 利用法 の 発見 、パートナー である ニコラス・フラメル と の 錬金術 の 共同研究 など で 有名 。 趣味 は 、室内楽 と ボウリング 。
ハリー が また カード の 表 を 返して みる と 、驚いた こと に ダンブルドア の 顔 が 消えて いた 。
「いなく なっちゃった よ ! 」「そりゃ 、一日中 その中に いる はずない よ 」と ロン が 言った 。 「また 帰って くる よ 。 あ 、だめだ 、また 魔女 モルガナ だ 。 もう 六 枚 も 持ってる よ ……君 、欲しい ? これ から 集める と いい よ 」
ロン は 、蛙 チョコ の 山 を 開けた そうに 、チラチラ と 見ている 。
「開けて いい よ 」ハリー は 促した 。
「でも ね 、ほら 、何て 言った っけ 、そう 、マグル の 世界 で は 、ズーッと 写真 の 中 に いる よ 」「そう ? じゃ 、全然 動か ない の ? 変な の ! 」ロン は 驚いた ように 言った 。
ダンブルドア が 写真 の 中 に ソーッと 戻ってきて 、ちょっと 笑いかけた のを 見て 、ハリー は 目 を 丸く した 。 ロン は 有名な 魔法使い や 魔女 の 写真 より 、チョコ を 食べる 方 に 夢中だった が 、ハリー は カード から 目 が 離せなかった 。 しばらく する と 、ダンブルドア や モルガナ の 他 に 、ウッドクロフト の ヘンギスト やら 、アルベリック ・グラニオン 、キルケ 、パラセルサス 、マーリン と 、カード が 集まった 。 ドルイド教 女祭司 の クリオドナ が 鼻 の 頭 を 掻いている の を 見た 後で 、やっと ハリー は カード から 目 を 離し 、パーティー・ボッツ の 百味 ビーンズ の 袋 を 開けた 。
「気 を つけた ほうが いい よ 」ロン が 注意 した 。
「百味 って 、ほんとに なんでも あり な んだ よ ──そりゃ 、普通の も ある よ 。 チョコ 味 、ハッカ 味 、マーマレード 味 なんか 。 でも 、ほうれんそう 味 と か 、レバー 味 と か 、臓物 味 なんて の が ある んだ 。 ジョージ が 言って た けど 、鼻くそ 味 に 違いない って のに 当たった こと が ある って 」ロン は 緑色 の ビーンズ を つまんで 、よーく 見て から 、ちょっと だけ かじった 。 「ウエー 、ほら ね ? 芽 キャベツ だ よ 」
二 人 は しばらく 百 味 ビーンズ を 楽しんだ 。 ハリー が 食べた の は トースト 味 、ココナッツ 、前り豆 、イチゴ 、カレー 、草 、コーヒー 、いわし 、それに 大胆に も 、ロン が 手 を つけようと も しなかった へんてこりんな 灰色 の ビーンズ の 端 を かじって みたら 胡椒 味 だった 。
車窓 に は 荒涼と した 風景 が 広がって きた 。 整然と した 畑 は もう ない 。 森 や 曲がりくねった 川 、うっそうとした 暗緑色 の 丘 が 過ぎて いく 。
コンパートメント を ノック して 、丸顔 の 男の子 が 泣きべそ を かいて 入ってきた 。 九 と 四 分 の 三 番 線 ホーム で ハリー が 見かけた 子 だった 。
「ごめん ね 。 僕 の ヒキガエル を 見かけ なかった ? 」二人 が 首 を 横 に 振る と 、男の子 は メソメソ 泣き出した 。 「いなく なっちゃった 。 僕 から 逃げて ばっかり いる んだ ! 」「きっと 出て くる よ 」ハリー が 言った 。 「 うん 。 もし 見かけたら ……」男の子 は しょげかえって そう 言う と 出て いった 。
「どうして そんな こと 気 に する の かなあ 。 僕 が ヒキガエル なんか 持って たら 、なるべく 早く なく しちゃ いたい けど な 。 もっとも 、僕 だって スキャバーズ を 持ってきた んだ から 人 の こと は 言えない けど ね 」
