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こころ - 夏目漱石, Section 003 - Kokoro - Soseki Project

Section 003 - Kokoro - Soseki Project

二 私 が その 掛 茶屋 で 先生 を 見た 時 は 、 先生 が ちょうど 着物 を 脱いで これ から 海 へ 入ろう と する ところ であった 。 私 は その 時 反対 に 濡れた 身体 を 風 に 吹かして 水 から 上がって 来た 。 二 人 の 間 に は 目 を 遮る 幾多 の 黒い 頭 が 動いて いた 。 特別の 事情 の ない 限り 、 私 は ついに 先生 を 見逃した かも 知れ なかった 。 それほど 浜辺 が 混雑 し 、 それほど 私 の 頭 が 放漫 であった に も かかわら ず 、 私 が すぐ 先生 を 見付け出した の は 、 先生 が 一 人 の 西洋 人 を 伴れて いた から である 。 その 西洋 人 の 優れて 白い 皮膚 の 色 が 、 掛 茶屋 へ 入る や 否 や 、 すぐ 私 の 注意 を 惹 いた 。 純粋の 日本 の 浴衣 を 着て いた 彼 は 、 それ を 床 几 の 上 に す ぽり と 放り出した まま 、 腕組み を して 海 の 方 を 向いて 立って いた 。 彼 は 我々 の 穿 く 猿 股 一 つ の 外 何物 も 肌 に 着けて い なかった 。 私 に は それ が 第 一 不思議だった 。 私 は その 二 日 前 に 由井 が 浜 まで 行って 、 砂 の 上 に しゃがみ ながら 、 長い 間 西洋 人 の 海 へ 入る 様子 を 眺めて いた 。 私 の 尻 を おろした 所 は 少し 小高い 丘 の 上 で 、 その すぐ 傍 が ホテル の 裏口 に なって いた ので 、 私 の 凝 と して いる 間 に 、 大分 多く の 男 が 塩 を 浴び に 出て 来た が 、 いずれ も 胴 と 腕 と 股 は 出して い なかった 。 女 は 殊更 肉 を 隠し がちであった 。 大抵 は 頭 に 護 謨製 の 頭巾 を 被って 、 海老 茶 や 紺 や 藍 の 色 を 波間 に 浮かして いた 。 そういう 有様 を 目撃 した ばかりの 私 の 眼 に は 、 猿 股 一 つ で 済まして 皆 な の 前 に 立って いる この 西洋 人 が いかにも 珍しく 見えた 。

彼 は やがて 自分 の 傍 を 顧みて 、 そこ に こご んで いる 日本 人 に 、 一言 二 言 何 か いった 。 その 日本 人 は 砂 の 上 に 落ちた 手拭 を 拾い上げて いる ところ であった が 、 それ を 取り上げる や 否 や 、 すぐ 頭 を 包んで 、 海 の 方 へ 歩き 出した 。 その 人 が すなわち 先生 であった 。


Section 003 - Kokoro - Soseki Project section|kokoro|soseki|project Section 003 - Kokoro - Soseki Project Sekcja 003 - Projekt Kokoro - Soseki