ねずみ は ロン の 膝 の 上 で グーグー 眠り 続けて いる 。
「死んで たって 、きっと 見分け が つかない よ 」ロン は うんざり した 口調 だ 。
「きのう 、少し は おもしろく して やろう と 思って 、黄色 に 変えよう と した んだ 。 でも 呪文 が 効か なかった 。 やって 見せよう か ──見て て …… 」
ロン は トランク を ガサゴソ 引っ掻き 回して 、くたびれた ような 杖 を 取り出した 。 あちこち ボロボロ と 欠けて いて 、端 から なにやら 白い キラキラ する もの が のぞいて いる 。
「一角獣 の たてがみ が はみ出してる けど 。 まあ 、いい か ……」
杖 を 振り上げた とたん 、また コンパートメント の 戸 が 開いた 。 カエル に 逃げられた 子 が 、今度 は 女の子 を 連れて 現れた 。 女の子 は もう 新調 の ホグワーツ ・ローブ に 着替えて いる 。
「誰 か ヒキガエル を 見なかった ? ネビル の が い なく なった の 」
なんとなく 威張った 話し方 を する 女の子 だ 。 栗色 の 髪 が フサフサ して 、前歯 が ちょっと 大きかった 。
「見なかった って 、さっき そう 言った よ 」と ロン が 答えた が 、女の子 は 聞いて も いない 。 むしろ 杖 に 気 を 取られて いた 。 「あら 、魔法 を かける の ? それ じゃ 、見せて もらう わ 」と 女の子 が 座り込み 、ロン は たじろいだ 。
「あー ……いい よ 」
ロン は 咳払い を した 。
「 お陽さま 、 雛菊 、 溶ろけた バター 。 デブ で 間抜けな ねずみ を 黄色 に 変え よ 」
ロン は 杖 を 振った 。 でも 何も 起こら ない 。 スキャバーズ は 相変わらず ねずみ色 で グッスリ 眠って いた 。
「その 呪文 、間違って ない の ? 」と 女の子 が 言った 。
「まあ 、あんまり うまく いか なかった わ ね 。 私 も 練習 の つもり で 簡単な 呪文 を 試して みた こと が ある けど 、みんな うまく いった わ 。 私 の 家族 に 魔法族 は 誰 も いない の 。 だ から 、手紙 を もらった 時 、驚いた わ 。 でも もちろん うれしかった わ 。 だって 、最高の 魔法 学校 だって 聞いて いる もの ……教科書 は もちろん 、全部 暗記 した わ 。 それ だけ で 足りる と いい んだ けど ……私 、ハーマイオニー ・グレンジャー 。 あなた 方 は ? 」女の子 は 一気に これ だけ を 言って のけた 。
ハリー は ロン の 顔 を 見て ホッと した 。 ロン も 、ハリー と 同じく 教科書 を 暗記 して いない らしく 、唖然と していた 。 「僕 、ロン ・ウィーズリー 」ロン は モゴモゴ 言った 。
「ハリー ・ポッター 」
「 ほんとに ? 私 、もちろん あなた の こと 全部 知ってる わ 。 ──参考書 を 二 、三 冊 読んだ の 。 あなた の こと 、『近代 魔法 史 』『黒 魔術 の 栄枯盛衰 』『二十 世紀 の 魔法 大 事件 』なんか に 出て る わ 」
「僕 が ? 」ハリー は 呆然 と した 。
「まあ 、知ら なかった の 。 私 が あなた だったら 、できる だけ 全部 調べる けど 。 二人 とも 、どの 寮 に 入る か わかってる ? 私 、いろんな 人 に 聞いて 調べた けど 、グリフィンドール に 入りたい わ 。 絶対 一 番 いい みたい 。 ダンブルドア も そこ 出身 だって 聞いた わ 。 でも レイブンクロー も 悪く ない かも ね ……とにかく 、もう 行く わ 。 ネビル の ヒキガエル を 探さ なきゃ 。 二人 とも 着替えた 方が いい わ 。 もう すぐ 着く はずだ から 」
「ヒキガエル 探し の 子 」を 引き連れて 、女の子 は 出て いった 。
「どの 寮 で も いい けど 、あの 子 の いない とこ が いい な 」
杖 を トランク に 投げ入れ ながら 、ロン が 言った 。
「へぼ 呪文 め ……ジョージ から 習った んだ 。 ダメ 呪文 だって あいつ は 知って た のに 違いない 」
「君 の 兄さん たち って どこ の 寮 な の ? 」と ハリー が 開いた 。
「グリフィンドール 」ロン は また 落ち込んだ ようだった 。
「ママ も パパ も そう だった 。 もし 僕 が そう じゃ なかったら 、 なんて 言わ れる か 。 レイブンクロー だったら それほど 悪く ない かも しれない けど 、スリザリン なんか に 入れられたら 、それ こそ 最悪だ 」「そこ って 、ヴォル ……つまり 、『例の あの 人 』が いた ところ ? 」 「 あぁ 」 ロン は そう 言う と 、ガックリ と 席 に 座り込んだ 。
「 あの ね 、 スキャバーズ の ひげ の 端っこ の 方 が 少し 黄色っぼく なって きた みたい 」 ハリー は ロン が 寮 の こと を 考えない よう に 話しかけた 。 「それ で 、大きい 兄さんたち は 卒業 して から 何 してる の ? 」魔法使い って 卒業 して から いったい 何 を する んだろう と 、ハリー は 思った 。 「チャーリー は ルーマニア で ドラゴン の 研究 。 ビル は アフリカ で 何 か グリンゴッツ の 仕事 を してる 」と ロン が 答えた 。
「グリンゴッツ の こと 、問い た ? 『日刊 予言者 新聞 』出てる よ 。 でも マグル の 方 に は 配達 さ れ ない ね ……誰 か が 、特別 警戒 の 金庫 を 荒らそう と した らしい よ 」
ハリー は 目 を 丸く した 。
「 ほんと ? それ で 、どう なった の ? 」「な ー ん も 。 だ から 大 ニュース な の さ 。 捕まら なかった んだ よ 。 グリンゴッツ に 忍び込む なんて 、きっと 強力な 闇 の 魔法使い だろうって 、パパ が 言う んだ 。 でも 、なんにも 盗って いかなかった 。 そこ が 変な んだ よ な 。 当然 、こんな こと が 起きる と 、陰に 『例の あの 人 』が いる んじゃないかって 、みんな 怖がる んだよ 」ハリー は この ニュース を 頭 の 中 で 反芻して いた 。 「例の あの 人 」と 聞く たび に 、恐怖 が チクチク と ハリー の 胸 を 刺す ように なっていた 。 これ も 、「これ が 魔法 界 に 入る って こと な んだ 」と は 思った が 、何も 恐れず に 「ヴォルデモート 」と 言っていた 頃 の 方 が 気楽 だった 。 「君 、クィディッチ は どこ の チーム の ファン ? 」ロン が 尋ねた 。
「うーん 、僕 、どこ の チーム も 知らない 」ハリー は 白状した 。
「 ひえ ー ! 」ロン は もの も 言え ない ほど 驚いた 。 「まあ 、その うち わかる と 思う けど 、これ 、世界 一 おもしろい スポーツ だ ぜ ……」
と 言う なり 、ロン は 詳しく 説明 し だした 。 ボール は 四 個 、七 人 の 選手 の ポジション は どこ 、兄貴 たち と 見 に いった 有名 な 試合 が どう だった か 、お金 が あれば こんな 箒 を 買いたい ……ロン が 、まさに これ から が おもしろい と 、専門的 な 話 に 入ろう と していた 時 、また コンパートメント の 戸 が 開いた 。 今度 は 、「ヒキガエル 探し 」の ネビル でも ハーマイオニー で も なかった 。