二 私 が その 掛 茶屋 で 先生 を 見た 時 は 、 先生 が ちょうど 着物 を 脱いで これ から 海 へ 入ろう と する ところ であった 。 ふた|わたくし|||かかり|ちゃや||せんせい||みた|じ||せんせい|||きもの||ぬいで|||うみ||はいろう|||| (Ii) When I saw the teacher at the teahouse, he was just about to take off his kimono and enter the sea. 私 は その 時 反対 に 濡れた 身体 を 風 に 吹かして 水 から 上がって 来た 。 わたくし|||じ|はんたい||ぬれた|からだ||かぜ||ふかして|すい||あがって|きた At the same time, I blew my wet body in the wind and came out of the water. 二 人 の 間 に は 目 を 遮る 幾多 の 黒い 頭 が 動いて いた 。 ふた|じん||あいだ|||め||さえぎる|いくた||くろい|あたま||うごいて| A large number of black heads obstructing their eyes were moving between them. 特別の 事情 の ない 限り 、 私 は ついに 先生 を 見逃した かも 知れ なかった 。 とくべつの|じじょう|||かぎり|わたくし|||せんせい||みのがした||しれ| Unless there were special circumstances, I might have finally missed the teacher. それほど 浜辺 が 混雑 し 、 それほど 私 の 頭 が 放漫 であった に も かかわら ず 、 私 が すぐ 先生 を 見付け出した の は 、 先生 が 一 人 の 西洋 人 を 伴れて いた から である 。 |はまべ||こんざつ|||わたくし||あたま||ほうまん||||||わたくし|||せんせい||みつけだした|||せんせい||ひと|じん||せいよう|じん||ともな れて||| その 西洋 人 の 優れて 白い 皮膚 の 色 が 、 掛 茶屋 へ 入る や 否 や 、 すぐ 私 の 注意 を 惹 いた 。 |せいよう|じん||すぐれて|しろい|ひふ||いろ||かかり|ちゃや||はいる||いな|||わたくし||ちゅうい||じゃく| The excellent white skin color of the Westerner immediately caught my attention as soon as he entered the teahouse. 純粋の 日本 の 浴衣 を 着て いた 彼 は 、 それ を 床 几 の 上 に す ぽり と 放り出した まま 、 腕組み を して 海 の 方 を 向いて 立って いた 。 じゅんすいの|にっぽん||ゆかた||きて||かれ||||とこ|き||うえ|||||ほうりだした||うでぐみ|||うみ||かた||むいて|たって| He was wearing a pure Japanese yukata, leaving it slid on the floor, standing with his arms folded, facing the sea. 彼 は 我々 の 穿 く 猿 股 一 つ の 外 何物 も 肌 に 着けて い なかった 。 かれ||われわれ||うが||さる|また|ひと|||がい|なにもの||はだ||つけて|| He had nothing on his skin other than one of our monkey crotch. 私 に は それ が 第 一 不思議だった 。 わたくし|||||だい|ひと|ふしぎだった That was the first wonder to me. 私 は その 二 日 前 に 由井 が 浜 まで 行って 、 砂 の 上 に しゃがみ ながら 、 長い 間 西洋 人 の 海 へ 入る 様子 を 眺めて いた 。 わたくし|||ふた|ひ|ぜん||ゆい||はま||おこなって|すな||うえ||||ながい|あいだ|せいよう|じん||うみ||はいる|ようす||ながめて| Two days before that, I went to the beach and watched Yui crouch down on the sand and enter the Western sea for a long time. 私 の 尻 を おろした 所 は 少し 小高い 丘 の 上 で 、 その すぐ 傍 が ホテル の 裏口 に なって いた ので 、 私 の 凝 と して いる 間 に 、 大分 多く の 男 が 塩 を 浴び に 出て 来た が 、 いずれ も 胴 と 腕 と 股 は 出して い なかった 。 わたくし||しり|||しょ||すこし|こだかい|おか||うえ||||そば||ほてる||うらぐち|||||わたくし||こ||||あいだ||だいぶ|おおく||おとこ||しお||あび||でて|きた||||どう||うで||また||だして|| My ass was down on a slightly elevated hill, and right next to it was the back door of the hotel, so while I was enthusiastic, a lot of men came out to bathe in salt. However, none of them had the torso, arms, and crotch exposed. 女 は 殊更 肉 を 隠し がちであった 。 おんな||ことさら|にく||かくし| Women tended to hide their meat in particular. 大抵 は 頭 に 護 謨製 の 頭巾 を 被って 、 海老 茶 や 紺 や 藍 の 色 を 波間 に 浮かして いた 。 たいてい||あたま||まもる|ぼせい||ずきん||おおって|えび|ちゃ||こん||あい||いろ||なみま||うかして| Most of the time, he wore a hood made of protective material on his head, and the colors of shrimp brown, navy blue, and indigo floated in the waves. そういう 有様 を 目撃 した ばかりの 私 の 眼 に は 、 猿 股 一 つ で 済まして 皆 な の 前 に 立って いる この 西洋 人 が いかにも 珍しく 見えた 。 |ありさま||もくげき|||わたくし||がん|||さる|また|ひと|||すまして|みな|||ぜん||たって|||せいよう|じん|||めずらしく|みえた To my eyes, who had just witnessed such a situation, it seemed very unusual for this Westerner to stand in front of everyone, with only one monkey crotch.

彼 は やがて 自分 の 傍 を 顧みて 、 そこ に こご んで いる 日本 人 に 、 一言 二 言 何 か いった 。 かれ|||じぶん||そば||かえりみて||||||にっぽん|じん||いちげん|ふた|げん|なん|| Eventually he looked around himself and said a word or two to the Japanese people who were there. その 日本 人 は 砂 の 上 に 落ちた 手拭 を 拾い上げて いる ところ であった が 、 それ を 取り上げる や 否 や 、 すぐ 頭 を 包んで 、 海 の 方 へ 歩き 出した 。 |にっぽん|じん||すな||うえ||おちた|てぬぐい||ひろいあげて|||||||とりあげる||いな|||あたま||つつんで|うみ||かた||あるき|だした The Japanese was picking up a towel that had fallen on the sand, but as soon as he picked it up, he immediately wrapped his head and walked toward the sea. その 人 が すなわち 先生 であった 。 |じん|||せんせい| That person was, in other words, a teacher.